ハイセンス神童 2話-前編
メクシェルと少女が小屋を出てから歩くこと数分。二人は村へと続く下り坂に辿りつきました。少女の小屋は長い坂道を上った先に建てられています。小屋と村を最短の距離で行き来するには、坂道を通らなければなりませんでした。
メクシェルは毛布を体に巻きつけていました。しかしそれでも寒いようで、息を手に吐いて暖めようとしています。彼女は後ろを歩く少女の方を向き、手招きするような動作をしました。少女が首を傾げながら近づくと、メクシェルは村を指差して言いました。
「やっと下り坂ですよ。雪で思ったより時間が掛かりそうです。下り坂くらいはさっさと駆け抜けたいのですが。どうでしょうか?」
「うーん、下りの方が危ないと思うけど。岩とか井戸とかあったはずだし」
少女は村を見下ろせる位置にまで移動してから言います。彼女の足元には、角度も距離もそれなりにある坂道が村まで続いていました。足を滑らせれば村まで滑り落ちていく可能性もありそうな坂道。そんな坂の手前にまで少女は移動したのです。
「そのくらいは考えています」
メクシェルは少女にそう返します。そして少しずつ後ろへと下がっていきました。彼女は少女から数歩分後ろの位置にまで下がります。後ろから抱きつくのに適していそうな距離です。そしてメクシェルは少女に駆け寄りながら言いました。
「だからこうするのです。えいっ!」
「のああっ! きゃああああああぁっ!」
メクシェルは少女の背後に駆け寄ると、両手で少女を前へ押し出しました。少女は大きな悲鳴を上げながら、タイヤのように坂道を転がり落ちていきます。少女の体は転がるにつれてどんどん雪に覆われていきます。そして坂を下りきった頃には雪玉のような姿で転がっていました。
少女が坂を下りきってから数秒後、少女は困ったような顔で「あああー。ソリに乗ろうと思ってたのに」と呟きます。そして雪玉の跡に沿って村のある方向へと駆けていくのでした。
小さな村の中央付近。少女は雪玉から顔だけ出した状態でいました。メクシェルはそんな状態の少女に近づき、感心したかのように雪玉の部分をぽんぽんと軽く叩きます。少女は唖然としたような表情のあと、不機嫌そう声で怒鳴りました。
「こ、ここ、殺す気かあぁっ!」
メクシェルはきょとんとした顔で少女の方を見ます。そして彼女はくすくすくすと笑いながら答えました。
「やだなぁ。別に今はわざわざ殺したりする理由なんかありませんよ。ちょっとソリになっていただきたかっただけです」
「なに言ってるの! 死にかけたわよ!」
メクシェルの答えに納得がいかないのか、少女は怒鳴り続けます。しかしメクシェルは気にした様子もなく腕を組んで言い放ちます。
「ま、死んだら仕方ないんじゃありませんか?」
その言葉を聞いたからか、少女は呆気に取られたような表情になります。そして諦めたように息を吐くと、下を向いて、「助けるんじゃなかった」と疲れたように呟きました。彼女はメクシェルを睨むようにして言います。
「今度やったら殺してやるから、覚えておきなさい」
「私を見殺しにすらできなさそうですけどね。小屋での感じだと」
「うぐ。お、覚えてろぉ」
メクシェルが意地の悪そうな笑顔で答えると、少女は嫌そうな顔をして言いました。
一通り話が終わったからか、メクシェルが雪玉の雪をかき始めます。そしてある程度掘り進めたところで、少女の体を引っ張り抜きました。
少女は疲れたからかその場に座り込みます。そして少し不満そうに言いました。
「長話なんかしてないでもっと早く助けてよぉ」
「わざとですよ、わざと。少し前、誰かさんから似たような仕打ちを受けましてね。ついつい仕返しをしてしまいました。文句はその人にどうぞ」
メクシェルは少女の顔を覗き込み、細めた目とわざとらしい笑みで言いました。彼女の両手は少女の肩に置かれており、力を入れるようにして少女の肩を握っています。
「わ、悪かったって。帝国の人間かどうか悩んでたのよ。空腹で考えるのに時間が掛かっただけなんだってばー」
少女は手を合わせながら目に涙を浮かべて言いました。そして許しを乞うような目でメクシェルの方を見つめています。
「まあ、その誰かさんはこんな仕打ちもしましたけどね」
メクシェルは少し目線を逸らして言いました。そして座っている少女を抱き寄せます。メクシェルの体温によって少女の冷えた体は熱を取り戻していきました。数十秒後、メクシェルは少女から離れます。そしてしっしという感じで手を振りながら言いました。
「さあさあ。動けるようになったなら早く案内してください。抱きついたせいで服が濡れて寒いんですから」
メクシェルは両手を組んで少し体を震わせています。少女は立ち上がると、考えるような仕草をしながら言いました。
「あれ? 私って毛布を貸しただけだったような。うわ、冷たい!」
「包まりたければどうぞ。体温は下がると思いますけどね。あ、雪避けに使うので体温を下げきったら返してくださいよ」
メクシェルは少女に毛布を投げつけて言います。毛布には積もった雪が染み込んでおり、濡れた毛布となっていました。少女はメクシェルに毛布を投げ掛け、わざとらしさを感じさせるような声で言いました。
「私の仕打ちはそれだけだっけー? ところで私はウルトラ神童なんだけど。なんかただの神童よりウルトラなのよね。ああ、寒い寒い。帰ったら暖炉の前を譲って欲しいなあ」
「よく燃える特等席なら空いてますけど?」
「私の暖炉なのに酷い! そ、それより行きましょ? 女神の像はこっちよ」
少女はメクシェルの返答に戸惑うようにしながら、村の奥を指差して言いました。そして二人は女神像のある方向へ歩き始めます。
「それにしても雪はいつ止むのかしら? いつもなら水遊びをするくらいには暑いはずなのに」
少女は空を見上げて言います。彼女の視線の先には白い雪と雲しかありませんでした。彼女は顔を下ろして「味気のない空ねぇ」と不満げな言葉を呟きます。メクシェルは同じく空に視線を向けて言いました。
「帝国が暑さを奪っているらしいですね。あの雲も帝国の施設から発生しているとか」
「え、そうなの?」
「噂ですけどね。って、聞いたことないんですか? 私の住んでいた村ではよく耳にしましたけど」
少女の反応が想定外だったのか、メクシェルは意外そうな顔をして尋ねます。少女は困ったように目を逸らすと、気まずそうな表情をしながら答えました。
「いやあ、その。あんまり村で話とか聞かなくてさー」
「そういえば村の外れに住んでいましたね。一体、何人殺したんです?」
「盗んだだけで殺してないわよ! ん? あっ」
メクシェルの言葉に、少女は怒鳴るようにして言いました。しかし彼女は何かに気付いたかのように目を見開きます。そして口元を押さえ、おどおどとした様子でメクシェルの方を向きます。メクシェルは満面のにやけ顔で言いました。
「本当に追い出されてたんですねぇ」
「まあ、その。食欲旺盛な時期だから食べ物をつい。でもね」
少女は苦笑いを浮かべながら答えました。そして再び話を続けようとします。しかしメクシェルが慰めるような声で、少女の話を遮るように話し始めます。
「ああ、別に言わなくて結構ですよ。辛い思い出でしょうからね。興味もないし聞くだけ時間の無駄なことはわかりきっています」
「慰めると思わせて落とさないでよ。あ、女神像が見えてきたわ」
少女が疲れたような表情で言います。そして前方を指差しました。指差した先には草むらがあり、その先には石像があります。二人はその石像に向かって進んでいくのでした。