本編13 面接
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私、キョウカ・フィナール! ハーフブラッドの華の十四歳!
今日まで二年間、自警団『フィーダ』で活動してきたけれど、ついにあの中央都市の戦士団『ランページ』への面接へと辿りついたわ!
父さんは売れない喫茶店のオーナーで母さんは夢見がちで世間知らず!
このお仕事に就ければ、一気に火の車の家計は安定!
倍率は高そうだけど、後方支援部隊志望だし命の危険も少ない筈だわ……!
「絶対に受かってお金稼ぎまくるわよ、シイナお姉ちゃん!」
「裏表の無いキョウカちゃんは今日も輝いてるわね、うん、頑張ろうね♪」
待合室の隣に座っている黒髪のロングヘアーでおっとり目な長身の美女が私のお姉ちゃんで名前はシイナ・フィナール。歳は二つ上!
ちなみに私は黒髪のロングツインテールでキメてきたわ、子供っぽい気がしたけどお姉ちゃんにいつもの方がいいって薦められて。
ん? 早速最初に入った面接会場の部屋から誰か出て来たわね。
「はぁ~、悪夢だ……」
なんかあの若いハーフブラッドの男、顔が青ざめて出て来てるわね、頭まで抱えて。何か失敗したのかしら? ご愁傷様ね……。
「あらら、あの人大丈夫かしら? やっぱり最初は緊張するよね~、キョウカちゃんは緊張してない?」
「大丈夫よ! みんな実践がそんなにある訳じゃないのは同じだし条件は同じなんだから!」
「さすがキョウカちゃん、頼もしいわね~」
シイナ姉は私を気遣ってくれる、いつも優しい。
あ、次の人が面接室から出て来たわね。
「どうなってんだ、この面接……くっ、もうお終いだぁ!」
えぇ……? その場で体育座りする程ショックな事があったの?
「おい、お前どうだった? 俺が一番最初に入ったんだけど、なんかここの面接官達やばくねぇ? 見た目は凄く若いけどさ……」
「だ、だよな? 得にあのシェリルって面接官はやべぇ。顔は綺麗なのにまるで精密機械に見られてる様な感覚を味わったぜ……」
せ、精密機械? なんか雲行きが怪しくなって来たわね……。
「しかも天狼の巫女様まで面接に加わってるとか、聞いてねぇよ……それどころかあの最近噂になった『神殺しの巫女』のレナさんまでいたんだぜ? もう異世界だよこりゃぁ……」
え……嘘、今超話題沸騰中のシエラ様とレナ様が来てるですって!? 確かに異世界じゃないの!
「キョウカちゃん……大丈夫? 震えてない~?」
「だだだだだ大丈夫よシイナ姉! どんな極限状態でも私の弓は確実に獲物をご飯にしてきたのよ! 家を守り抜く為に!」
「そ、そうね~、ここが頑張りどころよね~」
三人目、四人目と次々と面接室に入って行くけど、帰って来た頃には疲れ切った顔でみんな出て来るわね……あぁ、エリートそうな眼鏡君まで……。
そろそろ私の番が近づいて来たわね、後五人。
「キョウカちゃんは私より先ね~。大丈夫よ、いつも通りの調子で頑張って!」
「う、うん。任せて! ラクショーよラクショー!」
心なしかシイナ姉まで少し緊張してる様にみえるわ。というかいつもの私って何だっけ、分からなくなって来たわ……。
あぁ、あと三人、二人、一人……。
「次の方、どうぞ」
面接室から声が聞こえた。えーと、ドアを二回叩いて挨拶……。
──コンコン、ギィィィ。
「失礼します」
ドアを開けてみた所、面接官は四人みたいね。左から眼鏡をかけた痩せ型の金髪の人間の人が一人。その一つ右に座っているライトブラウンのふわりとしたミドルヘアーをした笑顔で手を振ってるお姉さんがあの『神殺し』のレナさん。さらにその一つ右の水色の長い髪の毛を後ろで束ねた切れ目でヤケに綺麗な美少女(何か睨まれてる)が精密機械さん? そしてそして、一番右に座っている白髪ロングで花の髪飾りをした穏やかそうで神聖そうな方こそ、天狼の巫女様!!
