*** 142 アメリカ代表キャンプ ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。
日本の記者相手の会見が再開された。
「最初にお断りしておきますが、この会見はあなた方の要請に基づいて開かれたものです。
わたしの要請ではないことにご留意して、1人ずつ紳士的に質問をしてください」
(((( ……(くっ)…… ))))
「それでは代表の方どうぞ」
「あ、あなたはNPBのオーナー会会長であるエレファンツのオーナーにWBC日本代表参加を確約していたそうですが、あれは嘘だったんですか!」
「わたしは確かにオーナー会会長と名乗る方に、『もしも代表に選んで貰えたなら、WBCには参加したいと思っています』と答えました」
「な、なのに何故っ!」
「あれ?
わたしは『日本代表』とはひとことも言っていませんよ?」
「「「「 !!!! 」」」」
「あの人が勝手に勘違いされていただけでしょう」
「し、しかし会長は帰国後の記者会見で確かにあなたが日本代表に入ると発表していましたが……」
「他人の勘違い発言にまで責任は持てません」
「「「「 ……………… 」」」」
「そ、それにしても、アメリカ代表とは……
アメリカはあなたを代表にするために急遽あなたにアメリカ国籍を与えたというのは本当なんですか!」
「え?
これもご存知無かったんですか?
わたしは渡米1年目にはアメリカ国籍と市民権を貰っていますよ。
つまりもう4年も前の事です」
「「「「 !!!!! 」」」」
「取材相手のことは、もう少し調べてから記者会見に来た方がいいんじゃないですか?」
「あぅ……」
「日本人として、日本に世話になったという意識は無いんですか!」
「はあ、わたしは確かに日本で生まれて育ちましたけどね」
「な、ならば!」
「ですけど、だからといって全く義理はないですね。
わたしが所得を得たのはすべてアメリカに来てからですし、そういう点でもアメリカへの義理の方が遥かに大きいですよ?」
「だ、だからと言って……」
「それにわたしがこのWBCの開催を提案したんです。
さらに今年7月には大統領から自由勲章まで授与して頂きましたからね。
あなた方にとっては、これは『義理』に相当しないんですか?
随分と偏った義理の定義なんですねぇ」
「あぅ……」
「それから、ひとつ言わせて頂ければ、私は日本から代表招集通知を受け取っていません。
呼ばれてもいないのに代表入りを語るのは意味が無いんじゃないですか?」
「そ、それは内諾があったためにあとで通知を……」
「だから内諾してませんってば」
「……あぅあぅ……」
「ついでにみなさんにお尋ねしたいと思います。
あの、日本には今の私の球を捕球出来るキャッチャーがいらっしゃるんでしょうか?」
「「「「 !!!!!! 」」」」
「そ、それは、代表が招集されてからの練習で……」
「いや、高校時代や大学時代はいざしらず、今のわたしの変化球を受けられるキャッチャーはアメリカにも3人しかいないんですよ。
それもそのうち2人はドミニカ人ですからWBCでは私の球を受けられません。
もう1人のアメリカ人のエクスパンド・ロースターである若手キャッチャーは、2年近くもかけてようやく受けられるようになったんです」
「「「「 ……(うっ)…… 」」」」
「ですからもしもわたしに代表入りを望むなら、シーズン後に日本代表候補のキャッチャーたちをここアメリカに派遣して練習させることについても『内諾』を得ているべきではなかったかと思います。
そうしていれば、そのときに『内諾』に関するカン違いも明らかになっていたかもしれませんし。
ですが、たった4か月足らずの練習では、本番でパスボールだらけになって日本代表は大敗すると思います。
それにわたしもそんな負け方はしたくありませんしね」
「「「「 ………(ううううっ)……… 」」」」
「それからですね、実はわたしが日本代表に入ることが出来ないもうひとつの確固たる理由があるんです。
みなさんはそんなことにも知らずにアメリカまでいらしたんですか?」
「な、なんだと!」
「せ、説明しろ!」
「はは、わたしがアメリカ国籍を貰っていたことは申し上げましたよね」
「そ、それがどうした!」
「ですが、日本には世界でも珍しい極めて独善的な法律があるんですよ」
「な、なんだそれは」
「『2重国籍の禁止』です……」
「「「「 !!!!! 」」」」
「従いましてわたくしは、アメリカ合衆国の国籍を貰った時点で、日本国籍を持ち続けることを断念しなければならなかったのですよ。
仕方が無いので訪日の上、以前の住民票があった東京都千代田区の区役所に出向いて『国籍放棄申請』の書類を提出し、パスポートを返却するはめになったんです。
いや残念でした。
あの法律さえ無ければわたしもまだ日本人でいられたものを……」
「「「「 ……(あぅ)…… 」」」」
「つまり、わたくしは今、アメリカ人ではありますが、日本人ではないんです」
「「「「 ……(あぅあぅ)…… 」」」」
「まあWBCの開催要項の中には『父母のどちらかの国籍』の国の代表にもなれるという条項がありますが、それはあくまで自分の国籍の国の代表になれなかった場合の話です。
私は既にアメリカ代表の認定を頂戴していますので『父母条項』を選択することは出来ません。
以上の理由によって、日本代表入りは不可能なのですよ?
