*** 127 『レーザービーム・レギオン』 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。
1月に入るとルイスが言って来た。
「なあユーキ、ウチのアカデミーの外野手たちが全員握力100キロに達したんだ。
肩や腕の筋肉も相当に育って来てるし」
「へー、頑張ったんだな。
それじゃあまあ投手やらせるわけじゃないし、そろそろジャイロの投げ方を教えてみようか……」
「あ、ありがとう。よろしく頼む」
それで、10人に順番にホームベース辺りからバックスクリーンに向けて遠投させてみたんだよ。
「うおおおっ!
フェンスぎりぎりまで行った!
こ、これ俺の遠投距離が20メートルは伸びてるぞ!」
「お、俺、フェンス越えたわ……
こんなん初めてだ……」
「すげぇ…… 自分じゃないみたいだ……」
「よーしみんな、今から俺も遠投してみるからな。
センターの守備位置の左右に行って、ボールの軌道をよく見ていてくれ。
まずはストレートでの遠投だ」
それでまあ、俺も少し上方向に向かって普通の遠投をしたんだよ。
センターの辺りで頂点をつけた球は、そのまま下降の割合を強めながら飛んで行き、バックスクリーンにぶつかった。
「す、すげぇ……」
「さ、さすが……」
「推定飛距離150メートルの遠投……」
あと2球ほどストレート遠投を続けたあと、俺はまたみんなをホームベース付近に集めたんだ。
「さて、飛距離はともかくボールの軌道はわかったかな?」
「あの、あれ確か放物線って言うんですよね……」
「そうだ、しかも頂点まで上がる軌道の上昇率よりも、頂点から落ちて来る軌道の下降率の方が大きかったろ」
「「「 はい…… 」」」
「しかも減速しながら落ちてるもんで、ある程度以上の距離になるとけっこう時間がかかっちゃうんだ。
だからまあ、無理してノーバンで本塁返球するよりも、ワンバンで返球しろって言われるわけだな」
「「「 はい 」」」
「それじゃあ次はジャイロスピンをかけて投げてみようか。
また外野に戻ってよく見ていてくれ」
それでまあ、俺は軸がやや右を向いたジャイロをかけて投げたんだ。
ボールはほとんど直線軌道を守りつつ、減速もせずに緩やかな上昇を続けてバックスクリーンに突き刺さった。
はは、推定飛距離200メートルっていうところか。
「な、なんだよこの投球……」
「やっぱバケモンだ……」
「こ、こんなことが有りうるんか……」
それでまあ3球ほど投げてやった後は、またみんなを集合させたんだ。
「みんな見えたかな。
軸が右を向いたジャイロボールって、空気抵抗も少ないし揚力も働くからよく飛ぶんだよ。
そうだな、ストレートの遠投に比べて4割は飛距離が増してるだろうな。
球速もあんまり落ちないし。
だからさ、ライト線にヒット打たれたときとかに、1塁ランナーを3塁でアウトにするにはいい送球方法なんだよ。
もしくはセカンドランナーを本塁でアウトにするとか。
それじゃあこれからジャイロの投げ方を教えてやろう。
ボールの握りはこう、ボールを放す瞬間の手の動きはこうだ。
最初はコントロールも安定しないだろうから、ピッチャー用のコントロールボードに向かって投げてみようか」
「「「 はいボス! 」」」
最初はみんなコントロールは酷かったけどな。
でもみんな野球エリートだし、10日も投げてるうちにそれなりのコントロールで投げられるようになっていったんだ。
「よーし、それじゃあ今度は40メートル離れたコントロールボードに向かって投げてみよう。
ボードに直径1メートルの円が描いてあるだろ。
あの円の中に当てられれば合格だ。
ただし、投球制限は絶対に1日100球までだぞ」
「「「 はいボス!! 」」」
そしたらさー、最初はみんな的の遥か上に当ててるんだわ。
まあ今までのストレート遠投の癖が抜けないんだろうけど。
でもそのうちに自分の投げた球がほとんど直線軌道だって気が付くと、次第に円内に当てられるようになっていったんだ。
「よーし、みんな安定して円内に当てられるようになって来たな。
それじゃあ次は、ボードまでの距離を80メートルにしてみよう。
投球制限は80球までだ。
それから、練習が終わったら神山さんの診療所でみっちりケアしてもらうように」
「「「 はい!! 」」」
「そうそう、ひとつ注意しておくがな、ドジャースとの優勝決定戦で俺がやった『ザ・スロー』ってあったろ。
あれだけは絶対に真似しないようにな」
「そ、それってなんでですか、ボス」
「あれ出来るようになったら、すぐメジャーに上がれるかもしれないのに……」
「あれをやらない方がいい理由は2つあってな。
まずひとつ目なんだが、こんど50メートルぐらいの遠投キャッチボールで、試しに利き腕で捕球してみ。
たぶん掌が腫れ上がって3日ぐらい球握れなくなるから」
「「「 !!! 」」」
