*** 124 4億ドルの資金 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。
「さて、それでは肝心の君の来季の年俸についてなのだが……
実は、コンサルタントに君の適正年俸を試算させた結果、ここ3年間の君の球団収益への貢献度から見て、最低で2000万ドル(当時≒32億円)、最高で3000万ドル(当時≒48億円)という評価だった」
「だが君も知っての通り、メジャーリーガーの最高年俸は、オーナー会議の申し合わせで年率20%の上昇幅に抑えられているのだ。
そして君の今シーズンの年俸は既にMLB最高年俸レベルとなっていたために、240万ドルしか提示出来ないのだよ」
「そこでどうだろうか、今後5年間、1年目は240万ドル、2年目はその20%アップの288万ドル、3年目も20%アップの346万ドル、4年目は415万ドル、5年目は498万ドルという5年契約でなんとか了解してもらえないだろうか……」
「それでも5年間の合計は1986万ドル(当時≒31億7000万円)にしか過ぎず、それではとても足りないだろう。
そこで我々オーナー・アソシエーションのメンバーが、共同で球団株式の4%を拠出した。
これもコンサルタントに計算させたところ、我がギガンテスの球団価値は、純資産方式では約1億ドル、これに興行権や君のおかげで得た特許権等を加えた場合では約4億ドル、そして興行収入などのキャッシュフローも加味すると8億ドルになるそうだ。
まあ球団が保有している純資産は選手ぐらいなものだから、純資産方式だとこんなに安くなってしまうのだな」
「つまり君に譲渡させて貰いたい球団株式の価値は、最も安く見積もった場合で400万ドル、最も高く見積もった場合では3200万ドルになる。
実際には、君が株式の売却を考えたときには、我々の優先買取権を設定させて貰いたいことと、MLBの規定で収益に対する配当性向の上限は20%に抑えられているために、株式の価値はもう少し低くなるだろうが」
「あ、あの……
選手に球団株式の一部を譲渡することは許されているんですか?」
「すでにNFLやNBAでは行われていることだからな。
年末のMLBオーナー会議で選手オーナー制度の承認採決が行われる予定だが、間違いなく承認される見通しだ。
まあ、MLBでも採用されれば、君が最初のケースになるだろうが」
「実際に譲渡が行われる際には、MLB本部の承認も必要になる予定なんだが、君のケースであればまず問題ないということだ。
君が考案した防具やCG広告や施療施設のおかげで、MLB本部も各球団も君には相当に好意的なのだよ」
「あれだけ全球団の収益を改善させたんだ。
他球団のオーナーの中には、君を既に球団経営者と見做している者も多いそうだな」
「は、はぁ……」
「それで…… どうだろうか……
我々の提案を了承しては貰えないだろうか……」
あー、なんかみんなすっげぇ緊張してるみたいだなぁ……
「すみませんが考える時間を3分下さい」
「もちろん……」
(神保さん)
(はい勇者さま)
(神保さんはこの提案をどう思われますか?)
(ここ最近のオーナー・アソシエーションの会議の内容を拝見させて頂いておりましたが……
彼らが最も恐れているのは、例えばNYヤンキースなどから同様な提案をされて、勇者さまが移籍のご意向をお持ちになられることでございました。
従いまして、あらゆる手段を用いて勇者さまをギガンテスに引き留めることのみを議論していたようでございます)
(でしたらこの提案を受けても良さそうですね)
(はい。
契約内容で勇者さまが不利になるようなことは有り得ませんでしょう)
(ありがとうございます)
(いえいえお役に立てて幸いでございます)
「わかりました。
それではその契約内容でお願いいたします」
はは、みんな盛大に息を吐き出してるわ。
よっぽど緊張してたんだろうな。
「いやありがとう!
これからもよろしく頼むよ!」
「ところで君の方からは何か要望などは無いかね?」
「ええ、まずは今シーズンに任命されていた『投手トレーニング担当コーチ』なんですけど、来期は馘ですか?」
「とんでもない!
