*** 135 オーナー会議 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。
話はやや遡る。
オールスター戦翌日夕刻、ギガンテスオーナー会代表チャールズ氏とオーナー会議に向かう車中。
「そういえば、ワールドシリーズ後のオーナー会議の日程は決まっているんですか?」
「10月19日の月曜日だよ。
そこで労使交渉に於ける議論の最終的なすり合わせをして、翌日には選手会連合との折衝になる」
(よりによって10月19日か……)
「ワールドシリーズの第7戦は10月18日の日曜日の予定になっているから、オーナー会議はその翌日なんだ。
それがどうかしたかい?」
「いえ、なんでもありません……」
(少し対策を考えるか……)
(註:この時代にはまだ中地区が存在しなかったために、ワイルドカードシリーズも地区シリーズも無く、ペナントレース終了後はすぐにリーグチャンピオンシリーズが始まったために、ワールドシリーズの日程も早かった)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
MLB28球団のオーナーとその随員が集まった。
司会のバディ・セルグがMLBオーナー会の開会を宣言する。
あー、なんか以前見た写真ではけっこうエネルギッシュなおっさんだったけど、今は見る影も無く憔悴したカンジだな。
瞼とかもうチック起こしてるし……
「先ほど入った情報だが、今日あのMLB選手会連合の書記長グラビンがFBIに逮捕されたそうだ。
噂では、奴はソビエトの諜報員で、目的はアメリカ国内で大規模なゼネストを誘発することだったらしい。
これは大きなチャンスだ。
選手会は今混乱していることだろう。
よって我々の要求である『年俸総額5年間凍結』を呑む可能性が飛躍的に高まっている。
なにしろストライキなど起こせば自分たちをアカの手先だと公言しているようなものだからな。
この機会に、要求を『10年凍結』に引き上げてもいいかもしれん。
それでは早速議論に入って、その後採決を行おうではないか」
「ちょっと待ってくれないかバディ。
その前にウチの新たなオーナーメンバーであるユーキを紹介させてくれ」
「チャールズ、いくらご自慢のエースでオールスター4年連続のMVPとはいえだな。
この大事なオーナー会議の席にたった4%の泡沫オーナーを連れて来るとはどういう料簡なんだ?
しかも我々の貴重な時間を割いて紹介するだと」
「いや、彼は今、ここにいないオーナーメンバー11人の白紙委任状を手にしている。
つまり議決権は合わせて90%を超えるのだ。
それを言うなら私の方が泡沫オーナーだよ」
「なんだと……」
「我々は全員が発言権を有しているはずだ。
しかも初のオーナー会議参加なので紹介されるのは当然だと思うが」
「マイケル・スタインブレナー、君まで……」
「それでは、ヤンキースオーナーの私が紹介しよう。
彼があの『ミラクルボーイ』、NYキラーとして名を馳せた男だ」
くすくす笑いが広がった。
中にはNYヤンキースのオーナーが、不倶戴天の敵であるミラクルボーイと親しげにしている様子に驚いている者もいる。
「ユーキ・カンダです。よろしくお願いいたします」
「皆もご存知の通り、ユーキはその超人的な野球能力だけでなく、その天才的な頭脳をもってMLBに多大な貢献をしてくれた。
ひとつ、その大活躍をもってナショナルリーグの観客動員数を15%も増やしたこと。
まあ我々アメリカンリーグには恩恵は及んでいないが」
クスクス笑いが大きくなった。
「ふたつ、新型の強力な防具を開発・普及させ、メジャーリーガーの打球事故を大幅に減らしめたこと。
もちろん子供たちの打球事故も大幅に減りつつある。
これにより年々低下していた野球人口が、再び復活の兆しを見せつつある。
もちろん防具を模したTシャツが全米で300万着も売れたことにより、我々も儲けさせてもらった。
みっつ、自らの診療施設の開放により、メジャーリーガーの怪我の治癒期間を大幅に縮小した。
これは選手を補強する必要性も大きく減じて、我々の球団経営の大きな助けにもなっている」
多くのオーナーたちが笑顔で頷いている。
「よっつ、新方式のバーチャル広告の提唱により、各球団とMLBの収入を20%も増やした。
さらに日本のMHK放送局との大型放映権契約や広告契約では、MLB本部も莫大な収入を得られている。
巷では彼のことを『MLBの総収入を30%増やした男』と呼ぶ者もいるが、これは完全な真実だ。
これからもこの収入は続くだろうし、総額ではいくらの利益になるのか見当もつかん。
これほどまでの男が我々オーナー会に加わってくれたことは、実に喜ぶべきことだと思う」
