*** 107 『ザ・スロー』と『ザ・キャッチⅡ』 ***
この物語はフィクションであります。
実在する人物や組織、用語に類似する名称が登場したとしても、それはたぶん偶然でありましょう……
また、リアルとは異なる記述があったとしても、それはフィクションだからです……
みなさま、リアルとフィクションを混同されないようにお気をつけ下さいませ。
俺の本塁送球アウトの興奮冷めやらぬ中、次のバッターがまたライトにライナー性の大きな当たりを打った。
ああ、これ、ライトフェンスの3メートル半ほど上を通ってホームランになるな……
しかたねぇ、一丁やってみるか……
俺はまたもやフェンスに向かってダッシュした。
そうしてジャンプしながらフェンス上部に手をかけて、体を振り上げてフェンスに飛び乗る。
さらに、一瞬だけ振り返って打球を見た後に、グラウンド方向に背中を向けたまま、手を伸ばして思いっきりジャンプしたんだわ。
そのままスタンドに落ちると、例え捕球しててもホームランになっちまうから、ややグラウンド方向斜め上にな。
有難いことに、ボールはグラブの先端に収まってくれたよ……
それでまあ念のために、空中で力いっぱい足を振り上げてその反動でグラウンド方向にさらに体を動かしたんだ。
そのままだと背中から落ちることにもなるし。
へへ、勢い余って空中で伸身のまま2回転もしちまったぜ。
ついでに2分の1捻りも入れて、ホーム方向を向いて着地もキメたけど。
あと2分の1捻り入れてたら『伸身の新月面』だったけどな。
でもそれでホームにケツ向けて着地してなんの意味があるんだ?
それで着地した後グラブを上げてみんなに捕球したボールを見せたんだ。
えへへへ、まるで体操選手のキメポーズだな♪
さっきの大歓声もスゴかったけど、今度のはもっとスゴかったわ……
ドジャースの監督まで呆れ顔で拍手してたし……
なんでも現役時代はライトフィールダーだったそうだな……
はは、これで8回は俺1人で3つアウト取ったことになるんか。
9回は予定通り俺がマウンドに立った。
そういえばこのとき、ジョーに右手を見せてみろって言われたんだ。
実は捕球のときに無理やり握力で打球の回転を止めてたんで、摩擦熱で少しヤケドしてたんだけど、慌てて『キュアLv0.1』かけて治してから見せたよ……
俺は9回表のドジャース打線を三者三振で打ち取った。
ついでに9回の裏、俺は2アウトからソロホームランを打てたんだ。
つまりまあウォーク・オフ勝利(サヨナラゲームのこと)達成だな。
その瞬間はもう大歓声っていうよりは大絶叫だったわ……
ああ、これでようやく地区優勝出来たか……
今年も長いシーズンだったわ……
俺がベース1周を終えてホームベースに戻って来たら、監督のガイエルを先頭にチームのみんなが全員で出迎えてくれたんだけどさ。
みんなも知っての通り、普通こういう場面では俺みたいな若いのはみんなに肩やら頭やら叩かれまくるだろ。
だから俺もそれなりに覚悟してたんだ。
でも……
なんか全員が3塁線沿いに整列して姿勢を正して胸に手を当ててるんだ……
これって……
アメリカでは国歌斉唱のときとかの最敬礼の仕草だよな……
どうやらガイエルとジョーがそういう姿勢を取ったのを見て、みんな無言で同じ姿勢になったらしいんだけど……
うおっ!
しかも、ガイエルも含めて、ほとんど全員泣いてるじゃねぇか!
