*** 134 選手会での提案 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。
「そうなんだよ、自分の属する球団のオーナーの一部になってくれっていうのは、カネには代えられない最高の賛辞だと思うんだ」
「そりゃそうだ。
すでに高額年俸貰ってるメジャーリーガーからすれば、年俸が30万ドル増えるよりも、たとえほんの少しでもオーナーになれたら嬉しいわ」
「それに、オーナーに成れればチームに愛着も湧いて移籍の希望も減るだろうし、如何にして球団の収入を上げるかって興味も持つと思うんだ」
「そうか!
選手希望の移籍が減れば、その分全体の年俸上昇が抑えられるんか!」
「それにサイン会なんかももっと熱心に参加するようになるかもしれんな。
なんせファンといえば球団にカネを落としてくれる大事な客だし……」
「でもさ、そんなことばっかりしてて、もし選手たちの持つ株が合計で50%を超えたらどうなるんだ?
それこそあのアカ野郎が言ってたように、球団経営を俺たちがするんか?」
「まあそれでもいいだろう。
もしくは今までのオーナーに経営を委託するとか」
「はは、こいつぁ傑作だ!
ストライキなんぞを起こさなくとも、俺たちで球団を所有して経営が出来るとはな!
アカ野郎共に教えてやりたいぜ!」
「もしもオーナーがそれを避けたいと思えば、自分で増資をすることも出来るだろう。
もちろん結構なカネがかかるが、経営権を維持したければ当然だ。
それに選手オーナーから見れば実害も無いし。
別に俺たちは球団経営がしたいわけじゃないんだから」
「なるほどなぁ……」
「さすがはユーキだ、とんでもねぇ頭だ」
「ユーキを会長に選んで大正解だったな」
「はは、そんなに褒められてもなんにも出せんぞ」
「いや、もう十分に堪能させて貰っている」
「それからこれは直接オーナー会との交渉とは関係無い話なんだけどさ。
MLB全体のためになることだと思うんで、みんなにも聞いて欲しいことがあるんだ」
「是非聞かせてくれ」
「これは俺の持論なんだけど、リーグ優勝するチームの勝率は65%を超えちゃあまずいんじゃないかって思うんだよ。
2位に15ゲーム差の独走態勢とかになると、ペナントレースの緊張が無くなっちまうから。
でもわざと負けるわけにもいかないから、戦力の乏しい球団にももっと頑張って貰わないと困るんだ」
「でもよ、去年はユーキのスーパーカーブ見たさに、ギガンテス戦の観客動員数は凄かったぞ」
「アメリカンリーグにはその恩恵は無かったけどなぁ……」
「でもあんなもんは客もすぐに飽きるだろう。
だから、みんなのチームの戦力を上げる方法を考えてみたんだ」
「具体的にはどうするんだ?」
「『ユーキ・メソッド』と呼ばれる投手用、打者用、外野手用のコーチング手法を公開しようと思っている」
「「「「 !!!!! 」」」」
「ま、マジかよ!」
「大マジだ」
「そ、それ、ギガンテスのオーナー会やGMは承知してるんか?」
「全面的に協力してくれるそうだ。
具体的には、11月から4か月のコースと1年間のコースを作って、ドミニカのギガンテス・アカデミーを他球団の若手に開放する。
今のところの案としては、対象はエクスパンドロースター以下で、かつ25歳以下、マイナー経験1年以上の選手だな。
あと、50メートル走6秒9以下、握力80キロ以上、ベンチプレス120キロ以上を条件にしようかと思ってるんだ。
最初は1チーム3人までになると思うが」
「ユーキ軍団を大増殖させるんか……」
「あの300番台の背番号連中も最近ではすっげぇ人気が出て来てるからな」
「俺なんざ、今シーズン2回も3塁でアウトにされちまったわ……」
「ははは。
まあ、すぐに戦力にはならないだろうけど、それでも3年もしたらMLB全体でも結構な戦力アップになるかもしらんぞ」
「あの守備で魅せるプレーっていうのは客も喜ぶしな」
「でもよ、ギガンテスやユーキにとってのメリットってなんなんだ?」
「まずあのメソッドの肝は、若手連中の食事内容なんだ。
完璧に栄養成分を計算した食事を大量に提供するんで、参加費用もかなり高額なものにするつもりだ。
つまり、そのノウハウ料も追加で頂くつもりなんだ。
だからギガンテスの球団収入にもかなりのプラスになるはずなんだよ。
おかげで俺はコーチングの代価として100万ドルも貰えているしな」
「博士号所有者で40-40伝説所持者のコーチングか……」
「300万ドルでも安いぐれぇだな……」
「それでさ、前シーズンの順位が低かったり球団収入が少なかった球団からの練習生受け入れに関しては、MLB本部から補助金が出るように要請しようと思ってるんだ」
「そうか!
