本編8 レナの瞳が映すモノ
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「レナさん、今の力は──」
明らかにレナは『存在の力』を操り使用した。それはこの世界にとっての神の力。
「その話は後だよ、今は前を向いて!」
シエラが前を向くとそこには──足を失った筈のステラが立っていた。今の状況にシエラは理解が出来なかったが、レナはその現象をすぐに理解した。
「あの口に咥えてる紫色の宝石……あれで存在の力を補給して体を修復してるみたいだね」
「そんな! それじゃあ敵は不死身みたいな物じゃないですか! そんな物、一体何処から……」
レナは落ちついてシエラの横に立ち、軍刀を地面に向かって振ると地を這い忍び寄るステラの糸を斬り払った。
「多分だけど、前にフェンリスが言ってた吸命の杭を打ち込んだ他の星で蓄えた存在の力をあの宝石に詰め込んで流用してるんじゃないかな」
「な、成る程……」
シエラは薄々感づいていた、レナは本当は頭が良いのではないか──? と。
「気をつけて、この糸は多分ある程度『存在の力』を操れる私達には効果が無いけどそれ以外の物は自在に操れると思う」
そこへランページの戦士達が援軍に駆けつけて来た。しかしレナはそれを受け入れず、下がらせようとする。
「みんな、下がって! この敵は私とシエラ以外の体を操れる力を持ってる!」
「何だって!? 今日のレナさん変ですぜ! あのシスターをメアクリスだとか言ったり」
「いえ、本当の事です。恐らくあのシスターもメアクリスなのでしょう。皆さんここは私達に任せて下さい」
シエラがレナの言葉をフォローする様に説得すると戦士達は後ろに下がる。
「何……あなた? 危険」
話を聞いていたステラがレナへの危険認識度を上げる。
「メアクリス様言ってた通り。何であなたを殺しておかなかったのか、ステラには、分からない」
ステラは地面に突き刺さった両剣に糸を繋ぎその手に吸い寄せる。
「あなたのご主人様に伝えておいて。私の髪の毛のお礼は必ず返すってね」
「……どこまで、知っている? 危険、過ぎる。あなたは、確実に仕留める」
そう宣言するとステラはすぐ様、背後の杭の方向へと体を向け走り出す。
「逃がしませ──わっ……!」
消滅の魔眼で追いうちをかけようとしたシエラへと無数の土の塊が降り注ぐ。ステラはフリルドレスの袖から放った無数の糸を地面に突き刺し、大量の土を持ち上げて目くらましに使ったのだ。
「く……ランティリット起動!」
シエラの糸の奔流が広範囲を斬り裂く。しかし前方が確認出来ない状態での糸の攻撃はステラには当たる事は無かった。
「落ちついて、シエラ。もうステラはいないよ、それとあの移動の速さは変。理由は私にも分からなかった、もしかしてエストラ独自の文明かも……」
「まだ何か切り札を隠してるってことでしょうか? ていうかレナさん一体何なんですか!? いつもと雰囲気違いますし、妙に賢いですし!!」
シスターを見てからのレナはひたすら冷静だ。そんなレナを見てシエラは溜まっていた気持ちを一気にぶつけるかの様にレナの両頬をふにふにとつねる。
「いたふぃ! いたふぃよふぃふぇら!」
「存在の力を使えるのは薄々気付いてましたけど、帰ったらお説教ですからね、もう!!」
前線の小型の殺戮人形は殲滅が完了し、シエラとレナは後方の熊の怪物の討伐へと向かう事になる。熊の化け物には特殊な能力等は肥大化と再生能力以外には特に無く、シエラの消滅の魔眼であっけなく処理される形となった。
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妖しく紫色に光る幾何学模様が刻まれた吸命の杭の根元。そこに絡まったツタから生えた紫の三つの蕾が今にも咲きそうな状態となっていた。
シスター・テレジアは残り8人のローブを着た異教徒達と子供二人の前に立ち何かを話していた。
「ステラ様達は今まさに我々の為に戦って下さっています。しかし、忌々しい獣人達により苦戦を強いられている模様です」
「なんと……それは由々しき自体、我々に出来る事ならなんでもしますぞ」
「そうだ、少しでもお力になる事は出来ないのか!」
異教徒達は完全に神に心酔し切っている、異常な程に。
「まぁまぁ、そのお心には神様もお喜びになられていますわ! 勿論我々にも出来る事があります、それはあなた方が生贄になる事ではありません」
「なんと! それはどの様な方法なのですか!? 是非とも我々にも信託を授けて頂きたい!」
シスターは変わらぬ穏やかな笑顔を二人の子供に向ける。
「それは……穢れ無き純粋な魂であるこの子たちが自ら神の生贄となる事です」
おぉ……。と信者達から感嘆の声が漏れる。
「え……?」
しかし、子供達はシスターが言った事を理解できずに身動き出来ないでいる。
そこへ、撤退をしてきたステラ・イルシオンが辿りつき、シスターへと声をかけた。
「シスター、シエラを仕留める事、出来なかった。戦力の補充、したい」
