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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第5章 メジャーリーガー篇
116/157

*** 116 進化するキャンプメンバー ***


この物語はフィクションであります。

実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……

また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……

みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。



 


 原宿先生から国際電話がかかって来た。


「原宿先生、ご無沙汰しております」


「やあ、神田くんも元気でやってるかな」


「ええもちろん。

 それで全体大や日比山の野球部の様子はいかがですか」


「君の寄付金で筋トレマシンを買って、ますますパワーがついて来ているようだね」


「それはよかった」


「それで今日電話したのは、あの池谷くんのことなんだ。

 ドミニカから帰国後にすぐラビッツのテスト生としてファームでの練習に入ったそうなんだが、たった3週間で肩と肘が完全に動かなくなってしまったんだよ……」


「やはりそうでしたか……」


「なんでも2軍監督を始め、コーチたちから1日500球の全力投球を命じられたそうだ。

 それ以外にも朝晩10キロずつ走らされたそうだが……」


「はぁ」


「なにしろ去年のラビッツは、勝率が2割にも届かずに断トツ最下位に終わっているしね。

 おかげでラビッツ戦のテレビ視聴率は5%以下にまで落ち込んだ上に、読買新聞の販売部数まで3割も落ちたそうだ。

 それでオーナーが激怒してシーズン中に5回も監督を交代させたために、とうとう監督の成り手がいなくなってしまったんだよ。

 シーズンが終わった後に2軍監督を1軍監督代行にしたんだが、その監督代行が秋季キャンプで無茶をやったらしいんだ。

 どうやらオーナーに『成績低迷の罰として倒れるまでシゴキ上げろっ!』と命じられたからだそうなんだが……


 おかげで選手の大半が重大な故障を起こして病院送りになり、多くは入院中だそうだ。

 中にはそのまま引退も考えなければならない選手も少なくないらしい。

 だから池谷くんも、即戦力となることを期待されて無茶な練習を強要されたらしいね」


「それで彼は病院には行ったんですかね……」


「一応球団職員に連れて行かれたそうなんだが、診断結果は『手術の必要有、全治1年半』だったそうだ。

 おかげでその日のうちに解雇されたということだ」


「それで俺の紹介状を持って先生のところに行ったわけですか……」


「うむ。可哀そうに相当に憔悴して泣いていたよ」


「ご迷惑をおかけしました。

 それで先生のお見立ては如何でしたか?」


「普通なら患者の診察内容は秘密だが、診療報酬も受け取っていないし他ならぬ君のことだ。

 検査と診断の結果は、回旋筋腱板部分断裂、肩甲上神経損傷、肘の側副靱帯断裂、上腕骨頭亀裂骨折と橈骨の疲労骨折だ。

 特に肘の側副靭帯についてはトミージョン手術の必要があるかもしれない」


「まさにボロボロですね」


「そうだ。

 それでどうする?

 法学部の友人の話では十分に損害賠償請求訴訟の対象になるという話だ。

 たぶん業務上過失傷害罪の対象になるだろうし」


「それではとりあえず彼を診察した病院で、証拠用に診断書を受け取るように言っておいて頂けますか。

 よろしければ先生の診断書も。

 訴訟手続きや親御さんへの連絡はこちらで行いますので」


「了解した。彼にそのように伝えておこう」




「神保さん……」


「はい、勇者さま」


 ああ、俺の怒りが伝わったのか、神保さんの顔も真剣だよ。


「誠に申し訳ないんですが、配下の天使さんを日本に派遣して、池谷くんの面倒を見てやって頂けませんでしょうか。

 俺とは直接関係の無い仕事ですみません」


「すべては勇者さまの御心のままに……」




 それで地球名神川さんっていう上級天使さんが日本に派遣されたんだ。


 神川さんはまず池谷くんとご両親に会って十分に話し合った後に、正式に警察に被害届を提出した上で民事賠償請求訴訟を起こしたんだよ。

 どうやら神川さんって、こういう時のために神界が用意していた法務担当で、弁護士資格まで取得していたらしいな。


 ついでに神川さんは入院中のラビッツの選手たちにも連絡をとって、集団訴訟にも持ち込んだそうだ。

 おかげで日本のマスコミは大騒ぎよ。

(読買新聞だけはこの訴訟関連の記事を一切書いてなかったけど……)

