*** 15 強豪校との練習試合2 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
吉祥寺先生が部員を集めた。
「それでは今日の練習試合での特別ルールを発表する。
まず、『振り逃げ』は無しとする。
それから本日の練習試合にはDH制を導入する。
主審は全体大付属の水道橋監督だ。
もう一つ、敬遠四球は無しとする」
少しどよめきが起きた。
「それでは先発メンバーを発表しよう」
「せ、先生っ!
先発メンバーでしたら、この俺が三日三晩考えて作ったメンバー表が!」
「コーチが監督の決めたメンバーに反対だというのか?」
「い、いえそんな……」
「それでは打順とポジションを言おう。
まず1番はセカンド平井君だ。
2番はショート新小岩君、
3番はサード品川君、
4番はファースト田町君、
5番レフト小岩君、
6番センター市川君、
7番ライト本八幡君、
8番DHの下総中山君、
そして、9番はピッチャー神田君だ」
「せ、せせせ、先生っ!
ま、まさか神田の野郎に先発ピッチャーさせるなんてっ!」
「これは高校野球だ。
そのコーチとして『野郎』などという言葉は慎みたまえ」
「で、ですが、こいつ、い、いや神田は、コーチに逆らってばかりで!」
「それはキミが理不尽なことを言い出したときだけだな。
最近私が校舎から君たちの練習を見ていたのに気づいていなかったのか?」
「うぐぐぐぐぐぐ……」
「あの、吉祥寺先生……
DH制とのことですが、キャッチャーは誰がするんでしょうか……」
「私だ」
どよめきが起きた。
「既に先方の了解は得てある」
あー、ダニ先輩、まっ白になっとるわー……
「さあ、あちらさんの守備練習が終わったようだ。
君たちも守備練習をしてきなさい」
わはははーっ!
守備練習のノックでダニ先輩が空振りしたよ!
相手ベンチから失笑が漏れてるぞー。
次の打球もぽてぽての内野ゴロだわ。
あれじゃあ小学生でも捕れるよなー。
あっ! セカンドがトンネルしたっ!
ま、マジかよっ!
相手ベンチの失笑が爆増だよっ!
俺と吉祥寺先生は軽いキャッチボールをしていた。
まだ先生は立ったままだ。
「よし、神田くん、肩は温まって来たかな?」
「はい、かなり」
「それじゃあ私は防具をつけさせてもらおうか」
「はい」
吉祥寺先生は、通常のキャッチャー用防具に加えて多くの特殊防具を付け始めた。
首を守るネックガードギプス。
手首を守るサポーターとテーピング。
左手前腕を守るアームガードと上腕を守るアームガード。
それから太ももの内側をカバーするプロテクター。
通常のものを鉄板で強化した特殊レガース。
最後につま先と足の甲を保護する湾曲した鉄板。
相手ベンチもザワついている。
(吉祥寺先輩…… そこまでの防具をつけるほどの球なんですね……)
「水道橋君、すまんが君もこれをつけてくれないだろうか」
渡されたのは、ネックガードと何故か非常に重いレガースと湾曲した鉄の板だった。
「私がつけているのと同じように装着してくれるかな。
私のパスボールで君にケガをさせるわけにはいかないんでね」
「は、はい」
(そこまで恐ろしい球なのか……)
因みに3年前に高校野球では金属バットを使ってもいいことになってたんだ。
でもまだ高価だったんで誰も買ってなかったし、部の備品にも無かったんだよ。
それで神保さんに頼んで3本だけ買ってもらって、みんなで交代で使うことにしたんだ。
「300本ほど買いますか?」とか言ってくれたんだけど、みんながびっくりするだろうから3本にしてもらったんだけどな。
プレイボールがかかった。
1回の表の我が日比山高校の攻撃は三者三振。
あー完全に呑まれてるわー。
バット振ってるだけで、ぜんぜん球見てないわー。
最後の球なんか完全に遊び玉のボールだったのに……
当たらなきゃ金属バットの意味無いわー。
1回の裏。
俺は感無量でマウンドに立った。
(練習試合とはいえ、遂に試合でマウンドに立てたか……
入学以来5か月の練習の、いや3歳の時から13年間の練習の成果を試せるのか……
まったく興奮させてくれるぜ♪)
全体大付属の1番打者に対しての吉祥寺先生のサインは高めのボール球ストレート、力は90%。
はは、ストレートに目を慣らさせて、そのあと変化球で打ち取る作戦か。
バッターは一瞬手を動かしかけたが、全く球がお辞儀して来ないのでかろうじて手を止めた。
判定はもちろんボール。
あ、バッターと球審の目が真ん丸だ……
そうか、この時代に高校生で時速155キロの球投げるやついないもんな。
140キロでも『豪速球投手!』って言われてた時代だし。
【全体大監督(主審)】
(な、なんという豪速球だ!
