*** 131 さらに根回し ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。
「それでは1つ目のMLB振興策である『ドミニカキャンプへの他球団参加開放』についてご説明させて下さい。
これはシーズン前の軍団メンバーのトレードを見ていて思ったことなのですが、今後もトレードを通じて『メソッド』で鍛えられた優秀な選手たちが拡散していくことと思います」
「うむ、あの金銭トレードを通じて球団にも相当なカネが入った。
球団経営の観点からも十分に感謝している」
「ということはですね、キャンプに他球団の若手を受け入れて、それで参加費を徴収しても同じことだと思ったんです」
「なるほど…… 確かに同じことだ」
「参加費はいくらぐらいを想定しているのかね?」
「そうですね、まだ漠然としたアイデアの段階なんですけど、4か月コースで20万ドル、1年コースで40万ドルぐらいで如何でしょうか」
「ふむぅ、それなら移籍金に充分に釣り合うな……」
「それに、現在ドラフトの指名順位は前のシーズンの勝率が低かった球団から順番に行われていますよね」
「ああ、少しでも球団ごとの実力を伯仲させようという興行上の理由からだが……」
「そうか!
練習生のキャンプ受け入れは、下位球団に限定することも出来るのか!」
「ええ、それも可能です。
もしくは前年度に収入の少なかった球団には、MLB本部から参加費の補助が与えられるとか」
「なるほど……
収入の低い球団へのMLB本部からの補助は、そのまま補強のためのトレード資金に使われることが多いが、キャンプ参加費の補助ならば若手育成費用に使われることになるのか……」
「ええ、その辺りの仕組みや実際の参加費については皆さんにお任せさせて頂きたいと思っています」
「了解した。
これは選手年俸の高騰に悩む球団にとっての朗報にもなるだろうな。
オーナー会も喜ぶだろう」
「よろしくお願いいたします……
ところで、サンフランシスコ市長さんとサクラメント市長さんへの説明はどうしましょうか?」
「それは我々に任せてくれないか。
経営やMLB全体に関することで、君にこれ以上時間を取らせるのは忍びないのだ」
「それではそれもよろしくお願い致します。
他の振興策について詳しくはオーナー総会の席でご説明させてください」
「うむ、楽しみにしているよ」
「今日は私の話などを聞いてくださってありがとうございました……」
「いや、礼を言うのは私たちの方だ」
「本当にありがとう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
今シーズンも俺は順調だった。
もちろんチームもだ。
軍団メンバーについても、投手陣も外野陣も大活躍してたから、ロードゲームでの客の入りも上々だったし。
そんな折に、俺はNYでのメッツ戦の後に、ジョーに連れられてヤンキースの選手会長であるアレックスとか言う奴に会いに行ったんだ。
はは、さすがの面構えだわ。
まるでジョーが2人いるみたいだぜ。
「すいませんモーガンさん、お疲れのところお時間を割いて頂いて」
「なんでもお前ぇさんの話は、選手会連合が企画している全面ストライキを回避するためのもんだっていうじゃねぇか。
だったら時間ぐれぇいくらでも取るぜ」
「ありがとうございます。
それではまずこちらをご覧いただけませんでしょうか。
万が一にも奴に知られると逃げられてしまうために、こうして直接お渡ししている報告書になります」
それでヤンキースの選手会長が報告書を読み始めたんだけどさ。
みるみる額に太っとい青筋が浮かんで来てたわ。
読み終えたモーガンが俺を見据えた。
「こいつぁマジモンかい?」
「ええ、間違いなく真実になります」
「そうか……
俺たちゃあこんなことにも気づかずに、危うく踊らされるところだったのかい……」
「はい……」
「それで俺は何をすればいいんだ?」
「7月のオールスターの後の選手会長会議で、私が書記長のティム・グロビンの解任動議を出します。
それにご賛同頂けませんでしょうか」
「もちろんだ。
俺の全面的な協力をアテにしてくれて構わん。
それに、アメリカン・リーグの口の堅い選手会長たちにも何人か声をかけておこう」
「ありがとうございます」
「なあジョーよ。
お前ぇさん、引退前にこの怪物に選手会長の地位を譲ったそうだが、さすがの判断だな……」
「はは、お前ぇにそう言って貰えると心強いな」
「それにしても……
ミラクルボーイの才能はいったいどこまで広がっているんだ?」
「さあな、俺にもわからんわ」
翌日はオーナーアソシエーションの議長さんに連れられて、ヤンキースのオーナーとの面談になる。
