ハイセンス神童 4話-後編
メクシェルの家に置かれている椅子へ、メクシェルと泥棒マッチョは向かい合って腰掛けています。二人は机に突っ伏したあの部屋に戻っていました。二人の前にはカップに入れられた緑茶が置かれています。メクシェルはカップを片手で持ち、カップ内の液体を自らの口へと移しました。そして彼女は緑茶を飲み込むと、鋭い目つきで口元をにやつかせながら言いました。
「それでお客様。素性を知らないも同然の私になんの御用でしょうか? もうすぐ日が暮れるのでお引取り願いたいのですが」
「家はとっくに燃えたけど」
「あら、虫などは土で暮らしていますよ。ところであなたは土に帰らないのですか?」
泥棒マッチョが苦笑いするような表情で答えると、メクシェルはにこやかな表情で言いました。泥棒マッチョは自分の髪を触りながら呆れた表情で言います。
「訳のわからないことを。帰るもなにも土で暮らしたことすらないわよ。それよりさ。ちゃんと謝るから機嫌を直してほしいわ」
「機嫌は直ってますよ。普通の知り合い関係に戻っただけです。これからも帝国を相手にするために協力しましょう」
メクシェルは両手を組みながら涼しげな顔で微笑み、泥棒マッチョの方を見つめて言いました。泥棒マッチョは両手を合わせると、不安そうな表情を浮かべて言います。
「本当にごめんね。折れ曲がった本は直したわ。これからも友達でいましょ?」
「折れ曲がった? ああ。まあなんにしても気にしていませんから。でもやっぱり友達関係は無理ですね。協力関係でいましょう」
メクシェルは不思議そうな表情からの納得したような表情、そして悲しそうな表情へと見事な表情変化を遂げつつ言いました。泥棒マッチョはその様子を見たからか「うふふっ」と口元を押さえながら笑います。メクシェルは不思議そうな表情で咳払いをしてから話を始めます。
「ごほん。あと帝国基地の場所についても話しておきます。基地までの距離はそれほどでもないのですが立地がよくありません。少し前にロリコンのことを話したでしょう? 三〇〇〇ページの本を書いた。あの人によれば基地は森にあるのだそうですが」
メクシェルは困ったような顔をして話しました。そして一度話を途切れさると、溜め息をついてから話を続けました。
「世界樹って知っていますよね?」
「ええ。凄く大きな木のことでしょ? こんな天気でもなければ私の小屋からでも見えるわ」
泥棒マッチョは両腰に手を当てて自信ありげに答えました。メクシェルは一度だけ首を縦に振ると、手の平を上に向けて言いました。
「基地の場所は入り口付近なんですよ。世界樹の群生地の」
「え? あの木って一杯生えてるの? 村からだと大きすぎて一本にしか見えなかったけど。でもそれになんの問題が?」
泥棒マッチョは意外そうな顔をしながら言いました。口と顎の間辺りに手を当てて目をぱちくりさせています。メクシェルは少しの間なにかを考えるように沈黙したあと、顔の半分ほどを片手で覆うようにして微笑みながら言いました。
「うふふ。今ではなんら問題はありません。実は絶対に死なせたくない友人がいましてね。世界樹の雪がその人を殺す可能性があったのですよ。もっとも既にその友人はこの世にいませんけど」
「まあ! そうか。友人を亡くしたのね。もしかしてそれが帝国に乗り込む理由?」
「ふん、無くしましたよ。明日にでも亡き者になるかもしれませんね」
泥棒マッチョが気の毒そうに言うと、メクシェルはそっぽを向いて話します。そして彼女は席から立つと、扉の前まで移動してからやや不機嫌そうに言いました。
「お風呂どうですか? この家のお風呂はシャワーというカラクリですけど」
「カラクリ? あんたの家にはカラクリがあるの? そりゃ珍しいわね! 私の村だと村長の家にしかなかったのに」
泥棒マッチョは感心したような声と表情で言いました。そして彼女は立ち上がると服を脱ぎ始めます。しかし服が雪によって濡れているため上手く脱げません。メクシェルはそんな彼女を見たからか、口元に手を当ててくすくすと笑いながら言いました。
「くっふふ。あ、あの、服は脱衣所で脱ぐんですよ?」
「え? 服を脱ぐ場所が決まってるの? 折角の広い家なのに無駄遣いしてるわねー」
泥棒マッチョは呆れたような様子でそう言うと、脱ぎかけていた服を着直します。メクシェルは泥棒マッチョを手招きしつつドアを開けて、廊下に出て行きました。泥棒マッチョも後に続いて部屋を出て行きます。
メクシェルは廊下を少し歩いて玄関前で立ち止まります。そして片手を泥棒マッチョの方へと突き出すと、「ここで待っててください」と言って玄関のドアを開けました。彼女は玄関の近くでしゃがみ込むと、雪をかき集めて雪玉を作り始めます。泥棒マッチョはメクシェルの手元が見えないのか、背伸びをしながら言いました。
「ねえねえ。なにやってんの?」
「ほら。女神像に案内していただいたお礼をすると言ったでしょう? 本当はお茶用に別のものを用意していたのですが予定を変更しました。代わりにこれをどうぞっ!」
