*** 105 意見広告 その後2 ***
或る弁護士たちの飲み屋での会話:
「いや今日も参ったよ。
ウチの依頼人の元高校野球部の監督、裁判官に向かって、『ワシを誰と心得る! 大日本帝国陸軍軍曹権田権兵衛なるぞ! 口の利き方に気をつけろぉっ!』
とか怒鳴ってたんだぜ」
「俺の依頼人なんか、裁判官に『ワシの指揮下にある兵を殴って教育して何が悪いっ!』とか吼えてたよ……」
「『日本は負けて戦争は終わったんですよ』とか言っても『こ、この国賊めがあぁぁっ!』とか叫んで逆上するし……」
「戦後40年も経って、社会もこんなに激変して来たのに、あいつらの頭の中って戦時中から時計が止まってるんだろうなぁ……」
「何度説得しても裁判官や俺たち弁護人にすら暴言吐くからなぁ……」
「きっとあの頃はいくらでも命令出来て殴れる部下がいた人生最良の時期だったんだろう」
「だからみんな戦争やりたがったんだろうな」
「いっそのこと精神鑑定でも主張するか……」
「いやみなさん、そういうご年配の依頼人を大人しくさせるい~い方法がありますよ」
「「「 なんだなんだ、ここは奢るから教えてくれよ! 」」」
「ごちそうさまです。
でも簡単なことなんですよ。
『あなたは今軍規違反で軍法会議に出頭させられているのと同じなんですよ』と言ってやればいいんです」
「「「 !!! 」」」
「ついでに、
『あの裁判官は確かにあなたより若いですが、階級的には大尉に相当します。
あなたはそんな上官に暴言を吐くんですか?』と言ってやりましょう。
昔は上級将校は皆士官学校出でしたんで、下士官より年下なのは当たり前でしたから」
「「「 な、なるほど…… 」」」
「さらに、『わたしも軍から派遣されたあなたの弁護人将校のような立場の者なんです』と言ってやれば一撃で大人しくなりますね」
「「「 す、すばらしい…… 」」」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こうして、多くの監督やコーチたちが裁判で有罪判決を受けた上に、巨額の賠償金も払わされたってぇ事件が新聞紙上で報じられまくったせいで、日本中でさらに訴訟の嵐になったんだ。
なんでも各種体育会系部活の暴力監督や阿呆コーチが全国で1万人以上も訴えられて、その半数近くが有罪判決喰らって、残りが解雇された上に示談金支払いで身ぐるみ剝がされたそうだわ。
もちろん監督の監督者である校長や教育委員会も賠償請求訴訟の対象になってたし。
校長は平均で200件以上、教育長なんか3000件を超える損害賠償請求訴訟を抱えさせられてて、平日は毎日のように朝から晩まで裁判所に出頭を命じられるもんだから、逃げまくってた校長も教育長とご一緒に重度の神経症か胃潰瘍か十二指腸潰瘍で病院送りよ。
ついでに校長には、教育委員会から『戒告処分状』だの『訓告処分状』だの『謹慎処分状』だのが段ボール箱一杯分届くしな。
それでほぼ全員が辞任に追い込まれたそうだ。
幸いにも学校事故という公務中の事故だったんで、その損害賠償金は雇用者である都道府県や私立高校が払う責任があるために、すってんてんになることだけは免れたんだけどな。
それでも私立高校の中には準備金がふっ飛んで、理事長が顔面蒼白になったところもあったようだ。
おかげで震え上がった文部省や教育委員会からの命令で、日本中の部活動で水分塩分の補給が出来るようになっていったんだ。
うさぎ跳びを含む過剰な練習も体罰も完全禁止されたそうだし。
激怒してその命令に従わず、それからも部員に水を飲ませなかったりうさぎ跳びを強要したジジイたちは、どんどん監督を辞めさせられていってたし。
警察庁も全国の都道府県警に対して学校暴力事件の徹底捜査を命令したんだ。
全国的な関心事になっていたせいもあって、被害届を受理してから犯人の検挙までは速やかに行うようにって。
それに傷害犯を1人検挙すると、余罪が平均で80件、最大で500件近くも明らかになったからな。
この『余罪を明らかにした』っていう捜査結果は警察の手柄になるから、世論に対しても翌年度の予算配分に関しても、大いにアピール出来たわけだ。
警察官たちも超過勤務続きで大変だったけどさ。
でも彼らにとっても、未成年者への継続暴行犯っていう重罪人を検挙出来て起訴まで持って行けたっていうことは、大いにモチベーションになるからな。
目の下に隈作りながらも士気は旺盛だったそうだ。
でも『犯人』たちは全く反省していなかったんだよ。
