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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第5章 メジャーリーガー篇
129/157

*** 129 選手会長 ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……

また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……

みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。



 


 アリゾナキャンプ初日の晩、俺はジョーに呼ばれた。

 ミーティングルームには、ジョー以外にフィリーとクリスもいる。


「長ぇ演説は性に合わねぇから結論から先に言うとな。

 俺ぁ今季限りでマスクを脱ぐ」


「そんな…… まだまだ動けるだろうによジョー」


「いいや、自分の体のこたぁ自分が一番よくわかる。

 もともと3年前にもそう思っていたが、あの防具とお前ぇのマッサージのおかげで3年も余分にメジャーにいられた。

 感謝している」


「そうか……」


「来年からは正式にトレーニングコーチになる予定だから、お前ぇたちと縁が切れるわけでもないがな。

 それで引退前にウチの選手会長をフィリーに譲ろうと思ったのよ。

 副会長をクリスにしてな。

 そうしたら2人がお前ぇに頼みがあるって言うんだわ。

 まあ聞いてやってくれや」


「あ、ああ……」


「あのなユーキ、俺たちゃ2人とも高卒だ」


「しかもまともに教科書も読まずに野球ばっかやってたクチだ」


「だからよ、ギガンテスの選手会長はお前ぇさんにやってもらいたいのよ」


「えっ……」


「いやなんてったって、ワールドシリーズ3連覇の立役者はユーキだしなぁ」


「しかも3年連続リーグMVPだしよ」


「加えて博士様と来ちゃあ、チームの顔として申し分ねぇだろ」


「でも俺まだメジャーに3年しかいなんだぜ。

 俺なんかに選手会長が務まるわけねぇだろうに……」


「なーに言ってんだ。

 お前ぇはあのユーキ軍団レギオンヘッドだろうに。

 去年の5人に加えて今年も9人やそこらロースターに入るだろう。

 それにミゲルとホセを入れりゃあ、お前ぇが右向け!って言えばなーんも考えずに右向く野郎共が16人もいるじゃねぇか」


「じ、ジョーまでそんなこと言うんか……」


「それに加えてフィリーとクリスが副会長としてお前ぇを支える。

 もちろん俺もだ。

 それで文句言う奴ぁこのチームにゃあいねぇと思うがな」


「そりゃまあそうだろうけどよ……」


「それにな。

 今のメジャーはちっとヤベぇ雰囲気なんだわ。

 アトランタのティム・グロビンっていう奴がMLB選手会連合のトップをやってるんだが、この野郎が選手の年俸上限撤廃を求めてストライキをしようって選手たちに吹き込んでるのよ。