「キョウカ・フィナールです! よ、よ、宜しくお願いします!」
少しどもった! ま、まだこの程度大丈夫よキョウカ!
「緊張しているな、肩の力を抜いたらどうだ? 入って来る時、片方ずつ手と足が同時に出ていたぞ」
「え!? ご、ごめんなさい!!」
だぁー!! 何やってるの私! ここから挽回出来るのかしら!
「まだ若いし緊張するよね、リラックスリラックスゥー♪」
「フフフ、まだ無垢なる花の蕾といった所かね? いいねいいねぇー、その艶やかしいく可愛らしいツインテール、是非とも私のマフラーにしたいくらいだぁ」
「マルファスさんは黙ってて下さい」
あれ、思ったより場の空気が軽い……シエラ様は何だか眼鏡の大人の人にキツそうだけど。
よ、よし。ここはアピールするしかないわね!
「わ、私は現在エミーリア自警団の『フィーダ』にこれまで二年間所属しています、お仕事は事務から巡回までこなしていました!」
「おぉー、自警団さんかぁー! 私も良く自警団さんとはたまに街でお話ししてきたよ!」
「は、はい! レナさんのお噂はかねがね! なんでもあの戦士長を押しのけて森に……」
ハッ! レナさんがなんか落ち込んでる!? 墓穴掘ったぁ!?
「う、うん。そんな事もアッタネ……」
「ご、ごめんなさいぃ!? で、でも凄い英雄譚ですよ! みんな凄いって言ってますし! 新しい二つ名も凄い!」
「お前なかなか見込みあるなぁ、いいぞもっとやれ」
「ずーん……」
シェリルって美人からの好感度が何故か上がった!? レナさんがさらに落ち込んでるし! ていうか私凄いしか言ってないわ!
「とりあえずこちらから質問をいくつかさせて貰う。あとこちらから質問する前に答えない様に。名前、年齢、出身地からもう一度頼む」
「は、はい!」
シェリルさんを中心に面接は進められて、彼女になんか途中で凄いツッコまれた。食事の取り方、睡眠時間、癖、向いている得物のオススメまで……。ていうか途中で「俺は男だ」って言われて初めて男性だって気付いた、男性の軍服着てたのに。
「さて、基本的な所はこんな所か。レナ、今の所キョウカはどうだ?」
「ん、健全な心な子だね! 可愛いし!」
「か、可愛いだなんてそんな……」
良かった……レナさんにそこまで悪い印象は与えてないみたいね。
「それじゃシエラ。本題の質問を頼む」
「はい、分かりました」
ん? 本題? もうこれで終わりじゃないの……?
「単刀直入に聞きます。あなたはエストラの……メアクリスから送られたスパイですか?」
「……え?」
胸の鼓動が跳ね上がる。私の中で眠っていた物が掘り起こされる。
なんで、そんな事聞くの? もしかして、私疑われてる?
「どうなんだ? キョウカ・フィナール。顔色が優れない様だが……」
「あ、いえ……その。どうしてそんなご質問を?」
「大事な事なんだ」
シェリルさんの視線が私に突き刺さる。
忘れていた、完全に忘れていたわ。
ずっと忘れていたかったのに……。私は完全にもうアトラスフィアの民。家族だっている、今のままがいい。
──だから私は今の自分に自信を持って答える。
「いえ、私はスパイではありません」
はっきりと言えた、シェリルさんの目を見てはっきりと。今の私の決意を込めて言った、これなら。
「嘘だな」
「な……」
なんで? 絶対に嘘に思わせないって自信があったのに、なんで?
