*** 149 ストライクゾーン判定マシン ***
そうそう、神保さんがこの敗因分析討論会の映像を俺にも見せてくれたんだけど、それで俺思いついたことがあったんだ。
もうアメリカでは相当にスピードガンが普及してたんだよ。
開発当初の三脚に乗ったバカデカイものじゃあなくって、ハンディタイプのものも売り出されるぐらいになってたし。
それで渋谷物産サンフランシスコ支社に頼んで優秀なメーカーを探して貰って、俺が開発費や製造費と30%の利益を負担するから、『ストライクゾーン判定マシン』を開発してくれって依頼したんだ。
ホームベースの後ろ3メートル地上3メートル地点と真横2か所の計3か所に計6つのレーダーを固定して、ピッチャーが投げた球がストライクかボールかって判定してくれる装置だ。
高低の判断は打席に入った打者の膝下部とベルトのバックルと肩の上にマーカーをつけてな。
まあ、既にレーダー技術は確立してるから、そんなに難しい装置じゃないんですぐに作ってくれたわ。
その『ストライクゾーン判定マシン』にはセッティングが2つあってさ。
厳密にホームベースをストライクゾーンとするパターンと、外角をボール1個分外側にしたパターンなんだ。
要は日本野球スタイルとWBCスタイルだな。
俺が以前いた時間軸の未来では、2001年にMLBでクエスティックシステムが導入されて、ホームベース通りのゾーンを認識して統一しようとしてたんだけどさ。
でも今の俺がいる時間軸では、俺が開発を依頼した『ユーキ判定マシン』がディファクトスタンダードになっていくようだ。
MLB審判部にお願いしたテストの結果も完璧だったよ。
おかげでMLB本部がこのマシンに『公認』までくれたんだぜ。
広告やWBCで大儲けしたんで俺に相当に感謝してくれてたみたいだな。
しかも使用目的は世界各国にWBCゾーンを広めることなんだから。
このマシンがあれば日本のプロ審判もWBC仕様のストライクゾーンの研修が出来るだろう。
それで選手たちを打席に立たせてやれば、もうあのみっともないクレームも見なくて済むようになるだろうし。
それに高野連合の審判部にプレゼントして審判研修に使って貰えたら、高校野球の酷い判定も減らせるかと思ったんだ。
まあ、実際の試合で使えるもんじゃあないけど、審判や打者の練習には最適だろうな。
それで神保さんに頼んで日本に持ち込んで貰って、NPB審判部と高野連合の審判部に寄贈してやったんだよ。
そしたらさー、NPBが完全に無視しやがったんだ。
でも高野連合審判部では、高円寺っていう審判部長が狂喜して、早速審判研修で使ってくれるようになったんだ。
だからついでに『動体視力鍛錬用ソフト』も寄贈してやったら、もっと喜んでたわ。
どうも俺が開発を依頼して作らせた機器だしソフトは俺が作ったもんだし、俺からの寄贈でもあるっていうことで、アマチュア審判たちも喜んだらしい。
それで定期研修のときに簡単なテストをやらせてみたそうなんだ。
要は打者を立たせてピッチングマシンや高校生投手に投げさせて、審判のコールと機械が判定したコールを比べさせてみる試みだ。
20球判定させて、その正誤率をチェックさせる形でな。
でもさー、当然のことながら、ホームベース上でストライクゾーン通過してれば、そのあとワンバンしようがなにしようが機械はストライクって判定するだろ。
キャッチャーが落球しててもストライクはストライクだし。
そしたら、経験の浅い審判はもちろん、審判歴10年とかいう連中も間違いまくったんだわ。
中には正答率70%行かなかった奴もいたし。
でも甲子園派遣審判とか地区大会ベスト4以上審判は、みんな満点だったんだよ。
おかげで未熟な審判たちはみんな蒼ざめてたそうだ。
それでそんな話を聞いたもんで、俺がギガンテス日本アカデミーに頼んで、1メートル以上カーブが曲がるピッチャーや80センチ以上落ちるフォークを投げられるピッチャーをこの審判研修会に派遣してもらったんだ。
そしたらやっぱり上級審判はみんなほとんど満点だったんだけど、ワンバン球やキャッチが捕れなかったストライク球は、未熟な審判たちがみんなボールって判定してさらに蒼白になってたそうだ。
そしたらアカデミーを通じて俺にこの機械はいくらするのかってお伺いが来たんだよ。
どうやら日本全国12か所で行われる審判研修会でも使いたかったらしいんだ。
だから30台ほどプレゼントしてやったよ。
まあ1セットたったの1万ドルだったからな。
おかげで、少なくともストライクゾーン判定については、アマチュア審判たちの技量がみるみる上がって来ているそうだ。
でもNPBではこの機械を一切使ってなかったんだよ。
審判部はWBCのストライクゾーンを研修したいって言ったそうなんだけど、オーナー会や選手会が絶対に許さなかったそうなんだ。
そしたら神保さんが日本に行って、MHKにこの辺りの事情や調査結果を説明しちゃったんだもんだから、MHKがドキュメンタリー番組作っちまったんだわ。
なにしろまあ、俺が開発させて寄贈したマシンだしな。
それにあの『アンフェアプレイ賞』には日本中が恥ずかしい思いをしてたから。
それでその番組では、高野連合審判部が熱心に研修して判定がみるみる上達してる様子とかを詳細に伝えたんだ。
まあ未熟な奴らは匿名や顔モザイクが多い映像だったけど。
『あの神田選手はNPB審判部にもこの素晴らしい機械を寄贈されたそうなんですが……
ですがNPBの審判部は、この機械を使用してWBCゾーンを研修することを固く禁じられているそうなんですよ』
『この機械とこの機械で研修したプロ審判がいれば、選手たちも実際に打席に立ってWBCのストライクゾーンを経験出来ますよね。
そうすればあのように日本野球界の恥となった審判へのクレームも減らせると思うんですが』
『それがどうやら、私共の調査によると、そんなことをするとクレームが付けられなくなって、大敗するイイワケが出来なくなるからということで、オーナー会も選手会もこのストライクゾーン研修に強硬に反対しているそうなんです』
『ええっ!
