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クラリス四姉妹の結婚  作者: 崎野 実
第1章 四姉妹の事情
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4話 三女とお坊ちゃん

クラリス伯爵家の三女・フィリスには、秘密がある―…



大層な表現をしたが、何ということはない。今日もフィリスは街娘風の変装をして、領内でも最大の街へ繰り出したという、ただそれだけのこと。


エスティア領グランツェルンの街は、コンラッド王国北西部から王都へと至る街道の最後の休息地点ということもあり、人もモノも通りすぎるだけの領内において唯一、古くから宿場や市で賑わっていた。

もっとも、一部地域を除いて物資に乏しい北部との交易が主となるため、華やかな王都に劣らずと噂の南部の交易拠点群の賑わいに比べればささやかなものではあるのだが、それでもエスティアのような田舎領地において街は街である。家に引きこもっているよりずっと、耳にする情報も出会う人間も、量と質が段違いだとフィリスは身を以て学んでいた……真面目な長女と次女には全くいい顔をされないのだが、それはそれ。


今回に限っては、現在のクラリス伯爵家にとって最優先懸案事項が絡んでいるのだ、姉達も見逃してくれるだろう。ついでに、玉の輿に乗れそうな相手も見つかれば、万々歳なのだけれど…

などと、若干の私情を挟みつつ、フィリスは、アクセサリー屋や服屋をウインドウショッピングで周り、馴染みのパン屋で新作をつまみ、家で待つ家族へのお土産に花を買いと、街を満喫しながらついでに情報を集めて回った。


やがて、日も傾こうかという刻限が近付き、そろそろお忍び外出に付き合わせたビクターが隠れて待つ馬車へ帰ろうとしたところで、耳に飛び込んできた怒声。

いかにも血気盛んなそれは、地味で穏やかな自領の民にはほど遠く、恐らくは隊商に雇われた護衛辺りのものだろうと見当をつけたところで、必然的に選択を迫られる。


助けに入るか、否か。


道行くただの街娘であれば、肩を震わせ自宅へ駆け込むのが真っ当な反応であろう。ところがフィリスは、お忍びとはいえグランツェルンが属するエスティア領を治める伯爵家の人間である。

家長代理を務める長女であれば、こんな時にどうするだろう。次女は?四女は?


答えを出すまでもなく、フィリスは自身に流れるクラリス伯爵家の血と本能に従い、声のする方へと駆け出していった。どの姉妹でもきっと、同じ行動を起こすだろうとの、確信を持って。







たどり着いた先のいかにもな路地裏では、いかにもな猛々しい五人の男達が一人の人間を取り囲み、いかにもな因縁をつけていた。ここまでは予想通りの景色である。

ただ、一つだけ違和感があるとすれば、肝心の囲まれた男に恐怖や悲壮な類いの気配はまるでなく、むしろこの状況を楽しんでいるかのように、優雅な笑みを湛えていることだった。


そう、優雅なのだ。無造作にハーフアップで結ばれたブロンドの髪、日焼けを知らない真っ白な肌、好奇心に満ちたエメラルドグリーンの瞳、まるで夢物語から出てきた王子のよう。

着ている服は一見すると質素だが、よく見るとどの素材も一級品であろう質の良さが感じられるし、袖口などには然り気無く王都で流行りの柄の刺繍も施されている。何より、身体のどこを取っても寸分違わずぴったりと合わさっていることから、上から下まで全てオートクチュールの品であることが窺われる。


そんな恐ろしく品の良い相手に向かって、多勢とはいえよくもあれだけ意地汚く因縁をつけられるものだと、呆れと感心を同時に覚えて複雑な気分になりながらも、自らの役目を果たすべく筋肉の輪をかき分け割って入っていった。



「アァ!?ンだこの女、どっから湧いてきやがっ、」

「このっ……浮気男ーーーーー!!!!!」

「っ……?」



渾身の大声で叫ぶのと同時に、筋骨粒々な集団ではなく、輪の中心にいる品の良い優男の襟元に掴みかかる。

至近距離で見つめる輝かんばかりの相貌と、直に触って実感する衣服の物の良さに、優男の出自の良さを再確認して背筋に嫌な汗を伝わせながらも、フィリスは勢いを消すことなく畳み掛けた。