監督馘になった上に執行猶予中にも関わらず、毎日グラウンドの周りを木刀持ってうろつきながら『水を飲んだ奴はレギュラーから外すぞっ!』とか『罰として今からうさぎ跳びグラウンド10周だ!』とか怒鳴り散らしてた元監督もいたそうなんだけどな。
でも、学校側から水分塩分を補給しろとかうさぎ跳び禁止とか命じられてたから、若い新任教師監督も生徒たちも構わずに無視してたそうなんだ。
それでとうとう木刀振り上げて監督に殴りかかってきたんだけど、その監督や生徒たちによってたかって取り押さえられて警察に通報されて、威力業務妨害と傷害未遂の現行犯で逮捕されちまったんだよ。
まあ運動部員が50人も向かって来たら、非力なジジイなんかひとたまりも無いやな。
軍隊時代はもちろん、監督になって40年、部下や生徒が自分を取り押さえに来たことなんて一度も無かったんで、驚愕のあまり木刀で殴りつけることも出来なかったそうだ。
その木刀も押収されて鑑識で検査されたんだけど、ルミノール反応が出まくって真っ青に光ってたそうだわ。
あの反応は付着した血液が古いほど良く光るからな。
そのジジイは、執行猶予中の重犯っていうことで執行猶予も取り消され、罪も加算されて今度こそ塀の向こうに落とされたんだと。
どうも『執行猶予』の意味が全くわかってなかったらしいな。
辞書なんて引いたこと無いし、生意気な若造弁護士に聞くのもムカつくし。
それで、
『刑務所に入ってないんだからワシは無罪だ!』とか、
『ということは俺が今まで生徒を殴って指導して来たのは正しかったのだ!』とか、
『無罪のワシを牢にぶち込んだ警察は何故詫びに来ないのだ!』
とか思ってたらしいんだ。
そんな阿呆が日本中にごろごろいたんだわ。
もちろん民事賠償請求に関しても、『なんで無罪だったワシが被害者とかヌカすガキどもにカネを払わねばならないのだ!』とかも喚いてたし。
それで自宅も土地も裁判所に差し押さえられちまったわけだ。
その土地を競売で買った不動産屋は、築50年の民家を取り壊して更地にして売ろうとしてたんだけどな。
そのジジイは解体作業中の土木作業員に喚き散らしながら木刀で殴りかかって、もちろん執行猶予取り消されて刑務所送りになったそうだ。
やっぱりさ、或る程度字が読めて文章も理解出来て常識も弁えてるって、大事なことだったんだな……
執行猶予期間を無事にやり過ごせたジジイ監督はほとんどいなかったらしい。
無事だったのは怒りやフラストレーションのあまり脳の血管破れて入院中かヨイヨイになっちまってたジジイだけだったそうだ。
そういう奴らは病院や療養施設でも常に命令らしきことを怒鳴り散らしてて、あまりにウルサイんで隔離病棟に入れられたんだけど、そんなジジイがあっという間に何十人も溜まってなんかトンデモな病室になってるらしいな。
看護師は耳栓しながら看護してるそうだし。
まあ奴らは監督業何十年もやってたせいで、誰かに命令出来ないとエンドルフィンの禁断症状が出ちまうらしくて、それでさらに荒れ狂ってるらしいわ。
他の患者にうさぎ跳びを命じて、従わないと殴りかかるそうだし。
おかげで拘束衣着せられちまってるそうだわ。
それに血管切れずに刑務所に落とされた連中も悲惨だったんだよ。
刑務所の囚人って日に30分ほどの運動が許されてるんだけどな。
まあほとんどの奴は刑務所内の庭で散歩してるか体操してるだけなんだそうだけど。
ただ、3か月に1度ぐらい奴らが楽しみにしてるレクリエーションがあったんだ。
だいたいソフトボール大会だったそうなんだけど。
刑務所内にはほとんど娯楽なんか無いからな。
でさ……
元ジジイ監督とか空気読めるような知能も無いもんだからさ、
「よ、よし! ワシが監督をしてやる!」
「まずはお前らの根性を鍛え直すためにうさぎ跳びでグラウンド10周じゃ!」
とか言っちまったそうなんだ。
もちろんすぐにコワイお兄さんたちに取り囲まれて、
「お前ぇ、まさか○○組の若頭補佐の俺に命令してるんじゃねぇだろうな……」
「ジジイ、そんなに死にてぇのか!」
とか怒鳴られるわけよ。
何十人もに囲まれて睨まれて「それじゃあお前ぇがまずやってみせろや」とか言われるし。
それで仕方なくうさぎ跳びやっても20メートルも進まないうちに膝ぶっ壊して、地面に這いつくばってひーひー泣いてるし。
それでみんなにゲラゲラ笑われてさらに惨めに泣いてるし。
刑務官もいるからその場は医務室にも連れて行ってもらえるけどな。
