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41.参りました <清美>



思ったより早く到着してしまった。


羽田からモノレールで東京駅に着いた時、ねーちゃんにメールすると『これから【カフェ青葉】でランチするとこ』と返信が。『着いたらメールして』と返って来たけれども、スマホで場所を確認して直接向かう事にした。食事の邪魔をするのも嫌だし。


ガラス張りのカフェテリアの中はかなり広く、明るい。カフェテーブルがたくさん並んでいて、時間帯のせいか人でごった返している。


思ったより人が多い。

でも、探し人はすぐ見つかった。


窓際の席にこちらに背を向けて座っている、艶のある黒髪と華奢な肩。向かいに座っている女の人に促されて、彼女が振り向いた。




まいったなぁ。




俺は胸を突かれて、息を呑んだ。


それから俺は大股で彼女へ近づいて行く。

彼女はただ、そんな俺を見ている。特に表情を変えないところは相変わらずだ。

だけど変わったところもある。


派手になったわけでは無い。

だけどそこはかとなく垢ぬけた印象を受ける。


はっきり言って、可愛い。


淡い水色のワンピースに胸元には品の良い小ぶりのネックレス。長い黒髪は相変わらずまっすぐでサラサラで。少し厚めなため日本人形を思わせた前髪は、腕の良い美容師に整えられたのかいつの間にか程良い状態に維持されていて、斜め分けにして控えめな装飾の付いたピンで留められている。

白い額が露わになって、びっしりと長い睫毛に覆われた彼女の大きくつぶらな黒曜石の瞳の愛らしさが、明らかになってしまっている。


『地味』だと言われる容貌から脱皮して『清楚』という表現がぴったりな生き物に羽化したように。ちょっと派手な見た目の女子大生より、よっぽど男性陣には魅力的に映ることだろう。




まいったなぁ―――彼女に他人に分かり易い女性的な魅力を装備して欲しくない。

これじゃ俺や王子みたいなマニアじゃない男も寄って来てしまうではないか。




『情報提供者』によると大学でできた新しい友人が世話焼きで、お洒落に疎いねーちゃんの外見に色々と手を加えたらしい。

余計なことを……と何となく苦々しく思う反面、可憐に装う彼女から目を離せないのは、どうしようもない男のさがだろうかとも、思う。


「早く着いちゃったから、直接来ちゃった」

「メールしてくれれば、良かったのに」

「うん」


俺はねーちゃんの隣の席に腰かけた。


「早く会いたかったから」

「……えっと」


そう言って彼女の顔を覗き込むと、ねーちゃんはほんのり頬を染めた。

気を取り直すようにコホンと一息咳をついて、俺たちの様子を面白そうに見ている女の人に目を移した。

目の前の女の人は、物凄い笑顔で俺たちを見ていた。顔に『興味津々』って書いてあるな。


「ゆっこ、あの……弟の清美。清美、友達の有吉裕子さん」

「どーも。清美君ね?よろしく」

「よろしくお願いします、いつも姉がお世話になっています」


もしかしてこの人が、ねーちゃんの外見に手を加えたという友人だろうか。好奇心に輝く瞳に隠そうともしない気の強さが現れている。はっきり言ってかなりの美人だが、何故か女性特有の柔らかさをあまり感じさせない印象を受けた。栗色の髪を人工的に整えて、隙の無い女性らしい装いは完璧なのに。


「いーえ。こちらこそ、お世話になってます」

「ん?なんかしたっけ?」


お礼を言う有吉さんに、首を傾げるねーちゃん。


「うん、いろいろね……。あ、そうだ、清美君はМ大のバスケ部に入るんだってね。名門だからこれから忙しくなるね。インカレ常連校でしょ?」

「あ、はぁ。そうですね」

「こっち来たら、バスケ部の人達と飲み会したいな。取次ぎお願いね!」

「はぁ……」


さっそく合コンのお誘い?なんかノリの軽い人だなあ。ねーちゃんの友達を無下にすることもできず、曖昧な返事で誤魔化す。

特定の相手がいない俺は女の子に声を掛けられる事が多いが、いつもならこういうお誘いはすぐに断ることにしている。

微妙な気持ちでねーちゃんを見ると、彼女は苦笑して補足した。


「えっと、ゆっこは人脈を広げるのが趣味なんだって。だから、合コンみたいに男子だけ集める飲み会じゃなくていいんだよ、ね」

「うん、そうそう。気楽な感じでお願いします」


ふーん。まあ、ねーちゃんがそう言うなら……でも気が進まないなあ。


「もしかしてねーちゃんもそういう飲み会に出てるの?」

「うーん、たまにね」

「晶は誘ってもあんまし、来てくんないでしょ。清美君、心配性だねえ……だいぶシスコン気味?」


からかうような口調にムッとすると、ねーちゃんがトレーを片付け始めた。


「清美、食べ終わったから行こうか。ゆっこ、またね」

「ほーい、清美君もまたね。バイバイキーン」


ねーちゃんの唐突な話の中断も、俺のやや憮然とした態度も全く気にしていない様子で、有吉さんは椅子に座ったまま手を振った。

狐につままれたような感じだ。掌で転がされているような。


トレーを返したねーちゃんに付いてカフェテリアを出る。

ねーちゃんが有吉さんに手を振ると、彼女もニッコリと笑って手を振り返してきた。そんな彼女に知合いらしい男子学生が数人近づいて声を掛けるのが見えた。人脈を広げるのが趣味だと言っていたが、本当に顔が広そうだ。


歩きながらねーちゃんが、俺を見上げた。


「荷物、どうしたの?」

「駅のロッカーに預けてる」

「そう、じゃあ先にM大見学して寮の位置確認しようか。それから荷物取りに行って部屋ウチに帰ろう」

「うん」


ねーちゃんが前を向くと、なじみのある天使の輪が俺の目に映る。

隣にそれがあるだけで―――胸の中にじんわりと温かいものが拡がっていく。


「ゆっこの言ってた飲み会ね、気が進まなかったら無理しなくて良いんだよ。マスコミ志望でいろんな人脈増やしたいんだって。だから出会った人ごと気になったら声を掛けるようにしているみたい。でも無理強いする人じゃないから」

「うん」


俺に気を使ってくれているのだろう。

自分に遠慮して気の進まない飲み会の取次をしないようにと。


「馴染んでから一度話持ち掛けてみるよ。感触悪かったら約束できないけど」

「うん、それで良いと思う。ありがとね」


それから俺達は、俺が4月から通うことになるキャンパスへと向かったのだった。



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