単に君の負担になっていなかったか心配していただけだよ」
「そうですか、それでは是非来シーズンも拝命させて頂けませんか」
「さすがだよユーキ……
ますますユーキ軍団メンバーを増やして行こうということか……」
「それに加えてもうひとつお願いがあるんですけど」
「是非聞かせてくれたまえ」
「これ以上ユーキ軍団が増えたとして、ロースターに入りきらない者も出て来るかと思います。
そのときは他チームに金銭トレード等で移籍して、そこでメジャーリーガーになって行くのでしょうけど、そのときも彼らにオフのドミニカキャンプへの参加を許してやって頂けませんでしょうか」
「本当に君の提案は素晴らしいな……
そうすればユーキ軍団の絆は保たれるということか……」
「ええ、どうも奴らは、そうしてやらないと移籍したがらないようなんですよ」
「彼らはそれだけ君に感謝しているということか……」
議長さんがオーナー・アソシエーションのメンバーを見渡した。
全員が笑顔で頷いている。
「了解した。
君が認めた軍団メンバーは、例え他チームに移籍していたとしても、ドミニカキャンプへの参加を認めることとしよう。
もちろん、食費滞在費も含めて参加費は無料だ」
「ありがとうございます」
「そうそう、君へのコーチングフィーなのだが、100万ドルでいいかね?
それから育成費として500万ドルを預けさせてくれたまえ」
「そんな大金いいんですか?」
「無論だとも。
あの5人のメンバーは、既に一流メジャーリーガーへの道を歩み始めている。
そうした選手の養成機関への予算としては安いぐらいだ。
もし追加予算の必要があればすぐに伝えてくれたまえ」
「ありがとうございます……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
無事に契約更改も終わって俺は自宅に戻ったんだけどさ。
信一郎くんを抱っこした渋谷が近寄って来たんだよ。
「神田くん、どうもありがとう」
「?」
「おかげでけっこう儲かっちゃったわ♪」
「ま、まさかお前……」
「うん、『今シーズン中は誰も新型カーブに対してホームランを打てない』っていうのに、お小遣いを賭けてたの♪
信哉さんも『あんな凄い球ホームランなんか打てるわけ無い』って言ってたし。
4月に賭けてたから、結構いい倍率だったわ♪」
「そ、それでいくら儲けたんだ?」
「そこまで大した金額じゃないわよ。
21倍で10万ドル賭けてただけだし」
「ちょっ! お、おまっ!
200万ドル(≒当時3億2000万円)儲けたのかよっ!」
「うん♡
ほら、信一郎くんもお礼を言いまちょうねー♪」
「ばぶー♡」
まいったよなぁ……
俺の年俸と同額の儲けかよ……
とほほほ……
そしたらさ、1週間後の優勝パレードの時にクリスやフィリーにも礼を言われちまったんだわ。
「いやー、まさかホントに誰もホームラン打てなかったとはなぁ」
「もっと賭けておくんだった……」
「な、なぁ、2人とも『今シーズンは新型カーブに対して誰もホームランを打てない』に賭けてたんか?」
「なんだいユーキ、お前賭けてなかったんか?」
「ということは、ギガンテスのベンチ入りメンバーで賭けてなかったのはお前さんだけかい」
「ブレットも1万ドル賭けてたからホクホクだったぞ。
ジョーなんか10万ドルも賭けてたしな」
「8月に入ってユーキが中2日で投げさせてくれって言いだしたときにゃあ、みんな引き攣ってたんだぜ」
なんだよそれ!
