ハイセンス神童 1話
村の外れのとある木造小屋に一人の女の子が歩いてきました。現在の村は大雪に見舞われており、心なしか女の子の顔色はよくなさそうです。女の子はふらふらと小屋の扉に近づき、扉に倒れこみました。扉は女の子の重さで破れるほど薄く、破れた扉ごと女の子は部屋の中へと突っ込みます。
すると女の子の来訪に驚いたのか、小屋の中に居た少女が声をあげました。
「な、なに? まさか帝国の人?」
まるで不審者と対峙したかのように少女は距離を取ります。そんな少女の様子を察してか、女の子は小さな声で一言「凡人が」と呟きました。少女は聞こえていないのかあるいは気にしていないのか、なんの反応も示しません。少女と女の子の熱い見つめ合いのようなものが続きます。
十分くらい経った頃でしょうか。少女は小屋に掛けられていた毛布を女の子に掛け、自身は暖炉の前で温まり始めました。女の子は毛布に包まり震えながら、澄ましたような笑顔で少女に話しかけます。
「一応、助けてくださってありがとうございます。おかげさまでなんとか命拾いしました。毛布があと数分遅ければ寒さで命を落としていたことでしょう」
「そうなの? お礼に食べ物とかあったら頂戴。飴でもいいから」
少女の返答に女の子はがっくりとうな垂れました。そしてポケットからなにかを取り出そうとします。しかしなにかを思いついたかのように顔を上げると、ポケットから手を離しました。女の子は再び笑みを浮かべると、少女との距離を詰めながら話しかけます。
「私はメクシェル。近くにある小さな村から参りました。私は神童と名高いただの村人です。なにか悩みでもあれば神童である私が聞きますよ」
「ふーん。ん? え、神童? も、もしかして近くの村に生まれたって噂の?」
「七年前に生まれたと噂されてますね。ええ、確かに七歳ですよ」
「うっそー!」
メクシェルの言葉に少女は驚いたような声を上げると、数歩後ずさります。そしてメクシェルに駆け寄り彼女の肩を揺らします。どうしても聞いて欲しいことでもあるのか、少女は顔を赤らめて涙目になりながらメクシェルに訴えました。
「お願いよー! 帝国人から村人と食べ物を取り返して! 最近あいつらが来たせいで村が全滅状態なのよー!」
「あれ? あなたの体はやけに温かいですね? 私は寒くて寝るだけで死にそうなんですよ。ああ、羨ましいことです。息も絶え絶えの子供を扱き使って解決策を得られるなんて」
メクシェルは少女にそう返すと、呆れたかのようにため息をつきます。彼女は寄るなとでも言いたげに少女をしっしと手で追い払うと、暖炉から更に離れた位置で毛布に包まり震えだしました。そして「寒い、温もりが欲しい」と悲しさを感じさせる声で呟き続けるのでした。少女は胸になにか感じるものがあったのか、暖炉の前から移動すると「わかったわよ! はい、暖炉の前へどうぞ!」とそっぽを向いてメクシェルへと言い放ちました。
「あら、毛布に加えて暖炉まで使わせていただけるのですね。お優しい」
メクシェルは少女の優しさを褒めるかのような言葉を並べて暖炉前に移動します。暖炉の炎が彼女の低下した体温を上昇させていきます。数分後、十分に体へ熱を帯びた彼女は口を開きました。
「いやあ、今日は意外と暖かい日ですね。入り口から流れてくる冷気が心地いいです」
機嫌よさ気に、冷気を自分に扇ぐメクシェル。彼女とは裏腹に、少女は少しでも暖気を得たいらしく熱を自分に扇ぎます。空気の扇ぎあいの中、少女はメクシェルに尋ねました。
「ねえねえ。実際のところどうなの? 食べ物だけでも取り返せない?」
「そうですねぇ。食料に村人、どちらも取り返せますよ。私と一人の協力者がいれば」
余裕ありげにメクシェルは答えました。待ってましたと言わんばかりに少女は笑顔で話し続けます。
「お、いけるのね? じゃあ私が協力するから一緒に行きましょうよ。お礼はするから。ね、いいでしょ? おねがーい」
両手を合わせて甘えるように話す少女。メクシェルは怪訝そうな顔をしたあと、呆れたように溜め息をつきます。そして少女の瞳をまっすぐに見つめるようにして言いました。
「お腹が空いているとはいえ、あなたほど話を鵜呑みにする人も珍しいですね」
「そう? えへへ」
