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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第5章 メジャーリーガー篇
101/157

*** 101 『神田メソッド研修会』10 超越した目標 *** 



「それに彼の毎日の投球練習100球は、ほとんど変化球の変化幅をチェックするためのものでした。

 彼はキャッチャーがミットを動かさないで済むよう、そのミットに収まるように変化球を投げていましたが、身長が伸びたり筋力が上がったりするとすぐに変化幅が大きくなってしまうために、その確認をするための投球練習だったそうです」


「あの……

 なぜキャッチャーがミットを動かさないで済むように変化球のコントロール練習などをしていたのでしょうか……」


「キャッチャーが捕球のためにミットを動かすのは普通のことだと思いますが……」


「これは打席やアンパイアの位置に立って神田くんの球を見た経験が無いと分かりづらいかもしれませんね。

 彼のフォークは高校時代でも最大落差が1メートル10センチありました」


「「「 !!!! 」」」


<研修記録員:さ、最前列の方が拳を握って大きく頷いています!>


(神田: あー、間違いなくそいつ新大久保だわ……)



「つまり、投げ出し方向がキャッチャーの身長と同じ高さだったのです。

 普通のキャッチャーならば立ち上がってミットを顔の前に持ってくることでしょう。

 ですが彼の球はそこからホームベースにかけて1メートル10センチ落ち、ストライクゾーン通過後も落ち続けてキャッチャーボックス手前でワンバウンドしてキャッチャーに届くのです。


 そして時速150キロの球が投手の手を離れてからホームベースまで届くには、0.5秒しかかからないのですよ。

 つまり立ち上がってミットを顔の前に持って来てしまうと、捕球位置まで戻すのが絶対に間に合わないのです。

 そのために、キャッチャーは頭上を越える投げ出し方向の球を見ても、ミットを地面スレスレの位置のままにしておかなければなりません。

 そして最後にミットを数センチ動かして捕球していたのですね」


((( ………… )))


「また、『80センチ落ちジャイロ』と呼ばれていた球種は、投げ出し方向がしゃがんでいるキャッチャーの顔面方向になりますが、ストライクゾーン低めギリギリを通過後に同じくワンバンしてキャッチャーのミットに収まります。

 つまりキャッチャーは、自分の顔面方向に来ている球を見ても、我慢してミットを地面スレスレに置いておかねばならないのです」


「「「 !!!!! 」」」


「ということで、変化幅の大きな変化球を投げる投手ほど、そのコントロールは超人的なものにしなければならないのです。

 ご記憶の方もいらっしゃるかもしれませんが、神田くんが2年生のとき、1年生キャッチャーの上野くんは東東京大会でのファンブルが非常に多かったでしょう。

 あれこそは神田くんの変化球が如何に凄まじいものだったのかという証拠になります」


「だ、だから上野選手も東大のキャッチャーもあんな物々しい防具をつけていたのですね……」


「その通りです。

 上野選手も東大のキャッチャーたちも、最初の練習はあの強力な防具をつけて神田くんの球を全て体で弾くことでしたし」


「「「 !!!! 」」」


「要は顔面方向に来る球を見ても、ミットを地面スレスレに構えたままでいられる安心感を得るための練習だったのです」


((( …………… )))

 

「ですから、神田くんは変化球のコントロールのために多くの時間を割いていたのですね。

 あとは『軽度な負荷の運動の繰り返し』という点で、筋瞬発力ではなく筋持久力を維持するための意味合いが強かったと言っていました。

 つまり投球練習で球速を上げようとする努力は全く行っていなかったのです」


((( ………………… )))


「また、過剰な投げ込みをして必要以上に筋持久力を上げる必要を無くし、肩を壊さないようにするために、彼は左投げも練習していたのですよ。

 それも小学生低学年の頃から……」


(神田:ほんとは3歳のころからだけどな……)


「「「 !!!!!!!! 」」」



「それに左投げは、自ら決めた『投手は1試合105球まで』というルールを守るためのものでもあったとのことでした。

 彼が如何に相手打線を抑えたとしても、全打席敬遠されれば延長戦の可能性があるからという理由だったそうで、右投げで105球に達した際は左投げに切り替えるつもりだったそうです」


((( ………… )))


「実際に最初の甲子園での彼の被敬遠四球は14もありましたからね。

 ですが、高野連合から『過剰な連続敬遠四球自粛』の通達が出たおかげで、その後の甲子園では1試合平均2.5本ものホームランを打っていました。

 それで延長戦に入ることも無く、2連投や3連投などのケースを除いて左投げはあまり行っていませんでしたが」



「あの、確かに神田選手のバッティング成績には凄まじいものがありましたが、なぜ彼はあれほどまでの打者に成れたのでしょうか……」


「一般の高校生のバットスピードは時速110キロ、甲子園クラスで120キロ、大学生で130キロ、そしてプロでは140キロ以上、一流メジャーリーガーは150キロほどだそうですね。

 ですが高校2年生になった時点で、神田くんのヘッドスピードは160キロあったそうです」


「「「 !!!!!! 」」」


「加えて『打者用神田メソッド』により、動体視力もバットコントロールも超人の域に達していましたから」


「あの……

 その驚異的なヘッドスピードはどのように練習して身に着けたのでしょうか……」


「もちろん強負荷トレーニングですよ?