なのになぜあなた方は日本代表にならないと言って私を非難なさるのでしょうか?」
「「「「 ……(あぅあぅあぅあぅ)…… 」」」」
そしたらさー、その場にいた記者たちが酷ぇ記事書きまくったんだわ。
『傲慢神田、日本には義理は無いと語る!』
『日本の勲章も暗に要求!』
『日本代表入りを確約した覚えは無い!』
『日本の誇る代表捕手陣を無能と批判!』
とかな。
もちろん2重国籍禁止とかには一切触れずに。
それでまあ記者会見の一部始終を録画したもんを、MHKに送ってやったんだわ。
ついでに神保さんに頼んであのオールスター前のオーナー会会長とのお話の映像もな。
そしたらMHKがゴールデンタイムに特集番組組んで、その映像を全て流しちゃったんだ。
オールスター戦先発の1時間前にアポも無しに乗り込んで来て、接待まで要求する会長の姿には日本中が呆れ返ったそうだわ。
ついでに『2重国籍禁止法』については首相官邸や法務省に抗議の電話が殺到したらしいな。
因みに、あのエレファンツオーナーのオーナー会会長には、周囲の茶坊主役員がこの番組を見せなかったらしい。
そんなことしたら、八つ当たりする会長の罵詈雑言を浴びるハメになるからな。
まあそのために飼っている役員なんだから当然なんだろうけど。
それから、俺が退出した後に記者代表が『あの生意気な若造にペンの暴力を思い知らせてやれっ!』とか叫んでたのも、それに応えて記者全員が「「「おう!」」」とか言ってたのも全部放映されちゃったし。
それで『傲慢記者による記者会見内容改竄!』とか言われて、記者たちも叩かれまくってたぜ。
なんか、ほとんど全員が停職処分か戒告処分になっちまったらしいな。
まあ、『あれは一部の記者に問題があったためであり、当社の記事全体の問題ではありません』って主張するためのシッポ切りだろうけど。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アメリカ代表候補がドミニカのギガンテス・アカデミーに集まり始めた。
もちろん11月から1月までのキャンプ参加は任意だったんだけど、代表候補さんたちには2月1日の正式招集までに一度はドミニカに来てくれるように頼んである。
それでぽつぽつと代表たちが集まり始めたんだけどさ。
みんなアメリカに帰らないでそのまま居ついちゃうんだ。
もしくはいったん帰国しても家族を連れてまたすぐ戻って来るとか。
南部はともかくアメリカ北部なんかに比べてドミニカの冬は過ごしやすいし。
それになにしろこのアカデミーでは最大350人の練習生を受け入れるための拡張工事をしてたろ。
だから野球場は8つもあるし、ブルペンも120あるし、筋トレマシンなんかも体育館2つ分揃ってるしな。
しかもそこには、打者用、投手用、外野手用のユーキメソッド用の施設や担当コーチも揃ってるし。
ティーバッティング用のケージなんか150もあるしなぁ。
施設内を走る無料巡回バスまであるんだぜ。
その上驚いたことにジョーまでコーチとして来てくれてたし。
どうやら正式にWBCアメリカ代表のコーチとして契約したそうだ。
そうそう、こういうキャンプでは、代表候補に選出されるような超一流選手たちは、ピッチングマシンを使った打撃練習はしたがらないんだ。
やっぱり活きのいいピッチャーが投げる活きた球を打ちたいから。
でも自分のチームのキャンプでは、ピッチャーの人数が限られてるから、打ち込みをしたいと思ってもなかなか出来ないんだよ。
ピッチャーには球数制限があるからな。
でもさ。
このキャンプにはユーキ軍団のピッチャーが、ラニーやマックスも含めて12人も来てくれたんだよ。
