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捜索エンゲージリング

夏のホラー2017企画、3作目投稿です。1・2作目を読んでなくてもこの作品だけで読めます。

まだ裏野ドリームランドが営業していた頃の話。前作「夢の中のこども」より時系列が前になります。


 警察が、アパートで男が死んでいると通報を受けたのは、夏の始めの、少し暑い日だった。

 男は自宅のリビングで死んでいた。部屋はやや荒れているが、一人暮らしの男であれば、これくらいは普通だろう。金目の物が盗まれているかどうかは、今調べているところだ。

 恐怖に顔が強張り、白目を剥いて床に倒れている。死んでなお、こんな形相のままだなんて、死ぬ間際、相当の恐怖を覚えたのだろうか。見ているこちらの背筋が寒くなる。


「絞殺か……かなり強い力で絞めたのか」


 男の首には、はっきりと人の両手の痕が指までくっきりと残っている。

 刑事は男の様子を一通り調べて写真を撮らせた後、遺体を運ぶように指示した。持ち上げた瞬間、男の口の中で何かが光った。刑事は鑑識に言って、それを取り出させる。


「……指輪?」


 大きさからして、女物のようだ。紫色に光る石が嵌っている。指輪を口の中にしまっておく人間がいるとも思えないから、殺した犯人が入れたのだろうが、何のために。

 刑事は、ため息をついて再び部屋を調べ始めた。


 ■■■


「で、先輩、あの、お願いしたいことなんですが……」

「……。」


 大学近くのパスタ屋で、俺、水落(みずち)幸晶(さちあき)は、高校からの後輩である、張ヶ谷由佳(はりがやゆか)にお願い事をされていた。

 高校時代からずっと変えていない黒髪のストレートに、爽やかな白のブラウスにスカート。清楚でほんわかとした見た目に反さない、素直で純粋な彼女からの頼み事を、俺はことあるごとに聞いていた。

 何も言わずに、由佳の奢りだと言われたカルボナーラを黙々と口に運ぶ俺に、由佳は恐る恐る尋ねた。


「……あ、あの先輩、怒ってますか?」

「別に怒ってないから、続けてくれ」


 後輩の女の子が食事に誘ってきたからやってきた。実は、相談があったのだという。そこまではいい。

 しかし、由佳は真面目というかなんというか、頼みを聞いてもらうから奢りだと、言い張ったのだ。俺としてはそんなことはさせられず、メニューを注文するまでに、払う払わないでちょっとした言い合いになった。

 雰囲気こそふわふわしているが、生真面目な由佳は一歩も譲らす、結局俺が折れたのだが、それが非常に微妙な気分なのだ。


「で、今度は何だ? また何か失くしたか?」

「えっと、そうなんですけど……私じゃなくて、私の知り合いの方の失くしものなんです」


 由佳は大学に入ってから、家庭教師のアルバイトを始めた。そのバイト先の先輩だった人で、その人自身はもう辞めてしまったそうだが、今でも時々連絡を取っているそうだ。


「本当に大切なものを失くされたそうで、それですごく困っているって話を聞いて、それであの……すみません、先輩の話をしてしまいまして」

「俺のことを何て言ったんだ……?」


 由佳は食べ終えたミートソーススパゲッティの皿にフォークを斜めに乗せる。俺の知っている由佳の良いところの一つだ。食事の食べ方が職人級に美しい。白い服を着ながらにして、ミートソースを食べる勇気は俺にない。


「はい。とても頼りになる霊能力者で、物を捜すのがとても上手だと」


 堂々と言う由佳に、俺は思わず隣のテーブルの人の様子を窺ってしまった。あまりこちらの会話は聞いていないらしいようでほっとした。


「霊能力者って。そんな、胡散臭い言い方をしないで欲しいんだが……」

「え、でも、不思議な力を持ってるじゃないですか」

「何度か説明しただろ、俺がやってるのは『ダウジング』だって」


 ダウジング。人間の潜在能力を利用し、物を捜す技術だ。


 俺の上着のポケットには、肌身離さず持っている、青い水晶が入っている。水晶の振り子を使って、物を捜す様子は、確かにオカルトめいて見えなくもないだろうが。

 さらにややこしいことに、俺自身、ダウジングの訓練で鍛えた鋭い五感の影響か、ちょっとした霊感があるのは否定できない。そのため、霊能力者という言葉も、あながち間違っていなかったりする。


「で? 由佳の知り合いの人は、その『霊能力者』に捜し物を頼みたいって、本当に言ったのか?」

「はい、私がそこまで信頼している人なら大丈夫そうね、って言ってくれましたよ」


 俺はこめかみを揉んだ。現代日本に住む人間が、それでいいのか?