単なる補助金だと、そのチームは金銭トレードに使っちまって選手年俸の高騰を招くけど、トレーニング参加費の補助だったらその心配も無いんか!」
「よく考えてるなぁ……」
「やっぱとんでもねぇ頭だな……」
「それからもうひとつアイデアがあるんだけど」
「まだあるんか!」
「これは俺たち選手の負担にならないしカネもかからないんで来シーズンからでもすぐに出来るんだけどよ。
ナ・リーグとア・リーグのチームの交流戦を『インターリーグ』と称して始めたらどうかと思うんだ。
そうだな、毎年1か月から50日ぐらい、MLB本部に他のリーグのチームとの対戦カードを組んでもらうんだ。
まあ、全チームとの対戦は出来ないだろうけど、3年で一巡するぐらいの感じで」
「それにどんな意味があるんだ?」
「ウチはギガンテスとの対戦が減って、観客動員数が減るな」
「はは、その分ヤンキースやレッドソックスなんかの人気球団との対戦が増えるぞ」
「そうか!」
「それからさ、近くにある球団同士の対戦は、毎年必ず入れて貰おう。
例えばNYヤンキースとNYメッツの対戦は必ず毎年やって、『サブウェイシリーズ』とか名付けて宣伝もしよう。
きっとボールパークは満員になるし、放映権料も高騰するぞ」
「な、なるほど……」
「それから、シカゴ・カブス対シカゴ・ホワイトソックスで『ウィンディシティ・シリーズ』
ロサンゼルス・ドジャース対ロサンゼルス・エンゼルスで『フリーウェイ・シリーズ』
カンザスシティ・ロイヤルズ対セントルイス・カージナルスで『I-70シリーズ』
サンフランシスコ・ギガンテス対オークランド・アスレチックスで『ベイブリッジ・シリーズ』なんてどうかな。
「まるでワールドシリーズでの夢の対決みたいだな……」
「間違いなく盛り上がるわ……」
「はは、距離が近いから移動も楽か」
「いーいアイデアだなぁ……」
「以上が俺の案だ。
もしみんなが賛成してくれたら、明日のオーナー会議でコミッショナー代行を追放した後に提案させて貰いたいと思ってるんだ」
「わかった。俺は完全に納得したぜ。賛成だ」
「俺もだ」
「俺も賛成だ」
「それじゃあ済まねぇが賛成してくれる奴ぁ手を挙げて貰えるかな」
全員の手が上がった。
「みんなありがとう。
まあ正式な労使協定締結には、この提案を持ち帰って貰って選手たちの了承を得てから、10月のMLB労使会議になるんだけど。
まあ、明日はオーナー会の内諾が得られるように頑張ってみるよ」
「おう、あのアカ野郎たちの球団も大人しくなるだろうから、全球団賛成だろう」
「それじゃあさ、みんなにはあんまり関係無い話なんだけど、明日のオーナー会議で提案しようと思ってることがあと2つあるんだ。
みんなにも知っていて貰いたいんで聞いてくれないか?」
「まだアイデアがあるんか……」
「いったいどういう頭してるんだろうな……」
「あのさ、今までは選手個人の話とかチームの話とかMLBの話だったろ。
でもそれだけじゃあなくって、野球界全体のパイも大きくしたいと思ったんだ」
「「「「 ……………… 」」」」」
「まあ言ってみれば、俺たちのライバルは他球団でもオーナー会議でもなく、NBAやNFLやNHLだと思うんだ。
だから野球界そのものも盛り上げていかないと。
具体的には、3年に一度ぐらいのペースで3月に『国別対抗野球大会』を開催しないか?
