ハイセンス神童 2話-後編
村の外れにある草むらの中。そこには『誰もが目を奪われるほど悩ましげで、身も心も溶けきってしまうほど可愛く、そして美しく、更には極上の愛らしさを現しているかのような女神』の像がありました。 そんな女神像の前にメクシェルと少女はやってきます。少女は頭や服に積もった雪を払い、メクシェルの方へ振り向いて言いました。
「よし到着。雪が積もってるけどこれが女神像よ。あんたの探してたのであってる?」
「ええ。それにしてもこの辺は手入れがされてなさそうですね。恋の女神といっても不人気なのでしょう」
メクシェルが心にもないことを話すかのように言います。顔には邪悪そうな笑みを浮かべており、表情の読み取りを警戒するかのように毛布を頭に乗せています。少女は軽く笑いながら答えました。
「あはは。まあ不人気ってことはないと思うけどね。よく食べ物とかお供えしてあったから」
「そんなものまで盗んで食べていたんですねぇ」
「ええと、まあ。それよりさっさとお祈りしてよ」
メクシェルの指摘に、少女は少し歯切れが悪そうに答えました。そしてメクシェルの袖を引っ張りながら女神像の目の前にまで移動します。女神像には台座があり、メクシェルは見上げなければ顔が見えないでしょう。メクシェルは両手の指と指を絡ませ、女神像の顔をまじまじと見つめながら言いました。
「最上の美貌を持つ恋の女神様。大きな事態が起こりました。事態の変動に身を掛けて挑みます。どうかこれからも美しいお顔で見届けて下さい」
メクシェルの言葉は、まるで本心が心の底から出ているかのようでした。そしてメクシェルは片膝をつき、深々と頭を下げます。数秒後、彼女は顔を上げて立ち上がりました。そして嬉しそうに少女の方へ振り向きます。そんな様子を見たからか、少女は驚いたように言いました。
「え、好きな相手の名前は言わないの? 邪魔してやりたかったのに」
「うふふ。そんな話はもうどうでもいいのですよ。早く帝国人の所に行きましょう」
メクシェルは幸せそうな表情で話します。そして手をゆったりと擦り合わせて、顔をほんの少し左右に動かしていました。少女は怪訝そうな顔をしていましたが、メクシェルに釣られたのかにやけ顔になって言いました。
「なんかいいことがあったのね。よかったじゃん」
「わかります? どうしましょう。あなたにならほんのちょびっとだけ話したいかもしれないです」
メクシェルは少女の瞳をじっと見つめ、嬉しそうに微笑みながら言いました。片手は指で爪を擦り、もう片手は指で指を擦っています。妙にそわそわした様子で、たまに視線を外しては再び少女に戻すという動作を繰り返していました。そしてまるでなにかを言いたくて仕方がないかのように、口がほんの僅かに動くことがあります。少女はそんなメクシェルの様子を知ってか知らずか言いました。
「よしなさいって。そんな話に興味もないし聞くだけ時間の無駄だろうからね」
「そうですか? それは残念です。知りたくなったらいつでも言ってくださいね」
メクシェルは惜しそうな表情で言いました。そして来た道へと歩き始めます。少女もメクシェルの後に続きます。二人は女神像を背にして村の方向へ歩いていくのでした。
二人は村の中心部辺りに辿り着きました。それまでの間、二人の間に会話はありませんでした。しかし村に辿り着く頃には二人並んで歩いていました。前を歩くメクシェルの移動速度が徐々に遅くなったからです。メクシェルは村の中心部に着くまでの間もずっとそわそわしており、時折少女の方へと横目で視線を向けるのでした。
少女は歩きながら頭の雪を払い落とします。そして上を向いて言いました。
「さっき帝国が暑さを奪ってるとか言ってたけど、一体あいつらはなにが目的なのかしら?」
「さあ? 施設を南国化して、水着だらけのパラダイスでも作るつもりじゃないですか?」
メクシェルはあまり関心がなさそうに、胸の辺りで腕を組んで言います。少女はその言葉を聞いて、なにかを考えるように自らの頬に片手を当てています。そして目を細く尖らせてにやりとした笑みを浮かべて言いました。