ヤンキースのクラブハウスの応接室には、60代のマイケル・スタインブレナー氏のほかに、40歳前後の連中が2人いた。
たぶんこいつらが次期オーナーになる息子たちなんだろうな。
「やあチャールズ、久しぶりだな。
わざわざ来てもらって済まないね」
「やあマイケル、こちらこそ貴重な時間を割いて貰って申し訳ない。
こちらはユーキ、今や我がギガンテスのオーナーのひとりだよ」
「はは、この業界にユーキ・カンダの名を知らぬ者はいないよ。
ユーキ、オーナーメンバー入りおめでとう」
「ありがとうございます」
息子たちの紹介が終わると、スタインブレナー氏が興味深げに口を開いた。
「それにしても、こんなシーズン中にエースがご来訪とはよほどのことなんだろうな。
しかも訪問は極秘にしてくれとは」
「うむ、機密の漏洩を防ぐために資料の郵送すら控えさせてもらった。
まずはこのユーキが用意した報告書を読んでもらえるか」
「こ、これは……」
はは、読み進むにつれて怒りのあまり顔が真っ赤になって来てるよ。
手もぷるぷるし始めてるしな。
「これで全て理解した……
我々は危うく騙されるところだったのだな……」
「理解してもらって嬉しいよ」
「それでわたしは何をすればいいんだ?」
「オールスター後のオーナー会議で、我々は証拠と共にコミッショナー代行の辞任勧告動議を提出する。
それを支持してもらえないだろうか」
「了解した。
ナショナルリーグの雄であるギガンテスが提出した動議を、アメリカンリーグの雄であるヤンキースが強力に後押しすれば、間違いなく動議は通るだろうな。
だが、それだけではなく、直前にあと何チームかのオーナーに根回しをしておくか……」
「そうしてもらえると助かるよ。我々もそうするつもりだ」
「ところで選手会側の主張する『年俸上限撤廃』と全面ストライキ宣言はどうするんだ?
あの条件は、オーナー会としても到底呑めないぞ」
「心配は要らない。
ユーキが選手会連合のトップに対する解任動議も提出する。
あの暴挙とも言える提案の推進者はそいつだからな。
これも極秘だが、同時にそのトップは犯罪行為の疑いでFBIに逮捕されるだろう。
その後はもちろん『年俸上限撤廃』を取り下げて真摯な交渉に移れる見込みだ」
「ふう、選手会連合のトップとコミッショナー代行の同時解任か……
マスコミが喜びそうだな」
「だからその後は速やかに選手会とオーナー会が和解する必要がある」
「君たちのことだ。
その和解案の原案ぐらいはもう用意してあるんだろう」
「はは、さすがはマイケルだ。
それではこの原案を読んでもらえるかな」
ははは、今度は読み進むごとに目が真ん丸になって来てるぞ……
「こ、これは本気かね」
「本気だ。
ギガンテス・オーナー・アソシエーションでは、すでに全員一致でこの案を了承している」
「だ、だがミラクルボーイの年俸はどうするんだ?
既に5年契約を結んでいるそうだが……」
「そんなものは契約者双方の合意があれば、いくらでも改定出来る」
「それではミラクルボーイには、この案を提出するメリットがどこにも無いではないか……」
「はは、ユーキ、君の持論を説明してやってくれないか」
それでまあ俺はヤンキースのオーナーと次期オーナーたちに説明したんだよ。
あのパン屋のたとえ話とか、MLBは労使が対立していい場所ではなく運命共同体だとか。
「そうか……
確かに我々は合衆国政府から特別団体に認定されている。
しかも球場設備なども全て地元自治体の援助を受けているしな」
「ええ、ですから通常の企業活動とは異なり、構成各員が全体のことも考えて行動する必要があると考えます。
まあ、個々の選手は精一杯プレーするだけですが」
「だが、この『ギガンテスのドミニカアカデミーへの他球団選手受け入れ』についてはどうなんだ。
ギガンテスにとってのメリットなどどこにも無いではないか」
「いやマイケル、同じことなんだよ」
「なに?」
「ユーキはそのオリジナル・メソッドを用いてコーチングを行い、ユーキ軍団と呼ばれる将来スーパースターになれる可能性を持つ集団を作り上げた。
その人数は今では21人に達していて、これからも更に増えていくことだろう。
だが、この数では、ギガンテスだけでは到底彼らに活躍の場を用意してやることは出来ないのだよ。
彼らは今後、金銭トレードなどを通じて他球団に拡散していくことになるだろう」
「そうか、だからトレードの金額と同等の参加費を得られれば、金銭的効果は同じだということか……」
「その通りだね」
「だが我がヤンキースはどうなる。
君も知っての通り、我々がアメリカンリーグの覇者としていられるのは、大型金銭トレードによる補強だぞ。
我がヤンキースのメリットはどこにあるんだ?」
「ユーキのもうひとつの持論が、『各リーグのチャンピオンチームの勝率は、出来れば60%前後が好ましい』というものなんだ。