「お前は今、俺の目を見てはっきりと言ったな。力が入り過ぎだ。今のお前の顔は『何かを守り抜く為に嘘をついた顔』だ」
「私も嘘だと思うよ」
「そんな……!?」
ふとレナさんの方も向いてみると、あんなに朗らかだった様子が嘘みたいに感情が消えて冷たい。
シェリルさんの方がまだ人間味がある。
でも……ここで負けたら私は何も変われないし守れない、大事な家族、そして私自身を。
「私はスパイじゃない! そんなの知らない! 私は大切な家族を守りたい、それだけだわ!」
「スパイじゃないのは嘘。家族を守りたいのは本当」
レナさんが抑揚の無い声で私の心を覗き見してるかのように分析してくる。どうしてはっきりと嘘だって言えるのか全然分かんない。
「メアクリスに脅されてるのか? どういう経緯でメアクリスに協力を──」
「失礼しました!!」
私はこの場にいるのはマズいと本能的に感じ取り、出口のドアのノブに手をかけた。
──え、開かない?
「ごめんなさい、キョウカさん。ドアの鍵は閉じさせて頂きました」
「そんな……」
天狼の巫女様が片手を延ばして何か糸の様な物を出しているのが見えた。
多分、シエラ様が鍵を閉めたんだ。
「私を……どうするつもなの?」
「俺の質問にまだ答えてないぞ、キョウカ・フィナール」
シェリルが私に近づき、腰から何かを取り出した……人を殺す道具、拳銃だ。
「ひっ……」
体が震える……。怖くて失禁しそうなくらいに怖い。どうしてこんな事になったの?
「質問に答え──」
「そこまでにしたまえ君達ぃ! 可憐なる蕾をツンツンしたくなるのは分かる、だが」
「マルファスさんは黙っていて下さい、ランティリット起動」
「おうぅ!? アブノーマルにされちゃいマスぅ!?」
シエラ様がまた何か手から糸を出して眼鏡のおじさんを縛りあげた、酷い。
「でも確かにマルファスさんの言う通り、レナとシェリルは仕事的になりすぎですよ、むしろ私達がリラックスしないとですね?」
「シエラ様……」
良かった、やっぱり天狼の巫女様は思った通りの方だわ……。
「まぁ、そうだな。少しやり過ぎた、すまなかった」
「ごめん、私もちょっと酷かったね……気をつけるよ」
シェリルさんとレナさんは謝ってくれた。やっぱり悪い人達じゃないみたい。
「ごめんなさい、キョウカさん。このままこのお部屋に居て貰えますか? 他の方の面接もしなければならないので」
「分かりました、シエラ様……」
しばらくすると、シイナ姉の番が来て入って面接へやってきた、と思ったけど違った。
「キョウカをどうしたんですか!? 何があったんですか!?」
ドアをバン! と開けて勇み足で来るや否や面接そっちのけで私の心配をしてくれた。いつものおっとりしたシイナ姉じゃない、いざという時は本当に私の為に怒ってくれる、私の大好きなお姉ちゃんだ。
「シイナ姉~~……うっ……うぅ」
「キョウカちゃん!?」
私は情け無くも安心で少し涙をこぼしながら目を手でこすった。
シイナ姉は駆け寄って私を抱きしめて頭を撫でてくれる。
「この子に何をしたんですか? 返答次第ではお相手が誰であろうと訴えさせて頂きます」
「完全に俺達が悪物みたいだな……そうか、あんたはその子の姉か」
「そうですが何か?」
「いや……事情はまださっぱり分からないがキョウカがメアクリスのスパイに何らかの関係を持っているというのが俺達の見解だ」
「はい? 私達は生まれも育ちもエミーリアのごく普通の一般市民ですが? それに疑うにはそれなりの理由があるんですよね?」
シェリルさんが溜め息をついてる。この人の目は確かに正確で鋭い。レナさんも人の心に異常に敏感で嘘をすぐに見抜くし、シエラ様は知識量が圧倒的に豊富。この三人が束になってるだけで説得力は十分な気がしてくる。
