会心のニキータ
まさか剣が嘔吐するとは。イルはそう思った。しかし剣から吐瀉物がでているわけではなかった。そのかわり、結晶の光が鈍い青色に変わり、剣の重量が見る見るうちに増えていく。
「ほ、法助? 重いぞ」
「ちょっと待って、もう少しで直ると思うから。これほんと、俺昔からバスとか酔いやすいけど目的地ついたら直るタイプだから」
「く、お、重すぎる」
とうとう剣を地に突き刺す。剣が道路に当たったところには亀裂が入っている。
「た、頼むから早く戻ってくれ」
法助が嘔吐している間、蜘蛛はその場に不動でいた。この物体に意識はあるのかどうかは分からないが、無き前足に思いを馳せているように。静かに二人を観察していた。
とたん口であろう部位をもにょもにょと動かす。ガムを咀嚼するような動き。それが終わると、蜘蛛は口から奇妙な白い物体をイルに向けて飛ばす。
白いねばねばしたゲル状の物質は、重たい剣に四苦八苦しているイルに命中した。
「うわ、なんだこれは!?」
その白い物質がイルに当たると、接着剤のように固まりその動きを制限する。
「なにこれ、ねばねばして気持ち悪い」
「だ、大丈夫かイル」
二発、三発と蜘蛛はイルめがけて発射する。
「うわっ!」
なんとか剣を持っていない左手で直撃を避ける。しかしその攻撃は確かにイルを追いつめる。
「だめだ法助、足と左腕をやられた。まるで動かん」
「はあ? なにだめとか言ってるんだよ! 助けてくれるんじゃないのか!?」
「お主が酔ったりするからこんなことになったんではないか!」
「まあそれはもっともだが。安心しろ。酔いは直った」
「おそいんだよ!」
蜘蛛は六本の足をくにゃっとまげ、力をためる。その力を地面放出し、跳躍、ジャンプする。とてつもなく高くまで飛び上がり、なんとその真下にはイルと法助が位置していた。
絶体絶命。その場から離れることができないイルの中に確かな死の感覚が訪れる。
体の自由が利くのはわずか剣を握っている右腕のみ。もう絶望である。
せっかく適合者を見つけたというのに。
照子。すまない。私はもうここまでのようだ。
イルが諦めかけたそのとき、
「なるほどな、ここが頭で、これが心臓」
機械剣からのんきな声が聞こえてきた。
「おいイル。まだ諦めるなよ。これからとびきりグレートな必殺技を見せてやる」
法助がそう言うと、先ほどバリアを張ったときのように、結晶が赤く光り始める。しかしそれは先ほどとは違いさらに鮮やかに発色よく、赤というより紅い様相を模している。
「さっき吐いたときにわかったんだ。体の構造、気持ち悪いところが心臓で、ぐわんぐわんしてるところが頭」
結晶の赤はさらに照度をあげている。
「法助。貴様いったい何を?」
「気を溜めるのは、拳を握る感触に近い。斬撃は右ストレート」
結晶からケーブルを伝って刀身にエネルギーが送り込まれる。刃先に送り込まれた光は、凝縮し密度を上げていく。
蜘蛛はその巨体を寸分違わずイルに向かって落下させていく。
「右腕一本で十分だ。イル」
「・・・・・・わかった」
イルは先ほどと打って変わって剣が最初よりも大分軽くなったと感じた。その剣を左の腰に溜める。
圧倒的体重を重力に身を任せてのしかかりが。二人を押しつぶそうとする。あと数メートル。
剣の間合い。
「今」
一閃。
剣速。切れ味。すべてが最大限に高められたその切っ先が蜘蛛の体を分割する。
その二つが別れあうようにイルを中心に左右に軌道を変え、墜落する。
その衝撃か、はたまた巨大怪獣のお約束かわからないが、その双子は一斉に爆発した。