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本編2 中央都市エミーリア2

 ◆


 レナ達は少年の盗んだバッグを『犯人は捕まえられなかったがバッグは取り返した』と言い持ち主に返した。その後、半ば強引に近くの落ち着いたカフェに入り注文を始めた。


「私はウルフティーで!」

「えっとえっと……じゃあアトラスフィアホットミルクっていうのを二つ」


 ウェイトレスがカウンターに戻って行った後、レナとシエラに少年は疑問を投げかけた。


「何故、俺を拘束しない? お前達なら簡単に出来る筈じゃないか?」

「だって、あなた殺気の欠片も無いんだもん」

「あなたはとても良い人です、私には分かります」


 レナは足をぶらぶらさせてリラックスし切っているし、シエラはシエラで両手を合わせて朗らかな笑顔で少年に話しかけている。少年は『何だこいつら』と内心呆れつつ少し狼狽えていた。注文した品がテーブルに運ばれる。


「はい、これはあなたの分ですよ。ホットミルクは落ち着きますよ?」


 シエラは暖かいミルクのカップを差し出し少年は少し警戒しつつそれを受け取る。


「そういえばあなたのお名前は何と仰るのですか?」

「シェリル・クリスフォードだ。歳は16、生まれはザザ」

「私たちと同い年ですね! ザザですか、雨の良く降る街で有名ですよね」

「全部嘘だけどな」


 シエラの「え?」と慌てた顔を見て少年は少しほくそ笑んだ。


「名前は教会のシスターにつけて貰った名前、歳は知っている人が居ないからただの予想。生まれも知らない。種族は人間の純種みたいだけどな」


 ザザはアトラスフィアの中央都市エミーリアから割と外れにある裕福とは言え無い街だ。そこには旧神、メアクリスを崇める者たちが唯一居るという噂で、異教徒が潜んでいると危惧されていた。


「そこって杭が刺さった場所に一番近い街みたいだね……近い内に私たちも向かわないとだね」

「杭? 杭って最近空から降ってきたっていう馬鹿デカい石柱の事か?」


 感情を余り見せて来なかったシェリルだが、少し焦りが垣間見えた。それを見たレナはふと思いついたように、一つの提案を持ち掛ける。


「ふふふ、シェリルよ。全てを知りたくば我ら『ランページ』の仲間となるが良いー!」


 勢いよく良く両手を広げてレナは勧誘を始めたのだった。


「それは良い考えですね、レナさん!」


 シエラが朗らかな笑顔で即同意。


「お前たち、俺の話聞いてたか? いくら何でも唐突過ぎるだろ……」

「私には未来が見える! あなたがこの星の勇者となり悪を成敗する姿が見える!」

「マジで言ってるのか……俺は盗み人だぞ」


 立ち上がり握り拳でグッ。とガッツポーズをとるレナ。その立ち振る舞いは果たして天才か狂人か──。


「レナさんの勘で私も助けられましたしね!」


 シエラはそんなレナを信じ切っていた。


「まるで新手の宗教の教祖と信徒の勧誘だな……まあ俺も似た様な事はしてたけどな」

「おぉ! あなたは神を信じますカー?」

「信じる訳がない、エストラの神は敵だろ」


 レナのボケに大真面目にシェリルは回答する。そこでレナは突っ込んだ質問をした。


「でもシェリルはエストラの神の教会の信徒の勧誘をしてたんじゃ無いの?」


 その言葉に反応したシェリルはレナを睨みつける。


「……だとしたらどうする」

「だとしても勧誘の意志は変わらないよ! ま、どんな行動にも道筋があるものだよ! 私は石を投げるより話を聞くよ!」


 ……レナは全く動じずに勧誘を続けた。シェリルは目をぱちくりさせてからフッ。を柔らかい笑みを浮かべた。レナを見るシェリルの目が変わっていく。


「お前、やっぱり変わってるな。ま、レナの行動に道筋は全く感じないけどな」

「わーい名前で呼んでもらっちゃった! って私ちゃんと考えてるよ!」

「嘘は良くないぞレナ。お前勉強苦手だろ」

「なにぃ!? どうして分かったの!?」


 二人が急速に打ち解けて行くのをシエラはワクワクした目で見つめていた。肉声を使う会話には相手との駆け引きが必要で、それでいて楽しいという事をシエラは感じ初めていた。


