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本編16 密会


 故郷を捨ててレナは走り出し、次の目的地へと向かい始めた。次の目的地は雨降りの街、ザザだ。ホログラム映像で空を飛ぶメアクリスがレナの横から話しかける。


「両親とあんなに仲が悪かったなんてね、今更だけど何で故郷に帰ろうなんて思ったのかしら?」

「これからはもう会えないかもと思ってお別れを言いに。帰ってみたら今まで溜まってた不満が爆発した、それだけだよ」

「歪な家族ねぇ、まぁ昔からシャックスに憑依しながらあなたを監視してて変だとは思っていたけどね」


 メアクリスはレナが八歳の頃には既に存在の力を扱える存在である事を知っており、遠くからレナより少し年上の男の子のシャックスを操り共に遊ぶ事で情報を得ていた。レナにそれが気付かれた時にメアクリスはレナを存在の力を込めた言葉で強引に操り、違和感を消していた。第一の杭での戦争でシスター・テレジアにメアクリスが憑依した状態でレナと対峙してしまった事がきっかけでレナにかけた意識操作の効果が解除されてしまったのだ。


「メアクリスとエメスおじいちゃんだけだよ……それがちゃんと見えてたのは。まあ私が自然に接すると誰とでも険悪になるけどね。メアクリスも私が嫌いでしょ?」

「ばれちゃってたかしら? 私が好きなのは無知で従順な犬なのよ。あなたの様な全知全能気取りの見下すタイプではないわね」

「……そうだね、私は心のどこかできっと周囲を見下してる。私からしたらね、知識は毒なんだよメアクリス。脳を破壊して狂気に堕ちる毒。私はとっくに狂ってる。それなのに皆にとっての普通でいる事が辛いよ」

「疑問に思ってたわ、何故あなたが嘘でも普通を装っていられるのかを。あなたと同じ力を持った者をシミュレーションして何度も作り上げても精神が壊れて廃人になったのよ」

「それは内緒だよ、メアクリス。イヴみたいな私の分身を沢山作られても困るしね」

「ふぅん……さすがに気付いてて少しは私の事も警戒してる様ね。ところであなたが母親に捨てられた大事な物って何だったのかしらぁ?」

「……私の全てだった物だよ」


 レナはその時とても悲しそうな顔をした。余程大事な物ではあると同時に、それがレナの精神崩壊を止めていたものである事をメアクリスは容易に想像は出来た。


「凄いわね、そんな物があったなんて。ところでレナ、そっちの方角にあるのはザザの街よね? もう決心がついたのかしら?」

「勘違いしないで、いつまでも外で生活したくないしね。あそこは異端者の集まる街だから私にはお似合いでしょ?」




「ついに天狼の巫女様が全ての吸命の杭の封印を成し遂げたってよ!」

「あぁ、でもこれからどうするんだ? 『切り裂きのレナ』はまだ捕まって無いんだろ? それに天狼の巫女様も力をかなり使って弱ってるらしいぜ」


 雨降りの街ザザ。今日もシトシトとした湿った空気の中パラパラと小雨が降り続ける。雨避け用のフードを被ったまばらに行き交う人々の会話を聞きながらレナもフードとコートを着用し長いパンの入った紙袋を手にある建物へと入っていった。そこはかつてシェリルやシスター・テレジアが住んでいた、今はレナと子供達だけが住んでいる教会。


「あ、おかえりなさいレナお姉ちゃん! 追われてるんだからあんまり外に出ちゃいけないって言ってるのにー!」

「あはは、ごめんごめん。でも信用出来る人はちゃんと見極めてるからさ。はい、これ今日のお夕飯」

「わぁ、美味しそう! これだけ大きければ今日は大丈夫だね!」


 10歳くらいのヘアピンをおでこにつけた栗色の長い髪をした女の子、エリカが屈託の無い笑顔で台所へとパンを運ぶ。


「ただいまー、キノコ採ってきたぜ!」


 エリカと同い年くらいの活発そうな少年のリゲルが編みかごに入った大量のキノコを食卓テーブルの上にドン。と置いた。


「凄いですリゲル! さすがザザのキノコ王です! 早速切り分けましょう?」

「僕には真似出来ないなぁ……美味しそう」


 おさげの12歳くらいの一番年上の女の子がシンシア、最年少で本を持っている男の子がロビン。今はレナを含めこの5人が力を合わせて教会で暮らしてた。メアクリスは「幸せそうな日常なんかに興味は無いわぁ」と言い残してホログラム・エフェクトからは姿を現さなくなった。

 貧相で危険もあるが笑顔のある穏やかな生活。こんな暮らしをしてきたシェリルの事をレナは少し羨ましく思ったりもした。食卓にキノコのスープと畑の野菜と切り分けられたパンが並べられ、皆は食べ始める。


