ハイセンス神童 3話
少女の小屋へと戻ったメクシェルと少女。二人は数分前まで暖炉前にいましたが、今では入り口付近の床に二人で座っていました。入り口の扉は壊れており、代わりにメクシェルの毛布が掛けられていました。
少女は手を擦り合わせて目を細めると、メクシェルの方を向いて言いました。
「とりあえず話が進まないから一時休戦よ。この扉付近なら互いに文句ないでしょ」
「ううう、寒い。どう考えても暖炉前の方がマシだと思うんですが」
メクシェルは自らの肩に手を置いて、震えながら言いました。彼女はやや不満げに頬を膨らませ、呆れたような目で少女の方を見つめます。少女は自分の手に息を吐きかけ、目を逸らしつつ言いました。
「だってさっき押し合ってたら焼肉の。いや、それより帝国の話を早く聞かせてよ」
少女はなにかを言いかけましたが、途中で別のなにかを思い出したのか話題を切り替えました。メクシェルはうんうんと頷くと、考えるように目をつぶりながら言います。
「私がどのように帝国について調べたか、でしたよね? ふふふ。実は帝国にスパイを送り込んでいたのですよ!」
叫ぶと同時に目を見開くメクシェル。彼女の片手は堂々と突き出され、顔は自信に満ち溢れています。少女は驚いたような表情をしつつも興味ありげに言いました。
「スパイだって! そ、それはまた謀略が頭角を現しそうな話ね」
「雰囲気だけで言ってません? ええと、村人がほとんど帝国に連れて行かれた頃のことです。私の元に一通の激しいラブレターが届きました」
「いきなり最終局面じゃないの。どこの村の話よ? なんで神童のあんたが捕まってない? 誰が恋愛自慢しろっつったのよぉ!」
少女は拳を握り締め、次々と疑問に思ったであろう言葉を並べていきます。特に最後の一言には力が入っていたようで、壁に拳を叩きつけて言っていました。メクシェルは落ち着いた表情で微笑むと、両手を軽く出して少女を落ち着けるような動作をしながら言います。
「まあまあ。ああ、ちなみに私は村外れに住んでいました」
「あんたもか! で、あんたはどんな悪さをしたの?」
少女は両腕を組み、ふんと鼻を鳴らしながら尋ねます。小声で「さっきはよくも」と呟いており、自分が住居について尋問されたことを思い出しているようでした。メクシェルは片手を自分の顔付近で広げて言います。
「それは勿論息の。あああ。そうですね。例えば男女で、合法的に息の流れを止めたりする行為があるでしょう? そういう行為をせざる得なくて」
メクシェルは言葉を途中で止めて、両手を両頬に当て、照れるように体を動かして言い直します。少女は手を口に当てて驚くように言いました。
「え! ま、まさかキス? キスをしなきゃならなかったって。きゃー! なんてドラマチックなの! 無理やりなキスをしたことがある上に、ラブレターを貰っただなんて!」
「し、思春期ですねぇ。まあとにかくラブレターが送られてきたのですよ。三〇〇〇ページの本として」
「それはまた重いラブレターね。私ならきっと読まずに店へ売っちゃうわ。三〇〇〇ページの本として」
メクシェルが戸惑うように目を瞬かせながら話すと、少女は共感するかのように頷いて言いました。メクシェルは自分の唇の下辺りに指を当てて話を続けます。
「一ページ目には、帝国人が村人間で噂となっている私を探し始めたこと、帝国の大まかな観察絵日記、逃げて欲しいという主旨の文が書いてありました」
「一ページ目かぁ。情報を隠すために一杯書いたわけじゃないのね。でも想い人を逃がすために危険を犯して手紙を書くだなんて、ロマンチックな話だわ」
少女は少し考えるような仕草をしたあと、朗らかそうな笑みを浮かべて言います。両手を合わせて目を閉じ、なにか夢のあることを考えているようでした。メクシェルは続けて言います。
「二ページ目に載っていたのは、私の家、彼の家、彼の現職場などの位置が書かれた地図です。その下には、私が近所に住んでいることを同僚に自慢する際に書いたとありました」
「は? え? バカ? バカよね? 地図まで書いて、敵に住所教えるとかバカじゃない? 紛れもなくバカね。あとロリコンだわ」
少女は呆気に取られたような顔のまま「バカだ、バカだ、ロリコンだ」と呟きます。メクシェルは何度も深く頷くと続きを話し始めました。
「そして三ページ目以降には、想いを書き綴った本なのですけどね。そのバカは自分で本を送り届けに来たわけですよ。そして本を途中まで朗読して、息を切らせたからか帰っていきました」
「ま、まあ頭の良し悪しより想いよね。自分の気持ちを二九九八ページも書いてくれたわけだし。私は嫌だけど」
少女は作り笑いのような笑みを浮かべて目を逸らしながら言います。メクシェルも乾いた笑いを漏らしながら続けて言います。