「別に俺は身の上話に抵抗がある訳じゃない。俺を勧誘するのならしっかり聞け。それが筋ってやつだろう」

「イエッサー!」


 そんな二人を見てシエラはくすくすと楽し気に笑うのであった。


 その後シェリルは自分の過去について淡々とした口調で語り始める。

 赤ん坊の頃に異教徒の教会の前で毛布に包まれ捨てられていた事。

 その教会のシスターが母親としてシェリルを育てた事。

 教会には寄付などが集まらず貧しい生活を送っていた事。

 スラム街で出会った仲間達と盗みを働き、生活を維持していた事。

 多くの仲間の生死を見てきた事。

 レナとシエラはその話を真摯に受け止め、謝罪した。

 アトラスフィアという小さな星の中であっても守り切れなかった命に対して──。

 そこでシェリルはシエラが天狼の巫女である事を知る。

 色々と悩む所もあったがシェリルはレナの勧誘を受ける事にした。

 レナとシエラはシェリルにこれまであった事、これから起こり得る事を伝える。

 話を聞いている内にシェリルの中の危機感が上がり始める。


「こんな所で俺なんかを勧誘している場合じゃないだろう! 早く動かなければ!」


 机を握った両手でテーブルを両手でどんと叩き、真剣な眼差しで怒る彼を見たレナは、自分の目に狂いはなかったと感じた。


 ◆


 レナ達は調達した乾燥肉やらパンやらを運んだ袋を運び、ランページ獣戦士団の本距地へと戻った。


「今までどこほっつき歩いてやがった! ん……? そこの綺麗な嬢さんは誰だ?」

「俺はおと……」

「遅くなり申し訳ありませんヴォルフ戦士長! この者はシェリル・クリスフォードと申します! これから熱き正義の心を持つ新たな若きランページの戦士となります! 是非我々の作戦にご同行の許可をお許し下さい!」


