*** 115 新変化球 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。
翌日俺は工房を訪ねた。
「鶴見さん、おはようございます」
「あ、神田さん、おはようございます。
あの握力や前腕筋群のためのマシンの具合はいかがですか?」
「昨日試してみましたけど、びっくりするほどいい具合でしたよ。
あの握力用マシンも素晴らしいですけど、ボールにワイヤーをつけて投球姿勢でウエイトを引っ張るマシンも実にいいですね。
なにしろ投手が肩や肘を故障するのは、投げたときの遠心力で肘肩が引っ張られるのが原因になることが多いですから。
その点、あのマシンなら遠心力を心配しないでいくらでも筋トレが出来ますからねえ」
「それはよかった。
改良点があったら言って下さいね。すぐに直しますから」
「ありがとうございます。
ですが今日はまた新しいマシンを作って貰えないかと思ってお邪魔しました」
「ほう!」
はは、なんかまた目がギラギラになったぞ。
「あのですね、たとえば鉄パイプを組んで立方体を作ったとします」
「ふむふむ」
「その中に上から逆T字型をした鉄パイプを設置するんです。
そうしてその逆T字パイプに背中を当てて、横棒に手を添えて、体幹を捻るんですよ」
「なるほど!
そこにウエイトを付けて、腸腰筋や腹斜筋の筋トレをすると!」
「さすがは鶴見さん、話が早い」
「うーむ、このマシンも体幹の筋肉のウエイトトレーニングが出来るという点で、画期的なものになりそうですね!」
「ええ、今まで全く無かったマシンになりますね。
今あるマシンって、どうしても大胸筋や腹筋や上腕筋群みたいな見せるための筋肉を鍛えるものが多かったですから。
使うための筋肉ではなく。
あ、ところで開発費は足りてますか?
足りなければ追加しますけど」
「いやそれについてご相談させて頂きたいと思ってたんですよ。
実はウチの専務とも話したんですけど、ここでこうして出来上がった新しいマシンのプロトタイプを量産する体制を整えてですね。
それらを『神田マシン』もしくは『ミラクルボーイマシン』として商標登録させて頂けないかと考えているんです」
(なんか少しダサい商標だなぁ……)
「それで、その見返りに売り上げの1割をご提供させて頂くと共に、開発費は無料ということで如何でしょうか」
「いえいえ、開発費はきちんと取って下さい。
そのマシンが売れるとは限りませんから。
それから商標の件も構いませんよ」
「ありがとうございます!
それでは『体幹筋トレマシン』、早速作らせて頂きますね♪」
そしたらさすがは鶴見さんで、3日後にはもうプロトタイプを作ってくれたんだよ。
それでまずは俺が試してみたんだ。
まあ俺だったらどこがぶっ壊れてもすぐ『キュア』で治せるから。
そしたらさー、これが実にイイんだわ。
今までは体幹周りの筋肉って筋持久力は鍛えられたけど、筋瞬発力を鍛える強負荷トレーニングって出来なかったからな。
あらゆるスポーツに絶対に必要な筋肉なのに。
握力マシンなんかとともに、これも俺のキャンプに採用だな。
そうそう、野〇くんはずいぶんと感激してたよ。
高校時代の監督さんは変則フォームに煩いひとじゃなかったそうなんだけど、プロのスカウトやコーチにはさんざんフォーム改造しろって言われてたから。
それが変則フォーム用のトレーニングマシンまで作って貰えたんで、そりゃあ嬉しかったんだろう。
おかげでその後、俺の言うことはなんでも本気で信じ込むようになっちゃったんだ。
まるで野球教の教祖さまみたいな扱いになっちまったし。
だから滅多なことは言えなくなっちまったんだ。
まあ俺も弟分が出来たみたいで少し嬉しかったけどな。
それから5年後には、メジャーのローテーションに入ってた野〇くんも結婚して、すぐに子供も生まれたんだけどさ。
なんか子供の名付け親になってくれとか頼まれちまったわ……
出来れば勇樹の勇の字をつけてだと。
なんか戦国時代の大名になった気分だったぜ……
それで、まずはそのマシンを俺が試して何の問題も無かったんで、みんなも含めて体幹の筋トレも始まったんだけどな。
これがやっぱり相当にイイんだわ。
今までは腸腰筋の強負荷トレーニングなんか出来なかったからなぁ。
それがこのマシンのおかげで体幹周りのトレーニングが出来るようになったもんだから、1か月ほどで体幹の筋瞬発力がみるみる上がって行ったんだよ。
なんでも試してみるもんだな。
それで、試しに俺も腸腰筋や腹斜筋を意識して、腰のキレも使って投げてみたんよ。
うーん、これ、ストレートやジャイロ投げるときには、球威はともかくとして球筋はあんまり変わらないな。
だけど、なんとなくカーブには最適なフォームのような気がする……
それで例のコントロール板に向けて、腰も入れたフォームで思いっきりカーブ投げてみたんだ。
そしたらさー、投げ出しは今までと同じ方向だけど、いつもより鋭く曲がった球が、ホームベースの3メートルぐらい手前でワンバンしちまったんだ。
なんだこれ?