 一方でミルウォーキーのオーナーがコミッショナー代行に就任しやがったんだ。

 コミッショナーってぇのは本来選手とオーナーの間に立つ調停者のはずだったんだがな。


 で、このコミッショナー代行が絶対にそんなこたぁ認めらんねぇっていうだけじゃなく、各球団の経営を立て直すために今後5年間の選手年俸総額の凍結を主張し始めたのよ。

 おかげで選手会とオーナー会が真っ向から対立してるんだわ」


「そんなことになってたんか……」


「まあ今シーズンはなんとかなりそうだが、シーズン後の交渉次第じゃあ来シーズンは全面ストライキの可能性がある。

 俺ぁどうにもこのストライキっていうやつが許せなくてな」


「そうだな、どう考えてもファンに対する裏切り行為だろう」


「やっぱりお前ぇもそう考えてくれるか」


「だけどよユーキ。

 選手会会長のグロビンっていうヤツぁ、とんでもなく弁が立つんだわ。

 そのうえ『労働基準法』だの『労働組合員のストライキ権』だのっていう冊子をどかどか送り付けて来るのよ」


「その上、そいつがやって来て、月に一度は選手たちに労働者の権利を教える勉強会をしてやるとか言い出してるし」


「まあ、今まではジョーが全部断わってくれてたけどな」


「俺たちもさすがに年俸凍結は許せないけどさ。

 それにしたってストまではいけねぇやな。

 だから選手会やオーナー会を相手に堂々と交渉出来そうなお前ぇさんに選手会長をやって貰いたいのよ」


「今やお前ぇさんは4%とはいえギガンテスのオーナーでもあるから、オーナー会にも顔は効くだろうしな」


「わかったよ。

 ストライキだけは許せねぇからな。

 選手会の会長を引き受けさせて貰うわ」


「さすがはユーキだ!」


「なんでも手伝うからよ! なんかあったら言ってくれや!」



「それじゃあまずメジャー経験の長い3人に聞きたいんだけどよ。

 選手が年俸アップに拘る理由ってなんなんだろうな?」


「うーん、メジャーにいて生活に困ってるヤツぁいねぇだろう」


「中にゃあ借金して分不相応な豪邸建ててひーひー言ってるバカもいるし、離婚して慰謝料や養育費の支払いに困ってる奴もいるけどな。

 そんな奴らは少数派だろう」


「でもよ、やっぱり前のシーズンよりも成績が上がったら、年俸も上がって欲しいじゃねぇか。

 それでもチームの順位が下がったからお前の年俸も下げるとか言われるとやりきれないしなぁ。

 そういう奴はFA権行使して他の球団に移籍するんだろうけど、それでまた選手全体の年俸が上がっちまうのよ」


「そうか、本質的には『承認欲求』か……」


「それによ、俺たちいつ大怪我して引退するハメになるかわかんねぇだろ。

 まあ、ユーキの防具のおかげでそのリスクは大幅に減ったけどよ。

 それでも病気だのなんだのって怖ぇから、稼げるうちに稼いでおこうっていう気持ちも強ぇんじゃないかな……」


「そうか…… そうだろうな……

 一方で球団オーナーも、赤字だけは避けたいわけか……」


「それもそうだ。

 経営が赤字だったら自分の資産から持ち出しになるわけだからな」


「でも去年はユーキの考えた新広告のおかげで、MLBの球団全体が大幅に儲かったんだろ」


「それに防具のおかげで選手の怪我も減って、オーナーたちも喜んでると思うんだ。

 だからユーキの発言にも耳を貸してくれると思うんだよ」


「わかった。

 出来るかどうかわからんが、がんばってみるよ」


「すまんな、お前ぇさんに押し付けちまって……」


「手伝えることがあったらなんでも言ってくれ」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 それでまあ、ギガンテスの選手会長を引き受けることになったんだけどさ。

 さっそくMLB選手会連合トップのティム・グロビンとかいう奴がアリゾナまで来やがったんだよ。



「やあミラクルボーイ、ギガンテスの選手会長就任おめでとう!

 私はティム・グロビン、MLB選手会連合の書記長を務めさせてもらっている」


「ん?

 選手会連合会長じゃあないのか?」


「いや会長という名称は好きになれなくてね。

 まるで偉そうな階級みたいに聞こえるじゃないか。

 我々労働者は皆平等なんだ。

 その平等な組織の中で書記という名の雑用係も必要になるわけだ。

 その雑用係の世話役だから書記長って言わせてもらっているんだよ」


「そうかい……」


(この野郎……

 俺の『危機察知』にビンビン引っかかってるわ。

 まあさすがに殺意までは無ぇものの、俺のこたぁ奴隷か道具ぐれぇにしか思っちゃいねぇな……

 にもかかわらず、ここまでフレンドリーな態度で口が利けるっていうことは、どっかで相当訓練を受けて来たんだろう……)



「君はあれだけの活躍をしたのに、年俸の増加は僅か20%だけだったじゃないか。

 つまり君も資本家、い、いや経営者の横暴の被害者だったんだ。

 君だったら年俸は10倍になっていてもおかしくなかっただろうね」


(まずは利益誘導か……)


「だから、我々選手会連合の目的はまず年俸上限制の撤廃だ。

 出場試合数や活躍に応じて正当な報酬を受け取れるようになるべきなんだ。


 にも関わらず、オーナー会は球団経営安定のために、5年間の年俸総額凍結方針を打ち出して来ている。

 これは到底許せるものではない。


 そこで、今シーズン終了後には選手会の全メンバーに契約更改を保留して貰いたいと考えている。

 そうして経営者共に圧力をかけて、年俸上限制撤廃を勝ち取ろう!

 それでもオーナー会が抵抗するようなら、来シーズンは選手会連合として全面ストライキを計画している。

 もちろん人口の95%を占めている労働者たるアメリカ人民の共感も得られるだろう」


(資本家だの労働者だの人民だのって……

 そうか、そういう用語を使う輩か……)


「最終的な目的は、球団経営から資本家共を追い出して、我々選手会が経営権を握ることだ!」


(こいつ……

 なんか目に狂気が浮かんで来てるぞ……)


「なぜならハードなトレーニングをした上で、年間162試合も労働をしている我々こそが主役であるべきだからだ!

 資本家は何もしていないじゃないか!