『ボスが提唱したWBCで、ボスが代表に入ったアメリカチームに恥をかかせるわけにはいかない』って言って。
まあみんなに丁重にお礼を言っておいたけど。
それ以外にも各チームのエクスパンドクラスの若手投手は50人もいるし、3Aのレギュラークラスなんか80人以上いるからなぁ。
だから打ちたけりゃいくらでも打撃練習が出来るんだ。
軍団の連中も練習生たちも、代表クラスのバッターに投げられるなんて滅多にない経験だから大喜びしてるし。
そのうち若手ピッチャーたちには、ユニフォームにリボンをつけさせたんだよ。
例えばピンクのリボンだったらストレートの球速155キロ以上、赤だったら160キロ以上、ブルーだったらカーブが得意、緑だったらスライダーが得意とか。
それで代表や代表候補たちは練習したい球種のチョイスも簡単に出来るようになったんだ。
それに加えてメシは3星レストランクラスで最高だろ。
さらには神山診療所にはボスの神山さんを始めとして30人も施療師さんがいるし。
サンフランシスコでも施療院は開業してるけど、代表候補が来たらドミニカでの集中治療を勧めて貰うように頼んであるんだ。
ついでにルイスが張り切っちゃってたもんで、ドミニカ・アカデミーにはプールまで出来てたし。
当時は珍しかった流水プールとか波の出るプールまであったもんな。
子供がまだ小さくて家族連れで来た選手用には『2泊3日のドミニカリゾートビーチツアー』とかの企画まであったわ。
しかもこうした施設の使用料や食費もすべてタダだったからなあ。
MLB本部のアメリカ代表支援課も大盤振る舞いだわ。
なんでもとんでもない数の支援スポンサーがついたんで、資金はいくらでもあるんだと。
「選手の支援になる資金使途はもっとありませんか?」とかしょっちゅう聞かれたわ。
とうとう会議室を改造して映画館まで作ってたよ。
そこで毎日最新の映画を上映してるんだ。
コンビニすら用意してたし、もちろんバーも作ってたし。
もはやアカデミーが小さな街になっとるわ。
そうしてみんながキャンプに慣れてくると、紅白戦も始まったんだ。
紅白戦って言っても、代表候補の連中にとっては代表になるための大事なアピールの場だからなぁ。
みんなかなり真剣にプレーしてたぞ。
まあ、俺は調整登板で数回投げただけだったけど。
ABCテレビのクルーが追加でドミニカキャンプにやってきた。
どうやらこの紅白戦の様子をアメリカで放映したいらしい。
まあこの時期はNBAやNFLやNHLが頑張ってるから、スポーツ番組には事欠かないんだけど、それでもやっぱり野球が見たいっていう視聴者は多いんだそうだ。
それでスポンサーもついたんで、キャンプ風景に加えて紅白戦の様子も放送することになったんだよ。
(作者註:NBAとは、National BasketBall Assosiation のことである。
『公益社団法人日本バス協会』のことではない。
最初にこのNBAのステッカーが日本のバスに貼られているのを見て、運転手がみんな身長2メートル以上なのかと思って驚いてしまった……
閑話休題)
まあ『WBCアメリカ代表の紅白戦』っていえばけっこうなコンテンツだわな。
しかも出場している選手を見れば、まるでオールスターゲームだし。
そしたら、その番組を見た残りの代表候補たちが、ほとんど全員ドミニカに集まって来たんだよ。
のんびり休暇を楽しんでたら代表選考に漏れるかもしれないって慌てたらしいんだ。
怪我を完治させるために療養中だった選手も、ドミニカの神山施療室に来たしな。
それで海外やテレビの無い地域で休暇中の選手以外は全員ドミニカに揃っちゃったんだ。
それにしても壮観だね。
完全にオールスターチームだわ。
それも20代後半から30代前半の活きのいい奴らが多いわ。