「あら、ステラ様? お召し物が汚れていますね。神罰の代行者たる貴方様がこれ程苦戦なさるなんて、獣人の力も侮れませんね。分かりました、早速儀式を始めましょう」
ステラは伝えるべき事を思い出し、シスター・テレジアへとレナのあの言葉を伝えた。
「あと……レナ・バレスティからの伝言、「私の髪の毛のお礼は必ず返す」と」
その言葉を聞いたシスターの全身の動きがピタリ。と硬直する。
「シスター……?」
皆はその様子に僅かな違和感を感じ始める。神の使者としての仮面が剥がれ始める……シスター・テレジアの表情が崩れる。──狂気を孕んだ笑みへと。
「ふぅん? ……そう、そうなのね……くく……あははははははは!!!!」
シスターの笑い声が響き渡り、それを眺めていたステラ以外の皆は驚きを隠せないでいる。しかし、その後のシスターの姿は見た事も無く神々しく皆の目に映ったという。
「ステラ、殺す優先順を変更するわ。シエラよりレナ・バレスティを優先的に排除しなさい」
シスターは優雅な仕草で長い髪の毛を手で払いながらそう告げた。……そしてステラはシスターの前へと跪き、神の名を呼んだ。
「了解、致しました、メアクリス様」
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ランページ側の被害も少ないとは言えず、約半数の兵が負傷し一割は死亡していた。まともに動けるのは残り四百名程だ。
「さすが天狼の巫女様だな、空を飛べるなんて思って無かったぜ」
「いえ、あれは糸で体を持ち上げてるだけで……」
「それでも十分凄いぜ! 上空から瞳の力で一撃なんてな、全く信じられねぇ力だよ」
ヴォルフはシエラを称賛するが、シエラは守られてばかりで守れていないという自責の念に捕らわれていた。
「シエラは凄く頑張ってるよ! それに一人で背負いこむ事無い、私達を頼ってって前にも言ったでしょ?」
そんなシエラを見てか、レナは元気づける。
「そうですぜ、巫女様がいなかったら戦いにすらなって無ぇ」
「有難うございます、皆さん……」
皆からの励ましを受けてシエラは顔を上げる。すると丁度レナと目が合う。レナは普段の元気で穏やかな笑顔をする。
「大丈夫! シエラは私が守るからね!」
その言葉を受け取ったシエラは頼もしさと嬉しさを感じていた。
そこへ戦士の一人が何かを手に持ってヴォルフへと報告へ来る。
「ヴォルフ戦士長! 熊の化け物の消滅した地点からこんな物が……」
それは手の平に収まる程の血の様に赤い宝石。何か複雑な模様が中へ刻まれており、見た者を不思議がらせる他無かった……一人を除いて。
「多分、これはホムンクルスの核だよ。私達の文明じゃ解析しても分からないだろうね!」
「あぁ? 何でそんな事お前に分かるんだレナ?」
ヴォルフはレナに尤もな疑問を投げかける。
「勘!!」
レナは親指を立てて笑顔でそう言い放った。
「勘かよ!! お前やっぱり変わら無ぇなぁ。そういや少し前のお前、ちょっとおかしかった様だが、あのシスターがメアクリスっていうのもやっぱり勘か?」
「勘じゃないよ、あの魂を覆う存在の力の色には見覚えがあるから。一度見たら忘れられない、悲しい青色。私はアトラスフィアでいくつか見て来た」
突然、レナが真面目に語り出したその内容にまたもや誰もがついて行けない。
「メアクリスは何人も存在する。多分、メアクリスは何らかの引き金で現れて人々を操って杭の元へ集めて生贄の儀式をする、それが私の予測」
「お前……やっぱり頭でもやられてたのか? さすがに話がぶっ飛び過ぎだぜ……」
「いえ、レナのお話は信じられます」
シエラが口を挟み、レナの突拍子もない話を後押しした。そしてシエラは自分の予想を口にする。
「レナ、あなたは……視えてるんですね、存在の力とその流れが」
「……うん、それはもう隠しても仕方ないね、そうだよ」
レナはそう白状し回りを驚かせた。
「な、なんだと……じゃあお前、力を操れたりもするのか……?」
「それは私が先程確認しました。私を助ける時に敵の殺戮人形に存在の力で内部から破壊させている所を」
周囲にどよめきが起こり出す。ヴォルフや戦士達は様々な感情の目でレナを見ている。
「ただ、私は周囲の存在の力を少し借りてるだけで私自身の力は使ってないんだよ、だから、ぶっちゃけ弱い」
ぶっちゃけ弱いと本人が言おうが最早皆にとってレナは特別な存在と見られつつあった。存在の力が扱える者は特別であり崇拝される者。
ましてやそれが視えるなんて事は聞いた事が誰もが無かった。
「俺、レナのファンで良かった……うおぉぉ!!」
「分かってたぜ、レナが特別って事はよぉ!!」
戦士達は沸き上がり、軍の士気が上がりはじめる、絶望を感じ初めていた皆の心に希望が芽生え始める。
「静かにしろお前ら!! なんでその事を今まで黙ってたのかは今は聞かねぇ。お前の詳しい話はこの戦場を生き残ってからだ。そろそろ兵を休める時間はこの辺にして本命の杭へ向かう!! 体を起こせお前ら!!」
「イエッサー! ヴォルフ戦士長!!」
レナは自分への扱いが変わらないヴォルフを嬉しく思ったのか元気よくいつものように敬礼した。




