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本編15 相入れない家族

 ◆


 レナは夕日が照らす何も無い平原で佇んでいた。少し強めの風がそのライトブラウンの肩まで掛かった髪を揺らす。イヴ・ヴァレンタインは抱き上げていたレナを降ろすと、「今この時からこの世界で起こる事を、レナはしっかりと目に焼き付けやがってください」とだけ残して去っていってしまった。本来なら敵であるイヴを、国のお尋ね者になったレナは今はどう扱うべきか判断しかねていた。


「今、みんなの所に戻ったら……危ない予感がする、私を見てたあの沢山の目は……私を殺そうとしてた」


 レナは白い息を空を見上げながら深く吐いた後、思考を必死に巡らせ最善策を模索し始めた。


 (イヴ・ヴァレンタインが現れる事以外はこうなる事を予想してた。初めて会った時から感じていたけど、イヴの事だけは読めない(・・・・)。どうすればいいか分からない、とても不安……ううん、それはいい。だってそれは……初めての私と『対等』な相手って事だから。それに無防備な私を殺さなかったのは、イヴは私を何か試そうとしている? 何となくだけど彼女はメアクリスに従う様なタイプじゃない気がする、個人での思惑? でもメアクリスなら部下を強制的に自分の思惑通りにする仕掛けは必ず施す筈)


「読めないと考える幅が一気に狭まっちゃう……でもこのくらいが普通の思考なのかな、はぁ……」

「凡人の思考を体験して成長したのね、良かったわねレナちゃん」


 突如。何の気配も感じ無い方向から声が聞こえた。レナの全身にかつて無い程の危険信号が体中に走り軍刀の鞘を左手で掴み右手でいつでも抜刀出来る様にし、体が勝手に居合い<弧月斬>の構えを取った。


「誰!!!? 何処にいるの!?」


 ──しばしの沈黙。冷えた嫌な汗がレナの額に滲み出る。そんなレナの狼狽(ろうばい)っぷりに声の主はもう耐えられないとばかりに堪えていた笑い声を上げた。


「ぷ……くく、あはははは! あのレナ・バレスティが本気で狼狽えてるわ! こんな愉快な事は無いわね!!」

「何処!? 何処にいるの!?」


 レナは周囲を目で追うが本当に見当たらない。声の主はご丁寧にもその位置を自分から解き明かした。


「う・し・ろ、よ。お馬鹿さん?」


 レナは罠にかかる事を覚悟で後ろを振り向いた、レナの瞳に映る姿は見た事も無いこの世の者とは思えない程の水色の長髪の若き美女。蒼い光を帯びた黒い羽の生えた黒いドレス姿の天使がそこにはいた。しかしその姿にレナは見覚えが無い、ただ言えるのはアトラスフィアにとって天使はエストラの守護者であり敵だと言う事だ。


「私に何の用!? 答えないと大変な事になるよ!」

「大変な事ってなぁに? 私に教えてくれなぁい? その刀でひと思いに私をやっちゃってくれてもいいのよ?」

「後悔しないでよね!!」


 レナは高速で<弧月斬>の構えで水平に刀を裏返した居合いの一撃を放った。しかしそれは相手の体をすり抜け、ビュッ──。と虚しく風切り音を奏でるのみに終わった。


「……笑ってやろうかと思ってたけど、『存在の力』も込めない上に手加減の峰撃ち? なるほど、大勢の前で一度死んだ筈のハーフブラッドの女を強引に蘇生させただけの事はあるわ。あなた、正真正銘のお馬鹿さんね? これ程までに簡単に殺せる大間抜けな相手だったなんて私はなんて無駄な時間を費やして来たのかしら?」

「あ、あなたは……もしかしてメアクリス?」

「はい、当たり。クイズ番組だったらあなた0点よ」

「? くいずばんぐみ?」


 聞き慣れない、おそらくエストラの文明である単語を聞かされつつレナは一度落ち着きを取り戻そうと軍刀を鞘におさめた時、ふと左手に当たった腰のポケットに膨らみがあるのを感じた。それをレナは取り出し見てみると、見慣れない平たい小型の機械の様な物だった。


「あーあ、バレちゃったのね。それは私の星、エストラの技術で作られた『ホログラム・エフェクト』と呼ばれる通信機器、通称ホロよ。今あなたが見えてる私の姿もその機械から映しだされてるのよ。勿論あなたの姿も空間認識機能で遠くにいる私から見えてるわ。あ、機械は丁寧に扱わないと殺すわよ」

