*** 146 WBC決勝トーナメント***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。
決勝トーナメントが始まった。
アメリカの初戦の相手は韓国になる。
まあアメリカの3番手ピッチャーが頑張って投げてたよ。
決勝トーナメントからは投手の球数制限も100球になったし、それで7回までで100球近くめいっぱい投げて、8回はセットアッパーに任せて9回は念のためクローザーも投入して、9対1で韓国を降すことが出来たんだ。
もちろん俺も、いつでもリリーフ出来るようにブルペンで肩を温めながら待機してたんだけど、ピンチらしきものも全く無かったわ。
キューバはメキシコに6対2で勝って金星を挙げてたよ。
キンデランくんとリナレスくんもそれぞれ1本ずつホームランを打ってたし。
アメリカの準決勝の相手はそのキューバになる。
そのキューバ戦の前夜、ガイエル監督とジョー、それからアレクが相談していたそうだ。
「明日のキューバ戦は気が抜けねぇ」
「うむ、あの国がここまで野球が強いとは誤算だった」
「そこで提案があるんだが、仮にキューバに勝てたとして、次は間違いなくドミニカになるだろう。
だが、そのドミニカ戦の先発予定はあのユーキだ。
MLBのオールスターやワールドシリーズを見る限り、奴の球にはドミニカ代表も苦労するだろう」
「いくら100球の球数制限があるとはいえ、ユーキは極端にボール球が少ねぇ。
だから決勝戦は万が一を考えてもピッチャーはあと3人残しておくだけで充分だろう」
「だから明日のキューバ戦は、残りのピッチャーを総動員するぐれえのつもりでいいんじゃないかな」
「うむ、それではそうするとしよう」
おかげで試合当日のアメリカブルペンは満員よ。
俺が少し肩作ろうとしても、ジョーに『お前ぇの出番は無ぇから大人しくダグアウトに座ってろ』とか言われるしさ。
それで先発はアメリカ代表の2番手だったんだけど、4回を投げてすぐに3番手にリレーして、3番手が3回投げたらまたセットアッパーが出て来て。
それで9回はクローザーに任せたんだ。
みんな結構クセのあるフォームで特徴的な球を投げるからなぁ。
キューバ打線も相当に困惑していたようだわ。
おかげでアメリカ代表はキューバを2点に抑えられて、7対2で勝てたんだ。
まあ、キンデランくんに2ランホームランは打たれちゃってたけどな。
でもさ、試合後のキューバ代表の笑顔は実に爽やかだったよ。
今まで対外試合を全くしたことが無かった自国リーグの野球が、世界でも通用することがわかって自信を持てたんだろう。
3日後の決勝戦のチケットを嬉しそうに受け取ってたよ。
翌日の準決勝第2試合では、ドミニカがプエルトリコを15対5で降してたわ。
さてと、予想通りアメリカ対ドミニカの決勝戦になったか。
これでどっちが勝ってもMLBは面目を保てそうだな……
なんかアメリカのマスコミは『投のアメリカ対打のドミニカ』とか書いてたけど。
それじゃあ投の真骨頂を見せてやりますかね。
決勝戦当日。
場所はサンフランシスコのキャンドルスティックパーク。
ロジャーくんはダグアウト裏にも消えずに気合が入った顔をしていたよ。
なんかこいつ、一皮剥けたかな。
まあ、ジョーから各打者に対しての配球をみっちり叩き込まれてたし。
それに、相手のファールが続いて次のサインに迷ったときには、1塁側ダグアウトの前に立ってるジョーがサインを出してくれるそうだ。
これでロジャーくんも随分と安心したらしいな……
それでやっぱりMHKは、試合前の選手紹介でスターティングメンバーの野球関連推定所得も紹介したんだけどな。
俺の年俸2億7000万円の隣にある『野球関連所得、約78億円(推定)』っていう数字を見て日本中がフリーズしたそうだわ。
まあ、NPBの選手全員の年俸総額がようやく50億円を超えた時代だからなぁ。
驚くのも無理無いけど……
俺も驚いてるから。
さて、それじゃあ収入に見合うだけの球ぁ投げねぇとな。
