最終話 シエラ・バレスティ
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殺戮人形達と剣を交えるランページの戦士達は壊れた教会の中に見知ったシエラの姿を見つけたかと思ったが、神々しさと存在感が圧倒的に違うと気付く。そしてシエラに対峙するのはエストラの神メアクリスと自分達の新戦士長であるシェリル・クリスフォード。三人共、並々ならぬ存在感を放っている。
「なんと美しい……」
三人の姿を見て戦士たちを指揮するマルファスは感嘆の声を漏らした。
「……俺を消す? やってみるといい」
シエラもシェリルもそれ以上は語らない。シエラはイヴのいる場所へと歩き出した。シェリルは敵から情報を得る為か、シエラの観察に徹している。
イヴは瀕死の状態で地面に倒れながらも新たな神であるシエラ・バレスティに顔を傾けその姿を目にした。
「ついに……やりやがったのですね、シエラは。私の希望もこれで成就された……くく、はははは……」
イヴはそのまま横たわりながら満足気な表情をしたまま目の光を失う。シエラはイヴの隣へと座り、イヴの頭を片手で撫でてからまぶたに手を当て目を閉じさせた。イヴはそのまま息を引き取った──。
「……イヴ、今の私ならあなたを理解する事が出来る。定められた運命に抗うその意志……私が引き継ぐ」
シエラはイヴの軍刀を拾い上げる。シエラを中心に急速に存在の力による場の支配が始まる。元はレナの能力であったがその展開速度と範囲は桁違いだった。支配領域から大量の存在の力と情報がシエラへと流れ込む。それと同時にシエラは『操作のルーン』が刻まれた小手である『ランティリット』から糸を放出し操り、その先端でルーンの刻印を刻み始めた。
「何なのかしらアイツは……どれだけ多くの存在の力と情報を取り込んでいるの? ……糸の能力も上がってるわね。シェリル、今のうちに奴を殺すわよ」
「……そうするとしよう」
シェリルは何故か少し間を置いてからしゃがみこんでいるシエラに向けて銀の装飾銃を撃つ──それと同時にメアクリスは『貫け!!』と短く声を上げ銃弾の力を底上げした。同時にシエラの床に描かれた『転移のルーン』は完成し発動する。シエラは既に鞘から軍刀を引き抜く構えを取っており次の瞬間、シエラの姿が消えメアクリスの目の前へと一瞬で転移した。
「──弧月斬」
シエラが軍刀を鞘から抜き放つ。しかしメアクリスの全身を覆った水の障壁は触れる直前に強化され刃の動きが鈍った。
「馬鹿ね」
弾丸を纏ったメアクリスの存在の力はまだ効力を失っていない。弾はシエラの背後で角度を変えてシエラの右肩を撃ち抜き凍結させた。
「私は『貫け』と言ったのよ? 私の命令は絶対よ。でも私を狙った事だけは褒めてあげるわ」
「……言いたい事はそれだけ? メアクリス」
「なんですって?」
「あなたの業は深すぎる……レナだった私の浅はかさが死ぬほど辛い。ここで消滅して貰う、私の全てを投げ打ってでも──!!!!」
シエラは自らの魂を燃やす。その命を生贄に自らの内に秘める存在の力を燃え上がらせ急速に体の熱を上げた。
「な……!! コイツ──!!」
「ハァァァアアアア──────!!!!」
シエラの肩の動きを止めていた氷は瞬時に蒸発し逆に燃え上がる。魂の炎は軍刀の刀身にまで伝いメアクリスの水の障壁を蒸発させる。強引に押し通した紅蓮の炎に染まった神への反逆の刃がメアクリスの腹に届き僅かに傷つけた。その傷口からシエラの魂の炎が燃え移りメアクリスの体を覆った。
「きゃあぁぁぁぁ──────!!!! 『炎よ、消えなさい!!』」
炎の勢いは収まる事を知らない。その火種は揺るぎないシエラの魂。さらにアトラスフィア全域からシエラへと送られた存在の力の全てが注ぎ込まれている。
「シェリル! シェリル──!! 早くこいつを仕留めなさい!!!!」
「撃っている! だがコイツに届く前に銃弾が蒸発している──くそ、化け物か!!」
シェリルはシエラの様々な箇所に銃を撃つがシエラは全く動きを止めない。シエラは上段に刃を振り上げ必殺の構えを取った。
「これで……終わりだメアクリス!! 千年の悪夢よ消えろ!!!! 狼牙月光斬────」
刃を振り降ろそうとした瞬間、シェリルはメアクリスを庇う様にしてシエラの目の前で両手を広げ仁王立ちした。シエラは一瞬判断が鈍った。シェリルが自分の意志で母親を庇ったと感じたからだ。シェリルは操られてはいない、しかし人を欺く人形として生きるという教育を受けて来た彼はとても悲しい存在だった。
メアクリスは我が子に無慈悲なる命令を下す。
「『シェリル、自らの魂を燃やしてでもこいつを止めなさい!!』」
シェリルは魂を燃やし始め、存在の力が跳ね上がりシエラの腕を掴み動きを止めた。それでもシエラの力が勝っており、炎でシェリルの手がジュウゥ。と焼ける音が上がる。
「邪魔しないで、シェリル・クリスフォード」