「……凄い!!」

「は?」


 恐怖に怯えていたレナの表情がみるみる内に変わる。まるで宝物を見つけた少女の様に機械とメアクリスとを交互にせわしなく見つめながら不思議な体験に心を震わせた。


「なにこれ凄い! 私の知らない世界! エストラって凄い!!」

「そ、そうね……私の星だし当然よ、原始レベルのあなたの星とじゃ異世界に違いないわね」

「私、エストラに行く! 絶対行く! 連れてってよメアクリス!!」

「は、はぁ? 何を言ってるか分かってるのかしらアナタ? それってあなたの世界を裏切るって事よ?」


 心底呆れたメアクリスは毒を抜かれた雰囲気になっていた。


「あなたって軽いのねぇ、何かもう馬鹿らしくなって来たわ。もう帰ろうかしら」

「え、もう帰っちゃうの?」


 まるで主人と会えなくなる子犬の様な目で見つめるレナ。


「まぁ、あなたが危険な力を持ってるのには違いないから野放しにはできないわねぇ。そろそろ本題に入るわ。あなたはこの先この世界の住人の事をより深く知る事になるわ。あなたの世界に絶望した時、神に祈りなさい、レナ・バレスティ。方法は簡単よ。ザザの街にあるシスター・テレジアの教会の女神像の前で祈りを捧げるの。そうすればあなたの体に烙印が刻まれ、何も考えなくて済む上に私を想うだけで幸せになれるわ。どう、素敵でしょ?」

「……私に道を作ってくれてるの? 素敵だね……」


 レナは少しうっとりした表情で言葉を聞いていた。メアクリスはレナが思った以上に堕とし易い存在である事に殺す事よりも従わす方が得策であると思い始めていた。


「はっ……! これはきっとまた言葉で操る力! な、なるほど、シスター・テレジアはそうやって操られてたんだね」

「ここからじゃ何も出来ないわよ……勿論あなたからもね」


 レナの動きがぎこちない、思考もまるで回って無い。敢えていうのならば恋人を前にした緊張した少女の様だった。


「とりあえずお父さんとお母さんのいる私の故郷に行ってみようかな。私のせいでバレスティ道場が酷い事になってるかもしれないし」

「それを私が聞いてる所で言ってもいいのかしら? 思慮が浅いわね」

「いいよいいよ、一緒にいこ、メアクリス!」

「監視が楽になる分、手間が省けるけどね。それよりももう日が暮れるわよ、このままじゃあなた野垂れ死ぬわね」

「よし、野宿しよう!」

「軽く言うわねぇ……」


レナは枯れ草、枯れ枝、薪を用意し、存在の力を張り巡らし内部から熱量を上げさせてからナイフでぐりぐりと刃先を回転させ押しあてて摩擦で発火させた。炎がみるみるうちに燃え広がり焚き火が完成する。


「ほとんど反則技じゃない。私はもう寝るわ、それじゃ」

「あ、神様も寝るんだ……」


 メアクリスのホログラムが消えるとレナは焚き火の傍に座り、両足を抱えて顔を俯かせ目を閉じた。


「おやすみなさい、メアクリス様……」


 ◆


 ──早朝。

「来た来た来たぁーー! 大物だよぉー!」

 ピィン。と糸が張りレナは最寄りの川で釣り竿をしならせてかかった獲物の魚を引っ張り上げる。水面から魚が口を引っ張られながらレナの手元へと吸い寄せられる様に糸で捕獲された。


「今日のおかずゲットだよ! メアクリスもどうー?」

「神が魚なんて生臭い物食べる訳が無いし、ここから食べられる訳無いでしょう。というか逞しいわねぇ」

「ふふふ、こんな事もあろうかとサバイバルな環境で生き抜く為の秘訣は昔、本で勉強してたのだよ!」


 レナは魚を捌いて器用に内臓を取り出し短剣で加工した串に刺して焼く準備をする。予備の焚き木を使い炎を再点火させ、調理を始めた。


「キノコッ、キノコッ、アトラスキノコッ♪」


 何処から持ってきたのか串に得体のしれないキノコも刺し焼き始める。


「大丈夫かしらこの子……」


 完全に珍獣を見る様な目でレナを眺めているメアクリス。

 朝食が終わり、レナは少し調子が悪そうにの街へと足を進めた。キノコにあまり良い成分が含まれていなかったらしい。


「あぁー、想定内だけど結構辛いなぁ……アトラスキノコ恐るべし恐るべし」


 それでも存在の力で身体を強化したレナの足は早い。昼頃には周囲に淡い黄色や桃色のトゲを感じさせない優しげな花が咲いた地帯へと入り、心地よい風が草原に吹き抜ける。そして木でできた街の入り口の簡易な門が見えて来た。