 なんといっても甲子園準優勝投手とラビッツの選手たちの起こした訴訟だからな。


 それで警察で事情聴取を受けた1軍監督代行が、「すべてはオーナーの指示でしたことですぅ!」って証言したもんだから、さらに大騒ぎになってたわ。


 おかげで損害賠償請求の相手は、ラビッツ球団に加えて読買グループオーナーにも広がったし。


 それで全国的な話題になっていたせいか異例の早さで審理が進んで、1軍監督代行には業務上過失傷害罪として有罪判決と賠償金の支払いが、球団とグループオーナーに対しては、総額8億円の賠償金の支払いが命じられたんだ。

 まあ、プロ野球選手みたいな高額所得者は逸失利益も大きいからなぁ。


 ついでに裁判に激怒していたオーナーが訴訟を起こした選手全員に解雇通知を送らせていたせいで、不当解雇の損害賠償金も追加で5億円加わったんだと。



 それでもちろん控訴したサベツネは、控訴審の証言の場でも激怒しっぱなしだったそうだ。

 どうやら今まで親以外から命令された経験が無かったもんで、年下の裁判官に証言を命じられるのが我慢ならなかったらしい。

 原告側弁護団の非難口調も大いに気に障ったようだし。


 それでとうとう激怒し過ぎて脳の血管切らしてヨイヨイになっちまったんだ。

 神保さんになんかしたのかって聞いても、笑って教えてくれなかったけどな。


 その後は豪勢な病棟でいつも意味不明なことを怒鳴り散らしながら暮らしているらしい。

 ラビッツ球団社長は、読買グループ各社の社長たちと協議の上、すぐに控訴を取り下げて賠償金の支払いに応じたとのことだ。



 ラビッツの選手たちには退院後に神川さんの勧めで日本のギガンテス・アカデミーの神山施療院に行って貰って、3か月で全員完治して貰ったけどな。


 でも、完治後は全員トレードを希望したんで、ラビッツには本当に選手がいなくなっちまったんだよ。

 他球団の選手もラビッツに移籍するのは拒否したし。


 それで次のシーズンには、ベンチ入りメンバーが全員2軍選手になっちゃったんだ。

 おかげでとうとう勝率が3%以下に落ち込んだそうだわ。



 この裁判が全国的な話題になったせいで、またも震え上がった各都道府県の教育長は、もう一度徹底調査して生徒に過剰な(かつ無意味な)練習を強要している監督やコーチをどんどん馘にしていったそうだ。

 おかげで高校野球界の監督平均年齢が30歳近く若くなったそうだぞ。

 ついでに原宿先生の『ユーキメソッド研修会』には参加希望者が殺到してるそうだし。

 最初に参加したジジイ監督が激怒していたせいで、参加出来なかった若いコーチが大勢いたそうだからな。



 そうそう、池谷くんに関しては、水道橋総監督に頼んで研修生として全体大付属高校と大学の練習を見学させてもらっているんだよ。

 それにトレーナーの神山上級天使さんに頼んで、弟子の天使さんを2人ばかり全体大に派遣してもらってもいるんだ。



「勇者さま、池谷選手の治療は本当に1年もかけてよろしいのでしょうか……

 なんでしたら10分で全快させられますが……」


「いえ、それだとまた自分で過剰に練習して壊れるでしょう。

 あの練習に対する強迫神経症を治すためにも1年かけてやってください」


「畏まりました……」





 池谷くんはけっこう熱心に全体大付属の練習を見学しているそうだ。


 もちろんもう『根性練』とか一切無いんだけどな。

 それでも時折コーチに怒鳴られてる生徒がいるんだと。



「こらぁぁっ!

 お前また100球以上投げてるだろぉっ!

