*** 136 オーナー会議での提案 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。
はは、ここからはオーナーたちにも言ってないことだからな。
「あの新種の害虫は、元々CIAの生物兵器研究所から盗まれたものです。
仮想敵国との戦争の可能性が高まったときに、仮想敵の穀倉地帯にバラ撒いて相手を混乱させるために遺伝子操作で作られたシロモノですね。
ギャンブル狂の研究員が怖いお兄さんたちから借りたカネを返せず、見せしめに殺されることを耳にしたオーランダーがカネを払って助けました。
そうして研究所から新型害虫を盗ませ、用意してやった生産施設で大量に生じさせたものです」
「な、なんだと……
あの害虫の蔓延は奴の仕業だったというのかっ!」
「その通りです。
あなたはオーランダーにハメられたんですよ」
膨らみかけていたセルグがまた縮んだ。
「だが、私が破滅することには変わりはないな……」
「いえ、それは違います。
オーランダーはつい先ほど、フロリダの別荘にいるところを巨額詐欺と窃盗教唆、そして破壊工作の容疑でFBIに逮捕されました。
その別荘では、新型害虫の生産施設とCIAの元研究員も見つかっています。
奴から損害賠償金をたっぷりと搾り取れますよ」
「だ、だが、奴の隠し財産は大半がスイスの銀行やケイマンの口座にあるのだろう。
奴が口座番号やパスワードを口にするとは思えん……」
「はは、これも先ほど匿名の情報提供者から、FBIにすべての口座の番号とパスワードが届いていると思います」
「な、なんと……
だ、だがあの害虫は野放しにされたままだ。
場合によっては隣の州にまで被害が及ぶかもしれんのだぞ……」
「それもご安心ください。
先ほども言いましたが、あれは生物兵器です。
ですから、3代を経ると急速に生殖能力が衰えるように設計されているんです。
いわゆるF1品種ならぬF3品種といったところでしょうか。
CIAの遺伝子操作能力は大したものですね。
もはや農産物の世界ではF1品種は主流になって来ていますから、それを応用した技術かもしれませんけど」
「と、いうことは……」
「はい、広大な農場にばら撒く数を揃えるのに2年近くかかっているようですので、念のためあと2年辛抱してください。
そうすれば害虫は自然に消滅します。
いくらCIAでも、相手国の農業生産を完全に壊滅させるのは戦略上得策ではないと考えていたのでしょう。
場合によっては合衆国にまで被害が及びますから。
オーランダーから得る巨額の賠償金があれば2年ぐらいの期間はなんとかなるでしょうね。
いっそのことビール醸造を2年間休んでもいいのではないでしょうか。
また、裁判の進行状況次第では、賠償金を担保につなぎ融資をしてくれる金融機関も見つかると思います」
「うっ、ううううううううっ……」
あー、おっさん泣いちゃったよ。
「因みに、オーランダーは労働組合というものを極端に嫌っていました。
若いころ自分が経営する会社で『昇給5年間凍結』の方針を打ち出したところ、大規模な長期ストライキを起こされて、結局会社が倒産してしまったからです。
ですから今回の企ては労組への復讐の意味もあったんでしょう」
「な、なんと……」
「さて、当然球団の株式譲渡も詐欺の被害ということで無効に出来るでしょうから、球団オーナーとして復帰なさいますか?」
「いや、私がMLBやオーナー会の規約に反したことは事実だ……
それに球団経営を任せられそうな後継者もおらん。
済まないがMLB本部で株式を買い取ってくれる人物を探して貰えないだろうか……」
「それでは後でこの会議の議題に上ることになると思います」
「ありがとう……
それでは私はこれで退出させて貰うよ……」
「あ、お手数ですが隣室でFBIの方が3人ほどお待ちしているはずです。
被害の調書を作成したいとのことなのでご協力願えませんでしょうか」
「わかった……」
完全にフリーズしていたオーナー会のメンバーが我に返った。
「な、なんということだ……」
「さ、詐欺事件だったのか……」
「我々も他人事ではないな……」
「それにしてもユーキの協力者は凄まじいな」
「ひょっとしてFBIそのものなのかもしらん」
「まさかユーキはFBIの捜査官も兼務しているとか」
「はは、それはありませんよ。
それでは昨日選手会連合がまとめた要望書がありますので、以降はこれをご検討いただけませんでしょうか」
「あ、ああ、今日の本題はそれだったな……」
それでまあ俺はオーナーさんたちに2ページほどの要望書の概要を配って読んでもらったんだよ。
「なんと……」
「年俸総額も最高年俸も、年率15%のシーリングで構わんというのか」
「その見返りに年金制度の拡充か。
しかも段階的拡充であって、今すぐ全額の支払いが生じるわけではないんだな」
「うん、これなら実行可能だろう。
今のMLB本部にはあの新型広告のおかげで莫大な準備金があるし」
「その代わりにオーナーへの配当も球団収益の15%に制限するわけか」
「そして、もしチームの順位が急上昇して15%を超える年俸の大幅増加が必要になれば、その分を配当準備金から払うというわけだな」
「しかもここに年俸の一部は球団株式で支払ってもいいとあるぞ」
「ええ、選手が高額年俸を欲するのは、本質的には『承認欲求』なんです。
去年5勝しか出来なかった投手が今年15勝したら、さすがに少額の年俸アップでは可哀そうですからね。
ですがたとえ1%でも球団のオーナーになれるのならば、承認欲求は満たされます。
ある意味最高の賛辞ですから。
まあ、その場合にはボールパークにオーナー専用席を確保してやることも必要になるでしょうけど。
その分入場チケットの売り上げは減るでしょうが、元スーパースターで現オーナーたちの周囲の席は大変な人気になると思います。
ですから周辺12席ほどの分は値上げしても客は殺到するでしょう」
「なるほど、既に高額年俸を得ている選手たちにとっては、年俸アップよりもオーナーになる名誉の方が遥かに大きいということか……」
「そうか!
