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本編17 神への反逆


「メア…クリス様……」


 レナは救いを求める様にフラフラとメアクリスの方へと歩き出す……絶望の中に光を見つけたかのように。操らかけているのは誰に目にも一目瞭然だった。


「レナ! 駄目です……! 操られては──」

「『レナ以外は黙って動かず見ていなさい』」


 メアクリスが声に存在の力を込めて命令をした。その言葉はレナとメアクリス以外の全員を強制的に束縛した。


(私の抵抗力が下がってて体が動かない──声も出ないし目の力も使えない。このままじゃ……!)


 シエラは必死に解決策を考え思考を巡らす。レナがメアクリスの前へ両手をついて倒れ込み、その後両手を合わせて祈りを捧げるポーズを取る。


「長い間辛かったわね、レナ。八年間もの間、私の姿の神像を作って熱心にお祈りしてくれていたのね。気付いてあげられなくてごめんなさい? お詫びに沢山これから可愛がってあげましょうね」


 イヴはメアクリスにレナの大切な物が神像である事を報告していなかった。メアクリスは最近のイヴの事を不審に思っていたのか、自ら情報を仕入れてここに来たと思われた。

 メアクリスはレナの頭を片手で優しく撫でる。それだけでレナは幸せに震えあがり、自我が消え去りそうになった。ふと周囲に刺激臭が立ち込め、すぐに皆はその理由に気付いた。レナが失禁したのだ。


「ふ……あは、あはははは! 撫でるだけでこの有様! 素晴らしい信仰度だわ! ふふっ、あんなに恨めしかったレナが今はとても可愛く見えるわ」

「め、メアクリス様……ごめんなさい、ごめんなさい」


 涙目になりながら羞恥心に顔を赤く染め上げるレナの姿は最早、幼い子供の様だった。場が異様な空気に包まれる。メアクリスの言葉の力だけでは無い、レナには確かなメアクリスへの深い信仰心が刻まれていた。その所為かメアクリスの言葉の影響を受け易くなっていた。


「はぁ~……この子をどう改造しようかしら? 人格を全部消去して私好みに作り上げるのもいいわね? ん~、でも一瞬で終わるのもつまらないから私が飽きるまでは、少しずつ少しずつ、大事なモノを削り取って純度の高いお人形にしていくのがいいかしらぁ?」

「シエラだけは、シエラだけは失いたくないです! 私が説得致しますから!」


 レナは下から見上げて自らの神に懇願し始めた。


「あらぁ? やっぱりまだ従順さが足らないみたいね? まぁいいわ、最後のチャンスをあげる。シエラ、口を開く事を『許可』するわ」


 そう告げられるとシエラを束縛していた言葉の効力が一部失われた。シエラが先に口を開く。


「……レナ、どうして私に相談してくれなかったのですか?」

「話してもシエラなら受け入れてくれるとは感じてた、でもシエラが私を心配して苦しむのも分かってた。だから話さなかった」


 レナはやはり一歩先の事を常に捉えていた。仮にレナの言葉を否定しても納得はしないだろう。


「私はアトラスフィアを守る為にこれまで戦ってきました。そんな中で私にも初めてレナという大切なお友達が出来ました……でも、その私の命も残り僅かです。こんな私でも使命に従うだけの生ではなく、少しばかりの自由があってもいいのではないか、今はそう思っています」

「シエラ……?」


 レナはシエラの真意が読み取れ無かった。それはレナの知識の中に含まれていない事だったからだ。


「私はレナの物になります。レナと交り合ってもっと理解し合いたい」


 それを聞いていたメアクリスが笑いを堪え切れずに口を挟む。


「何それぇ? プロポーズのつもりなのかしら! シエラってば案外大胆なのね! ……分かったわ、それなら私の女神像がこの教会の中にあるでしょう? 『両手をあげながらこのままこの部屋を出て女神像の前で跪いてお祈りして来なさい』。心から服従する意志を込めて祈ればレナの体にあるのと同じ烙印が胸に刻まれるわ。ちゃんと言われた通りに出来るかしらぁ?」


 シエラは全く抵抗する気配も無く歩き、女神像の前で跪き、祈りのポーズを取った。それを後ろからメアクリスは眺めている。二人の存在の力を扱える奴隷の誕生の瞬間を前にメアクリスは油断をした──。


『今です──お父様、イヴ!!』


 シエラがアトラスフィア・ウルフの特殊能力である『意識の共有』を使って呼びかけた。その時、イヴ・イルシオンが軍刀を構えて背後を向いていたメアクリスへと駆け、必殺の突きを放つ。イヴがメアクリスの言葉の呪縛を受けずに行動出来た理由、それは『意識の共有による遠隔操作』だった。イヴはここに来た時から既にシエラ達と情報共有を済ませて作戦を打ち合わせてあったのだ。今、イヴの体を操作しているのはここから離れた場所にいるフェンリスだった。


「──古き主メアクリスよ、その命貰い受ける」


 ──パァン!!

