出会いは別れのあいさつ
「うわああああああああああ」
住宅街を叫びながら走り回る少年。
その表情は恐怖に歪み、まるでチンピラから逃げているようだ。
チンピラならまだいい方だろう。少年を追いかけているのは人間ではない。
蜘蛛のような姿、しかしその大きさは人間を遙かに越えていた。全身は黒一色で、異形と呼ぶに相応しい出で立ちをしている。八本の真っ黒で光沢を持つ足で軽快に少年を追い立てる。
なぜこのようになったのか、これまでの経緯に深いわけはない。ただこの少年が不幸にも下校途中にこの化け物と出会ってしまったのだ。
「なんだよあれ! 何で俺についてくるんだよ!」
蜘蛛は明確に少年を追いかけている。そのスピードは少年よりも早く、徐々に距離は近づきつつある。
「ハァ、ハァ・・・・・・誰か、助けて・・・・・・」
その声を聞くものは誰もいない。住宅街であるのに周りに人気はいっさい無い。自分だけが違う世界に飛ばされでもしたのかと思うくらい、町は静かで、不気味だった。
少年が角を曲がる。しかし、運が悪かったか、そこに道は続いてなかった。行き止まりである。化け物は逃げられない少年を見つめ、じりじりと近づいてくる。
「やめろ、やめてくれ、俺が何したってんだ! そりゃ悪いこといっぱいしてきたけどよ、こんな化け物に追いかけられること無いじゃんかよ!」
蜘蛛が前足の二本でカマキリのように少年を襲う。何とかよけたが、その切っ先は背後の塀に巨大な切り裂き跡をつける。素材はコンクリート、もし少年に当たっていたら、その命は一瞬で天に昇ること明らかである。
「ごめん、ごめん、謝るから! 頼みます許してください!」
怪物が説得に応じる様子はなく、切り裂きによって返答する。
「うおっ! 危ない! 何なんだよこれ!」
少年は恐怖のあまり気が動転して、逆にハイになっている。
「まさかこんな化け物がこの世にいるなんて、うわっ、あぶなっ! 死ぬってこれほんとに死ぬって!」
蜘蛛は機械のように精密に少年にねらいを付ける。意識があるという感じはしない。
もう少年に逃げる体力は残っていない。次の一撃がくれば自分は死ぬだろう。少年はそう思った。
「頼む、誰でもいい、誰か、誰か助けてください! なんでも・・・・・・なんでもするから!」
「ん? 今何でもするって言った?」
蜘蛛の動きが一瞬止まった。というより、意識がそれたように思えた。蜘蛛は、自分の背後を気にしているような気がした。
「ねえねえ、今何でもするって言ったよね」
声の主は少年の背後、やや高めから聞こえてきた。目の前の蜘蛛を刺激しないよう、首だけ動かして頭上をみる。
そこには、パンツがあった。
失敬。スカートからパンツを覗かしている女の子がいた。背中の塀の上に立っている少女は仁王立ちをしてこちらを見下ろしている。
角度的に、はっきりと、ばっちりと見ることが出来た。見た目の年齢の割に大人っぽい光沢のあるライムグリーンの生地が目に入る。ここまで完璧にその全貌を見ることが今までの人生で無かった少年は、命の危機に瀕していても、ーーいや、あるいは瀕していたからこそ生涯の悔いを残さないようーー食い入るようにその夢のような光景を見続けていた。
「綺麗だ」
「き、綺麗・・・・・・そんなこと言われたの初めてだ」
少女は小声でそういい、頬を赤らめる。
「しょ、初対面の女子の外見をほめるとはなかなか度胸がある奴だな。誉めてやろう」
実際には少年はパンツの神々しい光景に対して言ったのだが、少女は自分をほめられたと勘違いをして自慢げである。
「時に少年、貴様今が非常事態であるということは分かっておるか?」
「そりゃもう、今にもこの蜘蛛俺を殺しそうで、ってあれ?」
蜘蛛のその巨体は凍ったように身じろぎ一つしていなかった。
「私はその化け物に関することをを研究しておる者だ」
「化け物って、こいつは何なんですか?」
少年はパンツに向かって話しかける。少女はまるで気がつく様子はなく、少年はひたすらパンツをその目に焼き続ける。
「その話は後だ。こいつを止められるのも限界がある。貴様、先ほど何でもすると言ったな」
「そりゃもう、助けてくれるなら何でもします」
「言ったな。契約成立だ!」
少女は膝を曲げ、塀の上から飛び降りようとする。すかさず少年は声を上げる。
「降りないで! そのまま、今いいところ!」
少年の心はもはやパンツに支配されていた。感じたことのない高揚感、性的衝動よりも感動が心を満たし、人生で一番といっていい幸せを感じていた。
「ん? どうしてだ? このままだと貴様死ぬぞ」
「ああ、じゃあ後十秒だけそのままでいてくれ!」
少年の気迫に鬼気迫るものを感じ、少女は飛び降りるのをためらう。この少年、どうやら覚悟を決めようとしているのだろう。少女はこの少年ならあれを託してもいいだろうと考える。
やっと、やっと見ることの出来たパンツ。ここで一生分のパンツを見ることが出来たなら、俺は死んでも後悔はない!
「少年。そろそろいいか」
「ああ、いいぜ。何でもしてやる。ライムグリーンさんよ」
「ライ、ム? 何のこと分からんが」
少女は少年の横に飛び降りる。
「ああ・・・・・・」
「何をそんな残念そうな顔をしておるのだ」
「いや、何でもないです・・・・・・」
少年はわかりやすく落胆している。
少女が地面に降りてきたことで、ようやくその顔を見ることができる。
その少女は自分よりも身長が低く、まるで小学生のようだった。いや本当に小学生かもしれない。顔は身長にあったあどけなさ満載のこどもらしい顔つきで綺麗と言うより可愛いに近い。その容姿に白衣が全然似合っておらず、コスプレみたいに感じる。髪は金髪で、あまり手入れが見られず、ぼさぼさである。
「ふん、よく分からんが、貴様にこれを託そう」
少女はポケットから腕時計のようなものを取り出し、少年に差し出す。
一見腕時計の様に見えたが、それには文字盤はなく、それに当たる部分にはデジタル画面が備わっていた。
そして少女は少年に衝撃の一言を放つ。
「貴様には、今から私の武器になって貰う」
「え?」
感想一言でも頂けたら嬉しいです。
誤字脱字多いと思いますが、多めに寛大な心でどうか見ていただけたら、と思うだけで特に直そうとはしない怠惰の極み。