代表の監督を務めるガイエルも、実力と去年の実績のみでメンバーを選んだようだ。
さすがだよ。
さて、俺はWBC本番に備えてキャッチャーのロジャーくんを鍛えてやるとするか。
まあこいつも過去2回のキャンプで教えてやってきたせいか、けっこうキャッチングも上手くなったんだけどさ。
それでも、少しでも上達させてやらないとWBCで恥をかかせたら可哀そうだし。
もちろんアメリカ代表監督のガイエルの特別推薦で、ロジャーくんも代表候補入りしてたぞ。
試合に出られるとしても俺が投げるとき限定だろうけど。
はは、メジャーデビュー前に代表デビューか。
それで生真面目なロジャーくんはもう涙ぼろぼろ零して大感激よ。
何度も何度も俺にお礼を言うんだ。
うーん、こいつ真面目過ぎてどっか故障してても黙って練習しそうだわ。
毎日『サーチ』でよくチェックしてやるか……
俺が投げてロジャーくんがキャッチング練習を始めると、ジョーとミゲルが後ろに立ってつきっきりで指導してくれてるんだ。
ミゲルはキャッチング技術で、ジョーは主に配球についてだったけど。
ドミニカ共和国代表はもう発表されてたけど、ミゲルも補欠で招集されてたんだ。
でも、発表されただけでまだ集合はかかってないんでまだこのキャンプにいるんだよ。
故郷の村は車で10分ほどだし、マリーアも里帰りしてるしな。
だからついでにロジャーくんの指導も頼んでるんだ。
はは、師匠と直弟子が孫弟子を指導しとるんか。
でもさ、キャンプでも投手は日に100球が制限投球数だろ。
そのルールをまさか俺が破るわけにもいかないし、ましてや神界に連れてって練習させるわけにもいかないし。
だからロジャーくんも日に100球までしかキャッチング練習出来ないんだ。
それでまあ試しにやってみることにしたんだよ。
まずはコントロールボードの代わりに分厚い防弾ガラスを設置する。
そうしてそのすぐ後ろに高精細度カメラを置いて、俺の変化球を録画してもらったんだ。
それでロジャーくんには大画面テレビの前にミット付けて座らせて、その録画を再生して見せたんだよ。
まあ、バーチャルキャッチング練習ってぇやつだ。
あんまり見てると画面に近すぎて目を悪くするかもしれないから、これも1日100球限定なんだけどな。
ついでに毎日内緒で奴の眼球周りには『キュア』もかけといてやったけど。
そしたらさ。
ロジャーくんのバーチャル練習を見ていたミゲルが言うんだわ。
「やっぱりそうか……
ねぇユーキ、ユーキってカーブ投げるときには他の球種を投げるときよりも腰の捻りが大きいよ」
「なんだと……」
「ほら、見てよ。
カーブの時だと背番号の30が全部見えるけど、ストレートやジャイロの時は3と0が重なって見えてるよ」
「ほんとだ……
いやー、よく気づいてくれたなーっ!
ありがとうありがとう!」
「いや僕も気づいてるべきだったんだけどさ。
でも実際の投球の時に背番号なんか見てたらパスボールしちゃうから、気づけなかったんだろうね」
「いや、それにしても今見つけられてよかったよ。
これひょっとしたら他の球団で気づく奴いるかもしれないからな。
危うく来シーズンに対策されるところだったわ。
いやー、なんでもやってみるもんだな」
「ね、ねえユーキ。
そ、それじゃあさ。
気づいたご褒美に許可して欲しいことがあるんだけど……」
「ん? いいぞ。何でも言ってくれ」
そしたらなんとミゲルの奴、その映像見ながらバット持って素振り始めたんだよ。
そ、そういえばこいつ、ドミニカ代表の補欠に入ってるんだよな……
WBCで代打に出て俺の球打つ気かよぉぉぉっ!!!
や、やるなミゲル……
そ、それでこそプロだわ……