はは、ほとんどのオーナーが頷いてるわ。
「バディ、その彼を泡沫オーナーだと言って紹介もさせないつもりだったのか?」
「うっ、だ、だが本人は球団株を4%しか持っていないのも事実だろう!」
「だが今彼はギガンテスの株主の92%の白紙委任状を手にしているのだぞ。
オーナー会としても、彼の発言には大いに耳を傾けるべきだと思うがね」
「ぐぐぐぐぐ……」
「それでは諸君、このユーキが皆に提案したいことがあるそうだ。
是非傾聴してやってくれたまえ」
「ありがとうございます。
それでは時間を無駄にしないためにも、早速動議を提出させて頂きたいと思います。
わたくしは、バディ・セルグ氏のオーナー会からの脱会と、コミッショナー代行の辞任勧告を動議として提出致します」
「な、ななな、なんだと!」
はは、オーナーの半数は驚愕しているけど、残りの半数は重々しく頷いているわ。
ウチのオーナーもスタインブレナー氏もけっこう根回ししてくれていたんだな……
「先ほどあなたは私のことを4%の泡沫オーナーと仰いましたが、あなたは昨年末に既に極秘裏に球団株式をすべて売却しておられます。
つまりあなたは0%株主であって、もはや球団オーナーではありません。
それも売却先は、MLB規約で売却が禁止されている投資銀行家相手でしたし。
我々は、MLB規約によって、営利のみを目的とする個人や団体への株式の売却を禁止されているのですよ。
仮に必要に迫られた場合でも、MLB本部とオーナー会の承認が必要になりますが、あなたはこのルールを公然と無視されました。
よって、コミッショナー代行としての資質にも疑義が発生しています」
「し、証拠は! 証拠はどこにあるっ!
証拠も無しにそのような暴言を吐くと、名誉棄損で訴えるぞ!」
「仕方ありませんね。
それではこちらのVTRをご覧ください」
(なんか俺、最近こんなことばっかりやってるよなぁ……)
会場のスクリーンに応接室の様子が映し出された。
手前にはバディ・セルグ、奥にはめかしこんだキザな小男が座っている。
その映像がスクリーンに映し出された途端、コミッショナー代行バディ・セルグ氏は大硬直し、同時に顔面蒼白になった。
「そ、それでギリアン、資金援助を頂けるというのは本当なのですか!」
「私のことは、ミスター・オーランダーと呼びたまえ。
私をファーストネームで呼ぶことを許しているのは親兄弟だけだ」
「し、失礼いたしました、ミスター・オーランダー」
「うむ、それでよろしい。
それにしても不幸なことだったな。
あの広大な大麦畑が新種の害虫によって全滅してしまうとは……」
「あ、あのクソ蛾のせいで……」
「私の前ではそのような汚い言葉を使わないでもらえるかな」
「も、申し訳ございません……」
「以後気を付けるように。
いや実は私は君の会社が醸造するビールのファンでな。
会社が潰れてあのビールが飲めなくなるのは忍びないのだよ」
「お、畏れ入ります。
そ、それで如何ほどご融資頂けるのでしょうか……」
「ふむ、当面必要な資金はいくらなのかね」
「は、はい。
原料の大麦が全滅してしまいましたので、他の地域から買って来なくてはなりません。
ですから必要資金は2億ドル(当時≒300億円)ほどになります……」
「だがそれでは来年分の購入費はどうするのだ?
もしも農薬で害虫を駆除するとしても、そんな農薬漬けの農地は州法で最低1年の休耕が義務付けられているだろうに」
「そ、それでは4億ドルほど……」
「ふむ、それだけあれば破産は免れるか……
それでは君の所有する農地の70%を私が4億ドルで買ってやろうではないか」
「えっ……
ゆ、融資ではないんですかっ!」
「私は確かに投資銀行家だが、生憎と融資契約だの担保だのというものを信用していないのだよ。
常に現金と現物を交換している」
「で、ですがそれだけの農場の評価額は最低でも倍の8億ドルはありまして……」
「害虫に汚染されたり、これから農薬漬けになる土地がかね?」
「…………」
「そんな土地は、農地にせよ工場用地にせよ住宅にせよ、誰も欲しいとは思わないだろう。
いつまた害虫が大発生するかわからないのだから」
「…………………」
「まあ君の不幸に同情してこうしよう。
農場は半分の50%で構わん。
その代わりに君の所有するメジャー球団の株式を全て私に無償で譲渡したまえ」
「あ、あの……
MLBやオーナー会の規約で、球団株式の譲渡はMLB本部とオーナー会の承認が必要でして……」
「そんなものは君さえ黙っていれば何の問題も無い。
私が漏らすはずも無いからな」
「そ、そんな……」
「それではこの話は無かったことにしよう。
わたしもいろいろと忙しいのでね」
「お、お待ちくださいっ!