 加えて長距離走もしていませんでしたし」


((( ………… )))


「そ、それではバットコントロールや動体視力は……」


「それこそが『打者用神田メソッド』の根幹になりますので、明日以降の研修でご紹介させて頂きたいと思います」


「あ、ありがとうございます……」



(な、なあ『胴体視力』ってなんだ?)

(さあ、胴体で球筋を感じ取る能力じゃないか?)



(神田: んなわけあるかぁ―――っ!)



「また、利き腕ではない左腕ではどうしても球威が劣るために、神田くんはあの大リーグでも投げられる投手が2人しかいない『ナックル』を会得していたのですね。

 それも中学生時代に……」


<研修記録員:最前列の方の泣き声がさらに大きくなりましたぁっ!>


(あー……)



「ですがみなさん、その球威の劣る左腕のストレートでも3センチコントロールの速度は150キロあったそうです。

 1球だけの真の最高速は168キロだったそうですね」


「「「 !!!!!!!!!!!!! 」」」



「あ、あの……

 なぜ神田選手はそこまでの豪速球を投げられたのに変化球を多用していたのでしょうか……」


「それだけの豪速球とコントロールならば十分に打者を打ち取れるのではないでしょうか……」


「彼は高校時代に思っていたそうです。

『たとえ時速175キロのストレートを投げられたとしても、通用するのはせいぜい日本のプロ野球までだろう』と……」


「「「 !!!!!! 」」」


「彼は試しにピッチングマシンに時速200キロのストレートを投げさせて、打席に入ったことがありました。

 そして2打席ほどは凡退したそうですが、3打席目からはヒット性の当りが出るようになり、5打席目以降はホームランも打てたそうです」


「「「 !!!!!! 」」」


「つまり彼は、如何に速いストレートでも、コースが甘く打者の目が慣れれば打たれるということを知っていたのですよ。

 そこで、中学生時代から仮に自分が打席に入ってもほとんど打てないような変化球を追及していたそうです。

 ということで、彼はその頃からメジャーリーグで通用する投手になろうと努力していたことになりましょう」


「「「 !!!!!! 」」」


「ですから、彼にとっては甲子園優勝だの3連覇だのは、単なる通過点に過ぎなかったのですね」


((( …………………… )))


「神田くんは中学生時代からそのために何が必要かをずっと考えていました。

 それで出た結論が、

『日本の野球指導者たちが漫然と行っている練習では、メジャーで通用する野球能力を得るのは絶対に不可能である』

『ならば自分で考えて自分で実践して練習方法を開発していかなければならない』

 ということだったのです。

 もはや、その目標も方法論も努力の内容も、我々一般人の想像を遥かに超越したものと言えましょう。

 だからこそメジャーでも我々の想像を絶する活躍をしているのでしょうね」


((( …………………… )))

 


「どうも皆さんはご自分が行って来た、もしくはご自分が指導して来た練習方法を変えたがらない傾向が強すぎるように見受けられます。

 場合によっては、10年どころか30年も50年も前の練習をただただ踏襲されているだけのようにも見えるのですよ。

 ですがトレーニング理論は日々進歩しています。

 もう少し最新の理論を研究されてみられてはいかがでしょうか。

 神田くんのように」


((( …………………… )))


「そして、予選敗退や甲子園に行けても1回戦負けなどの結果に終わった際には、『選手たちに根性が無かったからだ!』などという安易な理由に逃げずに、さらに選手の野球能力を上げるためにはどのような練習が必要なのか、もう少し考えてみられたら如何でしょうか。

 勝てたのは俺の指導のおかげで、負けたのは選手のせいだと仰るのはあまりに稚拙で理不尽です」


((( ……………………………… )))



((( そ、それって本を読めっていうことか? )))


((( や、やっと高校を出たのになんでまだ勉強なんかしなきゃなんないんだよ…… )))


((( そ、そんな進学組のクズ共みたいなこと出来るかよ…… )))


((( そんな本なんか読んでたら、監督に『ワシの鍛錬方針に文句でもあるのかぁー!』って殴られるぞ…… )))



(神田: 日本の高校野球指導者って、マジでここまで阿呆だったんだな……)



「因みに日比山では、生徒さんが交代でアメリカのトレーニング理論論文専門誌を読み、その内容について全員の前で発表会を行っているそうです」


「「「 !!!!!!!!!!!!!!! 」」」


「英語で分からないことがあるとお茶の水監督に質問して教えてもらい、生化学用語などで不明な点があると、理科系の生徒たちが生物課の先生に質問しに行ったり、学校の図書館などで調べているそうですね」


((( ……………… )))


((( お、俺たちが高校生だったとき、教師に質問しに行った奴なんか一人もいなかったぞ…… 

 そんなことしたら、みんなからハブられるか袋叩きにされてただろうな…… )))



