本編10 一対一
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「それじゃステラちゃん、私、本気で行かせて貰うよ」
「私は、レナを殺す、それだけ」
両者が大勢が並ぶ皆の前へ立つ。
「あ、戦う前にちょっと精神統一してもいいかな?」
レナはステラに問いかけると、ステラはメアクリスへの指示を仰いだ。
「メアクリス様」
「構わないわよ? そのくらいは許してあげないと私の品格も下がるしね」
レナは承諾の意を受け取ると、軍刀を正中に構えながら目を閉じて……詩の様な物を口ずさむ。
『──我は虚無 我は器 只一つの偽りも無く風の真相を伝えられし者 巡り、繋げ、集え 魂の衣を纏い淀みを正せ』
レナに一見特に変わった様子はない。変わった事と言えば、多少雨が強くなった事くらいだろうか。
「あなたの神様へのお祈り、終わった?」
ステラは終わったかどうかの確認を取る。しかしレナからは返事が無い。ステラはレナの開いた深い緑色の目を見て、珍しく感想らしき感想を述べる。
「レナは、私と同じ、殺戮人形みたい」
戦場で初めてメアクリスと話した時よりも、生気を感じられない程、微動だにしない。レナのその瞳を見る者はこう言うのかもしれない。深い、深い絶望さえも吸い込みそうな深き緑色の瞳、と。ステラはレナが目を開いてから何も言わなくなった事を戦闘開始の合図と受け取った。ステラが黒いフリルドレスをふわりと揺らす……それと同時に皆から瞬間移動したかの様な速度でレナの方へ飛び、近いた。
──目に見えぬ一閃。
リーチの長い巨大な黒き両剣の刃の先端でレナの首を斬り致命傷を与えようとした。
レナは動かない。いや……数センチ程、後ろに体を逸らした、しかしそれが分かったのはステラの他にただ一人。
「神技だな……歌で何か変わったのか?」
シェリルがぼそりと声を漏らす。
「──本気、出す」
ステラはレナへと確実に仕留められる距離に近づこうとし、斬りかかる。レナが、ようやく動く。
──ギィンギィンギィンギィン!!
ステラは嵐の如く剣を振り回し、暴力的な速度と威力でレナを圧殺しようと迫った。それをレナは巧みに避け、いなす。大地が激しく斬り刻まれ土が四散する。しかしレナに傷は付けられない。
「おいおいおいおい、何だありゃぁ! 反則的な速度じゃねぇか!!」
「風を切った音と剣が撃ち合う音と足音しか聞こえませんね……それにしてもあのステラの武器、やはり妙です」
ヴォルフはもはやあり得ないといった形相で眺めているが、シエラは何か自分の中の記憶を探ろうとしていた。……戦いの流れはステラがやや優勢と思われたが、次第に変化が訪れる。レアは軍刀を前へと突き出し、積極的にステラの武器が速度に乗る寸前に弾き出したのだ。するとステラの重い筈の刃は後ろへと大きく弾き出され、隙を見せ始めた。
「あの武器は……成る程、分かって来ました」
「何か知ってるのか、シエラ」
「はい、我々アトラスフィア・ウルフには『天狼の記憶』と呼ばれる一族の記憶が刻み込まれています。その記憶を読み取っていたのですが……あれはエストラの星でメアクリスが特殊開発していた『反重力装置』を進化させた物ではないかと」
「重力? そんな物を操作出来るのか、奴らの文明は……」
シェリルがシエラの途方もない話を聞くとさすがに驚きを隠せずにいる。
「あの武器に組み込まれている機能は恐らく、『重力制御装置』とも言える物が組み込まれており、武器を動かす直前にオートで武器の重みを限りなくゼロに近づかせ、武器が相手に当たる頃には武器の重みが増している……そんな物だと推測します」
「そんな技術が組み込まれてる事が良く分かったな……シエラはやっぱり凄いんだな」
「いえ……本当に凄いのは、予備知識も無く私より早くその性質に気付き、それに既に対応しているレナさんです……!」
レナとステラは降り注ぐ雨の中、湿った剥き出しの大地を二人で踊るかのように剣を舞わせ続ける。流れはレナに傾き始めていた。
──速い。レナの攻撃はステラと同等程度に速くなっていた。どうしてか時間が経つ程にレナの力は上がって行く。それでいてステラは初動を狙われるという弱点を突かれている。
勝敗は決しようとしていた──しかし。ステラは手元で何か動かすと、流れが変わった。剣と剣を交えたレナの動きが途端に鈍くなったのだ。
「あれは……まずいです! レナさんに重力の負荷をかけています!」
シエラがそう焦りの声を出した後、何かに反応するかの様に白い天狼の耳がピクン。と動いた。
「これは……レナさんの力?」
メアリクスも何か違和感を感じ始める──。
「何かしらこれ……完全に敵の中にいるみたいで気持ち悪い、ステラ、速く止めを刺しなさい!!」
ステラは武器に存在の力を一気に流し込み、レナに与える重力の付加を最大にしようとする。武器と武器が重なり合えば、レナの体は押し潰されるかのように身動きが取れなくなり勝敗は決するだろう。レナは何を思ったのか、前に軍刀を突き出した構えのまま唐突に動きを止めた。ステラは構わずガードしなければならない距離で両剣の刃を振るおうとする──しかし。いつの間にか作られていた小さな水溜まりにステラの足が取られ、僅かな隙が出来た。レナは予め知っていたかの様にその攻撃を避け……ステラの急所に三か所、刃で三段突きを放ち刻み込んだ。