「あはは。とにかくバカな人に帝国のことを聞いたわけです。バカには再び帝国に潜りこむように言っておきました」
「なるほど。別にあんたが調べたわけでも、あんたが送ったスパイでもないけどね。でもそんなことが霞むくらいあんたに同情しちゃったわ」
少女はそう言うと、メクシェルを哀れむような目で見つめます。そして二人は同じタイミングで溜め息をつきました。少女はベッドの傍にまで移動すると、ベッドに腰を下ろして元気のない声で言いました。
「ああ。なんだか恋愛がバカらしく思えちゃうわ。想いだけの恋って意外とときめかないのね」
「そうですねえ。物語の主人公的な立場なら、ときめくような恋もできるかもしれませんけど」
「はあ、叶わない夢よねぇ」
メクシェルが頷くように首を縦に振りがら言うと、少女は溜め息をついてから答えました。メクシェルは数秒の間なにかを考えるように目を閉じたあと、目を開き、ぱんと自らの手と手を打ち合わせて言いました。
「しかし心配する必要はありません! 前に面白い書物を見つけましてね」
「あ、いや、そろそろ出発しない?」
「ありゃ。これからが本題だったのですが。でもそうですね。次に行く場所まで距離がありますから、朝の内に出発しておきましょうか」
少女がメクシェルの話を遮るように言うと、メクシェルはやや残念そうな表情で言葉を返します。そしてメクシェルは入り口に掛けてあった毛布を片手に持ち、空の様子を確かめるように顔を上に向けました。少女も入り口から顔を覗かせて空を見上げます。そして少女は入り口から外へと出ると、両手を上に上げて、体を伸ばしながら言いました。
「うんんんー、っと。ごめんね。正直、体でも動かさないと気分が晴れそうにないのよ」
「いえいえ。また気が向いたら聞いてくださいね」
メクシェルは嬉しそうに微笑むと、少女の隣に移動して言いました。少女も顔だけメクシェルの方へ向けて微笑みます。しかし少女はメクシェルのいる方を向いたまま呆然とした顔になります。彼女の視線はメクシェルの顔よりやや横に向けられており、メクシェルから少し離れた位置にある切り株と斧のあたりを見つめているようでした。そして彼女はゆっくりと後ろに振り返り、小屋の中にある暖炉の方へと視線を向けました。彼女は視線をメクシェルの方へ移したり、その奥へ移したり、暖炉の方へ移したりを繰り返します。彼女のお腹は空腹を知らせるかのようにぐうぅという音を鳴らしています。
メクシェルは数秒間、きょとんとした顔で少女の顔のあたりを見つめていました。そしてぐるりと周りを見渡すように顔を動かすと、「おお」と納得したような声を上げました。彼女はにたにたとした笑みを浮かべると、少女の服を引っ張りながら言いました。
「さっきから斧と暖炉を見つめてどうかしましたか? なにか調理でもするのでしょうか?」
「はっ! あ、え? ああ、いや、そんなわけないでしょ! 材料もないのにそんなことできないわよー!」
少女はびくんと体を震わせると、わざとらしい笑顔で手を横に振りながら言いました。少女はその反応に満足したからか、にっこりと満面の笑みで言います。
「あら。どちらも調理用ではないとツッコませたかったのですが。その点には触れないのですね」
「ああ、そうね。そうだったわ。はああ」
少女は目を閉じて落ち込んだように言います。そして大きな溜め息をつきました。時折「私はなんてことを」「殺したらどうしよう」などと呟いています。メクシェルは両手で少女の片手を掴むと、純粋無垢を感じさせるような声で言いました。
「私はいつでもあなたを信じています。苦しいことや悩みがあれば気にせず言ってください。この身を賭けてでもあなたの心の支えになりますから」
「う、ううぅ。メクシェルー!」
少女はメクシェルを引き寄せると、力いっぱいという感じで抱きしめます。目からは数粒の涙が零れ落ちていました。メクシェルは「いたたたた!」と言いながら、少女の後ろ腰とお尻のあたりをばんばんと何度も叩きます。しかし少女は気に留めないかのように腕の力を強めていきます。
数分後、メクシェルは首を揉みながら歩き、少女は後ろ腰を擦りながら歩いていました。どちらも痛みのためか少々の涙を流しつつ、前へと進んでいきます。メクシェルは少女に目線を向けると、自分の涙を袖で拭いながら言いました。
「よかったのですか? 斧を暖炉に投げ入れていましたけど。というかなぜあんなことを?」
「私、実はさっきメクシェルを。いや、やっぱりなんでもない。うん。いらなかったから捨てただけよ。いたたたた」
少女は背中をくねくねとさせながら、作ったような笑顔で答えます。メクシェルは納得したように首を縦に振ると、腕を前に突き出し前方を指差して言いました。
「そうですか、わかりました。では、次の行き先に急ぎましょう。 私の家へ! いたたた」