「……やはりお前は優しいな。 ……俺は感情そのものが人を狂わせ終わり無い絶望を生むと教えられてきた。人に愛は無く、使われる物にこそ愛が溢れている。俺はそれを信じて疑わなかった」
「……」
シエラはただの時間稼ぎかとも思ったが、何かが違う。シェリルの中で何か変化が起きていると感じ取った。シエラは今の変化がどういう結末を辿るかに目を奪われた。
「だがな、今のお前を見てると今の俺に虫唾が走るんだよ……一度殺した筈のお前がまた目の前に立っているなんてな。裏切り殺す事には慣れているが生き還るなんて事はこれまでに無かった。お前が現れた時に俺は感じてしまったんだ。『嬉しい』と。俺は自分に感情がある事に初めて気付き、初めて後悔した……一度お前を殺した事を」
シェリルはシエラの腕を握ったまま告白をした──。
「俺はお前の事が好きだ、シエラ」
「……え?」
彼が感情を持ったきっかけ、それは『恋』だった。しかしシエラはこの場でどこまで信じていいか分からずにいる。シェリルにとって今この時だけが自分の意志を証明する機会だった。彼は宣言する……神への反逆を。
「俺は今ここで人形を辞めるぞ母上!!!!」
シェリルの魂に意志の力が宿り、メアクリスの命令に抵抗をし言葉の呪縛を解き放つ──しかし。
「『汝、存在の血の刃となりて敵を殺せ』」
芽生え始めた彼の意志を抉り取るかの如く、メアクリスは呪いの言葉を放った。シェリルの体から突如、突き出た血の槍がシエラの体を貫いた。シエラの体から力が抜け、純白に輝く髪の毛がレナの元の髪の色であるライトブラウンへと戻り、そのまま血の槍に体の体重を預けぶら下がる。シェリルは頭を下に傾け、自分の腹から血の槍が出ている事に気付く。その時には全てが遅かった──。
「あはははは!! やったわ、炎が消えた!! ……まさかあなたが裏切るなんてねぇ!! でもぉ、まだ私への抵抗が弱い内に役に立ってくれたわねぇ!! 良かったわねシェリルちゃん、好きな子と一つになれて!!」
血の槍が消え、シエラとシェリルが膝を折り地に伏せる。二人の目には既に生気が宿っていない。
「……あらぁ? 二人とも魂を燃やした所為かもう動かないわねぇ? 魂が死んでるし、これはもう生まれ変わる事も無いし実験にも使えないわねぇ。それにしても……もうこの星にはうんざりだわ。消してしまいましょう」
メアクリスは青く光る黒い羽を舞わせて夜の空へと飛び去っていく。
──冷たい夜の風が吹き抜けた。ランページの戦士と殺戮人形の兵士たちの戦いが終わる。残っていたのはランページの軍だが、彼らは倒れている二人の英雄を見て絶望した。
◆
「これは……体はまだ生きてるが意識が無いですね……」
マルファスはシエラとシェリルの状態を確認するとすぐに後方支援部隊に担架で街の病院へと運ばせる。そして軍医により様々な薬品の匂いがする治療室のベッドで処置が行われ始めた。三時間が過ぎ、治療室から軍医が出て来た。マルファスは小柄な黒髪の少女と話していた。その時にマルファスは軍医から二人の容態を聞いた。
「治療は終わり体は生きていますが、意識が全く戻りません……原因は我々では解明出来ませんでした、申し訳ありません」
「そうですか……。藁をも掴む様ですが、今ここにいるキョウカ君が二人を治せるかもしれないらしいので治療室へ入れて欲しいそうです」
「は? しかしその子は最近配属されたばかりの新人でありまして……」
「言って聞かないのですよ。しかし今はそれしか頼る道筋がないのも事実です、連れて行きますよキョウカ君。治療室へ」
マルファスと一緒にいたのはいたのはキョウカ・フィナールだった。今は後方支援部隊に配属され、軍服を着ている。
「有難うございます、マルファス副戦士長!」
マルファスとキョウカと軍医は治療室の扉を開け、ベッドの上へ仰向けに寝たシエラとシェリルの前へと立った。
「天狼の巫女様……シェリル戦士長……なんて酷い」
「キョウカ君、彼らを救う事が本当に出来るのか?」
「触ってみないと分かりませんが……もしかしたら」
「分かった、やってくれ」
キョウカは右手をシエラの胸へ。左手をシェリルの胸へと当ててから目を閉じる。キョウカは『魂』を感じ取る事が出来た。
「二人の魂は半分欠けています。どちらかというとシエラさん……いえ、レナさん? の方が損傷率は高いです」
「魂? やはりその髪の色……レナ・バレスティなのですか? まぁ細かい話はこの際置いておきましょう。治す事は出来そうですか?」
「二人の魂を繋げ、補い合わせます。本来なら違う魂が混ざり合うと『魂の狂化』が起こるのですが、上手く補強し合わせると言いますか……」
「な、なるほど……? とにかく出来るのならばあなたに一任しますよ。私は神の奇跡やらに疎いですから……あなたの素性は後に聞くとしましょう」
キョウカは頷くとそのまま二人の魂の供給を開始する。
(レナさん……シイナお姉ちゃんを助けてくれて有難う。私にもあなたに出来る事があるならしたい……!)
