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クラリス四姉妹の結婚  作者: 崎野 実
第1章 四姉妹の事情
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7話 次女と公爵家

実家から届いた一通の手紙。そこに書かれていたのは、ガリレウス侯爵からエレナへのお誘いに始まり、北方連合の使者を歓迎する会という名目の王家お見合い会の開催、最後に四女の決意と付き添いで長女と三女も出席する旨だった。

そう、出席するのだ、エレナとアリシアのみならず、フィリスが。アノ三女が。それも、王家主催の国の大事を決める会に。


すぐさまシエラは便箋を取り出し、猛烈な勢いでペンを走らせていく。宛先はスルートン伯爵家のアンリナ嬢に、ヘンネル子爵家のカサンドラ嬢、つい最近ラクレシア侯爵家に輿入れしたエリーゼ夫人と、フィリスの友人である令嬢ばかり。

内容は、愚妹が日々おかけしている迷惑を心よりお詫びし、その上で王家の方々もおわします場で大馬鹿をやらかしてしまわないよう、見張りと引き留めをお願いするものなのだが、最早何度目かわからぬほどに書き慣れているため、筆先が鈍ることはない。


そうして勢いのままに全ての手紙を書き終えて封をしたところで、まるで見計らっていたかの如きタイミングでランウェル公爵夫人からのお呼びがかかり、シエラは慌てて身嗜みを整え、早足で夫人の部屋へと向かうのだった。







ランウェル公爵家のグラウディア夫人は元々伯爵家の令嬢だったのが、夜会で出会ったランウェル公爵と大恋愛の末、コンラッド王国四大公爵家の一つへと嫁ぐことになったというのは、王国内の貴族の間では有名な話である。

そのため、結婚前にクラリス伯爵家に嫁いだ母と知り合っており、知己の仲を越えて親友だったようで、母が存命の折はよく互いの家を行き来していた。シエラをシャーロット嬢の家庭教師にと公爵に進言してくださったのも、夫人だったと聞いている。


つまり、シエラにとってグラウディア公爵夫人は、何重もの意味で頭の上がらない相手なのだが、如何せん彼女は夫人が…というより、ごく稀に現れる夫人のある一面が、少々苦手であった。



「お呼びでしょうか、奥様」

「急に呼んでごめんなさいね。お話ついでに、此方で一緒にお茶でも飲みましょう?」



さすが公爵夫人だけあって、部屋の内装や家具は勿論、公爵家の紋が然り気無く施されたティーセットに至るまで、全てが品良く纏まっている。同じ貴族でも、世帯感溢れるクラリス家とは天地の差だ。

家の格と懐事情が違えば、こうも生活に差がつくものなのだなとしみじみしつつ、シエラはお言葉に甘えてお茶と茶菓子を頂く。これまた品の良さが滲み出る味で、その美味しさにほうと一つ息を吐いた。



「お口に合うかしら?」

「とても美味しいです!」

「ふふっ、シエラは素直ね。それに比べて、うちのは図体が大きくなるにつれて態度ばかり大きくなって、可愛いげがないったらありゃしないわ」

「お、奥様…!」



公爵夫人らしからぬ後半の物言いに慌てて周囲を見回すシエラに対し、夫人は「あらいやだわ、口が過ぎたわね」と言いながらも、何でもない様子でカップを傾けている。背後に控える侍女達も慣れたものなのか、眉一つ動かしていない。


早くも出てきた苦手な一面の片鱗に、この先が思いやられると頭を抱えたい衝動を懸命に堪え、心を落ち着けるべくシエラも再びお茶を飲むのだが、夫人はにこやかに、かつ遠慮なく彼女の避けて通りたい話題を放っていく。



「北からの使者が来た時に王家主催の歓迎会を開くことになったのだけど、その際にダンスもあるからと一部に釘が刺されたの。セシリアンもね。こんな言い方をされたらもう、踊らないわけにはいかないじゃない?」

「そうですね……」

「本当なら会場でスマートにご令嬢をお誘い出来たらいいのだけど、何しろあの性格でしょう?教育としてエスコートの技は叩き込んだから問題ないけれど、上手く誘い文句が言えるとは思えないわ」

「そ、んなこと、は……」



ない、と言いたいところなのだが、ある。大いに有り得る。むしろ、シエラが思うに、セシリアンは女性や色恋の類に欠片も興味がないのではなかろうか。


公爵家の嫡男、それも父親は一国の宰相を務める身。セシリアンが、生まれながらに持たざるを得なかった地位と責務に対し、真摯に向き合っていることは端から見てもよくわかる。

持ち前の才覚に溺れることなく、努力を怠らず、才を磨き、自身を厳しく律しているであろうことも、家庭教師として公爵家で暮らす内に伝わってきた。


しかし、だ。彼は確かに身の程を知った振る舞いをするのだが、その身の程というのが凡そ常人の域を逸しているため、良く言えば高尚な、悪く言えば棘のある物言いになりがちで、周囲の誤解を招くことも度々であった。