なんで誰も誘ってくれなかったんだよっ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
優勝パレードだの市長公邸での祝賀会だのが無事終わると、俺は半月ほど自宅で静養することにした。
まあ、たまには俺の体も休ませてやらないとな。
子供たちと遊ぶのも楽しいし。
そしたらさ、渋谷の祖父ちゃんと父ちゃんが俺に相談があるっていうんだわ。
それで3人で応接室に入って話を始めたんだけど、さすがは超の字がつく大企業の会長さんと社長さんで、真面目な話をするときにはすっげぇ貫禄だぜ。
「うちの婿である信哉がアメリカでのビジネス修行で大成功を収めつつある。
なにしろ今期のサクラメント・プロテクターの売り上げは7億5000万ドル(当時≒1200億円)に達しているそうだ。
既に製造業としてはサクラメント市で最大の売り上げを誇る会社になっているが、来年はさらに増えるだろう」
「まあ、本人も微力ながら努力はしていたとは思うが、かなりの部分は神田くんの助力によるところが大きいと思う。
心から礼を言わせてくれ」
「「ありがとう」」
「まあ、上野も頑張っていましたからね。
私のおかげなどとはとんでもないですよ」
「はは、さすがだね。
奢らず誇らずただ努力するのみか……」
「そこで相談なのだが、利益を上げたのはサクラメント・プロテクターだけではないのだ。
総売り上げの10%は、販売委託手数料として渋谷物産の収入になっている」
「ですが、御社もサクラメント・クーリエを買収されたり社員に給料を払われたりしているわけですから、そこまで儲かったわけではないでしょうに」
「それだけではないのだ。
あの防具の素材として、カナダで買収した鉱山と精錬所製のチタンインゴットを使用して貰っている。
この分の利益も馬鹿にならない額に達しているのだよ」
「さらに君はあのプラザ合意を予見して、婿殿に持ち込んだ円資金の為替ヘッジを勧めてくれた。
おかげで我が社もそれに便乗して2000憶ドルほどドル売りヘッジをさせてもらっていたのだ。
この分の収益が現時点で実に1700憶円に達している」
「ですがまあ円ベースでの為替差損を回避されただけですよね。
実際に儲けたわけではないでしょう」
「それでも莫大な損失を回避出来たことに変わりは無い。
そこで社内の専門部署に検討させたところ、これら収益の内2億ドルほどを米国内に還元すべしという結論が出たのだ。
まあわが社の社是である、『利益の半分は地元に還元せよ』という考えに沿ったものなのだが」
「来年も同様にチタンは売れるだろうし、サクラメント・クーリエも収益を上げるだろう。
予想では今後5年ほどは毎年4000万ドルほどの還元の必要が出るとのことだ。
だが、湾岸諸国や途上国とは違ってここは大先進国アメリカだ。
いまさら公共工事や学校施設に寄付をしても、ほとんど意味は無いだろう」
「新型CG広告やMHK向け『国際映像』などの君の智謀については聞き及んでいる。
そこで君に、この還元資金の使途についての助言をして貰いたいと思ったのだ。
なにか良い使い途は無いだろうか」
(今年2億ドル、来年から4000万ドルずつ5年間で計2億ドルか……
それだけあればあのアイデアも実現可能かな……)
「私もアメリカで暮らし始めて3年近くになります。
その間にいろいろと考えさせられることがありました。
日本に有ってアメリカに無いもの。
逆にアメリカに有って日本に無いもの。
それぞれたくさんあると思いました。
その中で、日本にあって素晴らしいと考えていたものが、アメリカには無かったんです。
もしそれをアメリカに齎してやることが出来れば、大勢の人が喜んでくれるだろうと常々考えていました」
「是非詳しく聞かせてくれたまえ」
それでまあ、俺は漠然と考えていたことを説明していったんだ。
こういうことは、自分だけで考えるよりも他人に説明しながらの方が考えがまとまるっていうのは本当だな。
我ながらそれなりに具体的な計画を説明出来たよ。
「ふむぅ…… それにしても素晴らしい計画だ……」
「そうだな、君には市も州政府も動かせる人脈があるだろう。
その人脈を使えばホワイトハウスすら動かせるかもしらんな……」
「必要なのはランニングコストを負担するスポンサーだけだったのか……」
「ええ、スポンサーも球団の伝手を使って協力を求めることは出来るかもしれません。
ゼロからのスタートではスポンサーたちも躊躇するでしょうが、もしも先ほど仰られたような基金が既にあれば、協賛企業を募るのはそれほど大変ではないように思います」
「さすがだ……」
「聞きしに勝る素晴らしい頭脳だ……
『たった1人でMLBの収入を3割増やした男』と言われるだけのことはある」
「それでは我々もすぐに資金を使わずに、いつでも協賛金として使えるようプールしておくこととしよう」
「よろしいんですか?」
「仮に計画が失敗して資金が無駄になったとしても、それは私たちの判断の失敗だ。
君が責任を感じる必要は全く無い」
「それどころか、もし成功すれば、胸を張ってアメリカに利益を還元出来たと言えることになるだろう。
計画の実現を楽しみにしているよ……」
うーん、『君臨すれども統治せず』とかいう割には、このひとたち決断も早いし行動力も有りそうだなぁ……
流石は渋谷物産の会長と社長だっていうことか……




