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【転生勇者の野球魂】  作者: 池上雅
第5章 メジャーリーガー篇
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*** 100 『神田メソッド研修会』9 球数制限 ***



「話をワイルドキャッツの練習に戻しましょう。

 ワイルドキャッツでは、選手が故障などでプレー出来なくなった場合はたいへんです。

 それがプレー中の事故でなければ、練習のさせ過ぎということになって、コーチたちの査定も大幅に削られるのです。

 うさぎ跳びなどを強要すれば即日解雇ですね。

 水分摂取を禁じたりしたら、精神障碍を疑われます」


((( ……あぅ…… )))



「もうひとつ実に興味深い制度がありました。

 ワイルドキャッツでは、12月中旬から1月末まで全員が休暇に入るのです。

 そうして2月1日の練習開始前には必ず綿密な身体検査があるのですが、ここで体重や体脂肪率が休暇前に比べて5%以上増えていた者は、大幅に査定を落とされるのですよ」


((( ……………… )))


「それだけでなく、元の体重や体脂肪率に戻るまで野球の練習は停止処分になるそうですね」


「な、なぜそんなことをしているのでしょうか……」

「そもそも休暇など与えずにずっと練習させていれば……」


「昔はそうしていたそうなのですが。

 ですがそうすると1軍に上がった途端に生活が乱れて太り始め、すぐに使い物にならなくなる選手が続出していたそうなのです。

 ですから敢えて休暇を取らせることで、そうした意志の弱い選手を2軍のうちに淘汰しているそうですね」


「なんと……」


「日本のプロ野球に於いても、いくら2軍では優秀でも1軍に上がって活躍出来ない若手が多いのは、この辺りに原因があるのかもしれません。

 もっとも、アメリカでは労働法規が日本よりも遥かに厳しいので、休暇を取らせなければならないという事情もあるからかもしれませんが」


「そうだったのか……」



「それから申し遅れましたが、ワイルドキャッツの投手はウォームアップも含めて1日120球以上投げることは禁止されています。

 野手の守備練習も個人ノックは30球までですし、連係プレー練習を含めても100球程度までに抑えられています。

 ランニングも1日の上限が3キロまでですね」


「たったそれだけなのですか……」


「ええ、特にランニングについては、体を暖めるためと故障の前兆を掴むためのものだそうです。

 体に違和感を感じたらすぐに走るのを止めろと指示されますし。

 ですから走るのはグラウンド内かせいぜいグラウンド周辺なのですよ」


「ほ、本当にそんな僅かな練習量で上達出来るのでしょうか……」


「その僅かな練習量で彼らがどのぐらい上達していたかは、あのラビッツの選手たちが思い知らされたはずですが?」


「「「 ……(くくっ)…… 」」」


「また、この制限は日比山高校野球部でもほぼ同じです。

 甲子園3連覇校であり、その後神田くんがいなくとも東東京大会のベスト4常連校になったあの日比山もですよ?」


((( ………… )))


 

「また、個人の守備練習30球については、これも神田くんが興味深い発言をしています。


『実際の試合の前には練習も控えめにして最高の体調で試合に臨みます。

 そして試合ではたとえ延長18回まで行っても守備機会は1人30回もありませんよね。

 ですから初心者はともかく、或る程度の技量を持った選手ならば、個人の守備練習などは30回で充分なんです。

 守備に筋持久力はほとんど必要ありませんから。


 それにそのぐらいの回数だと、みんな練習機会を大事に思って試合中と同じぐらいの集中力で練習しますからね。

 それ以上の練習をさせると、筋疲労状態になってフォームが崩れる上に、みんな無意識に1本1本のノックに全力を出さず手を抜きますし。

 

 まあ、連係プレーの練習はあらゆるケースを想定して行うので、それなりの回数になってしまうのは仕方ないんですが、それでも出来るだけ少ない回数で抑えるようにしています』

 とのことです」


((( な、なんだと…… )))



「日比山の選手もワイルドキャッツの選手も、そうした制限がある上に皆筋肉痛や水分不足による体調不良もありません。

 ですから神田くんの言うようにまるで試合中のような集中力で練習しているそうです」


「な、なるほど……」


((( た、確かにウチの生徒たちが集中力をもって練習出来ているのは、最初の1時間ほどか…… )))


((( 筋肉痛状態になるにしたがって、野手の守備フォームも投手のピッチングフォームもどんどん崩れていくからな…… )))


((( だが特に投手の場合は、延長戦になったときなどのために疲労状態でも投げられるようにする鍛錬でもあるのだから、日に200球投げさせるのも仕方あるまいに…… )))



「因みにアメリカの高校野球では、1人の投手が試合で105球以上投げることは禁止されています」(←本当!)