そうだな、『ワールド・ベースボール・チャンピオンシップ(略称WBC)』とか名付けて」
「「「「 !!!! 」」」」
「お、俺たちが国の代表として国旗を背負って戦うんか……」
「オリンピックにも野球競技ってあるけどさ。
あれいつも7~8月にやるからシーズン真っただ中だろ。
それに頭の固ぇジジイ共が未だにプロの参加は認めねぇとかホザいてるし。
だから俺たちで野球のオリンピックを作っちまったらどうかと思ってな」
「それ、ものすげぇ盛り上がるだろうなぁ……」
「ああ、アメリカ対ドミニカの決勝戦とか、とんでもなく熱くなるぞ……」
「まあ放映権料とかCM料とかも結構なものになるだろうから、収支はむしろプラスになるだろう。
それで、出場者にはフィーや賞金も払えるかもしらんな。
それからアジア各国やヨーロッパにも野球がもっと広がるきっかけになるかもしれないし」
「すげぇ……」
「ああすげぇな……」
「それじゃあ最後のアイデアを聞いてくれ。
実は、…………を実現させたいと思っているんだ」
「「「「 !!!!! 」」」」
「そ、それも間違いなく超盛り上がるわ……」
「だけどよ、それ莫大なカネがかかるよな。
それどうするんだ?」
「実はこのアイデアを知り合いに話したら、無条件で4億ドル出資してくれるって言うんだ」
「ふう、とんでもねぇ奴の知り合いは、やっぱりとんでもねぇ奴だったか……」
「それからもちろん広告出稿なんかと引き換えに他にもスポンサーが名乗り出てくれると思う。
実はもう内諾を得ている有力スポンサーも2億ドル分いるし……」
「まいったよ……」
「お、俺さっきから鳥肌が止まんねぇわ……」
「俺たちゃマジでとんでもねぇ男を選手会会長に戴いたもんだな……」
「ユーキが現れたことで、野球の歴史が変わるんか……」
(い、いや実際にはあんまり変わんないんだけど……
時期がちょっと早くなっただけで……)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その日の夜遅く、神保さんから連絡が入った。
(勇者さま)
(あ、神保さん)
(夜分遅くに申し訳ございませんが、ご報告がございます)
(なんでしょうか)
(MLB大規模ストライキ工作の失敗とグロビンの逮捕に激怒したKGBが、勇者さまの暗殺指令を発令しました)
(はは、よっぽど頭に来たんでしょうね)
(暗殺対象にはご家族も含まれている模様でございます)
(なんだと……)
(女神さま下界公邸周辺は現在最高警戒態勢に入っておりまして、弾道ミサイルの直撃にも耐えられる状況になっております。
また、イザというときは、渋谷様ご一家ともども神界に転移する態勢も整いました)
(ありがとうございます……)
(そこでKGBに対しての反撃、特に非合法工作員排除のご許可を頂戴出来ませんでしょうか)
(許可させて頂きます。
ただし、出来るだけ非殺傷でお願い出来ませんでしょうか。
彼ら工作員たちも自分の意志で動いているわけではないでしょうから)
(畏まりました。
全て私共にお任せくださいませ)
(よろしくお願いします……)
それで翌朝また神保さんの報告を聞いたんだけどさ。
神竜さん率いる神界懲罰部隊を総動員して、アメリカ国内にいた非合法工作員125人をアリューシャン列島の西端近くにある無人島に転移させちまったんだと。
ついでにアメリカ国内に潜伏していたKGBの中堅幹部全員も。
