ハイセンス神童 4話-中編
一本の廊下と七つの部屋からなるメクシェルの家。七つある部屋の一つにメクシェルと泥棒マッチョはいました。部屋全体は暖炉によって暖かさに包まれています。二人は部屋に置かれた椅子に座っており、二人の間にある机にどちらもが突っ伏していました。泥棒マッチョは突っ伏したまま話し始めます。
「ああああ、すっごい疲れた。隣村行くのは楽だとかよく噂されてたのにぃ」
「雪さえ降っていなければ大した道でもないですよ。ましてやあなたの小屋は通り道にありましたし」
メクシェルは突っ伏した状態のまま片手を振って答えました。そしてすぐに顔を上げると、顎の辺りに片手の人差し指を当てながら続けて話します。
「というかあなたの小屋は通り道にありましたね。どうして帝国に捕まってないのですか? 地理的に真っ先に捕まってもおかしくないはずですが」
「ん? そういえばそうね。二、三回くらいは帝国人が小屋に来たはずだけど。ええと、確か食べ物を奪われたわ。それと準備を済ませて帝国に来い的なことを言っていたような」
泥棒マッチョは顔を上げると、不思議そうに頬を触りながら答えました。しかし彼女は「それ以降は見てないなあ」と呟くと、目を閉じて黙り込んでしまいます。メクシェルは自分の寝かせた腕を枕のようにしながら言いました。
「帝国はまず集合勧告を出して自主的に村人を集めます。そして数日後、村人が寝静まった三時ごろに残った村人を連れ去るという話です。とはいえ普通は起きている時間ではありませんが」
「ああ。三時ならおやつの時間ね。いつもはこっそりと女神像のお供えを食べに行ってるわ」
泥棒マッチョはまるで悪魔か邪神のごとく邪悪な笑みを浮かべながら言いました。彼女は悪意あるオーラを全身から放つかのように腕組みをしています。そして神に背く非道を快楽とするかのような視線をメクシェルの方へ向けました。メクシェルは呆れたような表情になると、机の上の両手を前に出して言います。
「おやつの三時はお昼過ぎのことだと思いますけど」
「ああうん、そうだけどね。それよりお茶なんて本当にあるの? 帝国が全部持っていったんじゃない?」
泥棒マッチョは空腹のためかお腹の辺りを押さえながら尋ねました。彼女の顔はわずかに左右へ揺れており、お茶を心待ちにしているかのようです。メクシェルは得意げな顔になると、両手を横に広げながら言いました。
「予備が隠してあるので大丈夫です。よければ隠し場所を見ていきますか?」
「隠し場所なのに見せるの? まあ面白そうだから見たいけど」
「ではこちらへどうぞ。私の部屋に案内しますね」
泥棒マッチョが不思議そうに答えると、メクシェルが席を立って廊下へと出て行きました。メクシェルが手招きするような動作をすると、泥棒マッチョも席を立って廊下へと移動します。
二人は廊下を移動して別の部屋へと入りました。二人の入った部屋にはベッドやタンス、暖炉、コップを乗せた机などがあります。また本棚もあり、いくつかの本が入っていました。
泥棒マッチョはもの珍しそうに視線をきょろきょろと周りに向けています。そして頭を掻きながら感心したかのように言いました。
「ひぇー。なんていうか綺麗な部屋ねぇ。家全体も私の小屋の三倍くらい広いし。なんとなく理不尽な気分だわ」
「そりゃまあ、あの小屋と比べればそうでしょうね。よいしょ」
メクシェルは笑みを浮かべながら当然といった感じで答えます。そして四つん這いになると、ベッドの下を漁りだしました。彼女が床にある取っ手を片手で引っ張ると、床の扉が少しだけ開きます。彼女は「これこれ」と機嫌よさ気に呟くと、床の扉を押さえていない手を床下へ突っ込み、中から薄い箱を取り出しました。メクシェルは四つん這いの状態から立ち上がると、箱を開けて、「あああ。そういえばこんなのも作ったなぁ」と呟きます。
泥棒マッチョはそんな独り言を聞いたからか、きょとんとした顔で尋ねました。
「なあに? 思い出の品でも見つけたの?」
「あのー。普通の茶葉以外に自作した恋の茶葉もあるのですが。その、よろしければ自作の茶葉を何杯かいかがです? たくさん余っているのですけど」
メクシェルは泥棒マッチョの方へ振り返ると、作ったような笑顔を浮かべながら言いました。彼女の視線は泥棒マッチョを見つめることなく横に逸らされています。泥棒マッチョは嫌ような態度で首を左右に振りながら言いました。
「いらないいらない。恋の茶葉とか怪しすぎるから普通の茶葉でお願いしますわ。ああでも効用くらいは聞かせて。一応」
「身も心も必要以上に火照りますね。寒い冬にはぴったりですよ。まあ私自身が飲んだわけではなく、飲ませた子供の様子から推測しただけですけどね。あはは」
メクシェルは顔を逸らしながら言いました。そして誤魔化すかのように笑いをもらします。泥棒マッチョは呆れたような表情をしながら、様子を探るかのような視線でメクシェルの方を見ています。彼女はメクシェルの持ってる箱を指差して言いました。