 100球以上は絶対禁止って言ったのをもう忘れたのかぁっ!」


「す、すみませんっ!」


「ペナルティとして、明日から3日間投球禁止だ!」


「えええ―――っ! 

 でっ、でも俺、ストレートの最速が143キロしか無くって……

 だ、だから人より多めに投げないとって思って……」


「あのなぁ、投球練習では球速はほとんど上がらないって教えたろうに。

 筋トレしないといつまで経っても140キロ台のままだぞ」


「そ、そうなんスか?」


「お前また『トレーニング講義』の時間に寝てたな……

 よし!

 明日から3日間、1年生に混じって講義を受け直して来い!

 それでテストの点が70点以上になるまでは投球練習禁止だ!」


「ええ―――っ!」




(これが夏の甲子園優勝校の練習方法か……

 他のチームと全然違うよ……

 あ、でも神田さんのキャンプとはおんなじか……

 ああ…… 俺ももう少し我慢してずっとドミニカにいればよかったな……)




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ドミニカでのキャンプは順調だった。



「おーっし! ヒルクライムダッシュ自己ベスト更新だ!」


「またかよ。やるじゃねぇか」


「なんかさ、ウエイトスクワットの重量が上がるごとにダッシュが速くなるんだよな」


「ついでにストレートの『8球最高速』も速くなるしな」


「やっぱりボスが言った通り、球速上げるには投げ込みより筋トレだったんだなあ。

 肩も軽いし時間も短くて済むし、筋トレの方が断然いいわ」


「へへ、俺ベンチプレスで176キロ挙がるようになったんだぜ。

 もうすぐ『毎日筋トレ』の許可が出そうだわ」


「俺はまだウエイト160キロか……

 だからストレートも155キロまでしか出ないんだな……」


「でもお前、このキャンプに来るまでは最速148キロだったろ?」


「あ、ああ。でも早く160キロ台の球投げたいもんだなぁ」


「このドミニカキャンプって1月末で終わりだよな。

 あと3か月もキャンプしてたら全員100マイル球投げられるようになりそうなのによ」


「それにどんどんコントロールも良くなって来てるのに……」


「お、俺、握力がもうすぐ120キロ超えそうなんで、ボスにジャイロボールの投げ方教えて貰えそうなんだ……」


「いいなぁ、俺は110キロだからもう少し先か……」




 はは、なんかみんな自分の向上が実感出来るせいか、表情が実に明るいよ。

 まるで東大のときみたいだ。

 これもウエイトトレーニングの効用のひとつかもしれん。

 なにしろ1キロ単位で自分の能力アップが分かるんだから。




 1月も中旬になると、エリックがドミニカ・アカデミーに視察に来た。

 どうやら自分が送り出した練習生たちの様子が気になっていたらしい。


 それで初日に練習生たちを見たエリックが目を真ん丸にしてたんだ。

 そういえば毎日見てるから気が付かなかったけど、みんな腕や肩が二回りぐらい大きくなってるからな。

 三角筋や上腕筋群なんかが育ったせいで、肩幅まで広くなったように見えるし、その広い肩から丸太みたいな腕がぶら下がってるし。



「な、なあルイス、なんだか私の目には11人の練習生たちが別人に見えるんだが……」


「ええ、最初に来た頃に比べると別人ですね」


「たったの2か月で何が起こったんだ……

 そ、それで練習生たちの能力はどのぐらい上がったんだ?」


「そうですね、まずはトレーニングの内容ですが、50メートル走のタイムは平均で0.3秒も上がりました。

 6秒を切るようになった奴も3人いますし、残りも全員6秒台前半です。

 それからベンチプレスはウエイト重量が平均で30キロ上がりました。

 今や全員が150キロ以上挙げますし、ウエイトスクワットも同様です。

 さらにユーキが考案した握力トレーニングマシンのおかげで、握力は平均で35キロも上がっています」


「凄まじいな……

 それで野球能力は?」


「ストレートの平均球速は12キロ上がりました。

 最も遅い者でも155キロを投げますし、160キロ以上も2人います。

 また、あの大きな板を見て下さい」


「な、なんなんだねあれは……」


