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クラリス四姉妹の結婚  作者: 崎野 実
第1章 四姉妹の事情
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5話 三女と四女の密談

陽も落ち、星々が瞬かんと空に浮かぶ刻限。規則正しいクラリス伯爵家では、とっくに夕食を済ませているだろう。

不測の事態のせいで、予定より遅れた帰宅となったフィリスは、深呼吸と共に覚悟を決め、ビクターの手によって開かれた玄関の先へと飛び込んでいく。



「ただいまっ!!」



ここらは、時間勝負。フィリスは行儀の悪さを自覚しながらもワンピースの裾を僅かに捲し上げ、階段を駆け上がっていく。

姉妹の目を盗んでの外出からの帰宅後は、毎回、早さが肝心なのである。何故なら…



「フィリス!!貴女また、ビクターを使って勝手に街へ行ったわね?いい年をして領家の娘がはしたないといつも、」

「ごめんあそばせ、姉様!お説教はまた後日!」



アイスブルーの瞳をこれでもかという程に冷たく凍えさせ、静かに怒りを滲ませる姉の言葉を遮って一方的に謝り、無理矢理に話を終わらせる。

同時に、戸口から呆れ顔でこっそりと此方の様子を窺うマーサに、「私のお夜食は部屋によろしく!」と最早お忍び帰りには恒例となったお願いをするが、今夜は続けて「エレナの分のお茶もね」と付け加えた。


この一言で、聡明な姉は今回の外出の目的を察したのだろう。変わらず険しい顔のままではあったが、いつものように部屋まで追いかけて説教する素振りを見せず、深く大きな溜め息を一つ落としてから、書斎へと下がっていく。


こんな時間になってもまだ、領主としての仕事をこなすつもりらしい。此方は此方で気掛かりだけれど、口を挟めるだけの資質が足りないことを自覚するフィリスは僅かに視線を落とした後、気を取り直すように、再度「ただいま!」と自室の扉を開くのだった。



「おかえりなさいませ、フィリス姉様。いつもより遅いご帰宅ですけれど、大丈夫でしたか?」

「ああ……うん、平気平気」



優しい妹からの気遣わしげな問いかけに、やたら甘ったるい金髪お坊ちゃんの笑顔が一瞬脳裏に浮かぶものの、直ぐ様振り払う。

「それより、エレナにいい話があるのよ」と本題に入るべく、一段落したらしい妹の手元の刺繍道具を一緒になって片付け、互いのスペースを区切る中央のテーブルに椅子を持ち寄り向かい合って座った。


伯爵家といっても、しがない田舎領主のクラリス邸は、ささやかなエントランスに応接室兼居室と、執務室、調理場、客室という名の半倉庫、今は不在の主人の部屋に、長女と次女兼用の部屋、三女と四女兼用の部屋があるだけ(なお、家人夫妻は庭の端にある離れで暮らしている)。

家族の一人一人が私室と寝室を持ち、使用人にも部屋を用意し、居室や応接室どころか大小の広間に多数の客室まであるような、所謂貴族の屋敷には程遠い。


しかしながら、姉妹は皆この家を気に入り、人によっては煩わしく億劫であろう兼用の部屋すらも、時には同室の組み合わせを変えるなどして楽しんでいた。

何より、今宵のように姉妹同士で秘密の話に花を咲かせるのに、これ以上の場所はあるまい。







タイミング良くマーサが運んできてくれたお茶に互いに口を付け、ひと息着いた頃を見計らい、フィリスは外出の成果について話し始めた。



「マークス・ガリレウス侯爵のお噂について、色々と仕入れてきたのよ」

「えっ……そ、そうですか……」



妹の婚約者を見つけるべく、どこか夜会なりパーティーなりを紹介するよう叔父に頼んだのはいいものの、正直フィリスはあまり期待していなかった。

何しろ、公的な後見人であるにも関わらず、まだ若い姉に領主業を丸投げして、月に一度顔を覗かせるだけの不精者の叔父である。


今こそ地道に広げてきた人脈を駆使し、妹の為にいい人を見つけなければと息巻いていたのだが、珍しく早々に届いた叔父からの返信。

あまりの出来事に、家庭教師として出稼ぎ中のシエラを除く全員が喜ぶことも忘れて狼狽えたのだが、蓋を開けてみると何のことはない。


戦の勝利を祝い、従軍した将官達を労う為の、王宮主催の祝勝会。叔父からの紹介を待たずとも、伯爵家の家長代理として姉に招待状が届いたろうし、王宮主催となればどちらにせよ出席せねばならなかっただろう。