「えっ……」


「そ、それでは試合が成立しないのでは……」


「ですから、全てのチームは、先発、中継ぎ、クローザーという風に複数のピッチャーを用意しなければならないのです。

 たとえ練習試合でもエースひとりに1日150球も投げさせたりすると、その高校は対外試合禁止になって監督も資格停止処分になりますから」

 

「「「 !!!!!!!!! 」」」


((( ウチの監督、エースがどんなに疲れてても打ち込まれてても絶対に投手交代させないよな……)))


((( あれって、投手交代させてそいつがもっと打たれて負けたときに、『監督の采配のせいで負けた』って言われるのがイヤなんだよな…… )))


((( そんなことになったら父母会からの礼金が減っちまうし…… )))


((( エースがどんなに打ち込まれて負けても、そのときは『あいつに根性が無かったから負けたんだ!』ってイイワケ出来るからな…… )))



(神田: そうか、だから日本の高校野球って異様に投手交代が少ないのか……

 200球投げた翌日の試合でも平気で先発させてるのはそういうことだったんだな……)

 


「実際の公式戦では105球投げた時点でアンパイアに投手の交代を命じられるのですが。

 その時点で控え投手がいなければ、内野や外野の控え選手が投手にならなければなりません。

 それもいなければ試合放棄負けです」


「そ、そこまで選手のことを気遣っているんですか……」


「まあ、訴訟を恐れているといった側面もありますが。

 また、日比山でも東大でも1人の投手が試合で投げる球数は105球に制限されています。

 神田くんは、この制限を越えないように、極めてボール球の少ない投球を心がけていました。

 つまり、高校大学の7年間の公式戦で四死球ゼロという奇跡は、単に球数を少なくしようとする行為の副産物に過ぎなかったのです」


((( ………… )))


「ということで、今後日本も訴訟社会になっていったとして、毎日105球以上の投球練習を命じられた生徒さんが肩や肘を壊した場合、そのチームの監督が『業務上過失傷害罪』で訴えられるケースも出て来るでしょう。

 そうした訴訟が多数起きれば、責任問題や賠償請求を怖れた都道府県教育委員会により、中学高校の学校長に対して過剰な指導をしている監督やコーチを排除するよう命令が入ると思われます。

 皆さんは排除される側になられぬよう、今から指導内容を考え直されたらいかがでしょうか」



((( ……………………………… )))




「そうそう、神田くんの高校大学7年間の研究成果としてもうひとつ興味深いものがありました。

 それは、『投球練習の球数を増やしても球速はほとんど上がらない』というものでした」


「えっ……」


「そ、そんな……」


「何故なら単なる投球練習では負荷が足りないために、筋持久力しか上がらずに筋肉量や筋瞬発力はあまり上がらないからだそうです」


「そ、それではどのような練習をすれば球速が上がるのでしょうか……」


「もちろん筋肉量を増やして筋瞬発力を上げる強負荷トレーニングです」


((( ………… )))


「また、投手が肩や肘を故障するのは、主に投球動作の際に腕にかかる遠心力のせいなのです。

 人間の肘や肩の構造は引っ張られる動作に弱いですから。

 ですが、強負荷トレーニングの際には、肘や肩に遠心力や牽引力が働くことは有り得ません。

 よって故障をさせずに球速を上げるためには強負荷トレーニングが最適なのですよ」


((( そ、そうだったのか…… )))


((( なんで俺たちはそんな大事なことを知らなかったんだ…… )))


(((『恐怖化トレーニング』ってなんだ?

 そんなに恐ろしいトレーニングなのか? )))



(神田: ここまでの阿呆がコーチとかやってることこそが『恐怖』だな……)



「そ、そんなことがあるわけないだろう!

 ウチのエースは毎日300球投げさせていたおかげで、神田に匹敵する豪速球を投げられるようになったのだぞ!