 乾いた銃声が教会内に木霊する。その刃はメアクリスに到達する事は無かった。イヴの小さな体は銃弾に貫かれ、床に伏せた。銃を持っているのはシェリル以外にいない。


「ざーんねん。惜しかったわねイヴ。いえフェンリスだったかしら? 切り札の一つや二つ持っていない事には神なんて名乗れないものね?」

「何故シェリルが!? メアクリス!! よくも──!!」


 シエラは最後の力を振り絞り、メアクリスの呪縛の力に抵抗し『雷のルーン』の刻まれた二本の双剣を投げ放った。双雷となった二本の刃はそれぞれ不規則な軌道を描きながらメアクリスを襲う。


『地に堕ちなさい』


 メアクリスがそう言葉を発すると飛来して来た二つの短剣は床へと突き刺さって落ちる。しかしそこから抵抗するかのように二つの短剣は跳ね上がり、メアクリスへの心臓を目がけて襲いかかる。短剣の柄の尾に存在の力が込められた操作可能な糸『ランティリット』が括りつけられて勢いが落ちる事も無くさらに遠隔操作可能であった。

 ──ズブリ。と剣が突き刺さる。しかし刃の止まった位置はメアクリスの胸に届く寸前の手前。


「く……障壁……ですか」

「良く頑張ったわねシエラちゃん! 惜しかったわねー! でも詰めが甘いわね? あなたも障壁くらい常に展開してたと思うけど、私のは電気を通さない『純水』の障壁なのよね」


 メアクリスは称賛の拍手を送る。そしてその後に送られる物は──無慈悲なる死刑宣告。


「残念ながらあなたは予定通り死んでもらうわ。『そこで何もせずに立っていなさい』。さぁ、私の可愛いシェリルちゃん、彼女を永遠の『愛』にしてあげて?」

「分かった、母上」


 メアクリスがシェリルに口で命令を出してはいない。その疑問をシエラが口に出す。


「何故シェリルが……何をしたんですか、メアクリス!」

「あらぁ、今の聞いて無かったの? シェリルちゃんは実の私の子供よ? 言葉なんか交わさなくても心が通じ合ってるのよ私達。ね、シェリルちゃん?」

「その通りだよ母上。俺は母の意志で情報をエストラ側へと送り続け、いざという時に動ける為に潜んでいた。今までありがとな、シエラ」


 シエラにもう存在の力を使う余力は無く、指一本すら動かす力が無かった。このままでは本当に殺される。危機的状況を倒れながら見ていたイヴが意識を強制的に半分取り戻し、口と腹から血をこぼしながら体を強引に持ち上げた。


「くそがあぁぁぁぁぁ────!!!! 」

『這いつくばって謝りなさい、イヴ』


 メアクリスが存在の言葉を込めた言葉をかける。


「何が『愛』だってんですか!! 人形しか愛せないお前は気色悪ぃんですよ!! 操れる物なら操ってみやがれってんですよぉ、このイヴ・イルシオン様をよぉぉ!!!!」


 体の痛み、朦朧とした意識、そして鬼気迫る気迫。それらが功を得たのかイヴは体が少し沈み前傾姿勢になるも動きを止めない。イヴは軍刀を構えてシェリルへと肉薄する。シェリルは銃口をイヴの方へ向けないで銃の引き金を二度引いた。イヴは構わず突きを放とうとする。扉の蝶つがい、絵の額縁、燭台までもを銃弾はカンカンと反射してイヴの右足の甲と腕へと命中し、当たったその部分が瞬時に凍りつき転んだ反動で砕けた。不規則過ぎる銃弾はイヴの空間把握能力を持ってしても捉えきれ無かったのだ。


「ぐ……!! 見た事が無ぇですよ、こんな力は……!!」

「そんな……シェリルが『存在の力』を……じゃあ本当に……」


 シエラの表情が曇る。共に戦って来たあの勇敢な姿は偽りだった物だと未だ信じられなかった。

 ──パァン!

 銃声。シェリルは今度こそシエラに銃口を向け引き金を引いた。その銃弾はシエラをかばったレナの『退魔』のルーンが刻まれた短剣へと弾かれる。ルーンの効果のお陰か多少、剣は凍りついただけに留まる。


「シェリル……あなたにシエラの事任せたのに、あなたは裏切ったんだね……」

「お前には言われたくないな、レナ」


 レナは存在の力を展開し、空間を支配し始めた。レナの心が無に染まっていく。


「レナ!! 無理はしないでください! その力を使うとあなたの心が壊れてしまいます!」

「シエラは私が守るって約束した。私が壊れ切ってでもあなたを守る!!」


 メアクリスはレナが新たな脅威となる前に存在の力を込めた声を大声で放つ。


「──木々に宿りし魂よ、我に従い敵を穿て!!!!」


 教会全体に声と共に波動が響き渡りその瞬間、床、壁、天井、全ての木で出来た物質から棘が生え、レナとシエラを取り囲み貫こうと迫る。レナの得物は短剣二本のみ、落としていた軍刀を持っていたとしてもこの攻撃を捌くには無理があった。レナはシエラを庇い、急所だけは避けたもののその身に無数の棘に貫かれ身動きが取れなくなった。


