後輩を誘って <高坂>
高坂蓮が大学4年生、清美が大学2年生の頃のお話。高坂先輩視点です。
※男同士の話が下世話です。苦手な方は回避していただくよう、よろしくお願い致します。
何となく思い付いて、清美を飲みに誘った。
場所は隠れ家っぽいイタリアンのバーの半個室。奴はまだ19歳だから烏龍茶だ、一方で俺は遠慮なくハウスワインをいただく事にした。女の子相手なら気を遣うけれど、清美相手に遠慮する意味も意義も感じられないから、通常運転でやらせていただく。
晶ちゃんとの付き合いについて尋ねると、腹立つ事にデレデレしながら整った顔をグズグズに崩して語り始める。
ふーん……この間、泊まったのか。ハンバーグね、旨かったの?へー良かったな。お前の彼女に俺は惚れてたんだぞ?ちょっとは気を遣う気、無いの?ああ、無いんだ……なるほど、へーえ。
自分から尋ねて置いて聞いている内に不機嫌になってしまった俺は、自棄になって一番聞きたく無い話題について尋ねる事を決断した。そう、そうすればもっと早く……諦めを付けられるかもしれない。
清美が目に入らない最高の環境で、一旦彼女の数少ない友人と言う栄誉ある地位を得てしまったなら……なかなか自分の中にある思慕の残骸を処理しきれない。あの柔らかでちょっと低い声で、無表情を不意に緩めた瞬間を目にしてしまったなら。黒曜石のような円らな瞳を細めた、不思議に魅惑的な微笑みを目にしてしまったら―――つい時を忘れて見入ってしまうのは、どうしようもない。俺は一度嵌るとしつこいタイプで、初恋でその性質はシッカリ証明済みなのだ。それに晶ちゃんを好きになった今でも―――法律上絶対結ばれる事が叶わない初恋の相手に対する思慕も、薄くなっても消えはしない。そんな俺だから、彼女がこのキラッキラした茶髪の、色素の薄い混血モデルみたいなデカい男と両想いになったくらいじゃ、当然気持ちがすっかり掻き消えてしまうなんてある訳無い。
いい加減、俺もそろそろ障害の無い、真面な恋愛がしてみたい。
なんて願ってみたって罰は当たらないだろう。だから、ちょっとだけ自虐的になってみるのもアリかもしれない。清美、そろそろ俺にトドメを差してくれ。―――まあ、トドメを差された後、普通に腹立って殴るくらいするかもしれないけれど。
「ふーん……で、あっちの方はどうなの?晶ちゃんの事、満足させてるワケ?」
ピクリ、と奴の笑顔が固まった。
ほー……テクニックには自信なし、ってトコか。そうあて推量で決めつけて、俺は口元に悪い笑みを浮かべた。
「お前って一見フェミニストっぽいけど、実は直情型だからな。自分勝手に気持ち良くなって、晶ちゃんの事置いてきぼりにしそうだと思ってたよ。晶ちゃんだったらそれでも可愛い弟だからって許してくれそうだし。……でもなー、甘え過ぎは減点対象だぞ。女の人は男に対して減点方式だって言うからな、いつの間にか愛情が尽きてましたって事が無いように気を付けろよ」
「……」
俺の盛大な嫌味に、ガックリと肩を落とす清美。
「え、何?図星だった?」
ハハハ、ざまーみろ。
俺は惚けた台詞を口にしつつ、ニヤリと意地悪に嗤って見せた。
「……せん」
すると顔を俯け、テーブルの上で両手をギュっと握りしめた清美が、ボソッと呟いた。が、何を言っているのか―――全く聞こえない。
「は?」
「まだ……そこまで、行ってません……」
思わず時が止まった。
清美の言っている意味が分からず、俺は純粋に聞き返した。
「え?何言ってんの?」
聞き間違いか?
親元を離れて一年以上だぞ、付き合ってたのはその前からだし。しかもアイツきっと小学校ぐらいから、晶ちゃんの事好きだよな?―――と言うと足掛け10年くらいの計算になる。なのに―――『そこまで行っていない』?どういう事だ?ああ、あれか……清美の技術が其処まで上達していないと言う……まさか、何もないなんて事―――あり得ないよな?
