飲み会の後で <清美>
覚えてらっしゃる方がいれば有難いですが、ものすごく久し振りに清美視点のおまけ話を投稿します。ヤマオチ無しの日常のヒトコマです。
別作番外編『お兄ちゃんは過保護』>『その後のお話 別視点』>『52.清美』の続きのお話ですが、そちらを読まなくても話は通じます。
高坂先輩に呼び出され訳の分からない絡み方をされ、飲み過ぎてしまった。
今日は寝る前に顔を合わせたかったんだがなぁ。俺は2児の父で、息子は5歳、娘は2歳になる。夜の8時には布団に入ってしまうので、平日はなかなか顔を合わせられないのだ。
現在の本業は一応英会話講師。レッスンを受ける人は大抵昼間は仕事をしているので、夕方から夜にかけてが一番の繁忙期だ。昼間は主婦や学生相手のグループレッスンがあって、知合いの伝手で外人選手の通訳をする事もある。と言っても通訳の方はあくまで臨時雇用、シーズン中にメインの通訳の穴埋めをするくらいでほぼほぼボランティアのようなものだ。今の収入は実家に同居させて貰えているから何とかやって行けるって程度しかない。設計事務所を引退した両親はまだまだ現役並みに働いているから最悪路頭に迷うような事は無いのだけれど、ずっと親をあてにするって訳には行かないからもうちょっと手だてを考えなきゃならない。子供が育ったら晶も働くと言ってはくれるけど、いまだに人見知り気味の彼女にはできれば家で好きなように過ごして欲しい。……と言うのは建前で、あまり外に出て他の男と接する機会を増やして欲しくないと言うのが正直なところ。
心の奥底に今でも拭いきれない不安が静かに沈殿しているのを感じる時がある。晶の中にある俺への愛情の内、俺と言う『男』に対する割合はどのくらいだろう?もしかして彼女にとって俺はいまだに可愛い『おとうと』なんじゃないかって。
だから高坂先輩の揶揄いを余裕で受け流す事が出来ないんだ。彼が晶に気持ちを残しているような発言をすると、途端に不安が押し寄せる。あの男が万が一本気を出したら?そうじゃなくとも、誰か運命の相手とこれから彼女が出会ってしまったら……?家族を大事にしている、優しい晶が俺と2人の子供を捨てる事は絶対無いだろう。だけど晶が俺以外の男に恋をする、と想像するだけで足元の地面がフワフワしてくるような焦りが湧いて来るんだ。
付き合えば、結婚すれば、子供が出来れば。こんな不安は無くなるんじゃないかって、考えていた。そしてその一線を越える度、その後暫くは実際綺麗さっぱり無くなったように思える。でも暫くするとその不安は消えたんじゃなくって、ただ隠れていただけなんだって思い知らされるんだ。
大人になれば、社会人になれば、いや社会人として一人前になればって。自分が強くなれればってその度思う。だけど年を経ても、体をいくら鍛えても心ってヤツは強くならないんだって最近気が付いた。
―――ただ、平気な『振り』は出来る。不安に駆られて慌てて騒ぐと碌なことは無い。それは今までの経験から学んだこと。だから俺は平気な振りを装って、不安をやり過ごす。そう言った知恵は年を経た分、ついたと思う。俺の不安に晶や子供達を巻き込まない。……それが出来るようになっただけでちょっとだけ子供の頃より成長したのかなって思うんだ。
そんなとりとめのない考えが浮かんでは消えるのは、頭がアルコールでぼんやりしているからかもしれない。玄関を開けて居間に入るとソファに座って真剣にチラシを見比べている晶の背中があった。ぐっと胸に込み上げるものがあって、俺はその小さな背中に歩み寄りギュッと小さな肩を抱きしめた。
「ひゃっ」
すると小さく悲鳴を上げて晶が振り返る。俺はグリグリと頭を彼女の頬にすりつけた。何となく甘えたくなったのだ。『おとうと』と見られるより『男』と見られたい……なんて言っていて、実は『おとうと』として甘えたい気持ちを捨てきれないのは俺の方だ。
「ただいま」
「おかえり。……もう、吃驚させないでよ~」
叱られているのに、フフフと笑いが込み上げてしまう。
どうだ、俺はこんな事も出来るんだぞ!とさっきまで一緒に呑んでいたイケメン先輩に心の中で胸を張る。いつも呼び出す度、俺をジリジリいたぶって喜んでいる高坂先輩にはどんなに望もうと絶対に出来ない事だ。だから俺はあんなドエスの地味なイジメにも耐えられるんだ……と、密かに溜飲を下げる。
「広希と絵里は?」
「お母さん達の部屋。4人で一緒に寝ちゃった」
「もう帰って来てるの?早いね」
珍しい、2人ともこんなに早く帰って来るなんて。だけど感謝!子供が生まれてから2人切りになれる時間を確保するのはなかなか難しい。勿論子供達は可愛い。が、正直俺だって『ねーちゃん』に甘えたい時もある。一人前の男として、父として夫として『甘えたい』なんて言葉、口にするのは情けない気がするから決して声に出しはしないのだけれど……。
「そう言えば清美の髪の毛、随分色が濃くなったね」
グリグリと押し付けられた俺の髪を優しく梳きながら、晶が呟いた。
「初めて会った時はもっとキラキラしていたよねぇ、日に透けると金髪に見えるくらい」
と、感慨深げに息を吐く。昔話をするこういう時、彼女は『妻』から『姉』になる。その扱いが不安だとか言いつつ、俺の深い所が歓喜で震える。確かな愛情が其処にあると感じられるからだ。
「そう言えば、同僚のコナンが言ってたな。息子さんが銀髪なんだけど、大人になったら髪色が少しづつ濃くなったって。混血ってそういうもんらしいよ」
「へー」
「前の髪色の方が良かった?」
「ん?うーん、そうだね。確かにキラキラした髪の毛、けっこう見ているの好きだったなぁ……」
と言って、晶が言葉を切ったので、俺は腕の拘束を緩めて彼女の顔を覗き込む。
次の言葉をジッと待っていると、彼女は当たり前のように俺の欲しい言葉をくれた。
「清美はどんな髪色でもカッコイイよ、うん」
そう言って晶は、ニッコリ微笑む。
「……!……」
その柔らかな笑顔にギュッと心臓を鷲掴みされてしまった。
時折こんな風に、晶がくれるご褒美の言葉。心の籠らない世辞を言わない彼女がごく偶に与えてくれるからこそ、極上に美味しく感じるんだ。
感激のあまり再びギュッと彼女の細い肩を抱き込むと、力が入り過ぎてしまったらしい。
「く、苦しい……」
と呻いて彼女は直ぐに腕の中で暴れ出したのだった。
大人になっても親になっても、相変わらず内面の残念感を払拭出来ない清美です。でも幼稚園では、そう言う内面を知らない奥様方に密かに騒がれまくってアイドル扱いされてます。
お読みいただき有難うございました。