「とりあえず客人にそれを勧めるあなたは頭がおかしいと思うわ。普通のお茶でも飲んで気を落ち着かせましょう」
「はぁ~い」
メクシェルは少し残念そうな声で溜め息をつくように返事を返します。そして箱を開けて、二つある袋のうち量が少なそうな袋を取り出し、部屋を出て行きました。その際もう片方の袋が入った箱を机に置いていきました。泥棒マッチョは「って、私はここで待てばいいのかしら? それともさっきの部屋に戻ればいいのかしら?」と独り言を言います。そして数秒後、「お茶用のお菓子でもないかな」と言ってドアを閉めたあと、ベッドの下を漁り始めました。
数十秒後、ベッドの下にも床下にもなにもなかったからか、泥棒マッチョは溜め息を吐いて立ち上がります。そしてベッドに座ると、その姿勢のまま少しだけ目を見開いて固まりました。彼女の視線の先には机に置かれた袋があります。「特製の茶葉かあ」と泥棒マッチョは呟くと、茶葉の方へと手を伸ばそうとしました。彼女のお腹からは、空腹を告げるかのように腹の虫が鳴っています。
泥棒マッチョは左右に頭を振ると、立ち上がって本棚の前へと移動します。そしてやや乱暴に一冊の本を引っこ抜くと、その本を持って再びベッドに座ります。彼女はばっと本を開くと、しばらく眺めるように本へと視線を向けていました。十数秒後、彼女は「え? 恋の女神だって? なんだこりゃ」と不思議そうに呟きます。
泥棒マッチョが本を閉じると、『恋の女神寄せ集め』と書かれた表紙が彼女の視線の先に現れました。彼女は納得したような顔で頷いてから、「ああ、きっとメクシェルはこの本で女神のことを知ったのね。そうだ! 他の場所にある女神像に食べ物が供えてあるかも! どこかに載ってないかしら?」と独り言を言います。そして本のページをめくってみますが、途中で本をめくる手を止めました。本には次のようなことが書かれています。
「恋の女神はおしゃべりです。他の神達に有ること無くは無いこと話します。大事件でもあればチャンス! あなたが事件を変動させて、なおかつ女神がその光景を見ていたらどうなるか? 女神は他の神達にその出来事を嘘偽りなく話します。女神に見てもらう方法は二段階に分かれ」
この辺りの記述には線が引いてあり、他の記述よりは目を引くものでした。しかし泥棒マッチョは本を小突きながらながら、不満そうに一人で言いました。
「バカバカしい話だわ! 神様の間で語られるからってなんになるのよ? そんなことより食べ物よ。女神像の場所にもきっと線が引いてあるはずよ! 根拠はないけど」
泥棒マッチョは次々とページをめくっていき、再び線の引いてあるページで手を止めます。本には次のように記述されていました。
「もしあなたが主人公として女神に認められたらどうなるか。女神はあなたを恋するような相手と結び付けてくれます。あなたと思い人の逃避行だって実現しちゃうでしょう。あなたの心を満たすはずです。またあなたの恋心を読み取って神々に」
「だからなんで場所が載ってないのよぉ。ああもう! 主人公だとか女神の恋だとか、どいつもこいつも頭おかしいんじゃないの! ふんっ」
泥棒マッチョは一人でそっぽ向くと、持っていた本をぽいっと自分の後ろに放り投げます。本はベッドの上に落ち、ぐしゃっとページの一部が折れ曲がります。彼女は「やばっ!」と短く叫ぶと、本の折れ曲がった部分を伸ばして本を閉じました。
泥棒マッチョが本を閉じてベッドに置いたとき、部屋の外からなにかが割れるような音がしました。それは乾いたものが割れるような音で、ドアが閉まっていても中まで音が響きました。泥棒マッチョは音に気付いたのか、ドアの方へ歩いて近寄り、閉じていたドアを開けます。そこにはメクシェルが立っていました。
「ああメクシェル。丁度よかったわ。そろそろお茶でも飲みたいと」
泥棒マッチョは笑顔で廊下の外へと近づきながら言います。両手を横に広げ、まったく警戒心がないかのように廊下との距離を詰めていきます。しかし彼女が言葉を言い終わる前に、メクシェルは勢いよくドアを閉めました。結構な力で閉じられたドアは泥棒マッチョの顔面と体を部屋の中へと押し飛ばして、ばたんという音を立てて閉まります。泥棒マッチョは転げまわりながら、顔を両手で押さえて叫びました。
「ぐああああっ! いったい! いたーい! あんた一体なにするのよ!」
ドアの方からはなんの返答もありません。泥棒マッチョは鼻を押さえながら立ち上がると、くらくらと後ろへ振り向いて動きを止めました。彼女の視線の先にはベッドと本があります。彼女は「ああ、本のことで怒ったのね。でもだからってドアを叩きつけるのはやりすぎよ! ああ痛い!」と大きな声で呟くと、ドアを開けてメクシェルの部屋を出て行きました。しかし廊下には既にメクシェルの姿はありません。泥棒マッチョは先ほどまで椅子に座っていた部屋へと戻るのでした。