イイワケ出来なくなるなどという理由で反対しているんですかぁっ!
本当ですかそれは!』
『それでは証人のNPB公認審判の方に聞いてみましょう』
画面に審判の格好をした男が出て来た。
顔はモザイクで覆われ、音声も変えられている。
『そうなんですよ。
我々NPB審判部もあのマシンでWBCストライクゾーンの研修をしたいんです。
そうすれば次回の日本代表にWBCゾーンを示してあげられて、審判にクレームなんかしなくても済むようになるでしょうから。
ですが、オーナー会にも選手会にも『そんなことしたらもう判定に文句が言えなくなって、大敗北のイイワケが出来なくなるじゃないかっ!』って怒鳴られまして……
それで一切使わせてくれないんです……』
ついでに何故か、オーナー会に直訴しに行ったNPB審判部長に、
『そんなものを導入したら、次回も大敗した時になんとイイワケするのだぁっ!』
『お前はアメリカの回し者かぁっ!』
って机を叩いて激怒している会長の姿の録画まで流されてたし。
(提供:神界)
オーナー会会長がNPB本部長を呼びつけて
『絶対にあのような胡乱な機械を審判に使わせるなっ!』
『だいたいあの機械はワシに逆らったクソ生意気な神田のガキが提供したというではないかぁっ!』
って怒鳴ってる会長の姿もな。(提供:もちろん神界)
加えて選手会会長が審判部長に、
『そもそも俺が見逃した球は、全部ボールって判定すりゃあいいんだよ!』
『お前ら審判は俺たちがプレーしてるから仕事があるんだろうがよぉっ!』
って吼えてる姿も。(提供:やっぱり神界)
おかげで日本中が大騒ぎになったそうだ。
『言い訳ニッポン!』とか言われてNPBが叩かれまくってたわ。
『そんなイイワケを用意するヒマがあったら野球が上達するように努力しろ!』とか言われて。
そういえば第1回WBCにも出場してた選手会会長は、球団に急遽引退を連絡した後行方不明になっちまったそうだな。
大量の米と味噌と炊飯器持ってハワイに逃げて、ほとぼりが冷めるまで貸し別荘で暮らそうと思ってたらしいんだけど。
でも日米で電圧が違うの知らなくて炊飯器がイッパツでぶっ壊れて泣いてるそうだ。
ハワイにはそれなりに日系人もいるから200V用の炊飯器も売ってたんだけどさ、電気屋の店員にいくら日本語で怒鳴り散らしてもまったく通じなかったんで、逃げ帰ったらしいな。
「日本語喋れるくせに、なんで俺には英語だけで話しかけて来るんだ!」とか怒りながら。
中には見た目が完全に日本人なのに日本語が全く喋れない日系3世とかもいるしな。
そういう店員に馬鹿にされてると思って激怒して掴みかかったら、警備員に取り押さえられて警察呼ばれたそうだわ。
その後とうとうオーナー会会長とNPB本部長が国会に参考人招致されて答弁させられたんだ。
議員たちってそういう国会質問で目立つの大好きだから。
もちろん2人とも大汗かいてしどろもどろだったぞ。
特に会長なんか、30年前に親が死んで以来、自分の権力やカネの力が及ばない相手となんかほとんど話したことなかったからな。
せいぜいオーナー会議ぐらいだったんだよ。
その会議だって全員が対等な立場だし。
それが国会で自分よりもエラソーにしてる議員たち何百人もに囲まれてパニくっちまったわけだ。
『ストライクゾーン判定マシン』をNPB審判部に使わせない理由を問いただされて、『き、ききき、機械の信憑性に疑問があるためですっ!』とかイイワケしたんだけどさ、『使ってもいないのにどうして信憑性がわかるんですか!』とかって詰問で返されて、蒼白になったまま口開けてガクブルになってたそうだし。
本部長も『日本のストライクゾーンと微妙に異なるため』とかイイワケしたんだけど、『だから試してもいないのにどうして差異がわかるんですか!』とか反論されて涙目になってあうあう言ってたし。
