ハイセンス神童 5話-中編
メクシェルの住んでいた村から少し離れた所に木造の帝国基地がありました。基地は塔のように縦に長く、その屋上からはカラクリによって空気の吸引と排出のようななにかが行われています。また基地には窓のようなものは一切なく、入り口には巨大な扉が一つあるだけのようです。その基地のはるか上には巨大な木の枝が伸びており、枝と葉が雪を受け止めています。
メクシェルは基地の壁を触りながら納得したような顔で頷いています。そのすぐ隣で泥棒マッチョが四つん這いになり、息を切らしながら汗をだらだらと流していました。メクシェルは泥棒マッチョの方へ振り向くと、呆れたような表情で言います。
「もお、しっかりしてください。こんなところで休むなんて暢気すぎません? 遊びじゃないのですよ」
「ぜえはあ、ぜえはあぁ。あ、あんたねぇ。足を痛めてたのは、ど、どこのどいつよ」
泥棒マッチョは息も絶え絶えに答えます。そして大きく息を吸うと、四つん這いの姿勢から正座へと移行しました。彼女は顔の汗を両手で拭いながら目を閉じて言います。
「はあはあ。ああもう。なんか騙された気がするわ。あんた普通に歩いてるじゃない」
「私の性格を知っていながら騙されるなんて。頭も心も愚かしいですね」
メクシェルはにやけ顔になり、バカにするかのような態度で言いました。泥棒マッチョはむっとした表情になります。しかしすぐに目を閉じて、顎に手を当てながらから言いました。
「ふうぅ。でも変よねえ。間違いなくあの時は変だった。なんていうか、あんたがこの上なく魅力的に思えたのよ。うむむ、よりによってメクシェルか。うわ、狂ってるなあ」
「あなたって他人に対してえらく失礼ですよね」
泥棒マッチョの言葉を聞いたからか、メクシェルは少し引きつったような笑顔で言葉を返します。そして泥棒マッチョの両肩に手を置くと、いやらしい笑顔を浮かべて言いました。
「しかしまあ、頭でわかっていても私に騙されたのでしょう? きっとあなたの本心は私に扱き使われたいのですよ」
「え? いや、そんなばかな」
泥棒マッチョは戸惑うような態度で体を少し後ろへ寄せました。メクシェルは両手に少し力を込めて話を続けます。
「もしあなたが、私に騙される前後にどきどきしていたのなら間違いありません。私に扱き使われることを期待をして、扱き使われたことに悦を感じていたのです。どうです? あの時どきどきしていましたか?」
「ま、まあ。それなりには」
泥棒マッチョは複雑そうな表情で答えます。視線は下に逸らしており、態度にもあまり自信がなさそうな感じでした。メクシェルは笑顔を崩さないまま言います。
「ほらね。しかしあなたには信じられないことでしょう? だから今回の侵入作戦はあなたの心境がわかるものを採用したいと思います」
「え? そんな遊び半分で帝国に乗り込むの?」
泥棒マッチョは呆れているのか目を細め、自分の手を胸の辺りに置きながら言いました。メクシェルは基地に近づくと、壁をぽんぽんたたきながら言います。
「心配は要りません。もっとも簡単に基地に侵入できる作戦です。まずこの基地の入り口は正面にある大きなドアと屋上のカラクリの二つだけです。ロリコンの情報でもこの二つでした」
メクシェルは格好つけるように自分の頬を片手で押しながら、空いている手でまずドアを、次に空を指差して言います。泥棒マッチョは少し考えるように唸ってから言いました。
「うーん。木造だから隠し扉とかあるかもよ? 村のくノ一さんの家には回転扉があったし」
「ああ。隠し扉はあなたが休んでいる間にちゃんと調べましたよ。私一人で基地の壁を叩いて。誰かさんは休んでましたけどね」
メクシェルはすぐ近くの壁を軽く叩きながら答えます。そして疲れたかのように腕をぐるぐると回したあと、話を続けました。
「それで作戦ですが、まずはあなたが囮となって敵に大声で呼びかけます。あなたが敵を引き付けてる間に、私が村人に反乱を呼びかけるのです」
メクシェルの話が終わるとしばらく沈黙が続きます。泥棒マッチョは唖然とした顔で固まっていました。数秒後、泥棒マッチョが疲れたような表情で言います。
「あの、まず敵って何人?」
「正規の帝国人は数人らしいですよ。ただ村人側から帝国人側になった人がそこそこいるとか」
メクシェルは顎に手を当てて考えるような様子で答えます。泥棒マッチョは続けて尋ねました。
「で、私はどうやって逃げればいいのかしら?」
「走れば楽ですよ」
「私、物凄く疲れてるんだけど」
メクシェルが答えると、泥棒マッチョは少し不機嫌そうに言います。メクシェルは答えるように言いました。
「だからこそですよ。疲れている状態で更に走らされる。まさに私に扱き使われている状態です。今回、もし走った後にどきどきしていれば、私に扱き使われることを望んでいることに」
「それは息切れのどきどきだっ! それに体力的に無理だって言ってんのよ!」
泥棒マッチョはメクシェルの言葉を遮るように怒鳴ります。彼女はどうやら不機嫌なようです。メクシェルはふんとそっぽを向くように言いました。
「さすがに気付きますか。では危険ですが上から行きますか?」
「え、あのカラクリから? そんな方法あるの?」
泥棒マッチョは不思議そうに尋ねます。メクシェルは浮かない顔で答えました
「あはは。これは本来私が使うつもりだった侵入方法なのですが。ずっと奥にある世界樹を登り、この上の枝まで移動します。そして枝から空気を吸い込むカラクリに飛び込むという方法です」
「う。それはもっと嫌だわ。捕まるどころか死にそうだし」
泥棒マッチョは困ったような表情で言います。メクシェルは自分の口元を手で押さえながら言いました。
「でも無難な方法はこれくらいしかありませんよ? 湿気ていなければ基地に火でもつけた後、不安を煽って反乱させるのですが」
「なによもう。融通の効かない基地ね、このこのっ」
泥棒マッチョは不機嫌そうに立ち上がると、基地の壁を力一杯という感じで蹴ります。すると泥棒マッチョの足が壁を突き抜けました。二人は「ええええ!」と驚いたような声を出します。どうやら壁の一部は凄く薄い作りのようです。泥棒マッチョは足を引き抜いて言いました。
「な、なんか破れたけど。え、なんなのこれ?」
「どれどれ。あら。どうやら中は通路みたいですね。上に続いてそうです」
メクシェルは破れた部分を眺めながら言います。泥棒マッチョは納得したように頷くと、壁をへし折り始めました。
数十秒後、二人の前にある通路から薄い板の大部分が取り除かれます。通路は石造りで、大人一人が余裕を持って座れるくらいの広さです。また通路は上の方へと続いているようでした。泥棒マッチョは持っていた最後の板の破片を放り投げて言いました。
「これは隠し通路かもね。誰かさんが探し損ねてたみたい」
「う。ま、まあ遊び半分で探しましたからね。にしてもどうして隠し通路が?」
「なんでもいいわ! さっさと入って食べ物をいただくわよ!」
メクシェルが少し焦ったように言うと、泥棒マッチョは気にする様子もなく叫びます。そして四つん這いになって通路の中を進んでいきました。メクシェルも四つん這いになると後に続きます。二人はついに基地の中へと侵入したのです。