「私という者がありながら、他の女に現を抜かすなんて、どういうこと?!おまけに、家のお金まで持ち出して!父にどう説明をつければいいのよ!!」

「ええと……可愛い君、落ち着いて、」

「これが落ち着いていられますか!!あのお金は私が嫁ぐ時に不自由がないようにと、父がこつこつと貯めていてくれたものなのよ!?それをまだ婚約前だっていうのに、盗っ人の真似事までして勝手に持ち出した挙げ句、あの女に使い込んだんですってね?!私だけでなく父も兄弟も怒り心頭よ!!!」

「お、おい、嬢ちゃん!今は俺らが…」

「あら、貴方達、この人のお友達?だったら、彼が使い込んだお金、立て替えてくださらない?父が盗まれた分を取り戻そうと、人まで雇って血眼になってるのよ。このまま返せないと彼、殺されかねないわ!でも私は、こうなったら意地でも結婚したいと思ってますの。だから、」

「くっ……ずらかるぞ!!!」



迫真の演技を飛び越え、鬼気迫るフィリスの剣幕に押された男達は、面倒は御免とばかりに舌打ちを残して去っていく。残された優男はというと、自分もまた逃げ出したそうな表情ではあったが、一応フィリスの意を汲み取っているらしく、困ったように微笑みかけてきた。



「ありがとう、可愛い君。けれど、もう少し穏便に助けて欲しかったな」

「彼方も貴方も、衆目を集めるのを嫌いそうだったから、こうしたまでのことよ」

「……どうしてそう思ったのかな?」

「貴方の装いも物腰も、ここでは品が良すぎるのよ。王都の貴族様か大商人辺りの子息ではなくって?」



フィリスの指摘に肯定も否定も返さず、優男は「ふむ、これでも華美なのか」と自らの服を思案げに見返している。

華美とまではいかないが、変装するなら見た目だけでなく品質も庶民に合わせたものにしないと―…などと思ってはいても、同じく変装中の身として余計な口出しはしない。もっとも、フィリスの場合は見た目も品質も普段とさして変わらぬのが悲しいところではあるのだが、これに関しても断じて口にするつもりはなかった。


何にせよ、これで用事は終いである。早々にビクターの元へ向かわなくてはと踵を返したところで、今にも帰りたそうにしていた態度から一転、優男が引き留めにかかる。



「可愛い君、君は賢いのだね」

「……その呼び方、止めていただけます?」

「では、名前を教えてくれないか?」

「………………フィンです」

「僕はハルだよ」



そこはかとなく漂う面倒な予感に、市井での仮の名を名乗ることを激しく躊躇うものの、美形からの輝く笑みを間近に浴びては、拒否権などあるはずもなく。嫌味のない強引さに、やはり相当に出自の良い人間であることを思い知らされながら、じりじりと距離を取っていく。

