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本編4 雨降りの街ザザ1

 ◆


 ──人気の無い何処かの静かな夜の丘の上。夜風に靡く黒髪の長髪と頭に付けられた双葉の様なリボン。静寂の森から逃げ伸びたイヴ・イルシオンは生き残った殺戮人形達と味方が来るまで待機していた。


「レナ……あぁ、レナ・バレスティ。私は恋をしてしまった、アトラスフィア・ウルフでもない貴女に……何と罪深い……!!」


 眼帯を付けた黒き殺戮人形のイヴは両腕の無い体を捻り、踊らせる──くるくる、くるくると狂った様に──否、既に狂っているのか。


「斬る事に全く躊躇いの無いあの瞳……超越者めいた判断力……彼女は必ず私の手で……あぁ、今は手が有りませんでしたね」


 暫くすると、丘に上がってくる小さな人影が見えた。イヴより少しばかりか背の低い、フリルの付いたゴシックな衣装を着た子供だった。しかしその肩には重そうな機械の腕と軍刀を乗せており、それを軽々と運んでいる。


「……イヴ姉様ご機嫌。ステラ、メア様から新しい武器と腕と魔石、預かって来た」

「感謝するですよ、ステラ」


 ステラと呼ばれた子供は、静かな夜の湖の様な光の無い瞳でイヴを見つめ、首を傾げて金髪の長いツインテールを揺らす。

 感謝という言葉の意味が分からないのだ、その言葉を発する意味自体が。


「ケケ! ザマァネェナ、イヴ!」

「お前は後で握り潰すですよ」」


 ステラの肩に乗った小さな熊の人形が──喋った。

 イヴは紫色に輝く魔石を口に咥え、暫くするとフェンリスに消滅させられた筈の左腕が元からそこに在ったかの様に修復された。そして左腕で機械の右腕を持ち上げ、強引に右腕の付け根に取り付ける。こちらは完全に修復されるまでに時間が掛かった。その間に魔石の光は失われ、元から無かったかの様に石自体が消失した。


「全く……こんな物で治っちまいやがるなんてとんだ糞っタレな体なのです」

「何で……? 凄く、便利。不満? 良く、分からない」


 ステラは感情のあるイヴの事が理解出来ないでいた。彼女もまた感情の無いホムンクルスの殺戮人形なのだ。


「イヴ姉、敵は、ザザの街へ向かう予定。一緒に迎え撃つ」

「ナイトメア・カノンが無いのが痛いですね、私は本来狙撃型なのですよ。私があれが無いと楽しくありません。なのでステラ、一人で殺って来て下さい?」


 ステラは姉が何を言ってるのか本当に分からなかった。殺戮人形の身で無くとも分からなかっただろう。彼女が判断すべきは──裏切りか否か。


「イヴ姉様──」

「私はいつでもメアクリス様の事を想っているです。私達はそう創られているです。なので、疑いの余地はないですよね、ステラ・イルシオン?」


 イヴがステラの耳元で囁く。ステラに疑いの余地はなかった、メアクリスの『存在の力』によって動く自分達は感情があろうと逆らえない筈なのだ。


「分かった、私、一人で行く」

「ステラは物分かりの良い、いい子ですね、よしよし」


 イヴは生身の左腕でステラの頭を撫でる。


「生き残りの下っ端ホムンクルス共は全部連れて行って良いですよ、良い戦果を期待してるですよ」


 ステラは頷くと、総勢300程の小型殺戮人形を引き連れ、雨降りの街ザザの『救命の杭』へと向かった。


「さて、まだ私は完全に自由の身とは行きませんか。どう動くとしましょうかね? ふふ」


 ◆


 獣戦士団ランページ一同は、ミスティカの街の川辺のキャンプに貼ったテントの中で一晩を過ごし体を休めた。日が昇り、暫くしてから朝食を取り、それから銀製の武器およそ300本を戦士達で馬車の積み荷へと運んだ。後の戦いに備える為に追加で武器の注文もしてある。レナは朝に祖父のエメスへの挨拶を済ませた後、馬車へと戻った。