それじゃあ投げ出しはもっと高めにした方がいいのか?
それで今までは地上2メートル20センチぐらいを目標に投げてたのを、2メートル50に上げてみたんだけど、まだベース前でワンバンしちゃうんだ。
さらに2メートル75に上げてもまだワンバン。
それで3メートルに上げてみたら、ようやくワンバンしないでベースに届いたんだけど、今度は左右変化が大きすぎるんだわ。
投げ出し方向が右打者の内角ギリギリでも、ベースの3メートルぐらい左まで行っちゃうんだ。
うーん、これ、もっと右向けて投げたらストライクになるけど、投げ出しが完全に右打者の背中より右になっちまうよな……
それ、また『ストライク・ボウラー』になるぞ……
相手右打者が全員病院送りになっちまうぞ……
ヘタすりゃ左打者でもドテっ腹へのデッドボールになるし……
それじゃあ横の変化は小さくして、縦の変化を大きくしてみるか。
いわゆる『縦のカーブ』って言うヤツだな……
ということは球の回転軸がもっと投球方向に垂直になるようにして……
でもって、投げ出しももっと上にして……
そうやって試行錯誤していたら、だいたい投げ出し方向が右打者の内角いっぱいで、且つ高さを6メートルにすると、ストライクゾーン通過後にベース後ろでワンバンするようになったんだよ。
それで、その方向感覚を忘れないように、50球ほど投げてたんだ。
夢中で投げていた俺は、なんかブツブツ呟く声に我に返った。
「あ、有り得ねぇ……」
「なんだよあの球……」
「なんであんなに曲がるんだよ……」
「お、俺が打者だったら、ボール半分に切って仕掛けが無いか探すぞ……」
あはは、練習生たちが全員俺の後ろに集まってたか。
「最近筋トレの成果で握力が左右とも300キロに達したからな。
それに加えて、筋力上げた腰の捻りも加えるようにしたんでカーブの曲がりが大きくなったんじゃないか?」
何故かみんな引き攣った顔してたぞ。
でもその日以降、みんな超真剣に筋トレに励むようになってたわ。
特に握力をつけたら、自分でもあの超カーブの半分ぐらいの変化幅の球だったら投げられるかもしれないって思ったようだ。
それでその日はもう100球投げてたし、筋トレも投手用を含めてフルメニュー終わってたし、ヒルクライムダッシュも30本やってたから練習は終わりにしたんだ。
そうそう、コントロールボードは縦7メートルのやつを鶴見さんに注文しといたよ。
その日の夕食後、ある程度腹もこなれた俺は自室からサクラメントの自宅に転移して、そこからさらに神界に転移した。
そこでまずは魔法で7メートル×3メートルのコントロールボードを作って、投球練習を始めたんだ。
まあ、故障を防ぐために練習生たちには全力投球は絶対に1日100球までだって制限してるからさ。
その中で俺だけ1000球も投げてたらマズイからなあ。
でも俺だったらいくら故障してもすぐに『キュア(超勇者級)』で治せるから、こういう無茶な練習は神界ですることにしてたんだ。
もちろんめーちゃんも付いて来てたよ。
それで俺が投げるところを見て、うっとりしながらお腹さすってたわ。
どうやら間近で俺のピッチング見てるとちょっと感じちゃうらしいな。
それで1000球ほど投げた俺は、めーちゃんとイチャコラしてぐっすりと眠ったんだ。
なんかめーちゃんも、これ以上ないぐらいに幸せっていう顔してくれてたわ……
そんな生活を続けてさらに3週間ほど経つと、俺の新型カーブの球筋も安定して来たんで、神保さんに頼んで計測してもらったんだ。
まず、投げ出しの速度は時速約170キロ。
まあそれほどの負担になる速さじゃないな。
終速は150キロ。
なんか曲がり方も激しいけど、減速の仕方も激しいわ。
しかもこれ、ボールの進行方向に対しての速度なんで、水平方向の速度はもっと落ちてるんだよ。
これ、打者はタイミング取り辛いだろうなぁ。
それからホームベースまでの最高点は地上約6メートル。
最高点の位置はホームベースの手前8メートル。
そこから急激に減速しつつ曲がりを大きくしながら下降して、ストライクゾーンを通過した後は、ホームベースの50センチほど後ろでワンバンする。
最大下降角度はベース上で約60度にもなっていた。
うーん、これバッターは打ちにくいだろうけど、果たしてキャッチャーは捕れんのかいな?