あー、1塁側のアメリカダグアウト前には移動式のフェンスが置かれたか。
右打者に対してはカウント球として新型スライダーも投げろって言われてたもんな。
はは、それじゃあ俺も変化球三昧で頑張りますかね。
プレイボールの声がかかった。
初球のサインは……
やっぱり8メートル級カーブか。
まあ、ドミニカの先頭打者はアメリカンリーグ所属だけあって、俺の変化球には慣れてないからなぁ。
おお、8メートル級カーブ投げたらすんげぇ大歓声だ。
この球やっぱり客が喜ぶなぁ。
2球目は新型スライダーだな。
これもビジュアル的にウケるからか。
同時に相手の度肝を抜く効果もあるけど。
あー、打者さん空振りしてやんの。気の毒に……
この頃になると、サンフランシスコTVのクルーたちも、相当に俺の球に慣れてたもんだから、俺が投げ終えるとすぐに外野の大スクリーンやホーム裏のスクリーンにVTRが出るんだよ。
だから客が一斉にスクリーンの方向を見るんだわ。
最初は笑っちまったぜ。
おっと、次は2.5メートルジャイロか。
なんかジョーやミゲルの配球みたいだから、安心して投げられるわ。
うん、三球三振に打ち取れたか。
まあ、出だしは順調だな。
それからも、8メートル級カーブ、高速ナックル、2.5メートルジャイロや新型スライダーを見せ球にして、決め球は新型カットとシンカーで打者を打ち取って行ったんだ。
なんかロジャーくんは完全にゾーンに入ってるみたいで、その影響からか俺も結構集中して投げられてたし。
ロジャーくんの代わりにDHに入ったアレクがホームランを2本も打って、俺もついでに1本打ててたし。
そうこうしているうちに、8回の裏も終わった。
得点は8対0でアメリカがリードしている。
ん?
ドミニカはヒット0か。
ウチのエラーも0だし、確か四死球もなかったし。
そういえばボール球は2球しか投げてなかったわ。
っていうことは、ここまでパーフェクトゲームか。
だからダグアウトで誰も俺の隣に座ってくれなかったんだな……
9回の表のドミニカの攻撃も2アウトになった。
あと一人打ち取ればアメリカの優勝になる。
そしたらさ、出て来やがったんだよ。
あのミゲルが代打で……
パーフェクト負けを逃れるのをミゲルに託したっていうことか。
それで初球に8メートル級カーブを投げたんだけどさ。
ミゲルの奴、俺の手からボールが離れる瞬間に、左足を伸ばしたまま右足を大きく曲げたんだ。
それこそ膝が地面ギリギリになるぐらいに。
つまりまあ、ボールの軌道に対してレベルスイングに近いバット軌道にしようとしたわけだ。
あいつ、こんなことまで練習してたのか……
ミゲルのバットはボールの芯を喰った。
さすがタイミングはバッチリだったよ……
そうして高い高い大飛球がセンター目掛けて飛んで行ったんだ。
あまりの打球の高さにセンターフィールダーがフェンスまで行く余裕もあったのは幸いだったわ。
そうしてセンターは、ほとんど真上から落ちて来た飛球を、フェンスに背中を付けたまま捕球したんだ。
呼吸の止まっていた大観衆から一斉に大歓声が沸き起こった。
こうして遂にアメリカは優勝出来たんだ。
ミゲルは残念そうな顔してたけど、それでも俺に握手を求めて来たよ……
はは、『打のドミニカ』を相手にパーフェクトゲームをやらかしちまったわ。
まあ最高の結果だったな。
因みにさ。
例のブックメーカーの『最初にミラクルボーイのスーパーカーブに対してホームランを打つのは誰か』っていう賭けって、WBCも対象に入ってたんだ。
それでもしミゲルにもう少しだけパワーがあって、あの大飛球がスタンドインしてたら、800倍の超大穴だったんだと。
100ドル賭けてたマリーアがすっげぇ口惜しそうにしてたわ……
表彰式が行われた。
大会MVPを誰にするか少しモメたようだけど、結局は全試合出場のキャプテン、アレク・モーガンに決まったよ。
内々でMLB本部長さんに、『もしも大会MVPを決める際に俺と誰かで意見が分かれてたら、俺以外の奴にして下さい』って頼んでもいたからな。