しかしながら、そんなフィリスの胸の内を知ってか知らずか、ハルはにこやかな笑みでせっかく開いた距離を詰めてきた。



「僕らの運命的な出逢いにちなんで、お願いがあるんだ」

「お断りします」

「どうか一時の恋人として、僕にここでの身の振り方を教えて欲しい」

「だから、お断りしますと申して…」

「可愛い君が僕の願いを叶えてくれるなら、その都度僕も君の願いに応えよう」



ハルは先程のフィリスの指摘に対し、肯定や否定の代わりに"賢い"としか返さなかった。つまりは、そういうことなのだろう。

褒めているようで、それ以上の詮索を牽制する言葉。その上で、先の提案ときた。嫌味はないが押しは強い、人に断られることを知らない、高位の人間特有の感性である。

ならば、こちらも遠慮することはない…というより、この手の人間に遠慮というものは通じないと社交の場で散々学んでいるフィリスは、負けじとにこやかに微笑み返した。



「私、玉の輿を狙ってるんですの」

「え?」

「人生の一発逆転、姉妹全員を嫁がせても余りある蓄えを得る為には、半端でない本物の玉の輿に乗るしかありません」

「君のその理論と先程の推察では、僕ほどの適任はいないのでは?」

「絶対に嫌」



力強くはっきりとした拒否に、高貴な人間としてみだりに感情を表に出さぬよう育てられたであろうハルも、笑みをひきつらせて固まっている。

それを見たフィリスは、固まったままのハルの両手を取り、追い討ちをかけた。



「衣服は言わずもがな、手入れの行き届いた髪、日焼けの跡もない肌、さぞや高貴な方なのでしょうね。だけど貴方の手、綺麗過ぎるわ」

「……何か問題があるのかい?」

「手荒れがないのは当然よ、育ちがとっても良さそうだもの。でもね、ペンや武器の類いのマメの痕すらないじゃない。それは貴方が、何もしていない証拠よ」



"何も"に殊更力を込めて言い切ると、身に覚えでもあるのか、気不味げに逸らされるエメラルドグリーンの瞳。心なし、垂れた耳や尻尾まで見えるようだ。

そういうところですよ、お坊ちゃん!と胸の内で呟きながら、フィリスはトドメを刺しにかかる。



「私はとっても欲張りだから、玉の輿で家族を幸せにした上、自分も幸せになりたいの。先祖代々の土地を、財産を、何の苦労も無しに守れると思ってる?貴族には貴族の、商人には商人の、務めというものがあるでしょう。そこから逃げるような甘ったれた格好悪い男なんて、どれだけの玉の輿に乗れようと此方から願い下げだわ」

「……容赦がないな」

「あら、優しく噛んで含んで差し上げないと、理解出来なくて?」

「いや、もう十分だよ」



精神的に多大なる負荷を受けたのだろう、ハルの些かやつれた様子に満足し、それではこれでと掴んでいた手を離そうとするが、今度は逆に相手から握り返されてしまった。

もういい加減に帰らなければ、姉にこっぴどく叱られてしまうと辟易するフィリスとは反対に、ハルの熱は籠るばかり。



「先程の軽率な申し出を心から詫びよう。僕は仮初めでなく、フィンに本当の恋人になってほしい」

「いや、私の話聞いてました?」

「聞いていたさ、つまり僕が変わればいいんだろう?前提条件の玉の輿は確実なんだから」

「そこは否定しないのね…」

「しないよ、現状フィンにとって僕の唯一の魅力はそこだろうからね」



変わることのない爽やかな笑みに、やはり嫌味はない。怒鳴られることも覚悟していたのに、どうやらハルはフィンからの罵倒に近い言葉の数々に対し、怒っていないどころか好感まで持ったらしい。何故そうなると頭を抱えたいが、力強く両手を掴まれてはそれも叶わない。


物語から出てきたような美しい容姿、推定も自称も玉の輿に乗れる程の経済力、世間的に見れば大変魅力的に違いない。事実、それらの点に関しては、フィリスも素直に素敵だと思っている。

だが如何せん、19歳にして波乱に満ちた半生を送り、苦労の中にも自身の適性を見出だし自らの道を往く姉達を見てきた身だ。生半可な男などお呼びではない。


玉の輿願望があるにも関わらず、理想とする人物像が想定される人種におよそ相応しくないことが、彼女の婚期を遅らせつつあった。それは本人も自覚している。



「それに元々、僕は変わるためにここへ来た」

「あら、自分の変革すら他人頼りにするつもり?」

「っ……フィンは本当に容赦がないね。勿論、その労を君に強いるつもりはないよ。ただ、変わろうにもその舵取りすら今の僕には覚束無い。だから君には先程のように、僕の隣で叱咤していて欲しいんだ。愛しい君からの言葉ならば、それがどれだけの刺であろうと、糧にしてみせよう」

「……ああもうっ!危なっかしい!!」



堪えきれずにそう叫ぶと、掴まれていた手を無理矢理振り解き、距離を取る。最後の胃もたれするほど甘い言葉もそうだが、ここまでのやり取りを以てして、「照れたのかな?可愛いね」などと言ってしまえる人の好さもとい、自己肯定感もとい、正真正銘の育ちの良さが危なっかしくて仕様がなかった。

おまけにこの顔の良さだ、何時何処で性根の悪い人間に騙されたり利用されたりするか、わかったものではない。


再び、フィリスは悩んだ。エスティア領を治めるクラリス伯爵家の娘として、一人の人間として、この世間知らずのお坊ちゃんをどうするべきか。

しかし、結局のところ、本人に自覚はないがその面倒見の好さによって、彼女は頷くしかないのだった。



「恋人は無理だけど、友人としてなら、まあ……時々は会っても……」

「そうか!ありがとう、フィン!」

「そういう振る舞いはいらないから!」



頬への接吻を阻むべく壁にした掌に向かい、「そうかい?」なんて言いながら口付けられ、もしかしたらこの男は存外に強かなのではないかとの疑念を芽生えさせては、今度はフィリスが顔をひきつらせるのだった。



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