メクシェルはそう言ってメクシェルの方へと振り返りつつ、片手に持った雪玉を泥棒マッチョの顔めがけて投げつけました。雪玉は彼女が振り返った勢いも合わさり、あっという間に泥棒マッチョの顔との距離を詰めていきます。泥棒マッチョは顔に当たる直前で雪玉を受け止めると、手首だけを使ってメクシェルへと投げ返しました。雪玉はメクシェルの顔へべちょりと直撃します。
二人はしばらく沈黙します。十数秒後、顔の雪を払いながらメクシェルが驚いたような顔で言いました。
「よく防げましたね」
「ん? そりゃあんたの考えくらいわかるわよ。何日一緒に居ると思ってんのさ」
「一日未満ですってば」
自慢げに言う泥棒マッチョの言葉に、メクシェルは複雑そうな顔で答えます。そしてメクシェルは「これでなんで怒ってる理由がわからないかなあ」と小声で呟くと、片手をポケットに入れながら言いました。
「ふん、まあこのくらいで勘弁してあげます。私の考えを読んだのは少しだけ見事だったので、えっと、一番風呂は譲ってあげますよ。どうぞ。服は入ってすぐの所で脱いでくださいね」
メクシェルは言葉に詰まった辺りでポケットから手を出します。そして言い終わった後、ポケットに入れていた手で近くの扉を指差しました。
「あら、素直な負け惜しみだわ。まあ早く機嫌を直すことね。じゃあお先に」
泥棒マッチョは指差された扉の先にある脱衣所へと入っていきます。数秒後、メクシェルは扉の方に視線を向けつつ、ポケットに入れていた側の手の指を舐め始めました。彼女が指を舐めていると、脱衣所の奥にあるであろうお風呂場から泥棒マッチョの大きな声が響いてきました。
「メクシェルー! このなんとかっていうカラクリはどう使うのー?」
「出っ張りを手前に引けば水が出ますよー!」
「わかったー!」
メクシェルが指を口から離して大きな声で答えると、泥棒マッチョから返事が返ってきました。メクシェルは返事を聞くと楽しそうなにやけ笑いを浮かべます。数秒後、泥棒マッチョの大きな叫び声が聞こえます。
「きゃああああああぁっ! メクシェルー! 冷水が出たけどどういうことよこらぁっ!」
「うふふっ。手前に引けば水のタンクと繋がって水が出るんですー! お湯のタンクと繋げるには出っ張りを奥に倒してくださいー!」
メクシェルは口元を隠すように笑いながら大声で言います。その言葉に答えるように、泥棒マッチョの怒鳴るような声がお風呂場から響いてきました。
「そういうことは先に言えっ! 風邪を引いたらどうしてくれるのよー!」
その声を聞いたからか、メクシェルは鼻歌を奏でながら満面の笑みを浮かべます。そして「ああ、本当に友達でいたかったな」と独り言を言いました。
数秒後、再び泥棒マッチョの悲鳴が響きました。
「きゃあああぁっ! こらメクシェルー! お湯じゃなくて水が出てるじゃないのよー! 騙したわねぇっ!」
「あはははは! あのですねー! お湯のタンクに入ってるのは残り湯なのですよー! それが冷めて水になっちゃってるんですー! 入れ替えなきゃお湯なんか出ませんよー!」
メクシェルは片手でお腹を押さえながら笑い、その後大きな声で言いました。泥棒マッチョの怒鳴るような返事がお風呂場から廊下へと届きます。
「笑ってんじゃねー! そういうことは先に言えって言ってんでしょうがー!」
メクシェルは「あら」と呟いて口元に手を当てます。しかしそんな状態でもわかるくらいに彼女の顔は楽しそうに微笑んでいます。
数十秒後、泥棒マッチョが脱衣所から出てきます。彼女はいかにも不機嫌そうで、メクシェルと視線が合うとふんとそっぽ向いてしまいました。そして視線だけをメクシェルの方へ戻すと、彼女は脱衣所の方を指差して言いました。
「お風呂空いたわよ。いいお水だったけどあんたは入らないわけ?」
「え? 雪が降っているのですよ? 頭おかしいんじゃないですか?」
メクシェルはきょとんとした表情になった後、笑顔で答えます。泥棒マッチョは疲れたように溜め息を吐くと、「もう寝よう」とだるそうな声で呟きました。メクシェルはその呟きが聞こえたのか、「お」と一言声を漏らすと、少し考えるような仕草をしながら言いました。
「あああ。一人暮らしなのでベッドが一つしか置いてないんです。すみませんが椅子で寝てもらえます?」
「ええー。勘弁してよ。椅子なんかで寝たら明日帝国まで持たないわ。お願いメクシェル! 半分だけベッドを使わせて!」
泥棒マッチョは両手でメクシェルの手を掴んで頭を下げました。メクシェルは一瞬眉をひそめます。そして少しの間考え込むように黙ったあと、溜め息をついて答えました。
「はあ。わかりましたよ。今日だけは一緒に寝ましょう。その代わりその濡れた服は着替えてください。私の衣服一式を貸しますから」
「ありがとう! 感謝するわ!」
泥棒マッチョはメクシェルの首に腕を回して軽く抱きしめます。メクシェルは後ろに一歩引きましたが、特に泥棒マッチョをはね除けたりはせずにじっとしていました。
二人はメクシェルの部屋で衣服を着替え、二人一緒にベッドに入ります。着替えが終わる頃には日が落ちており、暖炉の明かりのみが部屋を照らしていました。二人は疲れていたためか、ベッドに入った後は特に会話もなく眠りに落ちていくのでした。