「うーん、このまま街に入ったらすぐに私だってバレるなぁ。どうしよ……」

「面倒臭い子ね、『ホロ』の機能に光を操作して姿を隠す機能があるわ。こっちで操作するからさっさと街へ入りなさいよ」

「凄い、一家に一台欲しい! 任せるね!」


 メアクリスの姿が消え、代わりにレナの姿が透過され周囲に溶け込んだ。そしてレナは疑いもせずそのままシルフィードの街へと入る。自警団『フィーダ』の門番は気付かない。花や木製の看板などで飾られた自然の恵みを感じさせる豊かな風景の中、人々が賑やかに行き交う。レナはそんな人々の中を器用にすり抜け、自分の家の道場へと向かい辿りついた。外にある撃ち込み用の木像で練習をしている訓練生の姿が数人。かつて道場の中から聞こえていた活気のある掛け声などは無かった。レナは正面から入り込み、道場内の奥に話をしている父親と母親の姿を確認した。厳格な面持ちの父、ユリウス・バレスティとレナと同じライトブラウンの髪の色をした美しい母、ミレル・バレスティだ。


「──このままでは私の代でこの道場は潰えてしまう。これもあいつが馬鹿をしでかしてくれたおかげで」

「あんな子本当に産まれて来なければ良かったのに!」


 聞こえてくるのはそんな会話。レナは二人の前に姿を現す。


「その言葉は聞き飽きたよ、お母さん。ただいま」


 この家族が集まって出来た空気は決して家族団欒といったようなものではない。父親と母親はレナを警戒した。


「良くおめおめと帰って来たな、レナ。うちの門下生のシャックスがお前の手引きでキョウカという娘の暗殺を企て、証拠を残さぬ為にお前が殺したというのは本当か?」

「なにそれ、シャックスは毒で自殺したんだよ。そのくらいの検死はされてる筈じゃないのかな?」

「その毒をお前が仕込んだんじゃないのか? シャックスはお前を慕っていた。現場でもお前の事を呼んだと聞いている。純粋な心に漬けこんだ結果ではないのか? お得意の読心術を使ってだ」

「知らないなぁ、何か証拠でもあるの? お父さん」

「レナ! 何なのその態度は!!」


 険悪な雰囲気の中、母のミレルが怒りを露わにしながら口を開く。


「証拠ならあったわ、あなたの部屋の掛け時計の裏側の壁の中に。あんなものを持っていたなんてどうかしているわ……。処分にも苦労したのよ!?」


 その時、レナから放たれる空気が重く、冷たくなる。純粋な殺気。レナは凍るような冷たい視線を母親に向けた。


「あれを……捨てたの? お母さん。なに、お母さんも処分されたいの?」

「ひっ……! だって、仕方ないじゃない!! あんなものがある事自体がどうかしてるのよ!!」


 ──バキィ!!

 レナは怒りにまかせて木の床を拳で強く叩きつけた。その轟音は外にいる門下生達にも聞こえたと思われた。レナはそれを知ってか知らずか一言だけ親に言い残す。


「もう会う事は無いかもね、さよなら。私の部屋は私が壊しておくから」

「待て──何をする気だ!!」


 レナは全てを無視して足早に元の自分の部屋へ向かうと軍刀に手を当て居合いの構えを取った。


「──弧月連斬」


 連続で放たれる神速の剣閃はレナの部屋にある物全てを斬り刻む。自分と言う存在を無かったものにしたいと願わんばかりに──。最初の方は鋭い太刀筋であったが、次第に怒り任せの破壊へと移り変わる。


「壊れちゃえ壊れちゃえ壊れちゃえ壊れちゃえ壊れちゃえ壊れちゃえ壊れちゃえ壊れちゃえ──!!!!」

「やめろ!! こんな事をして何になる──ぐぁ!!」

「邪魔しないでよ!!」


 レナは父親を突き飛ばす。僅かに残った人としての感情の涙をこぼしながら。


「あなた達は何も理解してくれなかった! 理解しようともしてくれなかった! 道場の体裁ばかり取り繕うばかりで表面上は良い親を演じてたけど、裏では私を異端扱いして!!」

「ま、待て──落ち付け、レナ」


 レナは自分の軍刀に存在の力を力任せにねじ込み、破壊し尽くした。

 メアクリスは端末からそんなレナを観察していたが、レナはこの世界にこれから絶望する訳では無く、もう既に絶望しており壊れていると知った。普段のあの明るさは作り物であり、壊れた様な無感情さが本物の素のレナであろうことは容易に想像できた。


 その場を後にしレナは立ち去ろうとする。すると後ろからユリウス・バレスティが刀を携え追って来た。その目には殺気が宿り、罪深き我が子を殺さんとばかりに刀の突きでレナの息の根を止めようとした。レナがそれに気付かない筈もなく、その刃先を人差し指一つで受け止めた。その刃に存在の力が伝い、レナは刀の『存在の力』を全て奪い取る。すると刀が形を成す力を失い、消滅した。ユリウスがここまで神の力を見せつけられた事はこれまでに無かった。


「はぁい、残念賞ー! もう追って来ないでね、次はうっかり知らないおじさんごと消しちゃいそうだから♪」


 無力さを痛感し、地に手をつく事しか出来ない父を背にレナは走り去って行った。


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