「レナお姉ちゃん、初めて見た時より怖く無くなったね! 無理して頑張ってる感じもしないし!」

「え、そう? 女神様のお陰かな?」


 食事を終えて食器を洗い終えてからレナは子供達に絵本を読んであげていた。それは珍しくもエストラの星の本だった。


『昔々、アトラスフィアが作られるよりもっと昔、地球という自然豊かな青い星がありました。その星では人族がたくさん暮らしており、何万年もの間その繁栄は続きました。でも人が長く住むにつれて星の自然は無くなりかけて、人は新しい命を自分たちで作ろうとしました。そしてながいながい時をかけてついに、新しい命を自分たちの手で作る事に成功したのです。しかしその技術は留まる事を知らず、人や動物の人口生命体『ホムンクルス』が作られました。その中に人の理想を具現化した様な天使の姿である少女がいました。クリスと名付けられたその少女は神様でした。植物に成長を命じればすくすくと育ち、人にお願い事をすれば必ずその通りにしてくれる。少女はとても優しい心を持ち、人々の願いを叶えてあげました。するとどうした事でしょう、人々は彼女を使い戦争の道具にし始めたのです。少女はそんな人間達を悲しく思い、自らの意志と自らの手で世界を治める事を決意しました。クリスはみんなを従わせた後に星の名前を『エストラ』変えました。そんな彼女を恐れを抱いた人々が『悪夢』であるナイトメアという言葉から一部を彼女の名前に付け加え『メアクリス』と呼ぶ様になったのでした』


「──おしまい。さて、お姉ちゃんはちょっと用事が……って寝てるね」


 子供たちには難しい内容だったのか、すやすやと寝息を立てて眠りについていた。そして教会の出口の扉を開け雨に打たれながら佇む少女へと声をかけた。


「シエラ……久しぶり。ごめんね、会いに行くの凄く難しくって」

「レナ、お久しぶりです……。ようやく会えました、中に入れて貰えますか?」

「待って、教会の子供達には迷惑かけたくない。ていうか何でイヴがそこにいるの……?」

「おや、バレバレでしたか。監視役ですよ。まあ私がいるので何処にいようがメアクリス様にはバレバレなのです」

「なるほど……なんらかの取引をしたって事だね」

「理解が早くて助かるですよ」


 レナは特に拒絶する様子も無く、黒いレインコートを纏ったシエラとイヴを中へと招き入れ個室のテーブルのイスへと案内した。レナはドアをゆっくりと閉めランプに火を灯す。

 シエラから感じる生命力はとても弱弱しく、今にも消えてしまいそうな印象だ。


「ごめんなさい。イヴ・バレンタインにレナが此処にいるという情報を貰って……いても立ってもいられなくて……」

「いい取引なのです、ステラのホムンクルスの核と情報を交換したのですよ」

「余計な事は言わないでください……」


 シエラは釘を刺すがイヴは素知らぬ様子でいる。


「そんな事したら反逆者になっちゃうよ、私みたいに!」

「構いません、私はもう役目を終えましたから」

「それってどういう……まさか力を使いすぎて……」


 確かにシエラはこのままでは危険だ。しかし、レナはこの時を想定していた。それに幸い対策に必要な人物は目の前にいた。


「イヴちゃん、前にステラが使ってた存在の力の詰まった紫色の石。まだあるんでしょ? あれをシエラに使ってくれないかな……?」

「それは出来ないですよ、レナ」

「私がそちら側に付いて忠誠を誓うって言ったら?」

「それでもダメなのです」

「何で!」

「存在の力はそれぞれに個性があり、様々な存在の力の入り混じった魔石からシエラの魂に不純物与え補強した結果起こる事は、『精神の狂化』なのです。純粋に力を扱えるのは感情を持たない殺戮人形だけなのですよ。私やレナみたいに狂っても良いのなら別ですがね? それに罪の無い者から搾取して作られた魔石を使う事にシエラは納得しないんじゃないですかね?」