これで高額年俸を求めてのトレード希望が激減するな!」
「ついでに年金のおかげで年俸アップの希望も減額されるのか」
「ということは、たぶん全球団の純利益合計が増加するな」
「それでますますMLB本部の資金が増加するので年金も増額可能か」
「なんというよく考えられた提案だろうか……」
「この提案書もユーキが考えたのかね?」
「はは、まあみんなで考えたと言わせて下さい」
「ふう、とんでもない頭脳だな」
「ところでマイケル、君はこの提案で構わないのかね。
君のヤンキースは常に大型補強でチームを強化して来たはずだが」
「はは、実は私も当初そう思っていたのだがな。
ユーキが考えたMLBの振興策を聞いて考えを改めたのだよ。
今ではこの選手会連合の提案とユーキの振興策に完全に賛同している。
なにしろユーキの振興策はほとんどコストもかからず、MLB全体が大いに盛り上がっていくものだからな。
5年後には全球団の合計収益が倍増しているかもしれん」
「そ、それはどのような振興策なのかね?」
「それではユーキ、皆に説明してやってくれるかな」
「畏まりました」
それでまあ俺はMLBの振興策を説明して行ったんだ。
「なんと……
ユーキ軍団の育成ノウハウを公開するだと……」
「な、なあ、チャールズ、ギガンテスのオーナー会はこの案を認めているのか?」
「はは、全員一致で承認しているよ。
それどころかこの案を推進するために予算も取った。
今ドミニカ・アカデミーの設備を大幅に拡充しているところだ。
早ければ今年の11月から練習生を受け入れられるぞ」
「本気か……」
「だが球団収益にはマイナスになるだろうに」
「いや同じことなんだ。
自前で選手を育ててユーキ軍団にしてから金銭トレードで収益を得るか、他球団の代わりに育ててやる見返りに育成費を払って貰うかだけの違いだな」
「なるほど……」
「しかも、前シーズンの勝率が40%以下だったチームには、MLB本部からキャンプ参加費用の補助を出すという提案もあるぞ」
「そうか!
これはドラフト会議に於ける完全ウェーバー制と同じで、各球団の戦力均衡を図るものなんだな!」
「それでシーズンの優勝争いを盛り上げさせようというのか」
「しかも若い選手が育てば、その分年俸が抑えられて球団収益も改善するかもしれん」
「はは、そうして改善した収益は巡り巡ってベテランたちの年金に回るわけか」
「これも実によく考えてあるのぉ」
「ところで私はこのインターリーグというアイデアに興味があるんだが」
「ええ、そこに書いた同じ都市内での『シリーズ』だけでなく、近隣州のチームとの対戦も盛り上がると思います」
「実際大いに盛り上がるだろうな……」
「しかも余計なコストが全くかからないのが素晴らしいじゃないか」
「これも是非実行したいな」
「いや諸君、実はユーキの提案はあとまだ2つもあるのだよ。
わたしはその提案を聞いて鳥肌が止まらず、手まで震えてしまった……」
「「「「「 ……………… 」」」」」
「それではユーキ、君の『野球振興策』を説明してやって欲しい」
「はい。
えー、今までご説明させて頂きましたのは、全てMLBの振興策でした。
ですがそれだけでは不十分と考えて、野球そのものの振興策も考えてみたんです。
なにしろ我々のライバルは、他球団ではなくバスケットボールとアメリカンフットボールとアイスホッケーですからね。
「「「「「 ………… 」」」」」
最初の野球振興策は『国別対抗野球大会』です。
国籍によって国の代表になった選手たちがチームを組んで優勝をかけて戦います。
まあ、毎年は大変ですから3年に1度ぐらい3月に行うのがいいでしょう。
予選参加国に広く門戸を開放すれば、世界に野球を広めるきっかけになるかもしれませんし」
「「「「「 ……………… 」」」」」
「そうすれば日本と同じように世界各地でMLBの放映希望が激増するかもしれないということか……」
「素晴らしすぎて声も出んな……」
「しかもカネもほとんどかからんか……」
「いや、莫大な放映権料とスポンサー収入が得られるだろう……」
「そうなれば出場する国代表の選手たちにフィーも払えるし、優勝賞金も出せるのか……」
「最後にわたしの夢でもある、最高の野球振興策をご紹介させて頂きたいと思います。
わたしは是非、『全米高校生野球選手権大会』を実現したいと思っているのです」
「「「「「 !!!!!! 」」」」」
「私の生まれ育った日本には『全国高校野球大会』が存在します。
それも春の大会と夏の大会の2つも。
これら大会の観客動員数は、両大会を通じて150万人を超えており、日本最大のアマチュアスポーツの祭典となっています。
またテレビ視聴率も相当に高いです。