おかげであのエレファンツオーナーのオーナー会会長は、マスコミの大量取材から逃れるために、入院して引き籠っちゃったんだよ。
まあ、不祥事起こした政治家や経営者がよく使う手だな。
それでオーナー会会長も辞任したんだ。
もう2度と証人喚問なんかに呼ばれないようにって。
もちろんそれに伴ってエレファンツからの出向者であるNPB本部長も辞任してたけど。
だけど他の球団オーナーたちは、当初次期会長に誰も名乗りを上げなかったんだ。
自分たちだって証人喚問なんか受けたくなかったから。
それであの若いラクーンズの豊田オーナー代行が、正式に球団株式を親から譲り受けてオーナー会会長に就任したんだよ。
まあラクーンズは4年連続でセリーグを制してたし、誰も反対出来なかったそうだ。
反対なんかしたらじゃあお前が会長になれとか言われるし。
ついでに豊田新会長はラクーンズの球団社長とNPBの本部長にも就任してたわ。
そしたら新会長が、『NPB審判部研修へのユーキ判定マシン導入』と、『選手たちへのWBCゾーン研修導入』と、『1年後のNPBへのWBCストライクゾーン正式導入』を発表しちゃったんだわ。
日本の野球を世界レベルまで引き上げるためにって。
ついでに『審判への過剰な抗議は退場案件』っていうのも制度化してたな。
そのオーナー会議にはMHKのカメラも入ってたもんだから、ジジイオーナーたちも額を青筋だらけにしながら誰も反対出来なかったそうだ。
因みに審判による退場宣告は、『審判への3分以上の執拗な抗議、もしくは1試合3回以上の抗議』に加えて『審判を睨みつけるなどのスポーツマンシップに悖る無礼な行為3回』っていうのが要件だったんだけどな。
導入して最初の1か月で退場者がのべ300人にもなったんで、日本中が呆れたそうだ。
中には毎試合退場させられたベテランとか、退場者が多すぎてベンチ入りメンバーがいなくなって試合放棄負けになったチームまでいたそうだ。
それに興味深いことに、退場回数は年齢が上の奴ほど多かったんだと。
もちろん一番多かったのは監督や選手会長な。
ついでに『負けているチームほどクレームが多い』っていう傾向も変わらなかったし。
オーナー会議でWBCゾーン導入の理由を正された豊田新会長は、
「まずはもちろん次回WBCでの惨敗を避け、あのように不名誉な賞も受けないようにするためです。
それにそもそもストライクゾーンとは『このゾーンに来たら打てるでしょ』というゾーンです。
ですから、長身の選手にとっては外角のゾーンを広くしても何の問題も無いのですよ。
これがWBCであのゾーンが採用されている理由です。
それにあのゾーンなら内角攻めが減って、選手がデッドボールで負傷する可能性も減りますからね」
そしたらジジイオーナーが「身長の低い選手にとっては不利だろう!」って反論したんだ。
でも、豊田会長が、
「はは、確かに今の35歳以上の選手の平均身長は170センチありませんが、20代の選手たちの平均身長は180センチを超えて来ました。
それに少なくとも170センチ以上の選手にとっては、外角低めの球でもボール1個分73ミリにルート2を掛けて102ミリほどベース寄りに立つか、少し長いバットを持つか、ステップすれば特に問題も無いとの実験結果も出ていますので。
ですからこれからのプロ野球選手にとっては何の不都合もありませんよ」
って答えたんだわ。
そしたらジジイたちの額に太っとい青筋が立ちまくったんだと。
どうやら『るーとに』っていうのがなんのことかわからなかったようだな。
ジジイって、若造が自分の知らない言葉を使うと、それだけで莫迦にされてると思って激怒するから。
それにジジイオーナーたちってみんなチビだったけど、この新会長は身長185センチでムキムキだったからなぁ。
ジジイたちはさらに額の青筋膨らませたけど沈黙したままだったそうだ。
それにしてもさ。
日本のジジイたちって、なんでみんな身長が低くってガニ股なんだろうな?