ミゲルやホセなんか号泣しとるし……
お、ジョーの涙は初めて見るな……
それでホームベースを踏んだ後は、観客席を向いて帽子を脱いで一周回ったんだ。
あー、観客も全員立ち上がって胸に手を当てて泣いてるわー。
おかげで優勝を決めたばっかりだっていうのに、びっくりするぐらい球場が静かだったよ……
観客を感動させたり大興奮させるプレーはそれなりにあるけど、客に敬礼させたり泣かせたりしたプレーっていうのは滅多に無いそうだなぁ……
なんか全米各地で『史上最も感動的な地区優勝』とかって言われて、全てのテレビ局で8回と9回の映像が流れたらしいぞ。
因みにドジャースの監督の試合後のコメントは、『早くあの怪物をアメリカンリーグにトレードに出してくれ』だったそうだわ。あはは。
この試合での俺の本塁送球は『ザ・スロー』って呼ばれることになった。
あのフェンスからジャンプして捕ったのは『ザ・キャッチⅡ』って言うらしい。
なんで『Ⅱ』ってついたかっていうと、1954年のワールドシリーズでギガンテスの大先輩であるウォーリー・メイズが捕ったセンターフライを『ザ・キャッチ』って言うんだよ。
ウォーリーは『史上最高のセンター』って言われてたし。
だから俺のは『ザ・キャッチⅡ』って言うんだと。
そうそう、この試合は土曜の夜だったんで、日本では日曜の昼だったんだ。
それでMHKも生中継で放送してたんだけど、8回9回の視聴率はスゴかったそうだな。
なにしろ衛星放送加入500万世帯のほとんどが見てたそうだし。
それでますますBSチューナーとアンテナが売れまくってるらしいんだ。
へへ、これでまたMLBもギガンテスも大儲けだな。
ついでに原宿研究室の『神田メソッド研修会』にも参加希望者が超殺到してるそうだわ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
2日間の休養の後に始まったナショナルリーグ優勝決定戦では、東地区優勝のセントルイス・カーディナルスを4勝1敗で退けることが出来たよ。
もうチームの雰囲気は最高だったし。
そしてワールドシリーズでも、アメリカンリーグ優勝のボストン・レッドソックスを4勝2敗で退けて、俺たちギガンテスは2年連続でワールドチャンピオンになることが出来たんだ……
その翌日から各ジャンルのアワードが発表された。
まあ俺の場合はだいたい去年と同じだったけど、ひとつだけ新しいのがあったわ。
それがなんとライトフィールダーのゴールドグラブ賞だったんだぜ。
笑っちゃうよな。
記者クラブでその発表が行われたとき、超大歓声が沸き起こったそうだ。
おかげでタイトルボーナスは去年と同じ50万ドルだったよ。
新人王が減る分をライトのゴールドグラブ賞が補ってくれたらしいわ。
ついでに俺の『ザ・スロー』と『ザ・キャッチⅡ』とそれからその後の『ウォークオフ・ホームラン』で地区優勝を決めた映像が、NY州クーパーズタウンにある野球殿堂博物館で常設放映されることになったんだ。
まあ、殿堂入りっていうのは引退しないと出来ないんだけど、いわゆる『殿堂入りプレー』っていうやつだ。
へへへ、これで俺もMLBの歴史に名を残せたかな……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
来季契約更改が始まった。
最初にGMのブレットが俺に提示した契約内容は、なんと年俸200万ドルだったわ。
これ、1985年当時ではMLBの年俸ランキングで1位に僅差の3位なんだぜ。
びっくりだよな。
なんでもオーナー会の強い意向が働いてたんだと。
プラザ合意のせいで今は1ドル210円になっちまってるけど、それでも年俸4億2000万円だ。
まあ2019年の今じゃそう珍しい金額でもないけど、当時はNPBの1軍平均年俸がようやく1000万円台に乗った時代だからなぁ。
つまり、プロ入り3年目の俺が、日本のプロ球団1つ半分の年俸総額と同じ分だけ貰えるっていうんだよ。
それで俺もこのとき初めて知ったんだけど、このギガンテスのオーナーって、『サンフランシスコ・ベースボール・アソシエーション』っていう組織だったんだ。
まあ企業や個人がカネ出し合って作った出資組合みたいなもんだな。
そう言えば契約更改の場に去年の優勝祝賀パーティーで見たおっさんが3人いたんだけど、1人がオーナー・アソシエーションの代表さんで、あと2人が副代表さんなんだと。
アソシエーションも、一昨年まではリーグ8位とかで経営にも苦労してたらしい。
新たな出資者を募ったり、みんなで追加出資することを検討したり。
それがここ2年連続のワールドシリーズ制覇で、球団の収入が一気に12倍とかになっちまったそうだ。
それでさすがはアメリカで、この1年かけて大増収の要因をコンサルタントに分析させて、ついでに今後の方針の助言も求めてたらしい。
それで結論としては、まあ要因の5%ぐらいは今までの球団経営の努力もあったんだけど、95%はギガンテスの快進撃での人気爆発が原因だよな。
おかげでテレビ視聴率も7倍近くになって放映権料は暴騰するし、スポンサーが列作って押し寄せて来てるんだから。
それで、じゃあなぜギガンテスが強くなれたかっていう分析もやったそうなんだけど、その貢献度のうち40%が俺の快投だったんだと。
まあそうかもしれん。
なんせ俺の勝敗は2年間で70勝0敗だったから、チーム全体の勝利数の3分の1以上が俺の勝ち星だし。
勝ち越し分に限ればほぼ75%だったし。
さらに理由の40%が『ユーキメソッド』よるチーム打率の爆上がりだって言うんだよ。
つまりまあ、これもかなりの部分俺の貢献だわ。