そんなセシリアンが、女性を誘って広間までエスコートし、何事もなくダンスを終えることが、果たして出来るのか。シエラには返答しかねた。



「だからね、」

「失礼致します、母上」

「まあまあ!ちょうどよかったわ、セシリアン!」



話題の中心人物が現れたことに静かに固まる間にも、夫人の招きによってセシリアンはシエラの隣の席へと案内される。着席の際、ちらりと横目に向けられた視線が僅かな険を含むものであったことに気付き、毎度のことながら自分に向けられる感情の厳しさに心中で悲鳴をあげた。


「私にご用と伺いましたが」との一言で、何故シエラがいるのだと暗に尋ねられて益々肩身を狭くしていると、夫人がそれはもうにこやかな笑みで大変な答えを寄越した。



「セシリアン、今度の歓迎会はシエラと踊りなさい」

「……はぁ!?」

「おっ、おお奥様!??」



冷静沈着を絵に描いたようなセシリアンの怜悧な表情ですら歪み、通常であればまず聞くことのない声を上げているのだ、シエラが驚かないわけがない。悲鳴を押し留めただけでも立派なものである。

二人の普段の関係を鑑みれば、それほどまでに夫人の一言は考えられないものである筈なのだが、発言者である夫人はおろか、壁際に並ぶ侍女達までもが一糸の乱れもなく平然としている。公爵家に仕える使用人ともなると、並大抵のことでは動じないらしい。


などと、あらぬ方向に意識を飛ばすシエラと違い、セシリアンはいち早く我に返り、夫人へ食ってかかっていた。



「何故、彼女と踊らねばならないのですか!」

「だって貴方、山のようにやって来る婚姻や見合いの話を全部蹴る上に、夜会でもお茶会でも殿方と仕事の話をするばかりで、懇意にしているご令嬢の一人もいないじゃない」

「……そうですが、当日に誰か適当な相手を探して、」

「あらいやだ、日頃からシエラ相手に上手い言葉の一つも言えないくせに、見ず知らずのご令嬢をお上手に誘えるとでも思っていて?」

「それはっ……」

「仮に上手く誘えなかったとしても、ついて来てくれるお嬢さんはいるでしょうよ、ランウェル公爵家の嫡男ですものね。でも貴方、そういう計算高いだけの浅はかな人間、お嫌いでしょう?」



今日の夫人は絶好調らしい。そして、いくら母親とはいえ、セシリアンを相手にこの歯に衣着せぬ物言い、弱味を的確に突くスタンス、これこそがシエラが尊敬する大恩人の奥様の、唯一にして最大の苦手な点だった。


嗚呼、夫人の美しい笑みが怖い。この場を支配する絶対零度の空気が怖い。何より、隣で大変不穏な気配を駄々漏れにしているセシリアンがとんでもなく怖く、とてもその表情を見る勇気などなかった。



「貴方の厄介極まりない性格を疎むでもなく、社交辞令でも笑みまで浮かべてずっと一緒にいてくれたシエラすらエスコート出来ず、この先の宮廷生活をこなしていけると思って?」

「あの、奥様、どうぞその辺りで…」

「それとも、シエラと踊るのは嫌なのかしら?」



"嫌です"、躊躇なくそう答えるのだろうと思っていた。セシリアンがシエラに棘のある物言いをして、シャーロットが『シエラに嫌われてしまう』と嗜める度、彼は『結構だ』と切り捨てていたから。

けれど、夫人に嫌なのかと尋ねられたセシリアンは、いつまでも黙りこんでいる。


思いがけない沈黙に驚いたシエラは、怖いもの見たさの好奇心に負け、あれほど固まっていた首を横へと向け……見てしまった。


美麗な顔を歪めて奥歯を噛み締めるセシリアンは、とても悔しそうだった。まるで、喉元まで出かかった言葉を飲み込もうとするような、同時にそれが酷く苦痛でもあるような、そんな葛藤に満ちた表情に暫し呆けていると、視線に気付かれ睨まれる。



「………………わかりました」

「そう!よかったわぁ、これで安心ね!それじゃあ早速、二人でダンスの練習をしてきなさいな、先生はお呼びしておいたから」

「えっ!?い、今からですか…?」

「そうよ、だってシエラ、社交の場は久しぶりだから不安でしょう?」

「……お心遣い痛み入ります」



用意周到、そんな言葉が脳裏を過るが、口に出す勇気などある筈もないシエラは、黙って礼を返すに留める。若干口端がひきつっているけれど、これが現在の彼女の最大限の笑みなのだから致し方ない。


「ちゃんとホールまでエスコートするのよ、これも練習練習!」と楽しげな夫人の声に送り出され、二人揃って廊下に並び立ったのはいいが、絶対零度の空気こそないものの互いに交わす言葉はない。

当然だ、公爵家に来てからこれまで、会話らしい会話をしたことがないのだから。たまにシャーロットを介して言葉を交わすことはあれども、シエラの教育方針に関してセシリアンが意見するのが殆どだった。


