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本編11 初陣の後

 ◆


「私を真っ二つに斬るだなんて、神様を何だと思ってるのかしらあの子は……」


 真夜中の名も無き森の太い木の枝の上。そこに黒い天使の羽の生えた神、メアクリスがいた。そこへもう一つの小さな陰が飛び乗る。


「ただいま戻りましたです、メアクリス様」

「イヴちゃん、命令を放棄して戦争に参加しないだなんて、あなたはやっぱり処分すべきなのかしらぁ?」


 いらただし気にそう言うメアクリスに対してイヴは悪気は全く無いといった風に振る舞う。


「ちゃんと参加してたですよ? 遠くから戦況を観察してたです」

「ふざけないで!? 私は本当に死ぬ所だった。あの子が固有能力に目覚めていたら私は今頃……!!」


 メアクリスはイヴのその様子を見て苛立った様子を隠そうともせずに木の幹を片手で叩き、吹き飛ばした。木の全体が揺れ、鳥達がギャァギャァと鳴きながら月の夜空へと舞った。イヴはその揺れに動じた様子も無くバランスを保っている。


「確かにあの時、レナが『共振動』の能力を使っていれば遠隔操作しているメアクリス様の本体までダメージが伝わって本当に死んでたかもしれないのです。でも貴女は生きているのです」

「何が言いたいの? あの子がわざと共振動を使わなかったとでも言うのかしらぁ?」


 イヴは空の月を見つめながら静かに頷いた。


「その理由をお聞かせ願えるかしら? 大した理由でもなかったら殺すわよ」

「勘なのですよ」


 それを聞いた瞬間にメアクリスはイヴの胴をズブリと抜き手で貫き、ホムンクルスの核である心臓のコアを握った。


「おやおやおや、私を殺すのですかメアクリス様? 私は別に構いませんよ? 多少つまらない人形の生ではありましたがね」

「私の人形の癖にその態度は何なのかしら? たまには私の靴でも舐めて反省したらどうなのかしらぁ?」


 メアリクスのイヴに突き刺さった手を引く抜くと鮮血が滴り落ちた。イヴはメアクリスの『服従の言葉』に逆らえずに跪き、靴を舌で舐め出す。


「やれば出来るじゃないの、必死に舐めちゃって犬みたいねぇ、イヴちゃん」

「……私を殺すのでは無かったのですか」

「あなたを見てると思い出すのよぉ、あのレナの『私何でも知ってる』って感じが私はとてつもなくムカツクのよ。だからもうちょっと生かして私の玩具にしておくわぁ」


 イヴはそれ以上メアクリスには何も言わずに頭を伏せたままメアクリスの言葉を待つ。


「ステラの核は破壊されていない、完全に死んではいないわ。イヴ、あの子の『核』を取り戻して来なさい」

「分かりましたです、メアクリス様」


 イヴの傷が急速に再生していく。メアクリスの存在の力の影響を近くで受けており再生能力も高まっていた。

 去り際にイヴは一つ言葉を残す。それが後々、アトラスフィアの現状に大きな変化をもたらす。


「そうそう、戦場の後方からランページの様子を伺っていたのですが、戦争の途中で伝令らしき馬が数騎出ていたのでメアクリス様の作戦に気付いたのではないですかね?」


 ◆


 ランページ軍はザザの街へと戻る。戦士の死体をその地で火葬し、後にその兵士の故郷へと遺骨を送り届ける事となった。

 刻はもう日の落ちた真夜中。レナとシエラとシェリル、そして正気を取り戻したシスター・テレジアと子供達は教会の裏の井戸の中へと捨てられていたシェリルの仲間であった者達の死体を引き上げ、火葬し埋葬する作業をしていた。


「すまないな、こんな事に付き合わせてしまって」

「いいのいいの、これは大切な事だしね。みんなシェリルに感謝して風に還っていってるよ」

「お前がそう言うと本当にそんな気がしてくるな……」


 いつもの様にシェリルはレナにつっかかる元気が無い。さすがに急な出来事で心の整理が追いついていない様だった。


「シェリルさんのお気持ちは少しですが分かります……私の一族も無念の内に私とお父様を残して命を落としたのですから」

「アトラスフィア・ウルフ達の話は聞いていたが、いざ近しい者がこうなっていると堪えるな……だがシエラは足を止めずに此処まで走り続けている。俺にはそれが出来るのか……正直自信は無い」