それから敢闘賞だのリーディングヒッター賞だのが決まっていったんだけどさ。
なんか記者投票で日本に『アンフェアプレー賞』が送られちまってたわ。
受賞理由は『審判のジャッジに多大なるイチャモンをつけて、ジャッジを自チームに有利になるように誘導しようとしたから』だそうだわ。
まあ、日本チームのクレームは全部で40もあったからなぁ。
他の全試合合計でも2つしか無かったし。
おかげで大恥かいた日本代表は、大会本部への抗議も取り下げてたわ。
まあNPBでは、あれぐらいの審判へのイチャモンは常識だったらしいんだけどな。
いくら抗議しても退場にはならないし。
でも、これで日本でも審判への抗議が減ればいいな……
さて、来週からは1989年シーズン開幕か。
また頑張って投げて行こうかね……
余談だけどさ、このミゲルの打ち方をシーズンに入ってからマネした奴がいたんだよ。
だけどそいつ、あんまり練習してなかったもんで、片足を曲げたときにあろうことかバランスを崩して前につんのめったんだ。
それで、頭部がホームベースの真上に来ちゃったんだわ……
70度近い降下角度で落ちて来た8メートル級カーブが、そいつの頭頂部やや後方を直撃してカエルみたいに潰した。
そしてボールはスコーンとか音立てて観客席まで跳ねて行ったんだ。
ボールパークが凍り付いたよ。
でもそいつ、むっくり起き上がってきょろきょろしてるんだ。
「今何が起きてボールはどこ行ったんだ?」みたいな顔して。
そうして審判を振り返ったら、審判もようやく解凍して、ストライクを宣告した後すぐさまタイムを取ったんだ。
そうして、飛び出て来た監督やドクターと一緒にその打者に大丈夫かって聞いてるんだけど、そいつはやっぱりまたきょとんとしてたんだよ。
まあ.45の銃弾でも弾くチタン合金製メットがたかがボールごときでどうにかなるもんじゃないわな。
しかも首には最上級品のプロ用ネックガードも巻いてあるし。
それにボールが当たった勢いで潰れたのも良かったんだろうな。
念のためにそいつは救急車に乗せられて病院に運ばれたんだけど、何の問題も無かったんで翌日の試合には元気に出場してたわ。
おかげでしばらくの間、サクラメント・プロテクターへのメットの注文がいつもの10倍になってたよ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日本国内ではWBC日本代表のあまりの不甲斐なさに批判と敗因分析が続いていた。
どうやら分析の結果は、『神田が日本代表にならなかったのが悪い!』っていうものと『今回の日本代表が弱かったから』っていうのに2分されているようだ。
それでMHKが敗因分析討論会を開いちまったんだわ。
『神田のせい!』の側は、NPB本部の本部長と赤羽とかいう野球評論家で、『日本代表は弱かった』っていう側はあの水道橋総監督とアンジーだったんだけどな。
因みに水道橋総監督は、甲子園10連覇と大学選手権5連覇の功績で、助教授を3年ですっ飛ばして全体大史上最年少タイ記録で教授に昇格してたんだ。
全体大って大学の方針で、自分が目覚ましい実績を挙げた奴よりも、指導者として生徒や学生に大きな功績を残させてやった人物をより重視するらしい。
まあ体育大学として、教育大と並んで全国の体育教師の総本山みたいなもんだから当然なんだろうけどな。
なんか水道橋教授はことあるごとに俺のおかげだって言ってるんでちょっと困惑してるんだけど。
それで水道橋全体大教授兼野球部総監督は、アマチュア野球のカミサマとか言われてて、こういう席にはしょっちゅう呼ばれてたそうだ。
中学や高校や大学の野球部はもうすっかり教え子の監督コーチたちに任せてたし。
討論会では、最初にMHKの司会者が「どうぞご自由にご意見を述べて下さい。もし多少不適切な発言がありましても、後程編集致しますのでご心配なく」って言ったもんだから、けっこうな激論が交わされたようだ。
アンジーも相当に日本語は上達してたんだけど、念のため同時通訳もつけてもらったそうだな。




