ハイセンス神童 5話-後編
世界樹の群生地入り口付近にある木造帝国基地。その最上階には、床が木造で床以外が石造りの部屋がありました。その部屋には家具などは何もなく、半裸マントのマッチョ男が一人寝ているだけです。また出入り口は近くにある木製のドア一つだけのようでした。その他変わったものといえば、天井に取り付けられた光を発するカラクリや、隅の床にある四角い切れ目くらいのものです。
そんな四角い切れ目の床が、がこっという音を立てて持ち上がります。床があった場所には穴があり、穴の中から泥棒マッチョとメクシェルが出てきました。泥棒マッチョは持っていた床の板を投げ捨て、近くで寝ているマッチョ男に視線を向けて言いました。
「うわ。この部屋なんなの? やたらと眩しいじゃないの。それに変なのが寝てるわ」
「おや。これは村に住んでるマッチョ男じゃないですか。うむむ。おかしいですね。通路の距離と角度から考えると、ここは最上階くらいですよね?」
メクシェルは意外そうに手を口元に当てて言います。泥棒マッチョは少し考えるように腕を組み、数秒くらい経ってから言いました。
「うーん。そうね。多分五階だと思うわ。それがどうかしたの?」
「いえ。確か五階の部屋割りはトップの部屋と食料庫だけのはずなのですが。食料庫にしては狭く、トップの部屋にしては居る人物がおかしいのですよ。まあさっきの通路が避難用みたいですし、トップの部屋でしょうが」
メクシェルは入ってきた通路を指差して言います。するとマッチョ男が「ふぁああぁ~」と眠そうな声を出しながら体を起こしました。マッチョ男は眠そうに言います。
「うるせえなあ。一体どうしたってんだよ?」
「起きましたね。ちょっとよろしいですか?」
「ん? おお? 誰かと思えば外道神童じゃねえか! って、そっちのお前は?」
メクシェルが尋ねると、マッチョ男は立ち上がって言いました。メクシェルは興味なさそうに答えます。
「ちょっとした付き添いですよ。ところでここは何階ですか? 私たちは五階に用があるのですけど」
「ああ? ここがお望みの五階だよ! このチャンピオン部屋に来れたってことはだ。お前らはロリコン野郎を倒せる程度には強いってことだ!」
マッチョ男は嬉しそうに腕を前に突き出して叫びました。泥棒マッチョは難しそうな顔をして尋ねます。
「チャンピオン部屋? やっぱりここがトップの部屋で、あんたが黒幕?」
「知らねえのか? この帝国基地は昨日俺が乗っ取ったんだぜ! 文句があるなら掛かってきやがれ!」
マッチョ男は顔の前で拳を握り締めながら言い放ちます。メクシェルは困ったように頭を手で押さえながら言いました。
「あああ。確かにあなたならやりそうですね。帝国を敵に回す気ですか?」
「そうだ。俺は他の帝国基地の奴らを倒す! そして帝国本部の奴らを打ち倒す! そして世界中の野望に燃えた大バカ野郎共をぶち倒す!」
「野望に燃えてますねえ」
マッチョ男が腕を振るいながら叫ぶと、メクシェルが呆れたように言います。
メクシェルが言い終わった辺りで、部屋のドアが開いて一人の男が入ってきました。男は片手に分厚い本を持っています。男は一瞬驚いたような顔になると、マッチョ男に近づいてきます。マッチョ男は男の方へ振り向いて言いました。
「お、ロリコン野郎か。お前、あいつらと戦ったんだろ? まあ外道神童は素通りさせただろうが、外道の助手はどうだった? 強かったのか?」
「え? ええ。その人の腕を見てください。あの腕から繰り出される締め技がですね」
ロリコン扱いされた男は泥棒マッチョを指差して話し始めます。彼は、マッチョ男が泥棒マッチョの方を向くと、分厚い本を振りかぶります。そしてマッチョ男の後頭部へと振り下ろしました。マッチョ男は短い悲鳴を上げると床へ倒れこみます。泥棒マッチョは驚いたように両手で口を覆うと、ロリコン男に視線を向けて尋ねました。
「な、なに? 殺人? あんた一体何者なのよっ!」
「メクシェル様ー!」
ロリコン男は泥棒マッチョなど気にもしないかのように叫ぶと、メクシェルの傍まで近寄ってひざまずきます。泥棒マッチョはなにかを閃いたように手と手を合わせると、メクシェルの方へと顔を向けて言いました。
「あ、もしかしてこの人が噂のロリコン? 三〇〇〇ページの」
「ええ。三〇〇〇ページのロリコンです。あ。ちょっと個人的な話があるので休んでいてください。あとマッチョ男の話が妄想かもしれないので迂闊に出歩かないように」
メクシェルとロリコン男は、泥棒マッチョがいる部屋の隅とは反対の隅に移動します。泥棒マッチョはマッチョ男の方へ視線を向けます。そして「なにか食べ物持ってないかな?」と呟くと、しゃがみ込んでマッチョ男が履いているズボンのポケットを漁り始めます。