 雨の中、轟々と燃える炎の前でシェリルとシエラは心境を語る。そんな二人の空気を読んでか、レナ達は教会の中へとひっそりと戻って行く。


「レナのお姉ちゃん、何で二人を置いてっちゃうの?」

「しぃーっ、二人は大事なお話しがあるんだってさ。私達は中に入ってよう。シスターも辛そうだし」

「ごめんなさい、お気を使わせてしまって……」


 シスター・テレジアには自分の操られていた頃の記憶はある様だった。自分の犯した罪の重さに耐えきれるかは分からず、誰かが見守っている必要があると思われた。しかし重要参考人としてランページ軍に同行しメアクリスに操られた原因を調べられる事となっている。


 シェリルとシエラは炎の前で言葉を交わし続ける。


「……実は私は心が折れて、イヴ・イルシオンという敵のホムンクルスに屈しそうになった事があるんです。仲間達がやられた上にお父様が危険な目に遭って、もう何も守れ無くて、全てが終わってしまうんじゃないかと思って私は宿敵に命乞いをしたんです」

「気丈なシエラがか? 敵も卑劣な奴ばかりだな……」

「でも、そんな絶望の中でも救いがあったんです。レナが颯爽と現れて助けに来てくれたんです。本当に絶望を全て吸いこむ様な目と笑顔で……。私のその瞬間に意識が大きく変わりました。五百年を超える月日の間、守っていた筈だった種族が私達を助けた。アトラスフィア・ウルフの保護の鎖を自ら打ち破って勝利し、可能性を示した。私はその時からレナ達を守るべき者ではなく、共に闘う者として頼もしく感じ始めたのです」

「みんな強いんだな……。もがき、足掻き、地を這いつくばってでも見上げる根性は身につけてるつもりだったが……救いなんてものがある事は稀だったな……」


 真夜中のぱらぱらと降る雨の中、煌々と火葬の炎が二人を照らす中、シエラはシェリルを見つめ、その手を両手で握る。


「それなら、私がシェリルさんの『救い』になれる様に頑張りますから! どうか頼って下さい!」

「それは……天狼の巫女としての責務としてか?」


 その問いを投げかけられ、少しシエラは気恥ずかしそうに顔を横に逸らしながら言う。


「い、いえ……その、お友達です。大事なお友達としてです」


 シェリルは少し表情を和らげ笑うと一つシエラに注文を投げかけた。


「それなら、俺の事も名前だけで呼んでくれないか……?」


 ◆


 ──珍しく晴れた日のザザの街の朝。ヴォルフとシェリルはザザの街の出口に待機させてある馬車の前で話し合いをしていた。


「行く事にしたのか? シェリル」

「あぁ、母さんも連れて行かれる事だしな」

「そうか……すまねぇな。どうしてもシスターには取り調べを受けて貰う事になる。子供達は置いてきて大丈夫だったのか……?」

「あいつらは大丈夫だ。戦場を見てトラウマになってるかもしれないと思ったが、俺よりもしっかり前を向いていた」


 そこへ、レナとシエラがテレジアを連れて合流する。


「来たな。さっき伝令があったんだがレナの予想は外れたな。吸命の杭周辺や付近の街に人を集めてる様な不審者は今の所居ないってよ」

「そっか、伝令役の人は真夜中にお馬さんで走りっぱなしで大変だったね。特別給料あげないとだね!」


 レナはいつもの調子を取り戻しヴォルフに会話を返している。


「それはそうだな。そういやレナ。先の戦いでお前にすげぇ二つ名がついてたぜ? 『神殺しの巫女』だってよ、強そうでいいじゃねぇか」

「何その物騒な二つ名! もっと可愛いのがいいよ!!」

「可愛い二つ名なんて聞いた事無ぇけどな」

「天然の巫女なんてどうだ? 自然たっぷりでレナにぴったりだぞ」

「あ、可愛いですね! それレナさんにぴったりです! 天然の巫女!」

「シエラまで!? 天然って私がお馬鹿さんみたいじゃん! おにょれー!」 


 ヴォルフとレナの会話にシェリルとシエラが加わり場を賑やかにする。そんな四人を見てテレジアは心を少し落ち着かせていた。

 皆は馬車へ乗りこむと中央都市エミーリアへの帰還を目指して走り出す。

 馬車の中でレナがふと思い出したかの様にぽつりとある人物の名を口にする。


「マルファス副戦士長、大丈夫かなぁ。書類戦争に勝ってればいいけれど」

「あぁ、奴にはそういうの全部押しつけて来たからな……おかしくなって無ければいいんだけどな」


 水溜りの大地の水をはねながら馬車は走り続けたのであった。

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