その方がリーグ全体が盛り上がるからだそうだが。
だからユーキは昨シーズンのギガンテスの勝率80%超えすら憂慮しているんだ。
まあ、去年はユーキ見たさにナショナルリーグの観客動員数も大幅増加していたが、そんなことが続けばMLB全体の観客数が減ってしまうかもしれないと言うんだ。
日本では『一将功成りて万骨枯る』と言うそうなんだが……」
「そうか……」
「だから今検討している条件は、『練習生の受け入れは前シーズンの勝率が40%以下のチームからに限る』というものと、『やや高額の参加料を設定して、下位球団にはMLBから参加補助金が支給される』というものだ」
「それで練習生たちが育てば、各チームが補強に費やしている資金が減って、結果として選手全体の年俸の高騰が抑制されるということか……」
「その通りだ。
それにユーキの提唱する案が実現すれば、選手たちの将来も安定して毎年高額年俸を要求して来なくなるだろうしな。
もちろん不服を申し出る者については、調停の場を用意してやらねばならないだろうが。
それから君も知っての通り、MLBの調査ではトレードによって選手を補強するチームよりも、傘下の3A球団の選手を育てて勝ち上がるチームの方が人気が高いという傾向があっただろう。
つまり、このユーキの和解案は、MLBの5年後10年後を見据えたものだったんだよ」
「そうだったのか……」
「それでは、実は今日の予定には入っていなかったんだがな。
ユーキ、君の提案するMLBと野球界全体の未来へのための振興策を説明してやってくれないか?」
「は、はぁ。
これらはまだ計画段階で中身も固まっていないものなんですが……
それでよろしければご説明させて下さい」
「是非頼む」
「まず第1案は、…………を開始したら如何でしょうか。
そして第2案としては、………を創設したいと考えています。
それから第3案は、………の創設ですね。
「な、なんと……
特にこの第1、第2案は素晴らしいな。
多額のコストがかかるわけでもなく、観客もスポンサーも押し寄せて来るだろう。
だが、第3案には莫大なランニングコストがかかるだろうに……
この『双子の赤字』が蔓延する中で連邦政府が資金を出すとは思えんが」
「実は第3案に出資してくれるスポンサーは確保しました。
今後6年間で4億ドルを見返り無しに提供して下さいます。
それから、主にギガンテスの有力スポンサーに内々に打診したところ、あと2億ドル程度は広告費として集まりそうなんです。
ですから当面の運営費としては十分ですし、一部は施設の建設にも使えるでしょう」
「なんとまぁ……
既にスポンサーまで見つけていたとは……」
「ええ、ですから連邦政府予算はゼロで行けるでしょう。
ただし、各州政府を動かすために政治的配慮を頂けないものかと思っているんですが」
「それは問題無いだろう、オーナー会議が連名で陳情すれば、ホワイトハウスが動いてくれる可能性は極めて高いと思う。
なにしろ予算も法改正も不要だからな……」
「それではそのときが来ましたらお願いいたします。
今日はお時間を割いて頂いて誠にありがとうございました」
「いや…… 礼を言うのは私たちの方だ。
なあチャールズ、ギガンテスは途轍もない人材をオーナー・アソシエーションに迎え入れたんだな……」
「はは、おかげでアソシエーションのメンバーも大喜びしていたよ」
ユーキとアソシエーションの議長が退出すると、スタインブレナーオーナーは、その場でしばし瞑目していた。
「ハル、ジョン……
次期ヤンキースのオーナーとして、さっきの話をどう思う」
「鳥肌が止まりませんでした……」
「短い時間でしたが、真の意味での野球モンスターと相対していると思うと、震えそうになる手を抑えるのが大変でした……」
「野球に関してはもちろんのこと、あの報告書を作成出来た調査力、あの和解案を作った発想力、そして素晴らしい振興策を打ち出した企画力、その企画を実現するための資金収集力……
どれを取っても驚異的な人材です……」
「それにしても、彼はあれほどまでの高みから野球界全体のことを考えていたのですね……」
「あれはもはや一選手やオーナーの視点ではなく、コミッショナーの視点です。
きっと明日からでもコミッショナーが務まるでしょう」
「ははは、次期ヤンキースオーナーの意見としては些か頼りないが、実は私も全く同じ意見だ」
「「はい」」
「それでは現オーナーとして、それからお前たちの父親としてアドバイスをひとつ述べよう」
「「はい」」
「いいか、あのモンスターとは決して敵対してはならぬ。
それどころか、あらゆる努力を傾注して彼との良好な友好関係を維持せよ」
「「そのアドバイス、肝に銘じます……」」
 