「格好良い男子もいるのかしら? ふふふふ」
「お腹の足しにするならむしろ逆の相手を狙うべきでは? まあガリからデブまでギャンブル性が高いですが」
「この際どっちでも。って、食べないわよ! 私をなんだと思ってんの!」
メクシェルが真顔で答えると、少女は叫ぶように言います。しかし少女のお腹は空腹を告げる音を発しており、また少女の口からは少々の涎がこぼれ落ちていました。彼女は「お腹減ったなあ」と呟きますが、すぐに顔を左右に振って、「もう少しの辛抱よ」と苦い顔をして言います。メクシェルはその呟きを聞き取ったからか、なにかを言いたそうに口を開けます。しかし一度なにも言わずに口を閉じて、再び口を開けて言いました。
「ああそうだ。ここまで付き添っていただいたお礼を後で差し上げます」
「え? そういう約束だから気を使う必要はないわよ? まあくれるなら貰うけどね」
「いえいえ。正直なところ途中で呆れて帰ると思ってましたからね。坂で押した後とか」
メクシェルは片手を真横に突き出し、僅かに笑いながら言いました。少女は手を額に当てて溜め息をつくと呆れたような表情で言います。
「私が呆れてないとでも思ってるの?」
「帰るほど呆れてはいないと思いますよ」
「あら、私たちが歩いてるのは小屋への帰り道よ。帰っているじゃない。あ、やった。なんか初めて上手いことを言えた気がする」
メクシェルが言葉を返すと、少女は片手で足元を指差して言います。そして少女は喜ぶと同時にもう片方の手を強く握り締めました。メクシェルはすぐに言葉を返します。
「帰り道ではなく通過点ですよ。帝国基地への」
「もう、簡単に言い返すんだから。あ、ところで帝国の場所はどうやって探すの? 村人いないけど」
少女はやや不満げに言った後、首を横に傾けて不思議そうに尋ねました。メクシェルはなにかを考えるように唇を指で押さえ、少し目線を上にして言いました。
「それは大丈夫。私が既に調べておきました」
「って、もう調べた? それは変よ。私が食べ物奪還を頼んでからそんな暇はなかったもん! 一瞬たりとも目を離さなかったから間違いないわ!」
少女は両手を広げ、驚いたかのような顔をして大きな声で言います。メクシェルは自らの両腕を組んで、少し呆れたような顔で言いました。
「ああ、まあ坂のあたりで目は離してましたけど。確かに調べる暇はありませんでしたね」
「うぐ。そ、そうよ! 目は離してたけど調べる暇はなかったわ! なのに既に予知して調べていただなんて、まるで神童みたいじゃない!」
「いや、神童でもそんなピンポイントな予知はできませんけど。偶々ですよ」
少女はメクシェルの前へ移動して振り返ると、メクシェルの顔をじっと見つめるようにして言います。少女の足が止まったため、メクシェルも足を止めて言います。メクシェルは少女を直視せず、少し横のあたりに視線を向けているようでした。少女は少し驚いたような表情になると、自身の口元を手で覆うようにして言います。
「え、偶々? なに? あんた帝国の観察日記でも宿題に出されたの? それとも趣味? 可哀想に」
「そんなわけないでしょ! 勝手に人の身辺や趣味を、得体の知れないものにしないでください!」
メクシェルは少女の顔を指差し、少し不機嫌そうな声で叫びました。少女は困ったような顔になり、目をメクシェルから逸らしつつ言います。
「ええー。じゃあわかるように説明してよぉ。このままじゃ気になって夜も眠れないわ」
「説明はします。しますけどまずは小屋に入りません? 早くしないと横の窓をぶち壊しますよ」
メクシェルは自ら目線の先にある小屋の窓を指差して言いました。少女は「あ」と呟きます。そして真後ろへ振り向いてそそくさと小屋の中へと入っていきました。メクシェルは溜め息をつくと後を追うようにして小屋の中へと入っていきます。
小屋に入った二人は暖炉の前に駆け寄ると、命懸けで押し退け合う恋人のように力いっぱい体を寄せ合うのでした。