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ハイセンス神童 4話-前編

 少女の小屋が燃えています。

 とある村と村を繋ぐ一本道。林に覆われたその道は、雪で真っ白に染まっていました。しかし今はそんな道に灰色の煙が少々漂っています。少女の小屋から上がる炎の煙でした。

 少女は唖然とした表情で小屋のある方向に視線を向けています。彼女は震える指を小屋に向けながら、涙を浮かべて言いました。

「わ、私の小屋が。私の小屋が!」

「あああ。恐らくさっき投げ入れた斧が原因ですね。斧の柄から木製の床へと引火したのでしょう。あの、大丈夫ですか?」

 メクシェルが心配そうな表情で呼びかけます。少女はメクシェルの声に答えることなく、ふらふらと向きを変えて行き先の方角へと歩いていきました。彼女は放心したかのように下を向いています。メクシェルは「こりゃダメかな」と呟くと、少女の横に並び、手を繋いで進み始めます。二人は会話することもなく道を歩いていきました。

 二人は少女の家が見えなくなる程の距離を歩きました。少女はある程度立ち直ったようで、今では前を向いて歩いています。しかし未だにメクシェルと手を繋いでいました。少女は目を閉じ、空いている手で頬を掻きながら言いました。

「ねえねえ、小屋が燃えたけどどうすればいいのかしら? このままじゃ食べ物を助けても生活できないわ」

「そうですね。とりあえず生活のほうは、しばらくでよければ私の家に泊まっていただいても構いませんよ」

 メクシェルは少女の方へ顔を向け、空いている手を少し横に出して答えます。少女はメクシェルの言葉を聞いたからか、嬉しそうな表情を浮かべて言いました。

「本当? メクシェルって非道だけど優しいのね」

「非道扱いされる程のことはしてませんが。あと村人を帝国から助けて、お礼に小屋を建てさせてはどうでしょうか? というか家くらいは建てさせるべきです。一応仮にも女の子の住居ですし」

 メクシェルが空いてる手を胸の辺りまで上げて、もっともらしげな態度で話します。少女は少し首を傾げたあと、余裕の感じられる声で言いました。

「あら、正真正銘の女の子らしい女の子よ。顔立ちもいいし。ね?」

 少女は言い終わると同時にウインクをします。メクシェルは少女のウインクを見たからか、少しの間呆然とした表情で黙っていました。数秒後、少女とは逆の方向へ顔と視線を向けると、見下したかのように鼻で笑います。少女は繋いだ手を離してメクシェルの正面に立ちました。そして片腕を毛布の中にあるメクシェルの首に回して、ぐぐっと力を入れながら言います。

「あら、私の顔立ちに文句でもあるのかしら? ねえ?」

「うむぶぶ! な、ないでしゅ。ぶはあっ! はあはあ。で、でも突出してるわけでもありませんし、性格が壊滅的過ぎてとても。うぐむむむむっ!」

 メクシェルが苦しそうに答えると、少女は一度腕の力を緩めました。メクシェルは荒く呼吸をすると、二、三歩下がりながら続けて話し始めます。しかし少女は既にメクシェルの腰に片腕を回しており、二人の距離は開きませんでした。少女は一瞬にやりと笑うと、一度力を緩めた腕で再びメクシェルの首を締め上げます。そして腰に回した腕にも力を入れます。彼女は笑顔を引きつらせながら怒鳴るようにして言いました。

「あんたに性格云々を言われる筋合いはないっ!」

 少女の腕と体に圧迫されてメクシェルの呼吸は乱れます。またメクシェルは無理やり背中を反らされており、「いだだだ!」とわずかに涙を浮かべて叫びました。彼女は腕で少女を引き剥がそうとしたり、少しだけ動かせる手で少女の体を叩いたりして脱出を試みます。しかし少女の方が身長が高く体つきもよいからか微動だにしませんでした。


 少女が腕を離したのは、力を込めた抱き寄せから数分後のことです。先ほどの出来事が運動代わりになったのか、二人の体温は小屋を出るときよりも上がっていました。しかしメクシェルは調子が悪いのか、少女の背中に顔を埋めて、少女の腰に腕を回し、ずるずると引きずられています。少女は顔に手を当てながら困ったような表情で言います。

「ねえー。締め付けたことは謝ったんだからそろそろ機嫌直してよ。このままじゃ私、あんたの家に着く前に倒れちゃうわ」

 メクシェルはなにも言わずに同じ体勢のまま引きずられ続けます。少女は「私なんかに負けてるけど大丈夫なのかしら」と呟きました。メクシェルはその言葉が聞こえたのか、顔を上げて言いました。

