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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

酒乱

作者: 凩 夕緋

コツコツ、ふらり。コツコツ、ふらり。

しん、と静まり返る夜道に、男の不安定な足音が響いた。男は顔を赤らめ、酒臭い息を周りに撒き散らしながら歩いてゆく。やけに機嫌が良いのか時折、鼻歌交じりにステップを踏んだ。しかし、へべれけに酔っているせいもあり、不格好に飛び跳ねるだけだった。


今年で23歳を迎えたばかりの男は、田舎ながら有名な大学を首席で卒業し、今の会社に就職した。気立てが良く、誰にでも真摯に向き合おうとする男の事を上司や同僚達はとても快く思っていた。そんな男が勤め始めて丁度一年になるこの日、直属の上司が言った。

「お前もこの会社に勤めて一年になる。どうだ、一緒に酒でも飲まないか。」

「いえ…私は酒や飲みの場は苦手でして…。」

この男、アルコールにめっぽう弱く、酒癖もなかなかに悪かったのだ。酒が入ると気分が良くなり、誰も手がつけられなかった。その事を痛感していた男は、何とか上手い具合に断ることが出来ないだろうか、と考えていた。しかし、男の思いは呆気なく裏切られ、引きずられるまま店に向かったのだった。店に入るなり、上司はビールをジョッキで4つ、注文した。

「若いんだから。」

そう言いながら上司は酒を注ぐ手を止めない。男がもう無理です、今日の所は勘弁して下さい、と懇願しようやく解放された。その時はもう2時を回っていた。


ぽつりぽつりと規則的に並ぶ街灯の下を男は覚束無い足取りで歩いた。何の飾りもない道の先、二、三先の街灯の下にふと、黒い塊を見つけた。

「あれえ、猫がいるぞお。猫ちゃん、ごきげんよーう。」

黒い塊の正体は真っ黒な雌猫だった。流れるような美しい毛並みに見惚れ、少しの間息をするのも忘れていた。男は上機嫌で可愛いねえ、なんてまた話しかけた。数分がたった頃であろうか。ひっきりなしに話し続ける男に痺れを切らした猫は、

「くさい。」

と一言ピシャリと言い放った。男は一瞬目を丸くしたが、すぐにぱあっと顔を輝かせた。君話せるんだね、凄いねえ、能天気な男の声は暗い夜道に吸い込まれていく。

「眠りの邪魔だわ。何処かへ行って頂戴。」

猫の噛み付くような言葉に耳を傾けることもなく男は話を続ける。猫は始めこそうんざりしていたが、そのうち静かに男の話を聞いてやった。男は時折、猫の艶やかな肌を優しく撫で、猫もそれに応えるようにゴロゴロ、と喉を鳴らす。仕事の話や夢の話、未来の話…若いが故に溢れ出す希望達が猫には心地が良かった。

ふと、男は話を止め、猫の頬にキスをした。猫は顔を真っ赤にして男の頬を引っ掻き、そっぽを向いてしまった。それを見た男はゲタゲタ笑い、そのままゆっくりと深い眠りへ落ちていった。


明くる日の朝、鼻が曲がる程の異臭に男は目を覚ました。辺りを見渡すと、男の周りには小さな人垣が出来ており、たくさんの瞳は男をじっと見つめていた。何事だ、起き上がろうと地面を押し上げた時、ぐにゃり、と嫌な感触が男の掌を伝った。人垣がざわめき、蜘蛛の子を散らすようにばらばらに去って行った。男は自分の触れた物を見るなり、ひっと短い悲鳴を上げた。男の手の中にあったのは、みすぼらしい猫の死体だった。急に気分が悪くなった男は、気が付けば逃げるように走っていた。


朝の一件から数時間後、男は会社へ向かう電車に揺られていた。地元の人の話により、あの猫は数日前から放置されていた事、男はその猫の上に覆い被さる態勢で寝ていた事を知った。自分は何故、あんな所で、あんな事をしていたのだろう。男はぼんやりとしか思い出すことの出来ない昨日の記憶を掘り起こそうと、窓の外を見た。そして、窓に映る自分の顔を見てはっとした。目を見開いた男の頬にははっきりと、一筋の引っ掻き傷が残っていた。

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