それにしたって、社交慣れも男慣れもしていない妹の初めての婚活の場に、軍部でも特に華やかな…つまりは、戦慣れどころか世慣れ女慣れした、師団上層部の殿方が揃う場を誂えなくともよいだろうに。

手を抜いた仕事ぶりに姉共々苛立ちを募らせていたのだが、社交界デビュー以降人前に出たことのない妹がひどく緊張している様子を見るにつけ、適当にこなしておけと言うわけにもいかず。励ましの意も込めて発破をかけたのだが、まさか軍司令たるウィルヘルム公爵直々の勧めで、ダンスを踊ってくるとは。


お相手を務めたという、マークス・ガリレウスとは、果たしてどのような人物か。姉としては、しっかり調べておかねばなるまい……というわけで、今回のお忍び外出もとい調査と相成ったわけである。



「マークス様が団長を務める騎兵師団は、多くの戦場で先陣を切ったり、ここぞという時の切り札とされているそうよ」

「……危険なお立場なのですね」



火器の類いが戦場で使われるようになったとはいえ、機動力で騎馬に勝るものはなく、騎兵師団は未だ軍部では主力として健在であると共に、将校憧れの花形部隊でもあった。

そんな師団の団長を任されているのだ、軍司令であるウィルヘルム公爵の信頼も厚いのだろう。公爵も言っていた通り、昇進間違いなしの有望株…なのだが。


これだけの好条件が揃っているにも関わらず、フィリスはこれまで社交の場でマークスの噂を聞いたことがなかった。

つまりは、貴族のお嬢様方のお相手として認識されていないというわけだ。


そこまで説明したところで、フィリスはちらりとエレナの反応を窺う。

領内で穏やかに過ごしてきた純真な妹に、この先を告げていいものかどうか。しかし、知らずにいれば後で余計に心を煩わせるだけだと、続きを話すべく深呼吸する。



「モテて然るべき立場の人がそうでない場合、考えられる原因は三つ。一、性格に難がある。二、出自に難がある。三、その両方」

「マークス様は……その、あまり口数は多くないかもしれませんが、悪い方ではないかと」

「エレナがそう言うのなら、きっとそうなのでしょうね」



言葉を探しながら、それでもはっきりと意見を述べる妹の姿に少々驚きつつ、フィリスも同意を示す。

事実、マークス・ガリレウスの人柄については、特別耳にすることもなかった。妹には悪いが、姉として厳しく採点するなら、可もなく不可もなしといったところなのだろう。


問題があるとすれば、その次。



「マークス様ご自身のことはよくわからないけれど、ご家族についてはわかったわ……マークス様のお父様は元々、王宮や軍部に馬を卸す商人だったのが、当時困窮していたガリレウス侯爵家を助けたお礼に、侯爵家の一人娘を奥さんに貰ったんですって。つまり、借金の肩に婿入りして貴族になったわけね」



軍部のみならず、王宮までご用達となると、貴族社会にも顔の利く大層な商家だったのだろう。だが、裕福とはいえ商人は商人。

由緒正しい貴族様方からは、"爵位を金で買った男"と後ろ指を指され続けたそうだ。夫婦仲もあまり良好でなかったと聞く。


そのため、一人息子で嫡男のマークスには相当な期待を懸けていたようで、手っ取り早く功を立てられるようにと、成人前にも関わらずほとんど無理矢理に息子を軍へ入れたらしい。