それも凄まじい伸びで、僅かにホップするほどの球威っ!
こ、これが吉祥寺先輩が言っていた、浅草橋先輩の上を行く速球かぁっ!)
2球目のサインは……
はは、投げ出しが同じ方向の落差80センチフォークか。
先生もけっこうエグい配球を選択するわ。
よし! その通りに投げてやろうじゃないの!
そりゃっ!
先ほどのボールになった直球と、ほぼ同じ速度、同じコースを見て、打者は完全に見送り姿勢。
だが、ホームベース手前8メートルほどのところから、急減速しつつカクンと落ちた球は、ストライクゾーンを通過してミットの真ん中に収まった。
「ス、ストライーク!」
唖然としているバッターと主審。
【全体大監督(主審)】
(な、なんだ今の球は!
縦のカーブ?
い、いや違う!
これはもしや最近プロで投げ始められたという「フォーク」!
先ほどの豪速球とこのフォークだけでベスト4まで行けるぞっ!)
はは、次のサインは真っすぐ落ちるジャイロか。
それでミットの位置があそこだということは、投げ出しは高めストライクだな。
それっ!
今度の球は高めストライクに見えたため、バッターは打ち気を出してテイクバック。
だが、やはりベース手前8メートル辺りから落ち始めた球を見て、減速すると思ったバッターは溜めを作った。
だが、そこから逆に加速したように見えるジャイロボールが急激に落ちて来る。
バッターは完全に振り遅れて空振り。
「ストライーク!」
【全体大監督(主審)】
(な、なんだ今のは!
落ちながら伸びる球だと!
そんな球誰も見たことが無いぞっ!
い、いやわたしの見間違いだったのかも……)
はは、次は全力スライダーか。
投げ出しは内角にややボール気味。
それがスライドしながらストライクゾーンを横切って、外角低めに決まる球ね。
よっしゃ!
投げ出し方向を見て、後ろに体を逸らすバッター。
だが、すぐに曲がり始めた球は大きくスライドしながら外角方向に曲がり、キャッチャーミットに収まった。
「ストライークバッターアウト!」
【全体大監督(主審)】
(なんだと!
内角のボール球がストライクゾーンを横切って外角のボール球になるだと!
あ、有り得ん!
ど、どんな指の力で投げればこんな変化をするというのだ!)
2番打者に対する第1球のサインは。
あーイキナリ曲がり落ちるジャイロかよ。
左打者の真ん中から内角低めに落ちるやつか。
あ、そうか、そういえばこの2番はセーフティーバントが得意だったわ。
はは、バント封じの変化球か。
それじゃあ、うりゃっ!
はは、バントの構えのまま空振りしてるわ。
あー顔が真っ赤になってるぞー。
【全体大監督(主審)】
(や、やはり信じられんっ!
本当に落ちながら伸びている!
しかも横の変化までもっ!
これは打てんな……
20球連続で投げてもらって、ようやくバントが出来るぐらいだろう……)
2球目は、内角にフォークのサインか。
これもバントしにくい球だな。
よし、80センチ落ちフォークだから、ミットの80センチ上を狙って、うりゃ!
はは、またバント空振りかよ。
バッターが監督の顔をちらっと見てるよ。
でもさ、監督さんは怒らないと思うぞ。
このフォーク、初見だとプロでもバント出来ないだろうから。
【全体大監督(主審)】
(こ、今度はさっきの減速しながら大きく落ちる球か……
これも初見ではバントすら出来んぞ。
ああ、バッターが申し訳なさそうに私を見たが、このバント空振りを叱るわけにはいかんな……)
3球目のサインは……
外角真ん中やや低めにカットボールのサインか。
よっしゃ!
それじゃあミットの20センチ上を目掛けて……
うりゃっ!
多少球速は速いものの、外角真ん中の絶好球に見える球が飛んでいく。
バッターはためらわずに強振した。
だが……
ホームベース3.5メートルほど手前から20センチほど落ちた球は、バットにかすりもせずにキャッチャーのミットに収まった。
「ス、ストライクバッターアウト!」
【全体大監督(主審)】
(な、何が起こったんだ!
今のスイングはタイミングもコースも完璧だった!
ベース手前4メートルまでは痛打を確信していた。
そ、それがなぜボールの上10センチ以上も離れた空振りになるんだ!
ま、まさか……
ベース手前4メートルから20センチだけ落ちる変化球……
そ、そんな球偶然以外に打てるはずないだろうに!
特にウチの打者は球をよく見るから絶対に打てん!)