「大丈夫ですよ。普段は油断しないので。帝国人になんかはまず捕まりません」

「なんで私相手には油断してるのさ。ってか、泣き止んでるなら離れてよ! こんな状態で歩き続けたら筋肉質になっちゃうじゃない!」

 少女はやや膝を曲げ、左右に腰を振りながら言いました。メクシェルは少女の腰の動きに合わせて動き回りますが、やがて両腕から少女の体を開放します。彼女は躓きそうになりますが体勢を立て直します。そして歩きながら少女の方へと顔を向けて不思議そうに言いました。

「既に殺人マッチョでは?」

「いや、殺したことはないから殺人泥棒だって。ん? あ、違う。私は泥棒マッチョよ!」

 少女は呆れたような表情で言います。そしてなにかに気付いたような顔になり、慌てたように泥棒マッチョを自称しました。メクシェルは泥棒マッチョの言葉を聞いたからか、自分の口元とお腹に手を当てて笑っています。そして泥棒マッチョを指差して言いました。

「うっふふふっ! 墓穴を掘ってるじゃないですか」

「はい? いやそれよりも、ほら。あれが村じゃない?」

 泥棒マッチョは一瞬困ったような表情をしたあと、前方を指差して言いました。

 周囲は既に林ではなく開けた道が広がっており、少し先には村があります。また彼女達の後ろには緩やかな坂道と彼女達の足跡が二人の元まで続いていました。

 メクシェルは視線を村の方へ向けると、眺めるように手を額に当てて言います。

「あら、もう着いちゃいましたね。あの村の入り口付近に私の家があります。そこで一晩寝てから帝国へと向かいましょう!」

「ああ、うん。ところでふと疑問に思ったんだけど」

 泥棒マッチョは自らの髪についた雪を手で払い、頷きながら言いました。そして視線をメクシェルの方へ向けると、首を傾げるように続けて言います。

「頼んだ私が聞くのも変だけどさ。なんであんたは私に協力したの? 女神像の場所くらいで帝国を相手にするなんて安請け合いし過ぎだと思うわ」

「それはまた今更な話題を。普通、私が頼みを引き受けた時点で疑問に思うものですよ?」

 メクシェルは呆れたような表情で泥棒マッチョを見つめて、両手を少し広げるようにして言いました。そして目を瞑り、唇の下に指を当ててなにかを考えるように黙々と歩いていきます。泥棒マッチョは少しだけ手を広げ、なにかを閃いたかのような表情になってから言いました。

「そういえば話を鵜呑みにするなって褒めてたわね」

「貶していたのですよ。まあ当然理由はあります。実はですね。私はあなたに頼まれる前から帝国を倒すつもりだったのです」

 メクシェルは自慢げな表情になると、手の動きを交えつつ嬉しそうに言います。そして視線を泥棒マッチョに時折向けて、様子を伺うように歩き続けました。泥棒マッチョは驚いたような表情で一瞬足を止めて言います。

「えええ! 帝国を倒すですって! 滅茶苦茶マッチョね!」

「違いますよ。打ち倒すという意味です。どうやって押し倒すと打ち倒すを間違えたのですか?」

  メクシェルは腕を組みながら困ったような表情で尋ねます。泥棒マッチョは考えるように上の方を見上げます。片手で自分の顎の辺りを触りながら、呟くような感じで答えました。

「方言の違いじゃないの? 私の村は万国式の新約ジパング語だけど」

「まあ知ってましたけど。私の村は大陸式の新約ジパング語。どうでもいい話ですね」

 メクシェルは興味のなさそうな声と表情で言葉を返します。泥棒マッチョは一瞬むっとしたような顔になりますが、「でも私も興味ないや」と呟くと大きなあくびをしました。そして彼女は溜め息を吐くと、片手で自分の頬を掻きながら言います。

「はぁ。それでどうして帝国を倒そうと思ったのかしら? なんか特別な事情でもあるの? あと私は帝国を倒すことは頼んでない」

「えへへへ。知りたいですか? 絶対にバカにしないなら教えますよ?」

 メクシェルは片手で自分の口元を押さえると、楽しそうな表情で言いました。泥棒マッチョは目を閉じて数秒間黙ったあと、メクシェルの顔あたりを見つめるようにして言います。

「わかったわよ。間違ってもバカにしたりはしないわ」

「本当に?」

 今度は少し不安そうな表情でメクシェルが尋ねます。彼女の目線は泥棒マッチョの目のあたりに真っ直ぐ向けられており、どうやらかなり真剣なようです。泥棒マッチョは自分の胸に手を当て、自身ありげな声で言います。

「本当だって。むしろ褒めちぎってやろうじゃない!」

 メクシェルはその言葉を聞いたからかこの上なく嬉しそうな笑顔になります。彼女は泥棒マッチョの腰から横腹辺りに片手を回して、空いている片手を前へと突き出します。そして泥棒マッチョを押し出すようにして言いました。

「わかりました。ではゆっくりとお茶でも飲みながら話しましょう。ここが私の家です」

 二人の前には木製で三角屋根の家が建っているのでした。

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