「貶しているのですよ」
メクシェルはそう返すと、手を額に当ててなにかを考えるように少しの間黙ります。数秒後、彼女は顔を上げると多少軽い感じの口調で言いました。
「ま、いいでしょう。協力させていただきます。その代わりにいくつかのお願いがあるのですが、聞いてもらえますか?」
少女はメクシェルの言葉を聞いてすぐに尋ね返します。
「どんなお願い?」
少女が話を聞くような素振りをみせると、メクシェルは少し嬉しそうな表情を浮かべて話し始めます。
「お願いは二つあります。実はですね。私がこの村に来たのは、女神様の像にお参りをするためなんですよ」
「お参り?」
「はい。恋の女神様を奉った石像があるらしいのです。諸事情でどうしてもお参りしておきたいと思いまして。もし場所を知っているのであれば案内していただきたいのです。これが一つ目のお願い」
少女が聞き返すと、メクシェルは目的について言葉を選ぶように話します。まるで恥ずかしい話を口に出さないようにしているかのようです。また表情を悟られたくないのか、話している間は口元を手で隠していました。
少女はそんなメクシェルの動きからなにかを読み取ったらしく、にやにやと笑みを浮かべはじめました。そしてメクシェルへ息を吹きかけるように耳打ちをします。
「うふふ、気になる人でもいるんでしょ?」
メクシェルはびくんと体を反応させたあと、少女から距離を取るように離れます。両手で顔を覆っており、その体はふるふると小刻みに震えていました。そんな状態のままメクシェルは言います。
「え、ええ。まあそうですね。そんな感じです、そんな感じですよぉ」
「なによー。そんなに恥ずかしがることでもないでしょ。好きな人がいるくらいで。思春期なの? あ、私も思春期だ」
少女は暖炉前に移動しながら言いました。メクシェルはそうしている間にも毛布に包まり、うねうねと動きながら震えています。少女は続けて言います。
「それでもう一つのお願いって言うのは?」
「あ、そうでしたね。よいしょっと」
メクシェルは思い出したかのように答えると、毛布の中から出てきました。その顔は少しばかり紅潮しています。顔の汗を服の袖で拭い去り、彼女は落ち着いているかのような表情で話します。
「私はまだあなたから自己紹介されていませんね? 実は」
「ああ、私の名前は」
「あああ! 待って! 言わないで!」
メクシェルの話の途中で、少女が話し始めようとします。しかしメクシェルが大声で少女の話を遮ります。そして少女を自分の近くに引っ張り寄せて、自らの手で少女の口を塞ぎました。少女は突然の出来事に驚いたらしく、なんだか唖然としているようです。少しの沈黙の後、メクシェルが話し始めました。
「二つ目のお願いは、私に聞こえる範囲内では名前を名乗らないで欲しいのです。こちらもお参り関係の理由なのですが、私があなたと別れるまでずっと名乗らないでいてください。よろしいですか?」
メクシェルの言葉に、少女は納得したように首を縦に振ります。メクシェルは少女から手を離すと、暖炉の前に移動して話を続けます。
「話は決まりましたね。まずは女神像を探したいのですが場所はどこでしょう?」
「ここで嬉しいお知らせ。恋の女神像は村の外れにあるわ。そしてこの小屋があるのも村の外れなの」
「え? では近くにあるのですか?」
少女の説明にメクシェルは明るい表情になります。少女はうんうんと頷くと続けて言いました。
「そう。この小屋とは反対の村外れにあるわ!」
少女は自信あり気にメクシェルに言い放ちます。自信を発しているのは顔だけではありません。手を突き出し、胸を張る彼女は全身で自信を表現しているかのようでした。メクシェルは少し目をそらしながら冷めたような口調で言います。
「ああ。まあそんなことだろうと思ってましたよ。となれば今日中には行っておきたいですね。すぐにでも出発しましょうか」
メクシェルは外へと歩いていきます。そんなメクシェルのあとを追いながら少女は呟きます。
「さっき死にそうだったってのに元気なものねぇ。はぁ、お腹空いたなー」
大雪の降る中、二人は村の反対側の外れへと歩いていきます。二人の足取りは軽く、確実に女神像へと近づいていくのでした。