 先日プロのスカウトに計ってもらったが、時速142キロものストレートを投げられるのだ!」 


「あの、高校時代の神田選手の試合に於けるストレートの配球比率はご存じですか?」


「たまにフォークとか言う落ちる球やカーブは投げていたが、優に半分以上はストレートだっただろうに!」


「いえ、実は彼は1試合につきストレートは多くて5球、少なければ全く投げていなかったのです。

 あとはすべて変化球だったのですよ」


((( えっ…… )))


「それもホームベース2.5メートル手前までは平凡なストレートに見えて、そこからベースにかけて25センチ落ちるカットボールという変化球を決め球としてよく使っていました。

 あとはホームベース3メートル手前から25センチ落ちて25センチ曲がるシンカーという球種もです」


((( そ、そんな球誰も打てないだろうに…… )))



「そして、これらの球種は遠目から見るとストレートにしか見えないのです。

 まあ未熟なバッターでは、打席に立っていたとしても最後までボールを見ていないために、ストレートだとしか思っていないそうですが」


「な、なに……」


「ですから、彼と対戦したバッターが打席で空振りした後に首を傾げていることが多かったでしょう。

 それは確かにボールを捉えたと思っていたのに、バットがボールに掠りもしなかったからなのですよ。

 そして、彼がストレートを投げるときは、ほぼ必ずと言っていいほど初球で真ん中高めのボールになる球だったそうです。

 これはその後に投げる変化球で打者を打ち取るための見せ球だったそうですね。

 ですからわざわざ変化球と投げ出しが同じ速度に見えるストレートを投げていたのです」


「な、なんだと……」


「日比山では彼が高校1年の冬にアメリカからスピードガンを輸入して使用していました。

 現在のプロ野球の投手の球は最高で148キロほどですが、当時の彼が試合で投げるストレートは158キロだったのです」


「「「 !!! 」」」


「そしてみなさんご存じの通り、ストレートはその球速を上げるほどコントロールが難しくなります。

 ですが彼は、158キロ程度の球でしたら、狙った場所のプラスマイナス3センチの範囲に投げられたと言っていました」


「「「 !!!!! 」」」


「これがどういう意味かはもうお分かりでしょう。

 そして彼がコントロールを気にせずに本気で投げたストレートの球速は、高校3年時点で172キロだったそうです……」


「「「 !!!!!!!! 」」」


「もっとも、172キロの球を1球でも投げると毛細血管が破裂して内出血を起こし、腕や肩が真っ青になるために、滅多に投げられるものではなかったそうですが……」


「「「 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 」」」



<研修記録員:ま、また最前列の方が号泣していますぅぅぅっ!>


(神田:あーすまんな……)




「あなたのチームのエースが投げる最速の球は142キロですよね」


「…………」


「その投手は毎日300球も投げて練習しても時速142キロ。

 神田くんは高校時代も日に100球以上投球練習をすることはありませんでしたが、投げようと思えば最高速度172キロの球を投げられたのです。

 ついでに申し上げれば同様な練習を続けた結果、大学卒業時点では3センチコントロールストレートの速度は176キロ、1球だけの本気のストレートの速度は203キロまで上がっていたのですよ」


「「「 げぇぇぇぇぇっ! 」」」


「この差はどこから来たと思われますか?」


「うっ……」


「論理的に考えて、それは強負荷トレーニングをしていたかしていなかったかの違いでしょうね。

 それに加えて、彼は1時間おきに水と塩を摂取し、根性練習もしていなかったために全く筋肉痛の無い健全な状態で練習をしていたからでしょう。

 また、各種栄養成分の摂取量やバランスの違いも大きかったと思われます」


「うっ、ううううううっ……」


「現在の日本野球界では『豪速球投手』がもてはやされています。

 甚だしきは『豪速球の投げられない可哀そうな投手が変化球投手になる』という認識まであります。

 そして神田選手が試合で投げるストレートはせいぜい5球までだったのですよ。

 もちろん彼は自分のことを『変化球投手』と言っていましたが。

 ですが、普通にストレートを投げれば、高校時代ですらプロも含めて日本最高の『豪速球投手』だったのですよ?」


「あぅぅぅぅぅぅぅ……」





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