「まあ、俺にできることならやってもいいが……。で、何を捜すんだ?」

「ええと、電話してみますね」


 由佳はスマホを取り出して、その知り合いにかけた。数コールで相手が出たらしく、すぐに話し始める。


「あ、今大丈夫ですか? ……あ、そうです。ええ、詳しい話を聞きたいって……。今一緒にいるので代わりますね」


 由佳が差し出すスマホに、俺はやや戸惑いながらも出る。


「代わりました、水落といいます」

『初めまして。弓岡(ゆみおか)と申します』


 やや低い、落ち着いた女性の声がした。年は二十代後半か三十代前半というところか。


『急なお願いにもかかわらず、ありがとうございます――』

「ちょっと待ってください。俺は確かに物を捜すのはそこそこ得意ですが、できることと、できないことがあるって言いますか……。まず話だけ聞かせてください。場合によってはお断りするしかないかと……」


 俺の言葉に、弓岡さんは少し考えた様子だった。


「何か大切なものを失くしたとしか聞いてないんですが、何を失くしたんですか? それから、捜す範囲はどれくらいの広さですか?」


 俺のダウジングなんか、全然万能じゃないのだ。汚い部屋で失くしたピアスを捜せと言われれば速攻で片付くが、砂浜で落としたビーズを見つけろとか言われたら、さすがに無理。


『そうですね……失くしたのは、指輪です。婚約指輪。失くした場所は、遊園地の中です。どうでしょうか、可能でしょうか?』

「先輩?」


 期待に満ちた目で由佳が俺を見る。電話の向こうの弓岡さんからも、縋るような空気が伝わってくる。

 遊園地の広さで、物が指輪か……。まあ、俺の能力で捜せるギリギリの範囲かもしれない。


「分かりました。やるだけやってみましょう」


 ――その時の俺は、駄目で元々とか、自分のダウザーとしての訓練にもなるだろうとか、その程度にしか考えていなかった。


 ■■■


 弓岡さんが指輪を失くしたという遊園地、裏野ドリームランドは、ローカル線を乗り継ぐこと数時間の、田舎の遊園地だった。規模としてはまあ普通、地元の家族連れであれば遊びに来るが、わざわざ別の土地から遊びに来るほどではないという感じだ。


 日曜日、俺は裏野ドリームランドの門の前で、弓岡さんを待っていた。

 本当は俺と弓岡さんを引き合わせた由佳も一緒に来るはずだったのだが、都合がつかないとかで、俺が一人で来ることになった。


「まあ、声は一度聞いてるから、会えば分かるだろうし……」


 ピンクのウサギの着ぐるみが、風船を配る横で待つこと数分。入場ゲートの前に、黒いタクシーが停まり、そこから一人の女性が下りてきた。

 ショルダーバッグを肩から斜めに下げ、赤いサマーセーターを着た女性は、俺をすぐに見つけ、こちらに向かって礼をした。日曜日だというのに賑わいがいまひとつで、他にそれっぽい人がいないからだろう。