「それからな、手を後ろに伸ばした状態で捕球しようとすると、どうしても肘の裏側が上を向くだろ。
だから肘を伸ばしたまま捕球すると、肘の靭帯がイッパツで破壊されるんだよ」
「「「 !!!!! 」」」
「ヘタすりゃ肘関節複雑骨折して引退だぞ」
「「「 げっ! 」」」
「だから俺は利き腕をやや曲げた状態で捕球してたんだ。
ついでに腕を後ろに水平に伸ばした状態じゃあなくって、肩より少し上でな。
それで、腕をやや下げて捕球の衝撃を和らげてからバックホームしてたんだよ。
それでも右肩にもの凄い衝撃があったけど」
「「「 ……………… 」」」
「お前たちも俺の筋トレ見たろ。
少なくともベンチプレスで200キロ挙げられる筋力が無いと、あの衝撃には耐えられないぞ。
場合によってはその場で肩関節が外れて送球不能になるだろうな」
「「「 げげげげげ…… 」」」
「だからあのプレイにチャレンジするのはやめておけな」
「「「 は、はいっ! 」」」
それからもみんな熱心に練習してたわ。
なんせ奴らから見ればギガンテスのアクティブロースターっていうだけで雲の上の人だろ。
しかも3年連続リーグMVPともなれば、雲の上どころか宇宙の人になっちまうそうだ。
そんな人が丁寧に指導してくれるもんだから、もう無茶苦茶真剣に練習するんだよ。
そんな折にまたエリックがキャンプの様子を見に来たんだ。
「なあルイス。練習生たちの仕上がりは素晴らしいな」
「ええ、どの球団に行ってもエクスパンド・ロースターは間違いないでしょう。
数人はアクティブにも入れるでしょうね」
「ところでな、あの隅でやたらに離れたボードに向かって投げてる連中はなんなんだ?」
「あれはドミニカアカデミーの外野手たちです。
ユーキに遠投のやり方を教わって、今練習しているところですね」
「ま、まさかあの伝説の『レーザービーム』の投げ方か!」
「はい」
「す、素晴らしい……
ほとんど球速が落ちないまま、球がほぼ一直線に的に向かっているじゃないか……」
「まだまだユーキほどではないですけどね。
ですが、実際の試合で彼らに3塁や本塁に送球させるのが楽しみです」
「3塁や本塁でランナーをアウトにすると、ファンが大いに喜ぶからなぁ」
「守備プレーの中でも最も興奮させてくれるプレーのひとつですからね」
「それにしても、ユーキはついに『外野手用ユーキメソッド』まで開発したのか……」
「まったくもって、どこまで才能が広がっているのか底が知れない男ですね……」
「その通りだ。
と、ところでルイス、あの外野手たちを5人ほどワイルドキャッツに連れて帰ってもいいかな……」
「はは、連中も喜ぶでしょう。
ちょうど5人が2年目の上級生選手で、『打者用ユーキメソッド』もかなり熟していますから、その5人でいかがですか?」
「あ、ああ、ありがとう……
しかし、コーチはどうするか……」
「それではコーチも1人つけましょう。
『外野手用ユーキメソッド』のコーチングをみっちり見学させていますから大丈夫だと思います」
「素晴らしい……
後でユーキにも礼を言わないとな……」
「これが数年後の『レーザービーム軍団』の始まりかもしれませんね……」
「間違いなくそうなるだろうな……
5年後にはMLBの3塁打の数が半分以下になっているかもしれん……
それにしても外野手が3人ともレーザービームを投げられたら、恐ろしいチームになりそうだ」
「ははは、そんなチームとは誰も対戦したくないでしょうねぇ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2月も下旬になると、ラニーとマックスは日本に戻った。
そうして3月中旬には、残りの『ユーキ軍団』の1期生たちは、5人全員がアクティブロースターに上がれることになる。
そして、2期生の9人のうち5人はギガンテスのエクスパンド・ロースターに入って、4人は他球団に乞われて移籍して行くことになるんだよ。
移籍先での背番号はやっぱり300番台を選んだそうだけど。
更にドミニカ・アカデミーの外野手5人もワイルドキャッツと仮契約を結んで、6月のドラフト会議で指名されることになるんだ。
みんな契約金2万ドルと年俸2万ドル貰えることになるんで、大いに喜ぶことだろう。
はは、なんか軍団メンバーが21人に増えちまうな。
そうそう、野〇くんもギガンテスのアクティブ・ロースターに入ってメジャーデビュー予定だし、池谷くんもエクスパンド・ロースターに入れるんだけどさ。
2人とも他球団から移籍のオファーが来たんで、ブレットに相談を受けたんだよ。
だけどさー、2人ともまだ19歳だろ。
ここで1人で他球団なんかに行ったら、ホームシックになっちまうかもしれないよな。
だからまあ、今年1年は俺の手元に置いて面倒を見てやることにしたんだ。