実は私も高校時代にこれらの大会に3回も出場させてもらいました。
ですから、これだけ野球が盛んな合衆国で高校野球の全国大会が無いのをとても残念に思っていたのです。
3月から6月にかけて各州内ではリーグ戦形式で高校野球大会が行われていますが、そこで終わりです。
現在全国大会が行われていない理由は、推測するに各校の規模や実力が違い過ぎることもあるのでしょう。
また、全国大会開催地までの旅費や滞在費も大きな負担になるでしょうから。
ですが、各州の優勝校を集めて全米大会も開催してやりたかったのです。
きっと高校生たちにも大きな目標になるでしょうし、一生の思い出にもなります。
あのクーベルタンの言葉ではないですが、参加することに意義があります。
また、あまりにも実力差がありすぎた場合には、試合途中でのギブアップ宣言を認めてもいいのではないかと思います」
(日本では『どんなに負けていても最後まで諦めずに戦え!』とか言うけどな。
まあ、第2次世界大戦末期に『一億玉砕!』とか喚いてたときから進歩してないわ。
だけどここアメリカでは『グッドルーザー』の精神があるからギブアップルールを作ってやってもいいだろう)
「そして、人口の多い州からは2~3校、野球人口の少ない州からも最低1校。
全部で64校を集めて毎年7~8月に大会を開催してやりましょう」
「確かに素晴らしいアイデアだ」
「だが、カネと場所はどうするんだ?」
「とてもではないが遠方の公立高校には長期遠征の予算など無いぞ」
「ええ、ですから各州の代表が決まれば、その代表校はすべて大会運営本部が大会に招待します。
むろん交通費も滞在費も食費も全て大会本部の負担です」
「そ、そんな……」
「莫大なカネがかかるだろうに……」
「莫大と言いましても、監督コーチも含めて1チーム35人として、64校で2240名です。
その交通費と1か月分の食費で、1か月1人当たり4000ドル(当時≒60万円)もあれば十分でしょう。
専用の宿舎も建設しますので、宿泊費はほとんどかかりませんし。
ですから、年間900万ドルほどの予算があれば大会運営が可能になります」
「言われてみればそこまで大した金額ではないか……」
「だが、誰がそのカネを出すんだ?
財政赤字に苦しむ今のアメリカでは、政府支出は実にハードルが高いぞ」
「実はこの計画を知人に話しましたところ、2億ドルの寄付の確約を頂いております」
「「「「「 !!!!!! 」」」」」
「それ以外にも今後5年間、毎年4000万ドルの資金提供を頂けるそうです。
合計4億ドルになりますので、今の米国30年国債の利率8%で運用すれば年間の利息収入が3200万ドルに達するでしょう。
また、それ以外にも広告と引き換えに資金提供下さるスポンサーも2億ドル分確保させて頂きました」
「ば、場所はどうするのだね?」
「サンフランシスコ市とサクラメント市、並びにギガンテスとワイルドキャッツの協力により、準々決勝まではワイルドキャッツの本拠地ミリーパークを使わせて頂きます。
まあ、その間ロードが続くワイルドキャッツの選手諸君には多少気の毒ではありますが。
また、準決勝と決勝戦はギガンテスのキャンドルスティックパークを使用する計画になっています。
実はミリーパークの耐用年数はあと5年ほどなのですが、サクラメント市は次のボールパーク建設を3年も前倒ししてくれました。
さらに新球場の命名権を1億ドルで購入したいとの大手企業からのオファーも頂いております。
このカネや広告出稿料を使って、新球場の周辺に練習場と宿舎を建設する計画ですね」
「「「「「 ……………… 」」」」」
「も、もう、さすがとしか言いようがないな……」
「どう考えても全米が熱狂するイベントになるだろう……」
「そ、それで我々は何をすればいいんだ?」
「まずはみなさんのご賛同を頂戴したいと思います。
それから各州政府を説得するのにはホワイトハウスからのルートが一番でしょうから、もしよろしければMLBオーナー会としてホワイトハウスへの陳情をお願い出来ませんでしょうか」
「はは、法改正も無く政府支出の必要も無い陳情か」
「しかも全米の国民が釘付けになるコンテンツについての陳情か」
「大統領も大喜びするだろう。
何と言ってもレーガン大統領は元カリフォルニア州知事だ。
サクラメントの州知事官邸で何年も暮らしていたからなあ」
「ワイルドキャッツのファンでもあったぞ」
(そ、そういやあそうだったか……)
「高校生の大会にも何度も足を運んでいたそうだ」
「そうそう、高校生や若いマイナーリーガーが、メジャーリーガーを夢見て努力する姿がことのほかお好きだったそうだな」
(それなら協力してくれるかもだな……)




