本編3 鉱山都市ミスティカ
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──鉱山都市ミスティカ。
水晶花や所々の岩に埋まった鉱石が目立った美しい都市。夜の水辺の近くには鉱山ホタルも生息しており幻想の世界をさらに演出する。この地域では多種の鉱石が採掘され、力自慢のハーフブラッド達が多く働いている。
レナ達の馬車が着く頃には日は沈みかけ、丁度夜になろうとしていた。馬車からランページ隊員達は全員降り、街からほんの少し離れた川辺の近くにキャンプを張り始める。それから皆を集めた後、ヴォルフは皆に号令をかける。
「先日の静寂の森での行軍の疲れもある! 今日は皆ここで体と心を休めて明日に備えてくれ! 武器を運ぶのは明日にする!」
ヴォルフはシエラの傍へと歩き話しかける。
「悪いがシエラ、今から武器職人の所へ行く。今出来ている銀製の武器にルーンの刻印が可能か確認を頼みたい」
「分かりました、行きましょう」
シエラは頷く。
「私とシェリルも行くよヴォルフ戦士長! エメスお爺ちゃんの所に行くんでしょ? 久しぶりにお話ししたいし!」
レナも同行の意志を主張する。
「それなんだがな、どうも大の男が若い女三人一緒に行動している事が気になる奴がいるらしい。さっきそういう噂が流れていると聞いてな」
「俺は男だぞ……何だかややこしい事になってないか?」
「な、なんだと……?」
ヴォルフはとんでも無い物を見たという目でシェリルを凝視した。
「あ、鉱山ホタル! あそこ! 綺麗だよシエラ!」
「わ、本当ですね! 私、初めて見ました!」
レナは話の輪からわざと外れる様に、いつの間にかシエラと川辺の傍の草むらにしゃがみ込み、ホタルを眺めている。
「ま、まぁそう言う事なら同行しても構わないぜ、悪かったな勘違いして……」
「いや……ヴォルフ戦士長は悪くない、あそこでホタルに目を逸らしてるレナが全部悪い。それよりも俺はアンタに対して敬語であるべきなんだろうが、直した方が良いだろうか……」
「意外に真面目だなシェリル。俺は堅い事は気にし無ぇ、タメ口で接して来る部下も少なく無ぇしな。とりあえずレナは置いていくか。おい、シエラ! そろそろいくぞ!」
「あ、はーい」
「あれぇ!? みんな置いてかないでぇ!?」
三人は武器工房へ向けて歩きだす。
距離を置いて後ろから尾行するレナなのだった。
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「エメスの武器工房」と書かれた大きな工房に三人と一人は入って行った。入口の辺りにはあらゆる武器や防具、包丁等の雑貨までが棚に並んでおり、素材ごとに分類されている。天井には花を摸した照明がぶら下げられておりお洒落なインテリアの店とも言える内装だった。
「凄い……綺麗……」
シエラが感嘆の声を漏らす。奥のカウンターに三人は辿りつき──チリンチリン。と置いてあるガラスの呼び鈴を鳴らした。
すると、シエラよりも少し背の低い程の人間の純種の老人が歩いて来た。
「おうおう、ヴォルフじゃないか、それに綺麗なお譲ちゃんが二人……両手に花じゃの」
「俺は男だ……」
「なに!? ほおぉ~、天が性別を間違えたのかと疑ってしまうのぅ」
「お前苦労してるな……」
ヴォルフが少し疲れた顔のシェリルの肩に手を置き労う。
「久しぶりだな、エメスの爺さん。早速で悪いんだが、頼んでいた物はどの程度今揃っている?」
「せっかちじゃのぅ、まぁ事情は察するがの。ちょっと待っておれ」
その銀製の短剣をヴォルフは受取り、シエラに渡す。
「こいつに退魔のルーンを刻めるか?」
「今からやってみますね」
シエラは意識を集中し、存在の力を指先に集中し武器にルーン文字を刻み始めた。
(ふふふ……私の尾行スキルは完・璧!)