それで試しにコントロールボードをキャッチボックスの深めの位置に置いてみたんだ。
そしたらさー、不思議なことに、ワンバンするまでの地面に対する入射角は60度ほどなんだけど、ワンバンしてからの反射角は45度ぐらいなんだよ。
ああそうか、強烈なトップスピンのせいで、反射角が抑えられてるのか……
それでコントロールボードの位置はそのままにして、また神界で毎日1000球投げて、キャッチング位置を確認していったんだ。
それでまた10日ぐらい経つと、ようやくキャッチングの位置も安定したんだわ。
コントロールボードにも、地上1メートルぐらいの位置に直径10センチほどの汚れが集中して付くようになってたし。
翌日のキャンプ地。
俺は縦7メートルのコントロールボードをキャッチゾーンの深めの位置に置いた。
そうして密かに『土魔法』を使ってベース後ろの地面を真っ平らに整地する。
「なあミゲル、変化幅の大きなカーブを投げられるようになったみたいなんだけどさ。
打席の周りに立って、変化の様子を観察してくれないか?」
「あ、ああ……」
なんかミゲルの顔が引き攣ってたぞ……
でもさ、俺が50球100球って投げ込んでいるうちに、ミゲルも気づいたんだ。
ほら、球がワンバンしてからコントロールボードに当たってるだろ。
だからボードに球が当たった位置が土で汚れていくんだけど、それがほとんどいつも直径10センチぐらいの範囲に収まっていることに。
そしたらなんか安心した顔になると同時に、目が真剣になってたわ。
そうした観察を数日続けた結果、とうとうミゲルが実際に捕球することになったんだ。
まずはミゲル専用に用意したクラス1の防具で全身をガチガチに固める。
特に手首は念入りにテーピングした。
そうしてミゲルのキャッチング位置を正確に測った後に、新カーブを投げてみたんだ。
もちろんミゲルも最初は弾いてたけど、50球も投げると半分ぐらいは捕れるようになっていったんだよ。
そんな練習を数日続けると、ミゲルのキャッチングも安定して来た。
もともとフォークなんかでショーバン捕球は上達してたから、それがより大きなバウンドになったんで、むしろ捕りやすくなったそうだ。
よしよし、これで実戦でも使えるかな。
まあ、これからはこのカーブの練習をするとともに、他の球種も腰を使って投げる練習もするか。
おなじフォームで投げないと、腰を回したときに球種がカーブだってバレちまうもんな……
それでさ、或る日ルイスに頼んで打席に立ってもらったんだ。
もちろん打者用防具クラス1でガチガチに防御して。
まあこのおっさんも1年半前まではメジャーリーガーだったからな。
新変化球への感想を聞いてみたかったんだ。
「それじゃあ縦のカーブ投げますよー。
横の変化は小さいんで安全だと思いますー」
「お、おう……」
まあ案の定、ルイスも最初はボールを見失ってたよ。
「投げ出しは相当に上方向で、最高点は地上6メートルですー。
そこから急激に減速して落ちて来ますんで、よく見てやってくださーい」
「お、おおお、おう……」
そしたらさすがはルイスで、すぐに最初から最後まで球を見られたようなんだ。
でも……
その場で跪いて、胸の前で十字切って、なんかブツブツ呟いているんだよ。
「か、神よ……」とか言って。
あの……
地球の神さまならウチにいますんで、今度連れて来ましょうか?
ようやく落ち着いたルイスにあと10球ほど投げたんだけど、なんかもう口開けて茫然としてるんだ。
「な、なあユーキ……
こ、このとんでもねぇカーブって肩や肘の負担にならないのか?」
「うーん、あんまり負担にはならないスね」
「そ、それじゃあ1試合に何球ぐらい投げられる?」
「そうっスね、30球ぐらいまでだったら全然平気ですわ」
「そうか……
またナショナルリーグに『災厄』が増えるのか……」
「なんスかそれ?」
「あ、ああ、知らなかったのか。
今やナショナルリーグのメジャーリーガーの間では、お前さんのニックネームは『ナショナルリーグの災厄』っていうんだ……」
なんだよそれっ!
地球じゃあ災厄と女神さまが結婚して子供作ってたんかよっ!
ついでにさ……
俺の新型カーブにもニックネームがついたんだ。
ま、まあシンプルに『スーパーカーブ』って言うんだけどな……
なんかそれ……
日本が誇るリッター50キロの原チャリみたいな名前だよな……
俺がショック受けてるの見て、なんか野〇くんだけがクスッって笑ってたわ……