「もちろん神田くんが書いた3つの日本語論文については全員が熟読しています。

 後程その概要をまとめたものを配布させて頂きますので、是非ご覧ください。

『ストレッチングの種類と効果』『動体視力の測定と鍛錬方法』『打率アップのための訓練』という題名の論文になりまして、実際に神田くんが行って来たものになります」


((( 素晴らしい、あの神田選手が考えて実践して来た練習方法か…… )))


((( ちっ、なんで俺たちが進学組の奴が書いたもんなんか読まなきゃなんないんだよ…… )))


((( そ、それ、ぜんぶの漢字にフリガナふってあるかな…… )))


 ↑因みに日本の刑務所で収監者に配布される『刑務所内生活の手引き』には、すべての漢字にフリガナが振ってあるそうだ。




「さて、それではもう一つ興味深い日米の差異をご指摘申し上げましょう。

 アメリカの高校野球部では練習への参加すら自由になっているのです。

 特に夏の大会が終わってから翌年の春にかけては野球部の練習を休まれる生徒さんが多いようですね」


「なんだと……」


「れ、練習をサボるような奴は野球部クビだ!」


「実は彼らはその間アメリカンフットボール部やバスケットボール部、アイスホッケー部などでの練習や試合に参加しているのですよ。

 冬はこれらの競技のメインシーズンですから」


「「「 !!! 」」」


「特に体格や運動神経のいい生徒さんほどこうした運動部のかけもちをしています。

 そうして自分はどのスポーツに向いているか、どのスポーツならプロになって活躍出来るかをずっと考えているのですね。

 どの競技でも一流プロ選手は皆年間1億円以上の年俸がありますから。

 人気選手ともなれば、CM出演料なども加えて年間3億円から5億円の所得がありますし」


「「「 !!!!!! 」」」


「もちろん選手だけでなく、こうしたアメリカ4大スポーツでは、高校や大学でも高額年俸を得ている有名監督は大勢いますし、その金額は3000万円から5000万円にもなっているそうです。

 つまり日本のプロ野球1軍選手の平均年俸の3人分から5人分ですし、さらなる高額年俸を提示されて移籍の勧誘を受けることも多いそうですね」


((( な、ななな、なんだってぇ―――っ! )))



「そして、実に興味深いことに、こうした有名指導者たちは現役時代にそれぞれの競技でさほど優秀では無かったケースが多いようなのです。

 ですがその後、大学院などでトレーニング理論や手法を学んでこられた方が多いですね。

 ほとんどが修士号をお持ちですし、博士号所持者もいらっしゃるそうです」


(……あぅ……)


(そ、そんな……

 日本の高校野球部では、野球部長は教員免許を持つ教員である必要があるが、今の時代の監督やコーチは学生時代は野球ばっかりしていて大学なんか行ってないぞ……)


(特に今50歳以上の監督なんかほとんど全員が中卒かせいぜい旧制中学出身だろうに……)


(う、ウチの監督なんか野球ばっかやってて字も碌に読めないから、本なんか読んだこと無いらしいぞ。 

 練習後に生徒が本読んでたりするの見ると、莫迦にされたと思って激怒するし……)


(ウチの監督は旧制中学時代はそれなりに名の通った選手だったそうなんだけど……

 紅白戦とかで審判すると、いまだにストライクを『ヨシ1本!』とか三振を『それまで!』とかアウトを『引け!』とか言ってるしなぁ……)


(『とれーにんぐりろん』ってなんなんだ?

 ひょっとして、さっきからこの東大助教授とやらが言っているわけのわからん言葉や理屈のことか?)


(『しゅーし』号ってなんなんだ? そういう名前の外車を持っているのか?)



(神田: ぷぷっ……)




「高校の生徒さんの中には、大学から奨学金付きで勧誘されるか、野球のメジャーチームやアメフトやバスケなど複数の異なるプロスポーツチームからドラフト指名されるかして、大学に行くかプロチームと契約するかで悩む生徒さんも当たり前のようにいます。


 そうした中で、練習を休んだ生徒さんを退部させたり、日に10キロも走らせるとか水も飲ませないような指導をすれば、本当に野球部員がいなくなってしまうでしょう。

 アメリカの高校運動部に所属しているのはほとんどが奨学金を受けているプロ志望の選手たちで、一般の生徒さんたちはほぼいませんので。


 ということで、自分に害になると思ったトレーニングを強要されると、すぐに退部して他の高校の野球部か他の運動部に転部してしまいます。

 もちろんコーチの指導内容が未熟だと思ったときにも選手はいなくなりますね。

 当然その後の野球部には監督もコーチも不要になるでしょう」


((( ………… )))


「中学や高校の監督業、コーチング業とは本質的にサービス業なのですよ。

 サービス内容に不満が有れば顧客である生徒さんがいなくなるのは当然のことですね。

 つまり野球部とは、監督の自尊心や命令欲を満たすためのものではないのです」


「「「 あうっ! 」」」


((( ……そ、そうだったのか…… )))


((( は、初めて聞いた…… )))



(神田: ↑マジか…… )





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