……レナは店のドアを半開きにして中を覗きこんでいた。
(ん? 何やってるんだろアレ……シエラの指先が光って……)
──それを見ていたレナは何か僅かな違和感を感じた。
(なんだろ……気のせい、だよね)
「そういえばレナはどうしたんじゃ? いつも一緒だったじゃろう」
「何だ? やっぱり可愛い孫娘の事が気になるか爺さん?」
ヴォルフのその台詞にシエラとシェリルが驚く。
「ご家族の方だったんですか!? すみません全然気付かなくて!」
シエラは頭を下げるとエメスは慌てて心配した。
「天狼の巫女様が私の様な爺に頭を下げるなど……むしろあの弾丸娘がご迷惑をおかけしてないか心配ですぞ」
「いえ、レナさんには本当に助けられてばかりで……命を救って下さった恩人ですし」
エメスはそれを聞いて驚いた顔をしたが、ふと外の窓の方を眺めてから息を吐くと落ち着きを取り戻した。
「そうか……あの子は勉学はからっきしだが、天性の勘を持ってるからのう。人の役に立てたか……なによりじゃ」
「あの、私達、レナさんの事あまりよく知らないんです。宜しければお話を聞かせて貰ってもいいですか?」
「……あの子は貴女様に気に入られておる様じゃの、分かった。店の奥に来客用のテーブルがある、そちらで話すとしましょうぞ」
シェリルも付き添う事に同意し、ヴォルフも護衛も兼ねて同席する事にした。
四人はテーブルの席にそれぞれ着くと、エメスはレナの子供の頃の話を語り始める──。
◆
レナ・バレスティは西の街、シルフィードという街で生まれた。優しげな花が年中咲き、心地よい風が広がる草原に吹き抜ける大変住み心地の良い地域だ。レナの父はその街の剣術道場を営むエメスの弟子であり、母はエメスの娘であり、剣士だった。
レナは大人しい子だった。ぬいぐるみをいつも両手に抱え、部屋に閉じ籠りがちで何か外には怖い物が潜んでいると感じている様だった。
だが八歳頃になり、剣術を学び始めてから外の世界にも興味を示し始める。
友達とも外で元気に遊ぶようになった。
──しかし、そこで問題は起こった。
「この子、私達と違う。何か、違う!」
突然レナはある子を仲間外れにし出して大喧嘩をしてしまったのだ。レナの両親も子供達と親に謝りに出向き、怪我も大事には至らなかったがレナが納得するまでは時間が掛かった。
それからレナの明るさは増し、細かい事を気にしない朗らかで行動力のある元気のある女の子へと育って行った。代わりに部屋に山積みになっていた難しい本は読まなくなった。昔の自分と重ね合わせて感てしまうのか、人がどう思っているのか悩んでいる子を見つけると気にかける事もあった。
「あなたが不安に思ってる事を私が吹き飛ばして上げるよ!」
レナはそう宣言すると、ライトブラウン色のミドルヘアーと頭のサイドリボンを揺らしながら草原を全力疾走し、坂道を転がって行ったのだ。呆気に取られながらその姿を見てた子にレナは近づきこう言った。
「ね? 何考えてるかぜんっぜん分かんないでしょ?」
レナは何事も体を張って先陣を切り、持ち前の勘の良さで問題を事前に解決しながら突き進んで行った。一三歳の時点で「バレスティ一刀流」を皆伝する。
皆は驚きこそしたが才能だけに寄る物ではないと評価していた。彼女は常軌を逸する程に努力したのだ。何かに突き動かされる様に、何かに負けない様に──。
◆
「その後、俺が直々に道場破りに乗り込んだって訳よ」
ヴォルフがエメスの話を引き継ぐかのように口を挟んだ。
「え! それって大丈夫なんですか? レナさんにお怪我とかは!?」
シエラはテーブルに身を乗り出してヴォルフに顔を近づける。完全にレナの昔話の世界に吸い込まれていた。
「お、落ち付けよシエラ……まぁかなりの激闘だったぜ? ただ……」
「ただ?」
静かに聞いていたシェリルが、目を閉じて昔を思い出そうとしているヴォルフに続きを聞こうと促した。突然ヴォルフの両目が──カッ! と開き口を開けた。
「あいつ滅茶苦茶楽しそうでよぉ!! 俺まで楽しくなっちまって、道場がズタズタになるまでお互い張り切っちまった、ははは!!」
ヴォルフが豪快に笑いだした。余程楽しい思いだったに違いなかったのだった。
「それでどっちが勝ったんだ?」
「結果は俺が勝った!!」
まるでこれを言うのが生き甲斐とばかりに親指を立ててヴォルフは答えた。
「まぁ、その後道場の修理代は俺が払って、その上でレナをランページへスカウトしたって訳よ」
「成る程! お二人の親しい間柄はそこから始まったんですね、羨ましいです……。それと、気になった事があったのですが。エメスさんは何故、現在は鍛冶工房の仕事についたのですか?」
シエラがエメスに興味津津と言った様子で問いかける。
「……それはレナに頼まれたからじゃよ」
「……え?」
シエラとシェリルは理解が追いついていない様子だった。
「娘と婿殿に後を継がせるには十分だったしのう。ワシもこの街での鍛冶には興味があった。レナは良い機会をくれた、感謝しておるよ」