 そして『雨降りの街ザザ』への行軍が開始された。シエラは辿りつくまでの間、銀製の武器の積まれた馬車に乗り『退魔のルーン』を武器に刻み続けている。


「銀製の弾丸か……やはり鉛玉とは輝きが違う。売ればいくらになるか……いや、勿体ないな」


 シェリルは既に『退魔のルーン』が刻まれた自前の銃に弾丸を込めつつ銀の輝きにうっとりしていた。


「へぇ~、何だか意外。光りものに興味があるんだね。似合ってるけど」

「男にそんな物は必要無いぞシェリル、撃って当たりゃいいんだ、んなもん」

 レナとヴォルフがそれぞれの感想を漏らす。

「あ、あぁ。こう言う貴重な物が目の前にあるとつい、な」


 シェリルは、しまったとばかりにカシャカシャと銃弾を手早く詰め込み気を紛らわす。


「そういえば私には『退魔のルーン』刻んだ武器くれないんだって、何でだろ?」

「そのイヴ・イルシオンの軍刀には何か仕掛けがあるのかもな、俺も良く分から無ぇが」

 ──その後の道中のシェリルはザザの街に居るシスターやスラム街の仲間達の事を心配して、心ここに在らずといった具合で銃を弄ってはずっと見つめていた。


 ◆


 ──雨降りの街ザザ。

 耐水性の強い素材で出来た建物や水路の強化等はしてあるが、度重なる雨に寄る老朽化の進み具合は増すばかり。人口も少なく、治安もあまり良くない。何か法的問題を起こし隠れ潜む者や、単に静かに暮らしたい者。あまり前向きな理由でここへ住もうと思う者は居なかった。

 しかし水を確保出来る事に関しては大変貴重な土地であった。湿った空気にパラパラと降る小雨。今日はまだ雨の量が少なく足場も悪くない──。

「よし、全軍止まれ!」


 石畳の床に大勢のランページ獣戦士達の足音が重なり止まる。


「? シエラが降りて来ないな、ちょっと見てくれくれないかレナ」

「了解ですヴォルフ戦士長!」


 レナは妙な胸騒ぎがしつつもシエラの乗った馬車に身を乗り出し覗きこむ。

 そこには寝息を立てて横になっているシエラの姿があった。


「シエラったら、頑張り過ぎたのか──な……?」


 レナはその時、以前エメスの武器工房でシエラが『退魔のルーン』を刻む瞬間よりも何十倍もの違和感を感じた。

 ──胸が苦しくなる。


 (なに……? 何か物凄く不安になった……それにこれは、悲しい?)


 この時ばかりはレナも考えざるを得なかった。

 違和感の正体の可能性を考える……ふとシエラが刻印し終わったであろう武器の入った箱の中身を見てレナは推測した。


「……私は何て馬鹿だったんだろう……」


 レナは不安になりながらもシエラに触れてシエラを起こした。


「……ふあ……あ、レナさん!? ごめんなさい、ちょっと疲れちゃってたみたいで」


 良かった──と言う言葉をレナは呑み込み、代わりにシエラに違う言葉と気持ちを伝える。

 レナはシエラの両手を優しく手に取り、深い緑色の目を見つめる。


「シエラ、一人で抱え込まないで。もっと私を……私達を頼って」

「レナさん……?」


 私はレナが見た事の無い、とても悲しい顔をしていたので、何かあったのかと思い、思い当たる節はあったがあえて誤魔化した。


「そ、そんな……私は皆さまにはお世話になりっぱなし……で……」

 (そんな……悲しそうな顔をしないでください……)


 レナは恐らく気付いている。『存在の力』で『刻印』を行うと私の生命力が少しずつ落ちると言う事に。それなのに私が誤魔化したりしてても怒ったりしない。ただ私の事を心配して、悲しんでくれている。


 (……この子は本当は寂しがり屋で──とても優しい子なんだ)


 私はひとつ緊張を交えながら、絆を繋ぐ為の言葉を紡ぐ。するとレナは両腕を伸ばしながら、約束の言葉を添える。


「忘れない友達でいよう」


 二人は確かな言葉と、約束で繋がったのだ。まるで木と木の幹が絡まり合い支え合うかの様に──。


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