「──森羅刻命斬」
そうレナが呟いたかと思うと、ステラの体から大量の赤い血が噴き出した。それは急所だけを狙い即死させる『バレスティ一刀流』の中でも危険とされる技。ステラは体を折り濡れた大地へと体をうつぶせに寝かせ──絶命した。
──チィン。
レナは軍刀を鞘へと収めるが、構えはまだ解いていない。
音が雨音のみとなり──しん。と場が静まる。
「く……! お前達、早く死になさい!! 命令よ!!」
メアクリスがステラの負けを見るや否や、慌てた様に異教徒の信者達へと杭の生贄となる命令を下す。
「う……私達は何でこんな所に?」
「シスター・テレジアではないか、どうなっているのだ?」
しかし、信者達は意識と記憶がはっきりしていない状態ではあるが正気を取り戻していた。
「やだぁー! 僕達死にたくない!」
「助けて、助けてシェリル兄ー!!」
シェリルが丘の上の異変に気付き、レナ達の様子に目を奪われていたヴォルフに申告をする。
「ヴォルフ戦士長! 今の内に丘の上へ進軍してくれ! 何かあったようだ!!」
「お、おぅ!! すまねぇ、よし! レナが敵を討ちとったぞ野郎共!! 杭と人質はすぐそこだ、進めぇ!!」
その号令の瞬間の前にはレナの視線は丘の上へと向いていた。
視線の先には誰もいない、しかしレナはそこに存在するメアクリスを看破していた。
「冗談はやめてよ、レナちゃん? あなた、やっぱり化け物だわぁ、許してよぉ」
メアクリスが後ずさりながら神らしくない命乞いをする。レナは予め自らの存在の力を周囲に張り巡らせ、広げ、周囲から存在の力を集めつつメアクリスの位置を探っていた。──そしてその散らばった力が急速にレナの体へと収束し、鞘に収めた軍刀へと伝っていく。
その力を、全て解き放つ──。
「──弧月飛翔斬」
レナは軍刀を光の如き速さで横に抜き放ち、離れた位置からメアクリスを横薙ぎにした。
それは神速の存在の力の特殊な刃。
「レナァァァァ──!!!!」
メアリクスは身動き取る暇も無い。
──バチイィィィ!!
シスター・テレジアの体を斬り裂いたかと思うと、何かが弾け飛んだかの様な音が鳴った。メアクリスはその体から消滅したのだ。
◆
「お前達! 早くこっちに避難しろ!」
「シェリルお兄ちゃんー! 怖かったよぉ!」
シェリルが子供や異教徒の信者達へと呼びかけ、杭から離れた位置へと誘導する。その視界の傍らにはシスター・テレジアの死体……がある筈だったのだが──。斬られた筈の彼女は何故か起きあがる事が出来た。
「みなさん……ごめんなさい、ごめんなさい……」
「母さん!! 生きてたのか、なんて事だ……良かった」
涙を流しながら懺悔をする彼女をシェリルは抱きしめ、その表情を安堵と涙で崩した。
「水を指して悪ぃが避難をしてくれ! 杭の花から魔物が出て来そうだ!!」
「いえ、そのままで大丈夫ですよ。もう人質はいませんから」
シエラが存在の力の糸で紫色に光る杭の花を囲み、縛りあげた瞬間に花は切り裂かれ霧散した。そしてシエラが吸命の杭の根元に立ち、杭を指でなぞり『抑制のルーン』を刻む。
「皆さん!! 私達の勝利ですーーーー!!!!」
「オオォォォォ──!!」
皆は武器を天に掲げ、喜びの雄叫びを上げた。
「ふぅ……」
そんな皆の喜ぶ姿をレナは少し寂しそうに一人溜め息をつきながら丘の下で佇む。その隣へとシエラが地面に繋いだ糸を操作し空から降りて来た。
「レナ、そんな寂しそうなお顔をしてどうしたんですか?」
「空から降ってくるなんてなんでもありだねシエラ。その……私があの中にいたら皆怖がるんじゃないかなと思って」
シエラはそんな俯いたレナの顔を下から覗きこむ様に見つめた後、抱き絞めた。
「大丈夫ですよ、皆さん私の時も怖がらなかった立派な戦士なんですから。それに私の救世主様がそんな事じゃ困ります! だから、皆の所へ行って上げて下さい、ね?」
「……ありがとう、シエラ。でも、メアクリスが言っていた事も本当の事で、私が元気にするのって自分を誤魔化してるんじゃないかなって……」
「……例えそれが嘘でも、レナは皆と仲良くしたいんです。人は知らない存在へ興味を持って近づく時、心のお化粧をするでしょう? それは一見、不純な事に見えてとても純粋な事なんです。それが、存在と存在が繋がるきっかけになるんですから。私は元気なレナが大好きですよ」
「……ありがとう、ありがとうシエラ」
二人は抱き合い、確かな心の繋がりを感じた。
そんな二人を見て、皆が丘から降りて来て野次を飛ばす。
「ヒュー! 美少女が二人お熱いねぇ!!」
「俺も! 俺も抱きしめてくれぇー!」
レナは仲間達の方へ向き直ると、笑顔で飛び付いていった。
「勇敢なる同士達よーー! このレナ・バレスティに好きなだけ抱きつかれるが良いー!!」
ついに最初の戦争が一息つきました!
ここまで読んでくれた方は本当にありがとうございます。
またこの小説を投稿したタイミングあたりで、書いてきた全ての文章の文体を変更させて頂きました。
読み辛いなどのご指摘等がありましたらご遠慮なく感想などに書いて頂けると嬉しいです。
勿論、普通の感想でも歓迎です!
これからも宜しくお願い致します。