数秒後、泥棒マッチョは男のポケットから筒状のカラクリを取り出しました。それは片手でなんとか握りこめるくらいの太さで、長さはメクシェルの握りこぶしを一つ縦に置いたくらいのものでした。全体的には黒っぽい色で覆われていますが、先端部分にはほんのり赤い突起物がついています。泥棒マッチョは「食べられそうにないわね。でもカラクリなんて珍しいから一応いただきましょう」と独り言を言って、そのカラクリを自分の後ろポケットに入れました。彼女はマッチョ男に視線を向けると、「にしても、死んでないわよね? 本の角で殴られていたけど」と呟いてマッチョ男の後頭部辺りをつつきます。するとマッチョ男が「ぐあ、うぐあああぁ」と喘ぎながら目を開けました。泥棒マッチョは驚いたように声を上げます。
「うおおっ! い、生きてたのね。なら話は早いわ! もう一度本で殴られたくなければ食べ物を私に返しなさい!」
「ああ? って、お前か。食い物なんてとっくの昨日にねえよ。俺が反乱を起こした理由も半分は」
マッチョ男は不機嫌そうに顔を背けて話し始めました。しかし泥棒マッチョは最後まで聞くことなく鬼のような形相になります。そしてマッチョ男の両耳を掴んで何度も床に叩きつけながら叫びました。
「はあぁ? 食べ物がないってどういうことよ! 話が違うじゃないのよぉ! 何とか用意しなさいよおぉっ!」
「ぐうおあぁっ! や、やめろぉ! があぁ! 死ぬ! 後頭部は! やめてえぇ!」
十数秒後、マッチョ男は涙を流しながら白目をむいていました。口も半開きで生気を感じられない表情です。泥棒マッチョは申し訳なさそうに手を合わせ、マッチョ男の顔を覗き込みながら言います。
「ご、ごめんなさい。予想外の答えでつい暴力を」
筋肉マッチョはしばらく唸っていましたが、目を開けると、泥棒マッチョの方をゆっくりと指差して言いました。
「うぐ。があ。あ。見覚えのある顔が。この顔は、悪魔か?」
「別に私は焼き筋肉でも全然構わないのよ?」
泥棒マッチョはマッチョ男の首に軽く両手を乗せます。マッチョ男は焦ったように言いました。
「お、おい、冗談じゃねえか。ムキになるなよ! それよりお前、よく外道神童と一緒にいられたな? やっぱり強いのか?」
「いえ? ただ一度は友達になったからね。協力してもらっているのよ」
「一度は友達になっただって? しかも協力? お前は、あいつがここに来た目的を知らねえのか?」
「うん? ああー。なんか教えるとか言ってたような」
マッチョ男が尋ねると、泥棒マッチョは頷きながら答えます。マッチョ男は息を吐くと、落ち着いた様子で言いました。
「はあ。いいか? 確かにあいつの目的は女神像でなんかすることだ。だがな、そのために世界征服をするつもりなんだぜ。ロリコン野郎が言ってた」
「え? 世界征服? まさか」
泥棒マッチョは呆気にとられたように答えます。自分の口元に手を当て、信じられないという表情をしています。
「そこのマッチョ男は嘘は言っていませんよ」
その時、二人の近くまで来ていたメクシェルが言いました。泥棒マッチョは身構えるようにメクシェルの方を向きます。
「メクシェル! って、三〇〇〇ページさんがいないわね?」
「ロリコンには村人達に伝言を伝えるように頼みました。そう、私がこのメクシェル帝国の王になったことを教えるために!」
メクシェルは頭に掛けていた毛布を肩に掛け、片手を突き出して叫びました。マッチョ男は呆れたように言います。
「この基地には数十人程度の人間しかいねえぞ」
「ふん。いずれは帝国っぽくなりますよ。というか口を挟まないで下さい。私が話したいのは、あなたですよ」
メクシェルは泥棒マッチョを指差して言います。泥棒マッチョは鋭い目つきになって言いました。
「変だと思ったわ。好きな相手と結ばれるためだけに、帝国へ立ち向かうなんて」
「あら。なぜそう言えるのです? 私が純愛のために世界征服を」
「絶対にない」
メクシェルが話し始めると、泥棒マッチョとマッチョ男が話を遮るように同時に言い放ちます。メクシェルは「うぐ」と少し悔しそうに言葉を詰まらせます。
そうこうしていると、ロリコン男が扉を開けて入ってきました。メクシェルはやや不機嫌そうにロリコン男へ近づいて言います。
「ロリコン。すぐにこの二人を拘束してください。話があります」
「ははー! さあ、大人しくしてくださいねえ」
ロリコン男は頭を下げると、じりじりと泥棒マッチョとマッチョ男に近づきました。マッチョ男は動けないのか倒れたままです。泥棒マッチョはロリコン男の動きに合わせてじりじりと後退します。しかし後ろを見ていなかったのか、落ちていた床の板を踏んで回るようにバランスを崩しました。そして彼女はうつ伏せで、頭から穴の中へと滑り落ちていきます。メクシェルは慌てた様子で言いました。
「あ。お、追ってください! マッチョ男は後回しです!」
「わかりました!」
ロリコン男はすぐに返事をして穴に入りました。メクシェルも後に続きます。