えーっと、相手は予選決勝進出校の3番左打者ね。
それじゃあ吉祥寺先生のサインは……
お、内角高めから低めに縦に落ちる最大出力ジャイロか。
っていうことは、ミット上80センチ目掛けてだな。
そりゃっ!
「ストライーク!」
はは、3番さんが茫然としてるわ。
まあ、初めて見る球種だろうからなぁ。
【全体大監督(主審)】
(伸びて落ちる球の落ち幅が大きくなった……
だが、吉祥寺先輩のミットは最初から最後まで動いていなかった……
ということは、このピッチャー、変化幅の調節まで出来るのか!
しかも凄まじいまでのコントロール!
ま、まさに超怪物!
と、鳥肌が止まらんっ!)
おほー、2球目のサインは左打者の外角高めのボールから、ストライクゾーンを通って内角低めに曲がり落ちるカーブね♪
吉祥寺先生もかなり配球を楽しんでるねぇ♪
それじゃあリクエスト通りに。
うりゃっ!
【全体大監督(主審)】
(な、なんだ! ボールが消えた!
も、もしや偽投球?
い、いや外角の遥か高いところにボールがあるっ!
暴投か?
だ、だが、吉祥寺先輩は内角低めに構えたままだ!
なぜだ!
うわぁぁぁっ。
曲がる曲がる落ちる落ちる!
か、構えたままのミットに収まってるっ!)
「ス、ススス、ストライーク……」
【再び全体大監督(主審)】
(な、なんという変化幅……
これも打てんな……
タイミングを外す遅い球速。
想像を絶する変化幅。
吉祥寺先輩が、変化球に関しては大学選手権優勝投手両国の10枚上を行くと言っていた意味がようやくわかったわい……)
へへ、3球目は真ん中から落ちて曲がるシンカーか。
吉祥寺先生ゴキゲンだね♪
まあ俺もご機嫌だけど♪
それじゃあよいしょっと!
【全体大監督(主審)】
(よし、絶好球だ!
タイミングも合っている。
ああっ、何故だ! なぜ空振りなんだ!
それも、またバットとボールが10センチも離れていて、さらにバットの芯も20センチも外している……」
「ス、ストライク、バッターアウト!」
【再び全体大監督(主審)】
(そうか、ベース直前でまた落ちたのか……
しかも曲がりながら……
なんという恐ろしい変化球だろう……
果たしてこの球を打てる打者がこの日本にいるのだろうか……)
ふー、チェンジだな。俺の球は実戦でも通用したか。
ヨカッタヨカッタ。
はは、なんかダニ先輩がぶつぶつ言ってるよ。
「これは現実じゃない……」「夢に決まってる……」「あのナマイキな神田のクソガキが三者三振などということは有り得ないんだ……」
はは、とうとう現実逃避を始めたか。
その自己中な姿勢はいっそ清々しいほどだね♪
それにしてもウチのバッター陣も情けないねぇ……
バットにかすりもしてないじゃないの……
あーもう三者三振かぁ。
それじゃあ2回裏の先頭打者の4番君と勝負しますかー。
初球のサインは……
右打者の真ん中から外角に落ち曲がるジャイロね。
了解でぇーす。
「ストライーク!」
【全体大監督(主審)】
(やはり初見では4番といえども打てる球ではないか……
なにしろ落ちながら伸びて曲がる球など誰も見たことが無いのだから……)
2球目は……
おほっ! チェンジアップだってさ♪
相手バッターも可哀そうに……
まあ、俺も少し肩を休められるからいいか。
ほいっと。
【全体大監督(主審)】
(ん? ボールが見えない!
こ、今度こそ偽投球か?
うわっ! 突然ボールが現れたっ!
そ、それもピッチャーの頭上に現れたかのようだっ!
ああ、しかもベース前で少し曲がりながら落ちるのか。
バッターがボックスでガクガクしているのも当然だな……)
「ス、ストライーク……」
【再び全体大監督(主審)】
(そ、そうか!
この投手、右腕が頭上に来た時に手首を使わずに、腕だけで既にボールを投げていたのか!
それでその後も全力投球しているかのような動作をしていたのか!
これも打てん……
なにしろそんな球など誰も見たことがないのだから……)
3球目は……
内角真ん中の高さから落ちるカットボールね。
まあ、決め球にカットボールは定石だな。
そりゃっ。
「ストライーク、バッターアウト!」
【全体大監督(主審)】
(またベースすぐ手前から小さく落ちる球か……
これは変化を見てから振っても打てん。
最初からボールの下20センチを狙わないと打てんのか……
そんな練習をしたことはないな……
ボールをよく見てバットを振る選手ほど打てない球か……
な、なんという恐ろしい球だろう……)
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