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6.遠くに行くって聞いて無い <清美>



「別れる……?」


ねーちゃんは俺の言葉をそのまま繰り返した。その表情には何の感情も浮かんでいないように見える。何故そんなに落ち着いているのか。俺がこんなに苛立っている理由が、理解できないのが不思議だった。


以前俺が怒った事も、ねーちゃんの心には一つも響いて無かったっていうのか?


「だって、毎日会えなくなるんだよ?……そんなんで付き合って行けると思う?6年間も札幌と東京で離れて暮らすなんて……それはもう『恋人』なんて言えないよ」

「え……そうなの?」


ねーちゃんは、ピンと来ていないようだった。

何だろう、この徒労感。

俺の言いたい事が全く伝わってない。それだけは、分かった。


「別れる……の?」

「別れたくないよ!」


何を呆けた事を言っているんだ。

俺は腹が立って、つい声を荒げてしまう。模試の問題を拡げて座ったままのねーちゃんの椅子の所まで戻って、ねーちゃんに詰め寄る。


「ねーちゃん、お願いだ。札幌に残って。T大なんて受験しないでよ」

「受かるとは限らないし……」


ねーちゃんはそう言うが、何となく彼女が受からないという可能性は浮かばなかった。模試の結果がいつもA判定だという事を聞いていたし、学校の先生から『お前のねーちゃんは、何でウチの高校受けたんだ?』と聞かれる事がよくあった。何でも実力テストでの順位が全国レベルらしいのだ。


「……受かっても、入学しないって約束できる?」

「それは……」

「できないでしょ?じゃあ、最初から受けないで」


自分でも無茶な事を言っている自覚はあった。でもその時俺は、そう言わずにはいられなかった。

だってねーちゃんが同じ家に帰って来ないなんて、俺には考えられない。絶対に認める訳には行かなかった。

それに……そうだ。高坂先輩もT大を受験するんだ。同じ模試を受けているって事は、そう言う事だろう。俺のいない場所で、高坂先輩と親しく話すねーちゃんを想像してしまう。血の気が引いて指先が冷たくなるのを感じた。

相手が高坂先輩とは、限らない。天文学を学ぶ学校に入るって事は周りは王子みたいにねーちゃんと趣味の合う男ばかりだってことだ。俺の目の届かないそんな場所にねーちゃんを送り込むなんて、できる訳が無い。


嫉妬深い。

独占欲が高すぎる。

独りよがり。


どう謗られても構わない。

ねーちゃんと離れて暮らすなんて、絶対に嫌だ。


「清美」


ねーちゃんは椅子から立ち上がって、俺を見上げた。


「顔色が悪いよ。ちょっと落ち着いて」


そして、手を取られる。

右手で左手を、左手で右手を。小さな柔らかい手が……俺のゴツゴツした手を救い上げるように握った。その仕草はとても優しい。絶対的に面積はこちらのほうが大きい筈なのに包み込まれているように感じるのは、何故なのか。


「清美。私ね、清美のこと、すっごく尊敬しているの」

「……」

「清美は大好きなバスケ頑張っていて……いつも地道にトレーニングして、毎日バスケの事考えているでしょう?嫌な事があってもバスケさえしていれば、元気になって―――そういう毎日の努力のお蔭で、試合に出ている清美はいつも輝いているんだなぁ…って、試合を見る度ずっと誇らしく思っていた。私、何度も清美の活躍に励まされたよ」

「ねーちゃん……」

「私もそんな風になれたらなっていつも思っていた。そして、好きなものを見つける事ができたんだ」


だから?

……だから、俺と離れても好きな勉強を続けるほうが、大事って事を言いたいの?


「ねーちゃん」


呼ばれて俺を見上げる瞳にピタリと照準を合わせ、俺は首をゆっくり横に振った。

少し微笑んでさえいたかもしれない。


「俺はねーちゃんと離れなきゃならないんだったら、バスケ辞めてもいい」

「……清美、そんなこと言ったら……」

「ねーちゃんと一緒に居るほうが、俺にとって大事だ」


俺はねーちゃんの手をギュッと握って、その瞳を覗き込んだ。ねーちゃんの瞳の奥が、戸惑うようにゆらゆらと揺れている。


「清美がバスケ辞めるなんて……有り得ないよ」

「できるよ。ねーちゃんと離れるくらいなら」


俺は動揺のためか握力の弱まったねーちゃんの手を、代わりにしっかりと捕まえた。それでも足りなくて、腕を引いて胸の中に閉じ込める。

すると小柄なねーちゃんは、すっぽり俺の囲いの中に納まってしまう。


「清美……」


咎めるようなねーちゃんの呼び掛けには耳を貸さず、俺は飽きるまでその小さな体を抱きしめ続けた。



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