それで残りの15%については、ジョーの活躍だったんだ。
本当は首や手首の故障で去年には引退してるはずだったジョーが、怪我が治ってホームラン・キングのタイトルまで取っちまったんだから。
それでコンサルタントがわざわざジョーのとこに行って、いったいどうやって故障を治したのかって聞いたそうなんだ。
それでジョーの答えが、「ユーキのマッサージとユーキが開発した防具のおかげ」だったもんだからもう大騒ぎよ。
結局ほとんど全部俺の功績じゃねぇのかっていうことになっちまったんだ。
だから本当はオーナー会としても、俺の年俸は300万ドルだろうが500万ドルだろうがいくらでもよかったんだと。
でも当時からMLB選手の高額年俸が球団経営を圧迫してるっていうことで、MLBオーナー会議の申し合わせで極端な年俸アップを自粛することになってたそうなんだ。
それでコンサルタントが出した結論のひとつが、『年俸以外のあらゆる手段を使ってミラクルボーイをギガンテスに繋ぎ止めろ』だったんだわ。
俺、別に高額年俸求めて球団を渡り歩く気とか全然無かったんだけど……
今のチームも環境も大いに気に入ってるし。
でさ、オーナーたちが真っ先に心配したのが俺の過剰とも言える登板数だったんだ。
なんせ9月の28試合のうち先発完投が10試合で、セットアッパーとしての登板が8試合で、クローザーが6試合だったから。
だからオーナー会がブレットに出した指示が、「ミラクルボーイに過剰な登板を拒否する権限を与えろ」だったんだ。
笑っちゃうよ。
ブレットがあの登板はすべて俺の志願だったって言っても、オーナーたちは信じてくれなかったらしい。
それからもうひとつ、来年の俺には勝利数とホームランに巨額のインセンティブボーナスが付くそうだ。
どうやらタイトルボーナスやインセンティブは年俸ランキングにはカウントされないらしいな。
それで勝利数には1試合3万ドル、ホームランには1本2万ドルのインセンティブをつけてくれるそうだ。
でもそれってさ、今年みたいに39勝して38本ホームラン打ったら、それだけで200万ドル近く行っちまうだろうに……
年俸と併せたら400万ドルだぞ。
日本円で8億円突破だぞ。
日本のプロ球団の年俸2チーム分以上だぞ。
ほんとにいいんか?
さらにそのコンサル会社が興味深い調査をしてたんだ。
各球団の収益に影響を与える要素って、もちろんまず第1にその球団の勝率や順位なんだけどな。
それ以外にも地盤にしている地域の人口なんかも重要なファクターだ。
だから常に優勝争いしてる上に、ニューヨークっていう人口集積地帯にあるヤンキースが収入トップに君臨してるわけだ。
でもどうやらそれだけじゃないそうだ。
手っ取り早く選手を金銭トレードで補強するチームはそれほど人気が無くって、地元の3A球団出身の選手が多いチームは圧倒的に人気が高くなる傾向があるらしい。
うん、これはなんとなくわかるよ。
サクラメントでのギガンテスやワイルドキャッツの人気は絶大だし、ギガンテスのアクティブロースター25人のうち、ワイルドキャッツ出身者は俺を含めて16人もいるんだから。
まあ来季のギガンテスは投手の大型補強は仕方ないにしても、それ以外に長期投資としてエクスパンドロースターやワイルドキャッツの1軍ピッチャーたちを本格的に育てて行こうってことにしたそうだ。
それでなんと、俺に正式に若手投手トレーニング担当のGM補佐になってくれないかって言うんだぜ。
これもびっくりだよな。
俺まだメジャー昇格から2年目だぜ。
でもまああれか。
優秀な若手社員が万が一にも退社しないように、若いうちに責任ある地位につけておこうっていう、アメリカの企業がよくやる人事戦略とおんなじかな。
それで俺にそのコーチングフィーとして50万ドル、育成費用として200万ドルも預けるっていうんだわ。
もう驚きを通り越して呆れたわ。
まあ、学会の新人賞も取った実践研究者としての俺を評価してくれたっていうこともあるんかな……
オーナーズ・アソシエーションの代表さんたちは、それでもまだ心配そうな顔をしていたよ。
「それから君がブレットに提供したあの仮想広告のアイデアなんだが、コンピューターグラフィックス企業に実験を依頼した結果が大成功だったんだ。
それでその企業を買収して、来季から本格的にテレビで仮想広告を流すことが決まった」
「今一連の技術について特許を申請中なんだが、勝手ながら君の名前も発案者として登録させてもらっている。
この試みが上手くいけば、全米全ての球団がこの仮想広告を利用することになるだろう。
そうした場合には、特許使用料を我が球団が受け取れることになるが、そのうちの君の取り分は10%ということで構わないだろうか……」
もう呆れも通り越して唖然だよ。
それでもまだオーナーアソシエーションのひとたちは心配そうな顔してるんだぜ。
「それで……
我々の方から地位や報酬を押し付けてばかりいたが、君の方からなにか要望は無いかね……」
こ、これはひょっとしてチャンスかな?
「あの……
厚かましいお願いで恐縮なんですけど……
私も出資しているサクラメントにある会社が、ギガンテスの選手たちも使っている野球防具を売り出そうとしているんです。
それでその防具にギガンテスのチームロゴやチームカラーデザインを使いたいと思っているんですが、使用料をお安くして頂けませんでしょうか……」
なんか代表さんや副代表さんたちはあからさまにほっとしてたわ。
「それでは、君がギガンテスに在籍してくれている間は、ロゴやデザインの使用料は無料ということでどうだろうか……」
やったね!
言ってみるもんだね!