いやまあ身長が低いのはまだわかるよ。
ガキのころは日本は後進国で喰いもんも碌なもんは無かったから。
あの1900年の義和団の乱で派兵した9カ国9人の兵士が正装して身長順に並んでる写真があったろ。
昔はよく歴史の教科書にも載ってたけど。
普通はそういう写真を撮る時って体格のいい兵士を出すよな。
だけど、9人中日本軍の兵士はダントツに小柄なんだよ。
一番デカいイギリスやアメリカの兵士と比べると、もう大人と子供ぐらいの差があるんだ。
8000人も派兵しといて、あんな子供みたいな兵士しかいなかったのか?
つまりまあ昔の日本人はみぃんなチビで小柄だったってぇこったな。
でもさ、どうしてガニ股なんだ?
みんなも街中のジジイたちを観察してみ。
何故かつま先が60度とか、場合によったら90度とか外側向いてる奴がほとんどで、みんな脚を前に出すとき膝を左右に広げたまま前に出してるから。
でもババァとかはそうでもないから、『歳を取るとガニ股になるのだ!』っていうイイワケは通用しないよな。
しばらく前に、若いのたちの間でわざわざズボンずり下ろして半ケツ状態で歩くのが流行ってたろ。
あれって、少しでも体を大きく見せて強そうに見せようとするサル由来の本能行動だったんだよ。
だから若い奴でも長身の奴はほとんどやってなくって、ズボンずり下ろしてたのはチビばっかりだっただろ。
夜の繁華街とかで肩を揺すりながら歩いてるチンピラさんたちも、おんなじように少しでも体を大きく見せようと涙ぐましい努力を続けてるわけだな。
座る時も脚おっぴろげて座って、少しでもカラダ大きく見せようとしてるし。
まさかさ、ジジイたちがみぃんなガニ股なのって、みんなチビだったからやっぱり少しでも体を大きく見せようとして膝おっぴろげて歩いてたからか?
そういう涙ぐましい長年の努力の結果、骨格までそうなっちまったのか?
それともサルが直立2足歩行するときもガニ股だからか?
うーん、つまりガニ股のジジイたちって、みんなサルからヒトに進化しきれなかった奴らだってぇことか……
自分がチビなのは社会のせぇで仕方無ぇんだからよ。
そんなみっともねぇ歩き方になってまで体大きく見せようとしなくてもいいのにな。
それにさ、日本語のイディオムってみょーに体の大きな奴をインサルトして、チビを礼賛するもんが多いんだよ。
『独活の大木』とか『大男総身に知恵が回りかね』とか『木偶の坊』とか身長が高い奴を貶す一方で、『山椒は小粒でピリリと辛い』とか『小さくとも針は飲まれぬ』とか言ってチビを擁護礼賛してるしな。
逆に体格のいい奴を礼賛してチビを貶すイディオムって無いだろ。
多分数千年に渡ってチビたちの劣等感は脈々と引き継がれて来たんだろう。
江戸時代だって、チビ大名はみんな体のデカい力士のパトロンになったり家臣に召し抱えて平伏させてマウント取りたがってたしな。
そこまで卑屈にならなくてもいいのによ。
だからさ、ごく稀にいる高身長のジジイたちをよく見てみ。
みんな背中丸めて体を小さく見せながら歩いてるから。
ヘタすりゃあ頭も低くしようとしてアゴ突き出してるか俯いて歩いてるから。
あれは若いころから身長が高いっていうだけでチビの先輩や上司にイジメられて来たからなんだよ。
だから常に体を小さく見せようとして、姿勢まで悪くなっちまったんだ。
ここまでチビがデカい奴を否定しようとする国って世界でも珍しいぞ?
やっぱり日本民族って、劣等感の裏返しで嫉妬心が異様に強い性向を持ってるんだな……
閑話休題。
「神保さん」
「はい勇者さま」
「大変申し訳ないんですけど、ご配下の天使の方に、しばらくの間この新オーナー会会長を見守らせてやって頂けませんでしょうか……」
「すべては勇者さまの御心のままに……」
そうそう、NPBが使い始めてしばらくして、韓国やチャイニーズタイペイやオーストラリアみたいなメジャーリーガーのいない国から、『ストライクゾーン判定マシン』の引き合いが大量に来るようになったんだ。
だから原価で欲しいだけ売ってやったんだ。
みんなずいぶんと喜んでたわ。
ついでにアメリカ国内のアマチュア審判協会からももっと大量に引き合いが来てたし。
それで喜んだメーカーが更に開発して、斜め後方に設置した4台のレーダーでストライクボールを判定出来るマシンを作ってくれたんだわ。
しかもきちんと固定すればスタンドの2階席辺りの距離からでも判定出来るんだ。
おかげでさらに売れまくってたわ。
これでさらに世界中で審判へのクレームが減って行くだろうな。
はは、これで俺も世界の野球界にまた少し恩返しが出来たか……