夫人とはまた違った意味で苦手意識を抱く相手への第一声をどうするべきか頭を悩ませていると、不意にセシリアンが一歩踏み出し前方で翳された左腕。

まさか本当にエスコートしてくれるつもりなのだろうかと、恐る恐るシエラが右手を添えれば、微かに肩先を揺らした後でセシリアンは無言のまま歩き出した。


明らかに緩められた歩幅に、いつも不機嫌な背中ばかり見ている相手が自分に合わせてくれていることが伝わり、何とも不思議な心地がする。同時に、酷く安堵していることをシエラは自覚した。







ランウェル公爵夫人グラウディアとクラリス伯爵夫人マリアは友人同士、しかもセシリアンとシエラは同じ年に生まれたということもあって、二人は記憶がないほど幼い頃に出会い、物心ついた時には母に連れられて互いの家を行き来して遊ぶ仲だった。

遊ぶといっても、二人とも外で活発に遊ぶより屋敷で本を好んで読む子どもだったので、書斎のソファーに並んで座っては、各々に気に入った本を読み耽るのが常なのだが、シエラは共通の趣味を持つ友人がいるだけでただ嬉しかった。


読書の合間に最近読んだ本の感想や、おすすめの本を言い合って、たまに近況を話したりして……母が突然亡くなった後も夫人と友人の到来は間隔を空けて続いていたのだが、父の亡くなる前年、12歳の秋を境に友人もとい幼馴染は姿を見せなくなってしまった。

当時は突然のことに戸惑い悲しみもしたが、互いの年齢と幼馴染の立場を考えれば仕方のないことだと諦め、受容し、それ以上考えないようにしていたのだが。


それが紆余曲折を経て再会したのみならず、幼馴染の家で住み込みで働くことになり、更なる紆余曲折の末にエスコートを受けダンスの練習に励むことになるとは…



「そこでターン!遅い!」

「はいっ!」



ダンス講師から飛ぶ鋭い声に涙目になりながら、必死で足を動かしていく。素人同然の拙いステップにも関わらず何とかダンスを続けていられるのは、ひとえにセシリアンの技術あってのことである。

確かに夫人の言う通り、本人の意欲はさておきエスコートの技自体は完璧なのだと身を以て知らされた。


息切れしながら踊るシエラをセシリアンは醒めた目で見ていたのだが、ふと吐息に紛れて一人言のような声が落ちる。



「難しい本は幾らでも読むくせに……相変わらず、令嬢らしい事柄はまるで駄目なんだな」

「へ…?うわっ!」



今度こそステップを踏み外して傾く身体を片腕で支えて嘆息すると、セシリアンはそのままごく自然な動作で壁際のソファーへと移動していく。

「休憩を」とのひと声で、離れていた使用人が直ぐ様寄ってきて差し出す水を受け取りながら、シエラは驚きのあまり未だ早鐘を打つ胸をそっと押さえた。


本当に、びっくりした。あれが自分に掛けられたものかはわからないけれど、それでも彼が実務とまるで関係ないことを口にしたことも、その内容が自分だったことも。

何より、声音が嫌味ではない…むしろどこか温かく、懐かしむような響きを孕んでいたことに、心底驚いたのだ。そして少し、ほんの少しだけ、昔に戻れたようで嬉しかった。



「当家に務める人間として、先程の惨憺たるダンスは如何なものか」

「……返す言葉もございません」

「幸い、北方の使者が来るまであと一月ある。時間のある時には、貴女の練習に付き合おう」

「いえ、そんな!お忙しい政務官様の貴重なお時間をいただくわけには…」

「当家の名誉の為だ、会を共にする以上其方にとっても義務と心得て頂こうか。推察するに、ダンス以外にも貴女が修得すべき振る舞いは多数あるのでは?」



ささやかな余韻を容赦なく取り払っていく指摘の数々に返す言葉もなく押し黙っていると、セシリアンは「では、決まりだ」と執事を呼び、自身のスケジュールを確認していく。

こんなことになるのなら、姉から度々指摘されていた通り、伯爵家の名に恥じないだけの嗜みとやらについて、もっと真剣に取り組んでおけばよかったと悔やむが、もう遅い。


せめて当日、諸問題はあれど令嬢力だけは異様に高い三女に笑われないようにしなくてはと、危機感を募らせ項垂れていると、勘違いをしたらしいセシリアンが、厳しい顔で問い掛けてきた。



「貴女は、私と踊るのが嫌なのか?」

「え?いえ、そんなことは……ありません、けど……」



サファイアブルーの瞳から感じるただならぬ圧に押されつつ、素直にそう答えると、「なら、いい」とだけ呟いてセシリアンはホールの中央へと戻っていく。どうやら、休憩は終了らしい。

自分も彼に続かねばと、頬を叩いて気合いを入れ直し、シエラもその背を追うのだった。



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