その代わり2人にはトレーニングはもちろん、講師もつけてやって英会話の練習もみっちり頑張るように伝えたけどな。
まあ、1年後に移籍したとしても、背番号は300番台を貰えばいいし、オフのドミニカキャンプも参加自由だって言ってやったら、2人とも随分と安心してたわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2月下旬の或る日、俺はサクラメント・プロテクターの株主総会に出席するために、サクラメントに戻って来た。
それで一応ジョーに連絡してみたんだ。
「おう、いつも通り白紙委任状を送っとくわ」
「そうか……」
「ところでユーキよ。会社は順調なんか?」
「これ以上無いっていうぐらい順調だわ。
今や製造業としてはサクラメント最大の企業だそうだし、今年は全米への出荷が始まりそうだしな」
「そうか……
それじゃあ俺はそろそろ手を引くとしようか。
誰か俺の持ち分の株式を買い取る奴がいないか聞いてみてくれ」
「はは、きっと凄いことになってるぞ。
最低でも10倍以上の価値になってるんじゃないか?」
「いや…… 最初に出資した200万ドルだけで十分だ」
「なんだと……」
「俺ぁそもそも、若ぇころ世話になったアメリアに恩返しがしたかっただけだ。
ついでにワイルドキャッツファンクラブの連中にも。
それにあの防具のおかげで選手寿命が随分と延びたからな。
だから別に200万ドルが無くなっちまってても構わんかったんだ。
それがそっくりそのまま戻って来るなら十分に御の字だわ」
「そうか…… やっぱりそうだったんか……
だがよ、ジョー。
いくら何でも200万ドルのままっていうんはマズイと思うんだ。
会社の価値は相当に上がってるからな」
「それじゃあいくらでも構わんから信用出来るヤツに買って貰ってくれ。
そうして200万ドルを超える部分は、『基金』として寄付するから会社で預かっておいてくれや」
「それなら大丈夫だと思うが……
ところで何のための『基金』なんだい?」
「お前ぇたちはまだ気にしてないようだがな。
あのケブラー繊維の耐用年数は5年だろうに。
その上プラスチック部分も加水分解やらなんやらで耐用年数は7年程度だ。
まあチタン部分はいいとしても、せっかくの防具も経年劣化を起こすんだぞ。
だから、5年後からは低料金で修理や交換を受け付けてやったらどうかと思ってな。
そのためのコストを負担する基金だ」
「な、なるほど……」
(ジョーも、俺たちに全部任せるとか言っときながら、けっこういろいろと考えてくれてたんだな……)
サクラメント・プロテクターの株主総会が始まった。
出席者はアメリアさんと八王子会長と俺、それからもちろん上野と康介くん、オブザーバーとして渋谷物産の会長さんもいる。
司会の上野が話し始めた。
「まずは昨年度の当社の業績についてですが、お手元の資料にございます通り、総売上高は約8億5000万ドル(当時≒1275憶円)、この内粗利率が32%、法人税と地方税が合わせて約30%ですから、当社には現在現金と売掛金で約1億9000万ドル(当時≒285憶円)の資産があることになります。
本日まず最初の議題ですが、この中から株主配当金を決めなくてはなりません。
よろしければ、みなさんのご意見を伺いたいのですが、まずはアメリア社長さんからお願いいたします」
「そうね、わたしも含めてみなさんおカネには困っていらっしゃらないと思うし、配当金はゼロにして全額会社の内部留保金に回したら如何かしら」
「わしもそう思う。
今会社は成長期だ。配当よりも工場増設などの設備投資に回すべきだろう」
「あの、八王子会長、日本から従業員さんたちを派遣して頂くなど、かなりの費用がかかったと思いますが……」
「それについては売り上げの12%の特許使用料を受け取っておる。
それだけあれば十分だよ」
「畏まりました。
それでは神田さんはどう思われますか」
「俺も配当金はゼロでいいと思う。
その分成長投資に回そう。
ジョーについては白紙委任状を貰ってるから問題ないだろう」
「わかりました。
それでは株主の総意に基づき、配当金はゼロとして昨年度の収益は全て内部留保に回させて頂くことと致します」
「あー、それでな。
ジョーから提案があったんだ。
ジョーが保有している株を売りたいから買い手を探してくれって言うんだよ」
「えっ……
今期の受注も絶好調ですし、会社はまだまだ大きくなるのに……」
「いや、ジョーが言うには、出資した200万ドルは若いころ世話になったアメリアさんへの恩返しのつもりだったんだと。
だから会社が軌道に乗った今、もう経営からは手を引くって言うんだ」
「あの子ったら……」
あーあー、アメリアさん泣いちゃったよ……
それにしても、あの厳ついジョーのことを『あの子』呼ばわりできるのは実の母親とアメリアさんぐらいなもんだろうな…… ははは。