 この遊園地、経営不振で、そのうち廃園するんじゃないだろうか。


「水落さんですか? よろしくお願いします」

「はい。弓岡さんですね」


 その時、風にサマーセーターの袖がふわりと揺れて、俺ははっとする。弓岡さんは俺の視線に気付き、少し寂し気に笑う。


「あ、えっと……」

「気にしないでください、慣れています。それにしても、こう言うのも不躾ですが、水落さんは思っていたより、普通の方なんですね」


 俺はそれを聞いて、乾いた笑いを浮かべた。霊能力者といって、山伏か修行僧みたいなのが来ると思われていたのだろうか。


「……霊能力者っていうのは、あの、由佳の思い込みですから」

「そうなんですか? その割には捜し物が得意と言ってらっしゃいましたが」

「それは追って説明します」


 くすくす、と弓岡さんは、右手で口元を抑えて笑った。


「では、行きましょうか。入園料は私が払いますので」


 弓岡さんの後に続き、俺はドリームランドに足を踏み入れた。

 瞬間、ぞわ、と背筋が総毛立つ。


「……っ?」


 俺は思わず後ろを振り返るが、そこには何もなかった。




 俺と弓岡さんは、とりあえず園内のベンチに座って、詳しい話を聞いた。


「お電話でお願いされていた指輪の写真がこれです。私が失くした物そのものではありませんが、同一のデザインのものを用意しました」


 そう言って弓岡さんが鞄から出したのは、ジュエリーの広告写真の切り抜きだ。俺はアクセサリーには詳しくないが、婚約指輪らしく、大き目のダイヤがキラキラと輝いている。


「ただし、私の失くしたのは、宝石がアメジストです」

「ということは、石の色は紫ですか」

「そうです」


 捜す対象物のイメージは掴めた。俺は広告写真の切り抜きをしまい、次に園内の案内図を広げる。

 このドリームランドには、数こそ少ないが、観覧車にメリーゴーランド、ミラーハウスなど、主要なアトラクションが並んでいた。浦安の巨大テーマパークとまでは言わないまでも、そこそこの広さがある。


「インフォメーションセンターに行って、それらしい落とし物がなかったか聞いてみることはしましたか?」

「ええ、一応は……。見つかれば連絡をくれることになっているのですが、連絡はないので。でも、大体の場所の検討はついているんです」

「それは助かります。じゃあ、そこに行きましょう」


 俺は念のため、ポケットから青い水晶を出して、ぶら下げながら歩いていく。


「あら、綺麗ですね。なんていう石ですか?」

「さあ、これをくれた祖母からは、水晶としか聞いていないんで……。俺はこれでダウジングをするんですが。ご存知ですか、ダウジング」

「何となくは……。指輪の近くに来れば、その振り子が揺れるんですか?」

「まあ、そんなようなものです」


 弓岡さんは目をパチパチさせ、水晶を見つめる。


「面白いですね……。それで、指輪を失くしたのは、この、アトラクションに乗っている途中でのことなんです」

「そうですか……え?」


 俺は弓岡さんの視線の先を追って、そのアトラクションを見上げた。どこか楽しそうな悲鳴が聞こえる。

 空高く弧を描くレールの上を、高速で駆け抜ける乗り物。それは、ジェットコースターだった。




「ジェットコースターで指輪を失くしてから、後日、私は何度かこの遊園地に来て、コースターの周辺を捜したのですが、指輪が見つからなかったもので、途方に暮れておりまして……」

「…………。」


 ジェットコースターを見上げる俺の表情筋は、間違いなく死んでいることだろう。

 もしジェットコースターに乗っている間に指輪がすっぽ抜けたのだとしたら、一体どれだけの勢いでぶん投げられたことだろうか。遊園地の中どころか、敷地外まで飛んでいった可能性まである。


「……とりあえず捜してみます」


 ため息が出そうになるのを抑え、俺は、指輪をイメージしながら、青い水晶を見つめ、精神を集中させた。

 ジェットコースターの、ゴウゴウというレールの音をBGMに、一歩踏み出そうとしたその時――。


「イヤアアアアア―――!!!」


 明らかに、アトラクションを楽しんでいるのとは違う、金切り声のような女性の悲鳴がした。

 俺と弓岡さんははっとして、ジェットコースターの方を見る。係員がバタバタと走り、騒然となる。


「事故?」

「……。」


 俺は黙って、ざわつく喧噪の中から、目的の声だけに意識を集中させる。さっき聞いた悲鳴と同じ声、そして事故に関する情報を話す人間の声だけを探し出し、周囲のノイズから切り離す。


「ジェットコースターに乗ってる途中、急に彼がうって唸ったの! そしたら、乗り物が停まった時に気絶してて……いやあ、ねえ、しっかりしてえっ!」


 女性の声から察するに、連れの男性が、ジェットコースターに乗っている最中に気絶したらしい。すぐに担架がやってきて、口から涎を垂らしてぐったりする男性が乗せられて運ばれていく。


「……また気絶か? 今月で何件目だ……」


 周囲の状況を探ろうと、五感を研ぎ澄ませていた俺の耳に、聞き捨てならない声が聞こえてきた。さらに、運ばれていく男の口が、微かに動くのを、俺の目は見逃さなかった。


「…………”むらさき”」

「え?」


 男の口は、間違いなくそう動いた。そして、俺の手の水晶は、カタカタと小刻みに振れていた。


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