あ、あの……
秘密はお守りいただけるのですね……」
「無論だ」
「で、でしたらそれでお願いいたします……」
「それでは早速、農場と球団株式の譲渡契約書類を準備させたまえ。
用意が出来次第君の口座に4億ドルを振り込もう」
「あ、ありがとうございます……」
「そうそう、君はこれから高齢のMLBコミッショナーに申し出て、コミッショナー代行に就任するように。
そのための運動資金として追加で300万ドル出そう」
「な、なんのためにですか?」
「そこで君には来年のMLB労使交渉で、『選手年俸総額の5年間凍結』の方針を打ち出して貰いたい」
「そ、そんなことをすれば選手会が猛反発します!
今の選手会連合のトップはかなり過激な男ですので、場合によったら来季は選手会が全面ストライキに入るかもしれません!」
「それこそが目的なのだよ」
「な、なぜですか!
そんなことになったら球団収入が激減してしまいます。
ただでさえ赤字ギリギリで凌いで来ているのに……」
「まだわからないかね。
ストライキの最中は選手にカネを払う必要は無いだろうに。
ノーワーク・ノーペイの原則を知らないのか?」
「ですが球団の赤字もますます大きくなりますぞ!」
「はは、今のMLB本部には今シーズンの新型広告導入のおかげで巨額の資金が眠っているだろう。
そうしてその大半は赤字球団への収入補填に使用されるのだ。
つまり、わたしは何もしないでもMLBから莫大な資金を引き出せることになる。
どうだ、素晴らしい計画だろう」
「そ、そんな……」
「そうして十分に補填金を引き出したあとは、君が年俸凍結方針を引っ込めてMLBを再開させればよい。
そのときに君の会社が盛り返していれば、球団株式を2億ドルで買い戻させてやっても構わんぞ」
「…………」
「それでは今から早速コミッショナー代行になるべく動き始めたまえ」
「……はい……」
俺はVTRを止めた。
はは、なんかセルグの野郎がすっかり萎んでいるわ。
まあ、こいつも悪玉ってぇわけでもないだろうからな。
「なんと……」
「我々に知らせずに既に球団株式を売却していたとは……」
「MLB本部から補填金を引き出すのが目的だったのか……」
「これでようやくあの無茶な主張の理由がわかったわい」
根回しを受けていなかったオーナーたちは相当に驚いてるか。
まあ当然だな。
スタインブレナーなんか、ドヤ顔にならんように必死で表情を抑えているわ。
「それにしてもミスター・カンダ、このVTRはどうやって入手したのだね」
「わたくしは先ほどご指摘を頂いた通り泡沫株主であり、かつ若造です。
どうかユーキとお呼びください」
「いや、君は我々オーナー会のみならずMLBそのものを救ってくれつつある。
もはやオーナー会の重要メンバーのひとりだ。
だがまあ親しみを込めてユーキと呼ばせて貰おう」
はは、オーナーさんたちがみんな頷いてくれてるわ。
「それで先ほどのご質問へのお答えなのですが、有難いことに私には非常に優秀な多数の友人が味方をしてくれています。
その友人たちが齎してくれたものです」
「凄まじい調査能力だな…… もしや……」
「あの、申し訳ないんですが、友人たちについては詮索しないで頂けるとありがたいんですが」
「わかった。
だがひとつだけ教えてくれ。
昨日選手会連合の書記長がFBIに逮捕されたそうだが、あれも君の力かね」
「はは、それも出来れば詮索しないで頂ければ……」
「ふう、君は選手会もオーナー会も救ってくれたのか……」
「この恩義は決して忘れないぞ」
「なにか困ったことがあったら、いつでも我々に連絡してくれたまえ」
「ありがとうございます。
ところでミスター・セルグ、ご納得頂けましたでしょうか」
「ああ……
動議採決には及ばない。
私はコミッショナー代行を辞任し、オーナー会からの追放も受け入れる……
はは、これでわたしの会社はChapter11(日本の民事再生法に相当)で、わたしは破産か……」
「いえ、Chapter11申請や破産に至ることはありません」
「なに?」
はは、ここから先はオーナーたちへの根回しでも言ってないことだからな。
 