「……それなら方法があるよ」

「……一応聞いておきましょうか」


 レナはシエラの方を向きこれまでに無い幸せそうな笑顔で答えた。


「メアクリス様に永遠の忠誠を誓うんだよ、シエラ!」

「……レナ?」

「きっと幸せになれる、今よりも、ううん。前よりもずっとずっと。だって私が──」

「レナ、誇りを失わないで下さい。私達は一時とはいえ一緒にこの星を守って来たじゃないですか」

「レナに誇りなどはこれっぽっちもありませんよ」


 イヴが言葉を挟み勝手に語り始める。


「メアクリス様にとある調査を依頼されましてね」

「とある調査?」


 レナは嫌な予感を覚えて聞き返した。


「あなたの両親に会って来たのですよ」

「……」

「それでその母親の処分したレナの大事な物とやらが何かを愉快な方法で吐かせた訳です。なかなか粘られましたがね」

「……イヴ、私は怒ると怖いよ」

「おや、母親の身を案じる心は残ってやがる様ですね。大丈夫ですよ、殺してませんから」


 イヴは今ここで事を構えるのはさすがに面倒だと思ったのか、机の上に乗せた足を一端床に降ろして話の続きをしようとする──その時。

 ──ダンダンダン! と銃声が響き渡り入口の扉からレナたちのいる部屋に向かって銃弾が三発飛び出した。イヴは一発目を機械の腕で弾き、二発目を体を捻り避け、三発目はレナの軍刀で軌道を逸らされ、部屋に三つの銃痕が刻まれた。


「助かったですよ、レナ」

「貸し一つね」


 そんな台詞を絡ませながらもレナとイヴはドアの外への人物が何者かを存在の力を建て物に張りめぐらし把握しようとするが──二つの力が相殺し合って無効化された。


「もしかして私達って……」

「相性最悪ってヤツですか?」

「ちょっと、私が調べるから力を抑えててよ」

「あぁん? いくらレナだからって私に命令しやがらないでくれます?」

「二人とも! 何言い争ってるんですか! やめて下さい、シェリル!」


 ドアの向こうの相手を見抜いたのはレナでも無くイヴでも無く、シエラだった。

 ドガァ! と扉が蹴り破られ、そこに現れたのは銀の装飾獣を持つランページの軍服の水色の髪を後ろで束ねた青年、シェリル・クリスフォードだった。彼がここにいると言う事は情報がなんらかの形で漏れていたか、つけられていたと言う事だった。


「よぉ、殺戮人形。人の家に勝手に上がり込んで好き勝手されても困るな。この世からご退場願おうか」

「……? シェリル、なの?」

「久しぶりだな、レナ。お前はここで捕まって貰う。罪状の一つ目は俺の家の子供達の善意につけこみ危険に晒した事だ」


 以前とは比較にならない程、彼からは感情が見て取れた。レナは困惑した。何が彼を変えたのか気になった。良く見れば彼の着るランページの軍服は通常の物では無く、むしろ幹部クラスが着る様な装飾の入った物だった。


「俺の友──ヴォルフは死んだ。俺に軍を託して。彼は最後までレナの事を救ってやってくれと言っていた、最後まで信じていた。なのに何故お前は、お前たちはそこでイヴ・イルシオンと仲良くしている?」


 それを聞いたレナはシェリルが何を言っているのか一瞬理解出来ず苦しんだ。


「ヴォルフ戦士長が……死ん……だ? そんな……そんなの私、知らない……聞いて無い」

「ヴォルフだけじゃない、仲間も大勢死んだ。シエラの命も危ない。お前の知らないこの一カ月で俺達は泥沼の進軍を続けたんだ」


 レナはシエラに視線を送るが、シエラは顔を横に振った。その意味を理解するとレナは腕を下げ、手に持っていた軍刀をカラン。と落とした。


「何で……来た時に教えてくれなかったの、シエラ」

「……それは、レナが久しぶりに私を見た時にはもう凄く悲しそうな顔をしていたからです」

「そんな……それじゃ私が凄く弱い子みたいだよ」


 イヴは存在の力を周囲に張りめぐらし、今の状況を探った。そこから探れた状況はこの建物は既にランページ全軍に包囲されつつあるという事だった。それだけでは無い、ここにはいずれ殺戮人形の群れもやってくるだろう。ランページが介入した事で最早約束は破られたのだ。イヴにとってこの状況は想定外であり、危険だった。


「レナ!! 何をボサっとしやがるですか!? あなたは結局アトラスフィアとエストラ、どっちを取りやがるんですか!!」

「そんなの……私には分からない、ただ……私はシエラを助けたい」


 ふと、教会内の女神像のある方から何かとてつもなく大きな『存在』が出現した。それはかつてない程大きく、強く、全てをねじ伏せるかのような力を持つ。風が吹き、レナたちのいる部屋に薄く青く光る黒い羽が舞い込んだ。


「何ですか……このとてつもない力の気配は? まさか……」

「チッ……遅かったですか」


 この場にいる全員は圧倒される、その神々しさに。透き通った水色の長い髪と黒い天使の羽を靡かせ、レナたちのいる部屋の入り口にその人影が現れる。その人影──メアクリスはかたまったシェリルの肩をポン。と叩くと横を通り過ぎ、信者、レナ・バレスティの前へ立ち言葉を告げた。


「レナ・バレスティ、忠実なる私の奴隷。今一度、本物の私の前で誓いなさい、あなたの身も心も神、メアクリスの物であると」

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