「レナ!! 駄目です……私より先に死んでは駄目です!!」


 シエラへの言葉の呪縛はレナの存在の力である場の支配により解けていた。本来ならシエラがレナを庇おうとしていたのだ。しかし彼女にはレナ程の奇襲への対応力が無かった。


「残念……本当に残念だわ、レナ。あなた程の奴隷が手に入る事はこの先無いかもしれないわね。争い合うのは『存在の力』を持つ者同士の宿命なのかしらね?」

「私……は……ずっと一人だった」


 メアクリスがレナの遺言が始まると受け取ったのか、意外にも聞く構えを取った。


「幼い頃からメアクリス様の烙印に縋って、偽りの幸せに浸って過ごし続けた。でも……それはシエラに会う前までの事。シエラは私の事を救世主って呼んでくれた。偽りの性格でもそれが好きって言ってくれた。今の私を作ってくれたメアクリス様の事も大好きで、新しい可能性を見せてくれたシエラの事も大好き。私は……メアクリス様とも友達になりたかった……」

「……」

「将来大きな家を作って、色んな星から色んなお友達を招いて、家族も増えて、縋る事無い幸せが欲しかったなぁ……」

「……えらく陳腐な夢ね、レナ・バレスティ」

「メアクリス……あなたは──!!」


 シエラがレナの言葉を貶した事に怒り、声をあげる。──その時、シエラに銃弾が撃ち込まれ、吹き飛んだ。


「これで終わりだな、帰ろうか母上」


 レナは茫然とその瞬間を見る事しか出来なかった。レナは木々に貫かれた体のまま、怯えた目で吹き飛んだシエラの方へと目を移す。シエラの目に光は無い。力を失い、ただ床へと横たわっている。レナは確信してしまった……シエラは──絶命した。

 レナの中にあるとてつもなく大きな感情が膨れ上がった。それは……憎悪。シェリル・クリスフォードに対しての憎悪。騙し、裏切り、壊した。悔やむ事すら微塵にしない。この時レナはこの憎悪を死んでも忘れないと誓った。


「シェリル……シェリル……! お前……お前だけは許さない──!!!!」


 手足の肉がブチブチともげ、鮮血を拭き出しながら木々のを引きちぎりながらレナはシェリルを睨みつけた。シェリルは危険を感じたのかレナの急所を撃つ。レナは倒れ込み、這いつくばりながら先に息絶えたシエラに手を伸ばす。それさえも許さないと言わんばかりにシェリルは追いうちをかけようとしたその時。メアクリスとシェリルのいた空間にバチバチと亀裂が入り、崩壊し壁が消し飛んだ。イヴの最後の力を振り絞った消滅の魔眼だったが、予兆を察知されて避けられてしまった。


「はは……私はこれまでの様ですね。実にくだらない人形の生だったのです……」


建物が崩壊し、外の景色が露わのになる。そこでは既に殺戮人形たちとランページの兵士たちの戦いが始まっていた。





(レナ……レナ……)


 ……なんだろう、誰かの声がする。


(ごめんなさい、レナ……あなたがこんなに苦しんでいたなんて)


 深い深い底の見えない闇の中にレナはいた。

 ? ……誰? こんな所にいると迷子になっちゃうよ、ここは汚い物が沢山流れ込んで来るから……。


(大丈夫、これからはずっと一緒にいます。私達は永遠にずっと一緒です。これで……私はあなたの事を知る事が出来る)


 ……シエラ? そっか、私もシエラも死んじゃったんだね。でもまた会えて本当に良かった……。


(レナ、あなたはまだ死んでいません。私の『存在』をあなたの力で取り込んで下さい。そうすれば私はあなたの中で生きていく事が出来る……)


 ずっと一緒……そっかそういう事なんだね。ありがとう……私、もっと生きてみる。だから一緒にいこう、シエラ。


(はい、それでこそ私の救世主です!)




 レナとシエラの魂が重なり合ったのはメアクリスとシェリルがイヴに止めを刺そうとしていた時だった。二人は無視できない気配を背後に感じ、顔を向けた。

 白く輝く長い髪。そこから伸びた天狼の耳。奥底に光を持っているかの様なエメラルドグリーンの瞳。

 その人物はシエラの遺体が消えた場所から、純白の外套と銀のヘアバンドを拾い上げ身に付けた。


「? シエラ……? いや、違うな。レナなのか?」


 シェリルが銃を構え質問を投げかける。それに対してその人物はシェリルに対して全てを見通す様な輝きを持った目を向けつつ指をさした。


「私はもうレナじゃない、『シエラ・バレスティ』。あなたを消す。シェリル・クリスフォード」

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