でも刑務所内って自分で怪我して懲役を逃れようとする奴が多いんで、せいぜい半日しか休ませてもらえないんだよ。
だからすぐに収用房に戻されて碌に歩けないまま暮らさなきゃなんないんだ。
杖も武器になるからって許されてないし。
しかも収用房では完全に浮くどころか毎日殴られまくるし。
背中に絵が描いてあるお兄さんたちとか、どこをどう殴ればアザがつかないかとか熟知してるしな。
それでもう悲惨な刑務所生活になっているそうだわ。
そうそう、そのうちに全国の弁護士会から弁護士に通達が出たそうだ。
『依頼人に執行猶予措置がついた際には、その意味をよく説明すること』って。
でもさ、ジジイたちって自分より若い奴が自分に何か教えようとすると、それだけでもう激怒するだろ。
『若造のくせに生意気だ!』って。
特に自分が知らないこと程な。
だからいくら説明してやっても全く聞く耳持たなくって、執行猶予中の重犯で刑務所入りする奴が後を絶たなかったそうだ。
おかげで全国の学校やグラウンドには、暴力ジジイ対策としてあの『さすまた』が常備されるようになったんだと。
それでさ、その後原宿先生と東大法学部の教授たちの提案で、日本弁護士会がこうした訴訟の被告についての全国調査を行ったんだよ。
まず明らかになったのは、監督やコーチの年齢が上がるほど有罪率が高かったりその罪が重かったり示談金の金額が多かったっていう傾向だったんだ。
これはまあ、野球部って言う極めて狭い世界でちっぽけな権力を握っていた期間が長ければ長いほど、思い上がりが激しくなっていったっていうことかな。
ジジイ監督だろうが35歳の若造監督だろうが傷害罪の公訴時効は10年なんだから、罪が重かったっていうことは、そいつがそれだけ悪辣だったっていうことだもんな。
次に目立った傾向は、教員免許を持ってた30歳以下とかの若い監督はほとんど訴えられてなかったっていうことか。
まあ若い教員なら多少は法律も知ってたからだろうけど、なによりマトモな人間が多かったんだろう。
教員なら学校側のコントロールも効きやすかっただろうし。
そういう若い教員監督は、ベンチ入りさせた生徒の父兄からの礼金も、
『こんなものを受け取ったりすると、わたしは収賄罪に問われますし、あなたは贈賄罪に問われるんですよ?』とか、
『つまりこれは法的には犯罪行為なんです』とか言って絶対に受け取らなかったそうだし。
まあ1億とか2億ならともかく、10万や20万のはした金で人生棒に振りたくないから当然だろうけど。
もちろん日本弁護士会はこうした調査の結果を各都道府県の教育委員会にも伝えたんだ。
それで各教育委員会は、公立高校に対しては運動部の監督コーチは教員に限ること、私立高校に対しても出来るだけ教員資格所持者に監督コーチをさせることって、強く推奨し始めたんだわ。
まあ教育長とか重度神経症で続々入院してたしな。
加えて部活部長や校長や教頭はなるべく頻繁に部活を視察することとか、非公式に監督はなるべく30歳以下の若い者にするように指示も出たんだよ。
それで全国的に監督コーチ不足になっちまったんだ。
ただでさえ、
『去年の夏の県予選ベスト8校、監督コーチ全滅!』とか、
『ベスト16監督コーチの3分の1は解任の上示談金ですってんてん、3分の1も解任されて弁当持ちで保護観察下、残り3分の1は刑務所在住』
みたいな県もあったし。
それで『野球暗黒県』とか『暴力県』とか『世紀末監督ヒャッハー県』とか言われちまってたし。
なんか週刊誌も面白がって、
『野球部監督コーチ犯罪種類別全国ランキング』とか、
『都道府県別平均示談金・賠償金ランキング』とか、
『高校別監督コーチ犯罪ランキング』とか作って記事にしてたし。
それで知事とか私立高校の理事長とかが激怒してたらしいぞ。
そんなランキングに載っちまった高校は、翌年の入学希望者が大幅に減少したそうだしな。
入試倍率1倍以下で定員割れとか。
ようやく生徒を搔き集めても名門伝統野球部の入部希望者ゼロだったとか、現役部員も大量に退部して野球部員が3人しか残らなかったとか。
まあ犯罪行為を看過していたのは学校側の責任も大きいから当然のことだけど。
でもそれで体育会系部活動を全て廃部にするわけにはいかないから、学校側も部活動の指導者選定を真剣に考えるようになったようだな。
もちろん高野連合もボコボコに叩かれてたわ。
『なんであんな犯罪人監督やコーチを日本全国で放置してたんだ!』とか、
『いつも高校野球らしさとかウルサイくせに、肝心な指導者層は犯罪者の巣窟だったじゃねぇか』とか、