 シェリルの言葉を遮りつつ、レナは戦士らしいはっきりとした口調で意を伝えた。

 簡略してシェリルの経歴等も伝えた。


「勘のいいレナが推薦するんならそれなりの能力は持ってそうだな。人員不足で困ってはいるが、仮試験は受けてもらうぜ」


 ヴォルフはシェリルの方を向き、手の平を組んでボキボキと慣らし始めた。シェリルはレナ達と比べるとまだ背丈は高いが、ヴォルフと比べると大抵の相手は小さな子供の様だ。


「一つ目の試験は簡単だ。そこに動かずに立っていればいい」

「分かった」


 ヴォルフは全身の筋肉を使い、巨木さえも折れ曲がりそうな剛腕の一撃をシェリルの顔面へ向けて放つ。その拳から放たれた空気圧はシェリルの髪の毛を大きく揺らした。


「ほぉ……ほぼ動いて無ぇな」


 シェリルは度胸試しには自信があったが、ヴォルフの圧倒的な迫力と威圧感に負けて体が無意識に動いてしまった。


「……これは不合格か? 恐怖で体が動くとは思っていなかった」

「それはお前さんが『生きたがってる』からだぜ、死にたがりを入れる気は無かった、合格だ」


 野次馬で見ていた戦士達から歓声が上がる。ヴォルフは気にせず次の試験を進める。


「お前さんにとって大事な物はなんだ? 順に三つ答えてくれ」

「一番大事なのは愛だ」


 シェリルの意外な即答。それを聞いたレナは焦りを感じた。

 ヴォルフは良く「愛だ正義だのすぐに抜かしやがる奴は信用出来ねぇ」と自分に良くぼやいていたからだ。


「ほう……? お前さんの愛とは具体的にどういう物で出来てるんだ?」

「具体的には今そこの荷馬車に運ばれている干し肉の様な物だ」


 それを聞いていた皆は目が点になった。シェリルが何を言っているのか良く分からかったのだ。

 ヴォルフは何だか長くなりそうだと予想した。

「え? あぁ……干し肉が何だって?」

「俺が最も信じる物は、動かない物だ。それでいて俺達に恵みを与えてくれるもの」

「それがお前さんにとっての愛と言う訳か。なるほど……それで二つ目は?」

「……仲間だ」


 この回答はヴォルフにも受けが良かった。仲間意識はこの組織では最も重要になる。協調性が無ければさすがにヴォルフは戦士団に入れる気は無かった。


「三つ目は?」

「三つ目はそうだな……」


 ふとシェリルはシエラの方を見る。


「……」

「どうしたんですか、シェリルさん?」

「へぇ~~?」「ほぉ~~?」


 レナとヴォルフはニヤニヤしながらシェリルの方を見て笑いだした。


「まだ何も言って無いだろ! ……俺はこれでも真面目に……」

「いいねぇ、若者はそうでなくちゃな。いいぜ、お前さんは合格だ、ただし後方支援部隊の見習いからだ。仮試験じゃ採用出来るのはそこまでだ」


 ヴォルフは一先ずランページ後方支援兵(仮)としてシェリルを合格としたのだった。


「そろそろ出発前にランページの号令がある、お前達も参加するといい」


 ◆


 エミーリアに終結したハーフブラッドの獣人と、純血の人間の戦士達、およそ1000。アトラスフィアという星はエストラの星と比べて何十倍も小さい。人口もそれなりに少なく、狩りとゴロツキ程度にしか戦う相手が居ないので戦士ともなるとさらに少ない。

 王が存在しない代わりにアトラスフィア・ウルフという守護者が存在し、その守護者を補助する役割であるのがランページという組織だ。

 しかし、アトラスフィア・ウルフはほぼ全滅しており、自分達、人間とハーフブラッドが主役として立ちあがらなければならない。

 ヴォルフ・ファングは雄々しい赤色の狼の獣耳を揺らし、黒金の鎧を木造の壇上へと登る。

 場が──しん。と静まりかえるとヴォルフは激励する。


「知っての通り、俺達は天狼の巫女様を護衛し、『救命の杭』根元まで辿り着きサポートする事が任務だ。エストラの人形共の妨害も予想される。奴らはこの星に大勢潜んでやがる。しかも腹も減らねぇし体力も減らねぇ、相当厄介だ。奴らが直接、住民を傷つけない様にしてるのは、杭の力で具合のいい養分にする為だろう。そして……それは絶対に阻止すべき事だ!!」


 一度大きく息を吐くと、ヴォルフはある人物を皆に改めて紹介した。


「作戦をこれより伝える。俺からじゃねぇ、天狼の巫女様からだ。脳に焼きつけろよお前ら」


 シエラが壇上に上がるのは敵に狙われやすい為危険だが、ランページで最も勘の鋭いと言われるレナが傍についている。

 二人は壇上へカツン。カツン。と音を立てながら上がる。


「私は天狼の巫女、シエラ。皆さま、この度はお力をお借りする形となりますが宜しくお願いします」


 ──戦士達は騒ぎ立てる訳でも無く静かに見守っている。


 彼らはシエラ達一族を信じ、誇りを受け継ぎ共にこの世界を守ってきた同志なのだ。


「まず、ミスティカの街へ行き、銀製の武器を調達します。銀の武器は救命の杭から現れる魔物に数倍の効果を及ぼすからです。そしてその効果をさらに引き上げる為に皆さまの武器に『退魔のルーン』を刻ませて頂きます」


 シエラはこの世ならざる者への対策である『退魔のルーン』の効果や杭についての細やかな情報、戦士達の戦闘スタイル毎の対魔物戦における対策等、みっちりと説明した。さらにはアトラスフィアにはまだ切り札が残っている──とシエラは宣言したのだった。


「驚いたな……これが天狼の知識か」

「これなら俺達勝てるかも知れねぇ!」


 後手続きの戦況だったが、皆から希望が沸き上がる。ヴォルフは最後に皆にもう一度激励を飛ばした。


「俺達アトラスフィアの民は誇り高き絆を持つ家族! 卑劣な奴らに屈するな、喉を食いちぎってやれ!! ──以上だ」


 ◆


 ──そして、馬車にヴォルフ、レナ、シエラ、シェリルが乗り込んでミスティカの街へと出発した。


「わぁー、凄いです皆さん! お馬さんが頑張って私達を運んでくれてますよ!」


 シエラは初めての馬車体験。白い尻尾をパタパタと左右に振りながら、窓から顔を覗き込んで流れる景色を眺めている。


「さっきまで指揮官真っ青な作戦指示を出していた娘とは思え無ぇな……」

「シエラって凄いんだな、見直したよ」


 ヴォルフとシェリルはそれぞれ感想を漏らす。


「うーん、絶景だねぇー♪」


 レナは景色を見ずにシエラの揺れる尻尾を後ろから観察しながら感想を述べた。


「親父かお前は!」


 ヴォルフがすかさず突っ込みを入れる。馬車は賑やかさを保ちつつ、ミスティカの街へと進んで行った。

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