「例えばそこにいるレナなら証明出来る事がある。レナ、シイナに何か選択肢を提示してその答えを聞く前に答えてやってくれ」
「えー? 私の特技って使うと嫌われるから嫌なんだけどなー。それに私が当てても最後まで認めない人って多いんだよ? 大抵私が悪物扱いされるし。むしろそんな人ばっかりなんだよ。本当に損な特技なんだよーこれ」
「俺はお前を信じている」
「な……」
レナさんが方指を髪の毛に絡めて照れてる……なんか、かわいい。
「だが困ったな、確かに異能力的な物で『あんたはこうだ』って言っても相手は確かに納得しない。面接役の人選ミスったんじゃないのかこれ?」
「いえ、私は嘘をつきません。シェリルさん、そのテスト受けさせて下さい」
シェリルはまた溜め息をついた後、決心を固めた目でシイナ姉の方を見た。
「言っておくが俺は真っ当な育ちじゃない、この部屋を血で汚す事にそこまで抵抗も感じ無い。俺は嘘を付く奴には慣れてる、すぐに分かる。そんな奴らも殺して来た」
シェリルはギラりとした目で私とシイナを睨みつけた。そして立ち上がりシイナ姉に銀の拳銃を向けた。
「お前が嘘をつけばその頭をこの場で撃ち抜く。自己陶酔してるだなんて言ってくれるなよ? 俺達には俺達の覚悟があるだけだ」
「な……! 私一人を納得させる為だけにその条件はおかしいです!」
「もう時間が無いんだ、このままだと1か月もしない内にアトラスフィアは死の星へと変貌する。手段を選ぶ暇は無い」
そんなに今この世界は危険な状態なの? このままじゃ、どの道私達は……。シエラ様も今回は何か言ってくれない。レナさんは顔を俯けてる。
「分かりました、レナさん。質問をお願いします」
「シイナ姉!?」
「私はキョウカちゃんを信じてるから」
レナさんから伝わる雰囲気が変わっていく。そして綺麗で深い宝石の様な緑の瞳をシイナ姉に向けた。まるで面接室のどこにでもレナさんが存在するかのような空気になっていく。そうか、これがレナさんの力──。
「あなたのメモ用紙に回りに見えない様に左から四つの数字は紙に書いて。さらにそこから5つの数字をあなたの頭の中で思い浮かべて」
「わ、分かりました……」
静寂の中、無言のまま三十秒程経った。
「……どうぞ」
「0801と75615」
な、何……? 迷い無く言い放ったわ! 合ってるのこれ!?
シェリルがシイナ姉に銃を向けて凄く反応を見てる、お願いシイナ姉……無事でいて。
レナさんが無機質な声で淡々と言葉を紡いでいく。
「0801はあなたの死んだ祖父の誕生日。後の数字は何度もあなたの頭の中で数字をごちゃごちゃにして混ぜてから最後に決めた」
「そ、そんな……こんな事が……?」
「『キョウカを頼んだ』とあなたの祖父は死に間際にあなたにそう伝えていた事を今の時間に思い出していた」
「う……あ……」
今の言葉は私達しか知らない秘密の筈……本当に心が読めるなんて!?
ダメ……シイナ姉が混乱してる。このままじゃどうなるか分からない。どうすればどうすればどうすれば──!!
「メモ帳を見せてみろ、どれ……合っているじゃないか」
メモ帳をシェリルがシイナ姉から取り上げて数字を確認した。
「もうやめ──」
「いい加減にして下さい!!!!」
私が止めに入ろうとした瞬間にシエラが机をドン! と叩き立ち上がった。
「こんなの私達がする事じゃありません!! お二人とも見損ないました!!」
「──キョウカちゃん!!」
シイナ姉は私がスパイだと言う事に最後まで納得したく無かったんだ。シイナ姉はシエラ様が机を叩いた瞬間に私の手を引っ張り部屋を出ようとした。私はこの時の事を深く後悔する事となった。