「ひどい……」

「本当にね。ちなみにそのお父様は、マークス様が入隊した直後に亡くなったそうよ。結婚してからずっとお酒に溺れてたとかで、そのせいだって専らの噂」

「……お母様は?」

「ご健在だけど、山奥の別荘に引き込もって、長い間誰ともお会いになってないみたい」

「マークス様とも?」

「ええ」



「そう…」と答えたきり、エレナは長い睫毛を伏せて憂い顔で考え込んでいるようだった。祝勝会でのダンスの折、これまでの話と何か繋がる点でもあったのかもしれない。

黙って物思いに耽る妹の心情を推し量る術を持たないフィリスは、マーサお手製のサンドウィッチを食べながら静かに待つ。同性同士、気兼ねなく話せる仲の姉妹ではあったが、何でも喋って解決すればいいものでもなく、時には沈黙も必要なのだと心得ていた。


やがて、一区切りついたらしいエレナが顔を上げ、「姉様ありがとう」と微笑み、フィリスもそれに微笑んだ。



「これだけのことを調べるのは、大変だったでしょう?」

「いえ、そこは、まあ……その、気にしないで大丈夫よ。それより、余計なことばかり言ってごめんなさい。エレナは人のことをあれこれと詮索するの、あまり好きではないものね」

「……ううん、お話を聞けてよかった」



妹の微笑がどこか悲しげなものに変わったのをフィリスは見逃さなかったが、これについてもやはり、本人が口にしないものを此方からあれこれ聞き出すべきではないと判断し、黙って紅茶を流し込む。

それを見たエレナもカップを飲み干し、空になった食器を盆に載せて二人で部屋を出ると、調理場へ向かった。


晩餐後の飲食については自分で片付けをするというのが、アリシアが家長代理となってからのクラリス家での暗黙のルールだった。

貴族のお嬢様らしからぬ行為ではあったが、クラリス家でたった一人の侍女で老齢のマーサに、遅くまで負担をかけてはいけない。それはビクターも同じ、というわけで、晩餐が終わった後は二人とも速やかに離れに戻って休むことになっている。


そのため、今日の外出が殊更遅くなってしまったことが申し訳なく、次に出掛けた際は二人へのお詫びに何かお土産でも買ってこようと、皿を洗いながらフィリスは密かに決意した。

申し訳ないと思っていても、お忍び外出を止める気がない辺り、反省が見られないのであるが、それはそれ。


手早く片付けを終えたところで、フィリスは本日の締めとばかりに、最大級の笑顔で妹へと問い掛ける。



「それで?エレナから見て、ガリレウス侯マークス様はどうなのかしら?」

「ど、どうって……大変なお立場の方だな、と……」

「それで、それで?」

「え?!あとは……あの時は自分のことに必死で、周りが見えていなかったんだなって……」

「そういうのはいいから、マークス様について!」

「…………私のわからないところで気遣ってくださっていたんだなって、改めて気付いて……その、お顔は少し怖いけれど、優しい方だと思いました」



成る程、妹の中でマークス・ガリレウス侯爵はどうにか及第点のようだ。

フィリスから見ても、中々に込み入った事情がありながら現時点では本人の人柄に問題が見られないことに加え、軍司令たるウィルヘルム公爵直々に御墨付と紹介をいただいたことから、悪い話ではないと思う。


それにも関わらず、姉のアリシアは乗り気でないどころか、公爵様を直々に前にしながらも暗に断りを入れたらしい。家長代理として、他家との付き合いや上下関係に絶えず気を配っているあの姉が、である。

姉が難色を示す理由について一つだけ思い当たる節がなくはないのだが、そんな偶然が重なるとは思いたくなかった。


何にせよ、マークス・ガリレウスについては、再調査する必要がある。その情報源については頭が痛いことこの上ないのだが、可愛い妹の為には四の五の言っていられない。

絶対に、幸せにしてみせる。妹だけではない、姉も、シエラも。そのためにも先ず、自分が玉の輿に乗らねばと決意を新たにしながら、フィリスは今後の戦略を練った。




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