◆
「ん……」
シエラは目を開けると白い天井が目に入った。コツコツ。と木の床を靴で歩く音がシエラの耳に入ってくる。
「目が覚めたか……良かった、シエラ」
そこにはいつもの無表情では無いシェリルの安心したかのような顔があった。シエラは目をぱちくりとしてから無表情でむくりと起きあがる。
「お、おい……まだ立ち上がるのは早……ぐはっ!」
シエラはシェリルの顎に軽いアッパーを放ち悶絶させた。
「ごめんなさい、シェリル。あなたの顔を見たら無性に殴りたくなってしまって……」
「美少年の顔を殴るとは……容赦が無いですねぇ、レナ。いえ、シエラ・バレスティー!」
前髪を垂らした金髪の眼鏡の男、マルファス。彼は両手を天に広げた大仰なポーズを取った。
「レナさん、お久しぶりです。具合の方はいかがですか?」
「あなたは……キョウカ・フィナールでしたね? 今の私の事はシエラと呼んで下さい。何で彼女がここに?」
シエラ・バレスティの言葉は前のシエラと似てはいたがニュアンスが違った。以前の様な気真面目な感じから変わり、軽快で明るい印象を皆は受ける。
「キョウカがあなたとシェリルの魂を繋ぎ合わせ、見事復活を成し遂げたのですよ! まさに奇跡ですねぇ、ファンタスティィーーック!!」
「……はい?」
マルファスの説明を聞いてシエラが固まる。信じられないと言った顔でキョウカの方を見た。
「本当の事です、私は存在の力が扱えます。固有能力は『転生』。生前はエストラに住んでいました。生前の記憶を引き継いで生まれ変わる事が出来ます。つまりその能力を応用してお二人の魂を行き来させて──」
「そっか……うんうん、なるほど……全然分かりません」
「えっとー……」
キョウカが頬をかいて困り顔で上手く説明しようとしている所をシェリルが口を挟む。
「つまり俺とシエラは……」
「聞きたくありません! むしろ死んでください!!」
シエラはシェリルの事を到底好きにはなれなかった。しかしシェリルはシエラの事を好いている。この関係が崩れる時がいつ来るのかは誰も知る由も無かった。
ふとシエラの眼を通じてフェンリスから連絡が入る。
『シエラ・バレスティ、無事だったか』
『無事な訳ないですよ! ……ところでアトラスフィアの切り札の事ですけど』
『メアクリスはエストラに帰った。使うのなら今が好機だろう』
『待って下さい。それではまたいずれ見つかってしまう。だから私は提案します』
皆から見てフェンリスと話をしているシエラは眼を開いたまま固まった状態だ。
「どうしちゃったんですか? シエラさん。まさかどこか具合でも悪いんじゃ……」
「恐らくフェンリスと意識共有しているんだろう」
しばらくして、シエラは自分の着ていた服をキョウカから受け取り、出かける準備をした。カーテンを開き、朝日を部屋に取り込んでいるシエラにシェリルは問いかける。
「これからどうするつもりなんだ? シエラ」
シエラ・バレスティは皆の方へ振り向きライトブラウンの長い髪と純白の白いマントを靡かせながら宣言する。
「──エストラを潰す」
評価は知り合いの方が入れてくれた物ですし、感想など全く無かったのがとても残念ですがこれで第一章は終了です。今はマグネットの方のサイトで優先的に更新しています。




