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42.自慢の弟です <晶>


清美とM大のキャンパスや体育館を見学して、寮までの道のりを確認する。お互いの近況やこれからの事を話しながら、のんびりと歩いた。


今日は天気が良いから、気分良く歩ける。隣を歩く背の高い男の子は絶対合う筈のない歩幅をちゃんと合わせてくれるから、いつも以上の速度で歩く必要も無い。




清美は相変わらず優しい。




そして優しさはそのままに、心も体も、以前よりずっと成長している。それが嬉しくもあり、寂しくもあり……。


でも、やっぱり嬉しい。


しっかり成長したな、と思うたびに小学校の頃の短気で女の子が苦手だった清美や、中学校時代、反抗期で私に寄り付かなくなった清美を思い出し、比べて頬が緩んでしまう。

受験勉強に身を入れ始めた頃、徐々にまた近づいてくれるようになったっけ。高校生になった清美は相変わらず人気者でキラキラしていて、地味な私が姉だなんて勿体無いような気がしていたな……清美が全然そんなこと気にせず慕ってくれたのが、ただくすぐったくて嬉しかった。

それが弟としての親愛の情だけじゃ無かったと知って、驚いてかなり慌ててしまった。そういえば動揺し過ぎて家出しちゃったんだよな、と思わず苦笑してしまう。


「どうしたの?」


清美が私と覗き込んだ。だから私は首を振って、話を逸らした。


「バスケ部の体育館って2つあるんだね」

「うん。トップチームとベースチームで別れているんだ。……最初はさっき見たビルの中の地下にある体育館で練習してトップチームに入れれば、本格的にメインの総合体育館に通える。そっちに通えるようになるといいんだけど」

「頑張ってね。……期待してるよ、また清美の試合見たいから」

「よっし、やる気出て来た!」


清美が拳を固めて気合の入った返事を返してきた。私はその様子が頼もしくて可笑しくてつい笑ってしまう。


「あー、笑った。本気にしてないでしょ?」

「ははっ……違うよ。本気にしてる。清美は有言実行だからね」

「そうそう、宣言通りインハイもウインターカップも出場したしね」

「ほんとにスゴイよ。さすが清美!……そんな清美を美味しい物でねぎらってあげよう……今日の夕飯は何食べたい?」

「もちろん……」

「「ハンバーグ!」?」


ハモった。また笑ってしまう。

清美の好みは相変わらず変わっていないようだ。そんな些細な事が―――自分の知っている清美が、この見るからに手の届かない存在のような、豹のように俊敏な躰を持つ精悍な男性の中に確実に存在しているという事実に歓喜してしまう。




この子は私の『自慢の弟』だ。




離れて暮らすなら付き合っては行けないと言われて、それを押して私は結局家を出る選択をした。清美は戸惑いながらも最後には受験を『弟』として応援してくれた。


もう『恋人』では無い。


家族旅行の夜、私は自分の気持ちが清美にあることを改めて自覚した。自分からキスしたのは衝動的なもので意図したものでは無かったけど―――今では良かったと思う。それまで清美から私に恋人としての行動を起こしてくれるのが普通だったけど……最後に私から、気持ちを示す事ができたから。


今ではすっかり、2人の関係は姉弟きょうだいに戻ってしまったけど。

やっぱり今でも私は清美が好きなままだ。


だって清美以上に私を惹き付ける存在はいない。家族として、長く付き合ってきた。そういう相手としての親しみを清美以上に持てる男の人は元よりいないし、何より清美より格好良い男性を、私は今まで見たことが無い。それは東京に来ても同じだった。


単に好みの問題かもしれないけれど。

それか贔屓目?『ウチの子一番!』みたいな。


でもそれを差し引いても、清美ほど性格も見た目も、輝きというか生きる上のポテンシャル、人間的魅力みたいな物を持っている男の人は、周りにいない。

大学に来て、外見が優れている人も尊敬できる人も、飛び抜けた知性を持つ人も優しい人も、それこそ女性も男性もそういう素敵な人に出会う機会は沢山あったけれども―――。




―――結局『ウチの子が一番』―――そう思ってしまう。




あれ?やっぱり贔屓目?

うーん……。


とにかく私にとって、清美がまだ一番なのだ。


けれども、清美はどうだろう。

センター試験を応援すると言ってお守りを貰った時『弟として応援してる』と言ってくれた。清美は気持ちの整理を付けたのだ―――それを知って、内心寂しかったけど私も覚悟を決めた。


家族旅行の時ちょっと怪しい感じになっちゃったのは、私から手を繋ごうとか一緒に寝ようとか申し出て甘えちゃって、おまけにキスまでしちゃったから、清美もつい絆されてそんな気分になったんだと思う。だけどそれ以降は、実家に帰ったときに微妙な空気になることは無かった。


清美に今彼女がいるのかどうか判らないけど、きっと彼女が出来ても彼はわざわざ私に報告なぞしないだろうと思う。知っても心が乱れるだけなので、私も今まで敢えて尋ねなかった。


……清美が結婚する時くらいまでには、きちんと祝福できるように気持ちを整理できれば良いな……。


そんな事を考えながら清美の荷物をコインロッカーから引き取り、最寄りのスーパーで食材を買って私の部屋ちいさなおしろに向かったのだった。







** ** **






じゅわ~と箸を入れた部分から湯気を立てて肉汁が溢れだす。

大きいひと切れがあんぐりと開いた口に放り込まれ、すぐに炊き立てのご飯がそのあとを追った。


「ん~~!」


これ以上無いってくらい美味しそうな顔で食べてくれる我が弟を見ると、満足感が胸いっぱいに拡がった。


「おいしい!!」

「良かった」

「さすが、ねーちゃん!」

「もっと、ほめて」

「最高!」


言うが早いか、バクバクとブルトーザーのように皿の上の料理が清美の口の中に消えていく。久しぶりに見たが、頼もしい喰いっぷりがパワーアップしているような気がする。

瞬く間に清美用の食事が消えてしまったので、私の皿から幾らか融通する。


「体おっきくなったもんね。食べる量も増えたね」

「うん。背も伸びたけど、筋トレも頑張ったよ」


そう言って清美はむんっと、肘を曲げてポーズを取った。

スゴイスゴイと、私は手を叩く。


そうやって久しぶりの再会にはしゃぎながら夕食を終え、2人で洗い物をしてから番茶を入れると、清美はひと口飲んでから動かなくなった。

急に黙りこくってしまった彼の顔を首を傾げて覗き込むと、「わぁ!」と叫んで清美は仰け反った。


いや、驚かせる意図は無かったのだけれども。


「考え事?」

「……あの、さ」


そう言いかけて、口籠る。

清美は番茶の入ったマグカップを両掌で包み込み、じっとその水面を見ている。

私もじっと清美の気持ちが整うのを待った。


「ねーちゃん……いや、あ……晶さん」

「んぐ?」


気を取り直して番茶を啜ろうとした時、急に名前を呼ばれ、思わず口から変な声が出た。

1人用の小さな卓袱台の向こうから私をじっと見ている。

その表情があまりに鬼気迫るもので、私も俄かに緊張してしまう。


それから清美は意を決したように、私の目を正面から見据えたまま口を開いたのだった。




「晶さん、俺と結婚を前提にお付き合いしてください」




「……は?」



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