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44.俺とねーちゃんのその後の話 <清美>

2年ぶりの感触。

ちょうど、この時期だった。彼女が初めて自分からキスしてくれたのは。


早まる鼓動に後押しを受けるように。

ちゅっ、ちゅっと啄むように何度もキスをする。

拒まれない事がこんなにも嬉しい。心臓が、背筋せすじが震えてしまう―――むしろ迎えるように吸い付いてくる感触に、頭がクラクラし始める……。


「美味しい……」


クスクス笑いながら続けると、恥ずかしそうな呻き声が聞こえた。


「晶、好きだよ……大好きだ」

「……うん、私も……」


照れながらも答えてくれるのが、悶える程嬉しい。

インドア生活のため、相変わらず色が白い。その頬に血が上るとダイレクトに桃色が浮かび上がる。どんどん深くなる口付けに煽られて、俺の不埒な手が徐々に彼女の体をあちこち撫でまわす。最初は背中……肩……腰と遠慮がちに這っていた掌が、少しづつ意図を持って陣地を広げていった。


相変わらずささやかな、けれども柔らかい膨らみを確かめるように撫で上げると、咎めるような声が彼女から上がった。


「き、きよみ……っ」

「うん」


相槌を打ちながら、抗議の声はスルーして右手を膝裏に差し込んだ。ワンピースの裾からねっとりと掌を這わせると、俺の肩に縋るように添えられていた柔らかい手が、鍛えあげた大胸筋を押し戻そうと無駄な努力をし始めた。


「あの、ちょっと……っ」


反論できないように、その唇に齧り付く。スベスベした太腿を堪能するように擦っていると、理性がトロトロと溶けていく音が聞こえそうだ。


実はここでなんとしても自分の本能を抑制しなけれなならない理由があった。

だけど2年間の禁欲生活と、ついに彼女の気持ちを得られたという歓喜に後押しされ溢れだした欲情が、俺の理性の掛金をぶっ壊しそうになっている。


「んっ!ふぅ……っ」


苦しそうに漏らす息に、その古ぼけた掛金がいよいよ破壊されそうになった時。




♪ダーダーダー・ダン・ダダー・ダン・ダダー……




と、恐ろしい着信メロディが響いて来た。


ギク。


有名なSF映画のダークヒーローのテーマ曲を設定した相手からの横槍。


鋭すぎる……。


恐ろしさで一瞬、欲情が冷えた。

しかし無視する事にする。


小4から足掛け8年。きちんと意識してから6年。距離を取って触れられずにひたすら耐えた2年間―――うん、ここで止めるの無理。無理だってば。


「き、きよみっ電話……っ」

「うん、大丈夫。明日連絡するから……」


動揺する彼女をしっかりと抑えつけて、気を取り直してぬちゅっと額に口付けを落とした。

すると、スマホの着信メロディが止まった。

ほっとして、改めて見下ろす愛しい存在にニッコリと微笑みかけた。俺の魂胆にすくんだように、彼女の笑顔が少し強張った。

その時。


ブーン・ブーン・ブーン……


「あっ電話だっ」


何処にそんな力があったのか。

一瞬緩んだ俺の拘束の隙間から、彼女は体をさっと反転し這い出した。

「あっ」と言う間に、スマホを手に取り画面をタップした。




「父さん……!」


やばい。




「……うん。うん……そう、うん。大丈夫」


俺の背中を冷たい汗が伝った。

そして、クルリと振り向いたねーちゃんが「清美、父さんが『電話代わって』だって」と言った時、物凄く逃げ出したい気持ちで一杯になった。


「はい……」

『何で電話出なかった』


コワい。普段滅多に怒らない柔和な男が凄むと、本当にコワい。


「えっと、ちょっと鞄に入ってて気付かなくて……」

『約束、守っているだろうな』

「あ、うん」

『守れなかったら―――わかっているな。堪え性の無い男に娘を渡すほど俺は甘くないぞ』

「……」


俺はぶるっと震えた。


『……返事は?』

「はい……」

『じゃあ、明日帰る時メール入れろ』

「うん、わかった」


電話が切れた後ボーッとしている俺を、ねーちゃんが心配そうに覗き込んでいた。


「電話、終わった?」

「あ、うん」

「なんか言ってた?」

「……」

「……清美?」

「うん……ねーちゃんに迷惑掛けるなって」

「そっか」


俺からすっかり欲情の気配が消えたのを見て取り、ねーちゃんはホッとしているようだった。そりゃそうだ。ねーちゃんは俺が彼女を諦めてなかったんだと、ついさっき知ったばかりなのだ。今日は『男』ではなく『弟』を泊めようとしていたのに、勝手に俺が『男』全開で迫りだしたから。




ん~~~




「だぁっ!」




思わず叫び声をあげると、ねーちゃんが目を丸くしてビクリと肩を震わせた。


驚かせてゴメンなさい……。







俺は東京に来るにあたって、根気強く両親を説得した。

俺がねーちゃんを女性として好きだって事と、ねーちゃんが受け入れてくれれば結婚したいって言う事を打ち明けた上でだ。


かーちゃんは「晶が良いって言うなら、良いよ」と簡単に了解してくれたが、とーちゃんは手強かった。かーちゃんの前の旦那さんがとーちゃんの友達だったって言うのも、この時初めて知った。ねーちゃんはかーちゃんの娘だってだけでなく、とーちゃんの親友の大事な娘でもあったんだ。それに勿論とーちゃん自身、ねーちゃんを自分の娘として大事に思っている……息子の俺よりずっと大事なんじゃないかって感じる時も結構あるくらい。


やっと説得出来たのは、本当に最近の事だ。

こっちに泊まりに来る時も、かなり圧力を掛けられた。かーちゃんが取り成してくれなかったら、ねーちゃんの部屋に泊まるなんて許されなかっただろう。

今回の宿泊を許すに当たって、ねーちゃんに手を出すなって言う事はとーちゃんから直々(じきじき)に、かなり念を押さていた。それから「結婚するまでは許さん」とも。




……拷問?拷問ですよね?




大学入学後、あわよくばねーちゃんと同棲……もとい同居できるかもと淡い期待を抱いていたが、とーちゃんにより速攻で寮に放り込まれる事に決定した。

まあ、良いけど……一緒に住むことになったら、部活に行きたく無くなるだろうから……。





と、いう訳で。


今俺はねーちゃんのベッドの横に敷かれた客用布団に、大人しく収まっている。

横では疲れ切ったねーちゃんが、可愛らしい寝息を立てている。

いろいろと想定外の事態が続いて、かなりパニック状態だったらしい……全く申し訳ない。


勿論俺は全く寝付けない。

むくりと体を起こして、ベッドの上でスヤスヤと眠る愛しい人の無邪気な顔を見つめる。


「うん、やっぱり寮で良かった」


自分を納得させるように呟いて、彼女の額にちゅっと口付けた。


「おやすみ、ねーちゃん」


今はまだ。

そう呼ぶほうが、しっくり来るけれども。


「おやすみ……晶」


そう囁いて、そっと唇を食んだ。


「ん……」


身じろぎして横を向いたねーちゃんの頬にもう一度軽いキスを落として、俺は自分の布団に潜って目を閉じた。




……ものすっごいエロい夢が見れそうだ。




だけどきっと。その夢を思い出す時に抱く気持ちは―――昔感じた罪悪感一杯のものとは、180度違うものになっているに違いない。



次回、最終話となります。本日11時投稿予定です。

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