 彼らから経営権を取り戻すために、我々選手会は一致団結して事に当たらねばならないのだ!」


(こいつ、相当にアジテーションの訓練も積んでるな……)



「ふう、つい資本家に対する怒りに我を忘れて興奮してしまった。

 それで、その最終目的のためには、選手たちの団結もさることながら、理論武装も必要だ。

 だから労働組合法やストライキ権について学ぶ冊子も用意させてもらった。

 だが、これを読むだけでは不十分だろう。

 そこでわたしは全球団を回って、オルグ、い、いやミーティングを行わせてもらっている」


(今度はオルグと来たか……)


「だから出来れば週1で選手会ミーティングを持って貰いたいのだよ。

 その上で私が月1回勉強会のために来訪しようじゃないか」


「いや、あんたも忙しいだろうからそれには及ばない。

 俺もかなり労働法規には詳しいしな」


「さ、さすがは博士号取得者だ。

 そういう頭脳派こそ、われわれ選手会の団結に必要な人物なんだよ!

 君には大いに期待しているんだ。

 なにか不明な点があれば是非連絡してくれたまえ!」


「ああわかった」


「次に選手会長が集まるのはオールスター戦翌日で、場所はオールスター開催地のNYになる。

 もちろんキミも出席してくれるね」


「了解した」


「それじゃあこれからもよろしく頼むよ。

 最終目標である、資本家からの経営権剥奪と選手自身による球団経営を目指して頑張ろう!」


(そういう法を無視して経営権を奪う行為のことを『革命』って言うんだぜ……)




 書記長さんとやらは最後までフレンドリーな態度を崩さずに帰って行ったよ。



「神保さん」


「はい勇者さま」


「お手数をおかけして誠に申し訳ないんですけど、さっきのティム・グロビンとかいう奴について詳細な調査をお願い出来ませんでしょうか。

 それからコミッショナー代行に就任したミルウォーキーのバディ・セルグとかいう奴のことも」


「畏まりました。

 あの、詳細調査のために少々お時間を頂戴しても構いませんでしょうか……」


「もちろんです。

 ですが、もし可能ならオールスターゲームまでにお願い出来れば有難いんですけど……」


「それならば十分でございます。

 ありがとうございます」


「いえいえいえいえ、御礼を言うのは私ですって……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 1987年シーズンが始まった。


 まあまた開幕投手は俺だったんだけど、最初のゲームでブレットとジョーがあの新型スライダーを投げろって言うんだわー。

 ま、まあ相手が右バッターかつ2ストライクまで限定なんだけどさ。


 そしたら初回の相手の攻撃の時に、1塁側のウチのベンチ入りメンバーが全員打者用防具を付けてるんだぜー。

 でもって全員が外野方向の隅に固まって、ベンチの後ろにしゃがんでるんだぜー。

 ブレットやガイエルなんか、どっから持って来たのか盾まで持ってるし……


 なんか相手ベンチや観客の頭の上に「?」マークがテンコ盛りで出てたわー。



 それでまあ、仕方ないから新型スライダー投げたんだけどさ。

 やっぱり途中で『ふぃん』って曲がって、ウチのダグアウトに飛び込んだわけよ。


 がんごんぎんごん……


 あー、やっぱダグアウト内で跳ねまわってるわー。

 誰も怪我してなきゃいいけど……


 それにしてもバッターは空振りしたんか……

 バットとボールが3メートル離れた空振りも初めて見たな……



 静まり返っていたスタジアムに大歓声が炸裂した。

 それからはもータイヘンだったわ。

 球場の大スクリーンやテレビ中継でも今のシーンのVTRがさんざん流されてるし。

 特にホームベース裏の2階席から俯瞰映像を撮ってたカメラのVTRには、何度も大歓声が起きてたわ。


 ま、まあ、あんまり意味の無い新変化球だけど、ファンが喜んでくれたから良しとするか……



 でもさ、最初のうちはビジターゲームで相手ベンチが全員防具着けるようになっちまったんだ……

 手が滑ってウチの打者にデッドボールが当たったりすると、もー次の回の相手ベンチは全員椅子の後ろに隠れてるし。

 各球場では続々と移動式ネットがダグアウト前に張られるようになってたし……


 これじゃあまるで、『報復死球は直接ダグアウトだぜ!』って俺たちが脅迫してるみたいじゃんよ!


 そのせいかどうかわかんないんだけど、なんかギガンテスの打者に対する内角攻めが激減したそうなんだわ。

 おかげでウチのチーム打率がますます上がったんだけどな。


 でもそんな脅迫するつもりなんか無かったんだってばさ!





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