「あれはユーキが15歳の時から使っていた『コントロール養成ボード』と言うものだそうです。

 あれに向かって投げることにより、自分の変化球の変化幅を常に把握出来るせいで、全員のコントロールが見違えるようになりました」


「ま、まさか日に全力投球を100球以上させていたわけではないよな……」


「それはありません。

 それだけは厳しく管理されています」


「そ、それにしてもだ……

 筋トレマシンの種類やコントロール養成ボードはあるにしてもだ。

 それ以外はワイルドキャッツの練習環境とそこまで大きな違いはないだろうに……」


「それはたぶん食事の違いでしょう」


「食事?」


「ええ、ユーキは6人のシェフとアシスタントを連れて来ました。

 そうして彼女たちと研究して、最高の栄養バランスを持つ料理を作ったんです。

 なんでも必須アミノ酸と準必須アミノ酸、それからビタミンやミネラルがWHO基準の3倍含まれている特別食だそうです」


「そんな……

 毎日同じものを食べていて、みんなよく飽きないな」


「いえいえ、コースメニューの種類は今や70種類を超えていますし、味の方も三星レストラン並みですよ。

 あれなら1年中食べても飽きませんな。

 量はともかく」


「そ、そうか……

 そういえばユーキはいつも『体造りはトレーニングが3割で食事7割』と言っていたか……」


「ええ、どうやら球団から預かった育成費のうち、ほとんどを筋トレマシンの開発と食材調達につぎ込んでいるようですね。

 まああとで実際にランチコースを食べてみてやってください」


「わかった。

 ところでユーキ自身のトレーニングはどうなんだ?

 練習生たちに手をかけるあまり、自分のトレーニングが疎かになっていないといいんだが……」



 ルイスが微笑んだ。


「大丈夫ですよ。

 またとんでもない変化球をマスターしたようです。

 これで『ナショナルリーグの災厄ディザスター』が『大災厄グレートディザスター』になるでしょうね」


「な、なんと……」


「あ、ユーキとミゲルがブルペンに向かいましたか。

 見学してみませんか?」


「ああ……」




「やあユーキ、これからスーパーカーブの練習かい?」


「そうだルイス、毎日投げて体や指に覚え込ませないとな」


「それじゃあエリックと一緒に少し見学させてもらっていいかな」


「もちろん。

 それじゃあミゲル、今日も2種類のスーパーカーブの練習だ。

 最初は4メートル級からだな」


「うん」



 俺は、投げ出しは時速170キロで地上4メートル方向、左右の変化は30センチほどのカーブを投げた。

 ボールは、最高で地上4メートル地点を通過した後は急速に下降を始め、次第に下降角度を強めてベース上では45度ほどの角度になってストライクゾーンを通過し、ベース後ろでワンバンする。

 そして、反射角30度ほどで跳ねたボールはミゲルのミットの土手に当たった。


 びしっ!


「あー、すまん、まだ跳ね方が安定してないなあ。

 手首は大丈夫だったか?」


「いや今のは僕も反射角を大きめに見積もりすぎてたよ。

 それに手首はチタン板入りサポーターしてるし、テーピングも多めにしてるから大丈夫だよ」


「そうか、それじゃああと30球投げ込むぞ」


「うん」


 5球ほど投げるとバウンドも安定して、ミゲルのミットの真ん中に収まり始めた。


「だいぶ安定して来たね。

 それじゃあそろそろ6メートル級も投げてみたらどうだい」


「おう」



 今度のカーブは投げ出し方向が地上6メートル。

 最高点から急激に下降したボールは、最高入射角60度でホームベースを通過し、45度の反射角でバウンドしてミットに収まった。


「うーん、やっぱり6メートル級の方が安定してるねぇ。

 最初は6メートル級を主体にしたらどうかな」


「そうだな、でもあんまりおんなじ球筋で投げてると打者も慣れて来るから、4メートル級も練習しとかないとな」


「それもそうか」


「まあ今はこんなもんでいいだろ。

 それじゃあもう少し6メートル級を投げるぞ」


「うん」





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