『自分たちの責任はどう取るつもりだ』とかって言われて。
それで慌てて場当たり的に理事長と理事が全員辞任した後に、『将来は教員免許を持っていない監督コーチの公式戦でのベンチ入りを認めない方向で検討中』とか言い出してたし。
そうした教育委員会や高野連合のご指導とやらもあって、公立高校も私立高校も各運動部活の監督コーチが本当に激減しちまったんだ。
教師もそんなヤバい仕事したくないのは当然だし。
『俺が監督やコーチになってやる!』って言う奴は山ほどいたけど、教員資格持ってる奴なんかいなかったしな。
まあ資格持ってりゃ普通は教員やってるわ。
当時は大都市圏以外の田舎で最も所得が高かったのは公務員だったんだから。
それで原宿先生は、各運動部向けに取り敢えず『自主練習による部活の手引き』っていう冊子を作って、各都道府県教育委員会に配布したそうだ。
まあ、教員が部活の部長さえ務めてれば各運動部は活動出来るからさ。
別にそいつがそのスポーツの経験者である必要は無いわけだし、日比山野球部だってそうしていたし。
その後原宿先生は、俺の了解を得て『ユーキメソッド』の詳細をまとめた本も出版したんだよ。
俺の3つの論文も分かりやすい言葉で解説も付けて本にしてたし。
著者名が俺で、監修が東大医学部原宿助教授だったんだけど。
そしたら俺の名前のせいか、日本全国で結構な売れ行きだったらしいな。
ついでにあの原宿研究室の研究員みんなで書いた『ボディビルのバイブル』も重版出来になったそうだ。
まあ野球だけじゃあなくって、ストレッチやアイシングで怪我や筋肉痛が減ったり動体視力が上がったり筋力が上がったりすることが有利になるのはどのスポーツも同じだろうから結構なことだけど。
後日、俺の銀行口座にびっくりするぐらいの印税が振り込まれてたよ……
それでなんか全国の高校に『ボディビル部』がわらわら出来て行ったんだと。
なんかみんな『マッチョになって女子にモテよう!』とかけっこう本気にやってるらしいわ。
ま、まあ最強の動機の一つなんだろうけど……
こういう筋トレって自宅でやろうとするとすぐ挫けるけど、部活でやればそこそこ毎日出来るわけだ。
しかもせいぜい1日5か所程度だから、昼休みや予備校に行く前の30分もあれば出来るし。
それに本格的な8回筋トレは補助員が居た方がいいから、部活の方がいいのは確かなんだわ。
それにやっぱりウエイトトレーニングは、日比山やドミニカキャンプみたいに自分の進化を数字で把握出来るからな。
なんかみんな楽しそうにマッチョ化してるそうだ。
夏の水泳の授業なんか、みんなプールサイドでポージングしてて相当にウザいらしいけど。
ボディ部の先輩後輩が廊下ですれ違うと、無言の笑顔でポージングして挨拶してるそうだし。
数年後には、全日本ボディビルコンテストに高校生の部が出来てたし。
それで女子にモテているかどうかは知らんけど。
でもまあ世の中には渋谷涼子みたいな変わった奴もいるからなぁ……
それにしても原宿先生もやるもんだねぇ。
単に研究するだけじゃあなくって、日本中の理不尽なトレーニングを根底からぶっ潰しちまったんだから。
俺が追放したのはあの莫迦ダニ1人だけだったけど、原宿先生は日本全国の極悪監督や外道コーチを1万人以上も追放しちまったんだからな。
まさに『実践研究者』だわ。
おかげで、高校球児だけじゃあなくって、熱中症で死ぬ体育会系高校生も膝ぶっ壊してスポーツを諦める選手も激減していくだろう。
各新聞全国紙への意見広告費10回分ずつ、合計1億8000万円とか安いもんだぜ。
なにしろ俺が頑張って投げて稼いだカネで日本中の運動部員たちを救えたんだからな。
最高のカネの使い方だわ。
また研究基金に3億円ばかり寄付しておくか……
大天使神保は微笑んでいた。
(ふふ、さすがは勇者さまですね。
これで以前勇者さまがいらした時間軸に比べ、今後30年間で部活中に熱中症で死亡する生徒さんの命が約3000人分、無知無謀な練習で生涯運動を諦めざるを得なくなる生徒さんが5万人助かりましたか。
いつもながらお見事な功績です。
それに、あの原宿先生の功績も大きかったですね。
これは不慮の死を防いで差し上げるのはもちろん、寿命を全うされた後の輪廻転生にも配慮して差し上げると致しましょう。
とりあえず今は膵臓周辺に発生した癌細胞を取り除いておきましょうか。
なによりも、原宿先生がこの若さでお亡くなりになられたら、勇者さまが悲しまれるでしょうからね……)
 