それからクレムリンのKGB議長を始め、副議長、海外革命工作部長、非合法工作部長なんかの幹部たちも軒並み。
資料を見せてもらったんだけど、その無人島ってロシア領の有人の島から500キロも離れている上に、あまりの冬の寒さにろくに木も生えていないような場所だったわ。
だから死なないように最低限の小屋を建ててやって、衣料や食料は定期的に転移で届けてやるそうなんだけど。
しかもご丁寧に、恵んでやる服や食い物の入った箱にはデカデカと『USA』とか『資本主義の恵み』とか書いてあるそうだわ。
ビニールハウスの材料や野菜の種なんかも送ってやるそうだし。
ついでに島全体に『隠蔽』の魔法をかけちゃったんで、近くに来た船に発見される可能性も無いそうだ。
灌木を繋ぎ合わせた筏で海に漕ぎ出しても、島から3キロ離れると自動的に島に戻る魔法もかけちゃったそうだし。
それでKGBの元幹部たちは、元非合法工作員たちに命令しまくって、自分たちは働きもせずに威張り散らしてたそうなんだけどな。
でもすぐに元工作員たちに革命起こされて、一般労働者の地位に落とされたそうだわ。
まあ、30年経ったらロシアに戻してやるそうだ。
懲役30年か……
議長やら幹部は生きちゃあいられねぇか。
やっぱ神界を怒らせると怖いわ……
それで、恵んでやった毛布とコートのデザインが、全面星条旗柄とか俺の笑顔の巨大プリントだったもんで、みんな「こんなもん着られるかぁ―――っ!」って言ったそうだな。
でもその毛布やコートを使わないと冬には全員凍死しちまうなぁ……
もちろんソビエト連邦じゃあ大騒ぎよ。
15名のKGB最高幹部が忽然と姿を消したんだからな。
議長なんかソビエト連邦共産党最高幹部会議の最中に突然消えてたし。
でもまあ原因なんかわかりっこないわ。
だからそのうち、ろくに捜索も行われないままうやむやにされるだろう。
それにしてもKGB議長閣下が島流しかよ。
さぞかし驚いたろうなぁ。
でもさ……
それから2年後の1989年にベルリンの壁が崩壊しちゃって、さらにその2年後にソビエト連邦が解体されちゃったんだ。
どうやらこの事件がきっかけになったらしいんだけど。
なにしろ、この島流しになっちまった強硬派筆頭のKGB議長とその取り巻きたちは、穏健派のゴルバチョフを追い出して次期書記長の地位を狙っていたらしいんだよ。
アメリカでゼネストが起きたと同時にクーデターを起こそうと計画してたんだ。
それがいなくなっちまったもんだから、ゴルバチョフがその主張通り冷戦終結を為せたわけだな。
それ、俺がこの世界に再転生させて貰ったときに聞いてた歴史より30年早いんだけど……
ベルリンの壁崩壊は確か2019年でソビエト連邦解体は2021年のはずだったよな……
ってぇことはだ。
冷戦終結が30年も早まったのって、ひょっとして俺のせいだったんか?
それで気になったんで、神保さんに聞いてみたんだよ。
「はは、いずれ起きることが30年ほど早まっただけでございます。
その程度では歴史の因果律はビクとも致しませんのでご安心くださいませ」
「ほ、本当に大丈夫なんでしょうか……」
「そうでございますね。
例えば関ヶ原の戦いが1600年ではなくその30年前に起きていたとしましょうか。
それで今の日本になにか大きな違いが生じていると思われますか?」
「ま、まあ、ほとんど何も変わっていないでしょうねぇ」
「そういうものでございますよ」
「は、はぁ……」