「……冗談だよな?」
半笑いで言うと清美が顔を上げ、ふっと昏い目で嗤った。直情素直がウリの奴とは思えない深い闇が、其処にあった。
「……冗談なんかじゃないですよ。親父から結婚するまで『禁止令』出てますから。彼女も彼女でガードが固くなっちゃって……以前はタンクトップとショートパンツで誘ってんのかっって格好でフラフラしてたくせに……今はキッチリ服を着てボタンも一番上まで嵌めてますからね……」
ハハハ……と素直が取柄の奴に似合わない、乾いた笑いを浮かべる。
「だから高校の時よりずううっと綺麗な―――思いっきりプラトニックな……お付き合いさせていただいてます」
と生気のない瞳で話す言葉は、棒読みだった。
「ぷっ……」
「何ですか」
「いい気味……」
「―――」
清美はギッと俺を睨み付けた。
「そうやって嘲笑っていればいいですよっ……今に、今に見ていてください。結婚までの我慢ですから……結婚さえすればっ!我慢……我慢……うっ……!」
そう言ってキラキラした整った顔のモデルみたいな大きな男が、耐えきれないと言うようにテーブルに突っ伏してしまった。
本当に相変わらず残念な男だな……。コイツくらい中身と外側のギャップがある奴を―――俺はこれまで見た事が無い。
可哀想だが、ちょっとの間(いや、数年か……?!)我慢すればいつか彼女を手に入れられるのだ。羨ましいやら面白いやら……俺は欲望を持て余して悶える男に、更に追い討ちをかける事にした。
「他で発散しちゃえよ……秋吉さんに聞いたぜ、飲み会でモテモテだったんだろ?ツマミ食いしたってバレやしないよ。晶ちゃん……そういうの鈍そうだぜ?」
悪魔のように、甘く耳元で囁いてみる。
「……それに練習した方が晶ちゃんの為だぞ。あの子、処女だよな?お前がリードしなくてどうする?……なんなら俺がレクチャーしてやってもいいんだぞ?な、それが彼女の為じゃないか?まだ結婚している訳じゃなし、それに生活に距離のある今、やっとかないとこの先チャンスないかもよ?一生一人しか相手できないなんて、勿体無いくないか?」
ビクッと肩を震わせて、清美はボンヤリと俺の目を見た。そして―――今度は射殺すかと思うくらいに凶悪な視線で睨みつけられてしまった。薄い瞳で、お人形のようなキレーな顔が表情を無くすと―――酷く冷酷に見えるから、凄みが出る。
「どうせ俺が遊んだら遊んだで、直ぐ晶に密告する気でしょ!分かってますよ、高坂先輩の考えそうな事は!けどぜーったい、浮気なんかしませんけどね……!俺は先輩と違ってあちこちつまみ食い出来る器用な性質じゃないんですよ……!!」
おい、序でにヒドイ事言い放ちやがったな。俺は苦笑して体を起こした。
「残念、バレたか」
そう言って笑うと、奴はますます眉を吊り上げて牙を剥いた。
「当り前です!ここまでやっとの想いで辿り着いたのに、今更諦める訳無いでしょう!」
「おう、頑張った頑張った。だけどそんな無理しなくていいんだぞ、俺はいつでも晶ちゃんを引き受ける用意があるからな」
「無理なんかしてませんっつーの!」
ギャンギャン言い返す清美を見ていたら、自然に口元が緩んでしまう。
あー、おもしろ。
清美を虐めると、やっぱ気持ちがスッとするなぁ……。
よし、これからストレスが溜まったら、コイツを虐めて解消する事にしよう!
この飲み会が切っ掛けとなり―――俺はこの後も、清美をチョクチョク飲み屋に呼び出す様になったのだった。
高坂先輩の呼び出されるようになった清美ですが、社会人になっても再びこの関係が継続します。
なお、大人になった後の飲み会の様子は『お兄ちゃんは過保護』の別視点で掲載しております。
お読みいただき、有難うございました。




